Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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伊南川100kmウルトラ遠足2012
今回走ったのは、伊南川100kmウルトラ遠足というレース。レース会場は、南会津町。光が少ない村なので、夜空の星がとても綺麗な場所だった。

inagawa0.jpg今回のレースは、ビブラムの5本指シューズで挑戦。裸足に近い感覚で走れるけれど、クッション性は全くない靴。上履きよりもクッションが弱い。5本指シューズには忍者の衣装が合うだろうということで、コスチュームは忍者。変わった服装をしていたのは、僕以外にも、殿様の格好をしている人、女子高生の格好をしている人、上半身裸にサンダルの人と結構いて、少し安心した。

inagawa1.jpg
レースは10月20日の午前5時にスタート。薄暗いなか265人が走りはじめる。

レースはとにかく寒かった。スタート地点で標高が550mあり、最初はずっと標高が高いところに上り続けるので、最初の3時間くらいはずっと気温が0度くらいだった。忍者衣装の上着と帽子が以外な防寒具として役立ってくれた。

最初の30kmを走り抜けるまでは快調に飛ばす。10キロを65分くらいのペース。緩やかな上り坂をこのペースだったら悪くない。

inagawa2.jpgその次の6kmは、走るのが禁止されている国立公園の中(登山道なので、そもそも走るのが無理)。景色はすごく美しいし、途中の土の道はすごく柔らかくて気持ちよかったのだけれど、進んでいるうちに、ゴツゴツした岩場も結構たくさんあり、足の裏を結構痛めてしまう。

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登山を終えたところで、36.5km通過。標高は1700m。すでに足の裏が結構痛いのだけれど、どうしようもないので、走り続ける。紅葉がものすごく美しい道。空も快晴でため息が出るような風景だった。

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下り坂はずっと車道でかなりキツかった。足の裏の痛みが収まることを祈りながら走っていたのだけれど、途中からさらに痛みは大きくなり、歩いても痛むように。下り坂で数十人に追いぬかれながらも、我慢して歩き続ける。一歩進む度に、指圧マッサージで急所を押されたみたいに痛くて(決して気持ちよくはない)、それを耐えながら、53kmのエイドステーションまで進む。

この53kmのエイドステーションには荷物を置いておくことができる。もともとは5本指で走りきる予定だったのだけれど、もしもの時のために用意していたランニング用のシューズに履き替える。悔しいけれど、また練習して出直そう。

ランニングシューズのクッションはさすがで、足の痛みは大分マシになった。それでも痛いけれど、残り時間は9時間で、距離は47km。これならいけそうだと思った。

ストライドを大きくすると足に負担がかかるので、小さいストライドでゆっくりと走り続ける。身体が冷えるとあっという間に足の痛みが増すので、エイドではほとんど休まないで、とにかく足を前にだす。

後半で結構きつかったのが60kmを通過してから。ここからまたずっと坂道で、標高1350mまで進む。アキレス腱のあたりも痛み出して、坂道を昇ると後ろの足首に負担が大きかったので、急な坂は歩いて、ゆるやかな坂は走るというふうに切り替える。

1時間以上をかけて坂を登り切ったあとは下り。ずっと急な下りが続いて、足の裏にはまたまた大きな負担。もうこのあたりで、また痛みは50km地点と同じくらいに戻っていた。一歩踏み出すだけで足が痛む。


inagawa6.jpg長距離レースで本当にいいなあと思えるのは、こういう苦しいあたりから。痛みを正面から受け止めて、一歩一歩無心になって足を前に出す。すごく世界は静かで、自分との対話を続けることができる。一回このモードに入ることができると、足の痛みも少し和らぐ。今回のレースの目標は、最後まで楽しむことだったので、一回も顔をしかめずにとにかく一歩一歩足を踏み出す。(エイドではボランティアの人が面白がってくれたので、常にポーズをとって写真撮影)

inagawa7.jpg残り13kmになったところで日没。ライトをつけて走りだす。走ると足の裏が痛むし、かといって歩き続けると足が固まって動かなくなるので、走るのと歩くのを交互に繰り返す。これは、佐渡の208kmを走ったときに学んだ技術。走る時に使う筋肉と歩く時に使う筋肉は微妙に違うので、両者を混ぜることで、身体の負担も小さくすることができる。

色々な人の応援に励まされて歩きと走りを続け、結局、ゴールしたのはスタートしてから14時間半が経ってからのこと。

ゴールした後はほとんど歩けず、翌日も50m進むのに5分かかるような状態だったけれど、今回も完走できて本当に良かった。苦しいレースを走りぬくと、自分の弱いところがすごく分かりやすくなり、人の有り難さが身にしみて、また少し謙虚で素直になれるんだと思う。

最近思うのだけれど、素直さとか謙虚さとか、そういった心のあり方というのは、とことん身体知なんだと思う。文字通り身をもって知らないと本当に学ぶことはできないし、だからこそ苦しいレースに出ることから得る学びは多い。多分、修行僧が山を歩き続けるのもそういうことなんだと思う。

今年は11月の佐渡に出られなくなったので、これが今年最後のレース。来年も自分と向き合うためにも、色んなレースに出てみようと思う。
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アイディアの99%
30代も色々な経験をしていって、世界をよりよいものに出来る力を蓄えたいと思っているのだけれど、現時点でまずピンときているのは、デザインやアイディアの技法に関するものだ。もともと詩を書いたり曲を作ったりしていたこともあるし、舞台美術を作ったこともあるのだけれど、最近はこういった頭の使い方をほとんどしていないことに気がついた。

そこで、関連している書籍を読んだり、イベントに参加したりしているのだけれど、最近読んだ本で改めて考えさせられたのは「アイディアの99%」という本。

エジソンの有名な言葉を例に待たずとも、アイディアはそれを出すよりも、それをカタチにするほうがはるかに重要であることには疑いはない。そして、アップルやIDEOなど、皆が尊敬する企業らは、アイディアを明確な形にする方法を組織の中に組み込んでいる。

この本では、アイディアについてやるべきことと後回しにすることを管理し、実現のための仲間を集め、アイディアの実現のためのプロジェクトを統率する方法について書かれている。その内容のほとんどは、「やるべきことをやる」という文化が根付いている会社に勤めている人々にとっては当たり前のことかもしれない。しかし、翻って考えてみると、企業の競争戦略についてはさておき、アイディアの実現のために「やるべきことをやる」という文化が根付いている企業はあまりないように思われる。これから色々なアイディアの技法に関する本を読みあさる前に読んでおくのが良い本。
「第六回佐渡島一周エコ・ジャーニーウルトラ遠足206km」の顛末3
完走した後に感想を聞かれたときに、思わず「運が良かったし、周りに助けられた」と口から出てきた。その時は、「運がいいだけじゃ、208kmも走れないよ」と言われたのだけれど、あれから数日経ってもやっぱりこの感想は変わることが無さそうだ。

正直なところを言うと、特に初日目は、完走した後には「やりゃできる」とか「要は気合」とか威勢のいいことを言ってやろうと思っていた。そう思ってたから、神様に懲らしめられたのかもしれないけれど、初日目を走り終えてあのキツイ状態から110キロ以上を走り切れたのは、どうも自分の力のように思えなくなった。

個人の努力とか意志とかはすごく大切だと思うのだけれど、物事がうまくいくかどうかは、それ以外の多くの事に依存していると思う。天気だったり、周りの人々の助けだったり、色々。運命のいたずらに文句を言わず、人の優しさに感謝することの大切さを身にしみて学ぶことが出来た。一度覚えたら忘れないのが、自分の身体を通じて学ぶことのよいところだ。

あと、強さについての考えも少し変わった気がする。どんなときも自分を穏やかな気持ちで見つめられること、どんな大変な状況でも余裕をもてることが強さなのかもしれないと思った。まだうまく言葉にはできないのだけれど、強さと荒々しさは全く別物だという考えが強くなった。


大会後は身体の調子は当然良くなく、足が象のようにはなっていたのだけれど、精神的には20代最高の状態にある。なんというか、これまでよりずっと肩の力が抜けて、自意識からずいぶん距離を置くことができている。この状態で10月1日から30代を迎えられるのがすごくうれしい。


318320_10150309365693941_545578940_7912566_1219904266_n.jpg
次の挑戦を何にするかはまだ決まっていないのだけれど、年齢的に考えるとラストチャンスの格闘技なのかなと思ったりしている。もともと僕の家系は遺伝的に格闘技向きのはずでもあるので、やってみないのはもったいない。

このレースを完走することで出走資格を得たスパルタスロン(スパルタの戦士が走ったと言われる250kmの道のりを36時間で走る)やエベレスト登山は、40代になっても十分にできそうなのでその時までにとっておこう。
「第六回佐渡島一周エコ・ジャーニーウルトラ遠足206km」の顛末2
7月18日(日曜日)

熱のせいで悪夢をみていたら、誰かが僕を揺り起こす。 @makwn だ。僕が時間になっても起きてこないので、仮眠部屋にまで来てくれた。

まだ3時50分で真っ暗。周りにはまだ眠っている人もいるし、僕ももう少し眠りたかったけれど、なんとか起きる。

仮眠所を出たのは4時10分くらい。夜道は危ないと聞いていたので、同じ時間に出発しようとする二人組がいたのでついていく。

後になって振り返ってみると、この時間に出発していなかったら、僕はゴールできなかったと思う。タイムがどう、というより、様々な理由によって。

ひとつめの理由。僕が出発した頃に部屋でまで眠っていた人の大半はリタイアした人だった。大抵の人は仮眠所でもほとんど眠らず、眠っても1時間程度だけですぐ出発するようだ。あの時間に出ていなかったら、誰にも追いつけないまま僕のレースは終わっていたかもしれない。

ふたつめの理由。このたまたま一緒に道を出たKさんは、僕と走るペースが同じで、とても用意周到な人だった。Kさんの持っていたテーピングやサプリに僕は相当に助けられることになる。

みっつめの理由。仮眠所を出て1時間くらいして見た、佐渡の朝焼け。夜明け昨日までの雨がきれいに空のチリを落としてくれたからか、今までで見た朝焼けの中でも最も美しい朝焼けだった。オレンジ色の光が、町と山を優しく包んでいき、見渡すかぎり全ての風景が染まっていった。


その光のなかで、なぜだか分からないのだけれど力がみなぎってきた。この時でまだ残り距離は105km以上あったのだけど、なぜか行けそうな気がしてきた。


二日目も、前日と同様に坂は必ず歩き、平地のみを走る。

残り100km地点で水ぶくれが破れた。ここで、Kさんにウルトラランナーの水ぶくれ治療法を教わる。曰く、水ぶくれに3ミリくらいの穴を空け、そこに軟膏を流し込み、水ぶくれの中にまんべんなく行き渡らせる。
絆創膏
最初はとてもしみるのだけど、1時間も経つと痛みが完全になくなった。

残り90キロ地点で右すねの筋肉が痛くなる。シンスプリントと同じ痛み。とはいえ休むことはできないし、ここですねをかばってフォームを崩すと全てがダメになるので我慢して走る。

5時間ほど走り歩いて、二日目の第三エイド到着。この時点ですねはかなり損傷。このエイドでリタイアした方にコールドスプレーを分けてもらう。

すねはとても痛いのだけど、休んだら終わってしまうので、走り始める。昨日が嘘のような快晴で、日差しが黒いシャツとタイツに照りつける(黒じゃなきゃよかったと少し後悔)。

同じ海岸線沿いをずっと走る。画像 033ここで残り72km。昨日渡しておいて取るのを忘れていたサプリを取り、全く不要になった(と勘違いしていた)レインコートを預け、ランニング再開。


右すねを無意識にかばっていたのか、今度は右足首が痛くなる。動かすだけでズキズキする。でも休みようがないし、死ぬ痛みではなさそうだから、フォームに気をつけて走り続ける。

そうこうしているうちに、小木港に到着。トライアスロンのレースでは、バイク最後の山場の小木坂がある場所。幸いにも薬局があったので、コールドスプレーと栄養ドリンクを購入。腰も痛くなってきたので、腰にコールドスプレーを塗ってもらう(これがまた後で失敗と気づく)。

小木を通り過ぎ、激しいアップダウンの坂道を越えて宿根木へ。昔ながらの美しい家が立ち並ぶ場所。カメラを持っていなかったのが悔やまれる。

さらに走り、午後5時頃に最終エイドに到着。ここまでは予定通り。残り48キロだから、時速4キロで歩いても間にあう。

最終エイドを過ぎるとあまりお店も無いし、もう暗くなるので、多めにご飯を食べる。そして、Kさんからテーピングを借りて足首を固定。このテーピングがものすごい効果を発揮してくれた。足首の痛みがかなり和らいで、すごく楽になる。

最終エイドを出発して少しすると、もう景色は暗くなる。このあたりは一番人通りも少なく寂しい海岸線。ヘッドライトを付けて走り続ける。

ここから10kmくらい進んでの井坪で、またまた痛恨の道間違い。15分くらい真っ暗な道で途方にくれる。しょうがないので、元に来た場所まで戻ると、そこに地元のおじいさんが。地図を見せて、ここに行きたいんですというと、車を出してくれて、道案内をしてくれた。(当然車には乗らず後から走ってついていく)


この井坪を超えたら、今度は5キロくらいの長い海水浴場通り。電気が通っていないので真っ暗。

5kmくらいこの道を進み、山道を1.4km登り、やっと大通りに合流。ここでまた休憩。

休憩中はなかなか大変だった。腰にエアーサロンパスを吹きつけたせいで、座っていると寒くて震えてくる。歯がガチガチなる。レインコートはさっき預けてしまったので、寒くて困る。

やっと車が出る大通りに出たので、多分@makwnと@amiableがどこかで待ってくれているだろうという気がしてきた。一緒に走っているKさんは半信半疑だったけど、「いや、ぜったいあの二人はどこかにいます」と僕。

果たして、大通りに出てから5kmくらい走ったところに、二人の乗っている車があった。待ち疲れたのか、二人とも眠っていた。起きてもらって、充電に預けていた携帯電話とレインコートを手にする。走りながらずっとTwitter中継をしていたので、途中で6時間くらい中継が途切れて多くの人が心配してくれていた。

ここで残り32km。時間はまだまだある。

ここから先はまた長いアップダウンの繰り返し。それが終わると、最後の海岸線沿いの長い通り道。トライアスロンの自転車では、この通りは常に強い向かい風が吹いて大変なのだけれど、今日も強い向かい風が吹き続けていた。それをひたすら走り、ついに佐和田に到着。残り16キロ。

もう足もかなり痛い。テーピングをしているとはいえ、痛み出してからもう70kmは走っているのだから当然だ。でも、まだ走ることは出来るので、歩くことと交互にジョギングを続ける。


レース前に手渡された20数枚の地図も残り2枚になっていた。

最後の1枚を覗いていみると、ゴールまでの距離が208kmと書いてある。

・・・なんと、佐渡206kmエコジャーニーというタイトルであるにもかかわらず、このレースは208kmのレースだった。道の間違いを含めると僕は215kmも走ることになる。道を間違えていなければ今頃は残り7キロくらいだったのに、とか思いつつも、詮ない悩みと、歩を進める。

残り10キロ。足はもう大変な状態だけど、まだ大丈夫。ここでとんでもない故障にあうのだけはいやなので、慎重に足を進める。佐和田を超え、相川に向かうまでの最後の道に向かう。またここでも激しいアップダウン。残り3km地点まで、このアップダウンはずっと続く。

残り2km地点で、ゴールが遠目に見えてきた。残り1km地点では、@amiableが待っていてくれた。ゴールでは、@makwnがカメラを持って待ち構えていた。


そして、無事にゴール。

314571_10150309364418941_545578940_7912548_1763498369_n.jpg時間は46時間30分(正確なタイムを覚えていない)。元々は42時間ゴール予定だったが、最後の足の痛みで大分遅れてしまった。とはいえ、時間内に着いて本当に良かった。


ゴール後にKさんとお疲れ様でした、と握手。出発地点でもあっためおと旅館で早速お風呂に入りすっきりしてから、ビールを飲んでまったりする。ソファーに寝転んでいたら、いつの間にか眠りについていた。

(続く)
「第六回佐渡島一周エコ・ジャーニーウルトラ遠足206km」の顛末1
9月17日の午前6時にスタートし、19日の午前6時までに佐渡一周206kmを走るという「佐渡島一周エコ・ジャーニーウルトラ遠足206km」の存在を知ったのはちょうどこのレースが開催されていた一年前。それまではウルトラマラソンのことは全く知らなかったのだけど、やり甲斐のありそうな大会なので、20代最後のチャレンジとして今年の目標の一つに加えていた。

この大会は「自分のことは自分で」という考えが根付いている。普通のウルトラマラソンであれば、5kmから10km進めばエイドステーションがあり、そこでは簡単な補給食以外に、おいしい地元料理だったり、医療道具があったりする。でも、佐渡の場合、エイドステーションは30~40kmに一つのペースで、置かれている食べ物も基本的なものだけ。必要な荷物は全て自分でザックに担いで走ることになる。基本的に100km以上のレースを走ったことがあるランナーしか参加できないので、トライアスロンを完走しただけで参加させてもらえたのは今回僕だけ。


というわけで、レース記録のはじまり。


7月16日(金曜日)

レース直前は仕事がなかなか忙しく寝不足だったが、金曜日に有給休暇をもらい(チームの皆さんに本当に感謝)、ちょっと朝寝坊して佐渡のある新潟に向かう。

新幹線に乗って新潟に着いたときにふと荷物をチェックしていて青ざめる。ゼッケンがない。もしかしてここでチャレンジ終了か、と焦りながら事務局に電話したら「何とかしましょう」とのこと。僕のゼッケン番号は375番だったのだが、ちょうど376番の人が不参加となったので、375をマジックで376に書き換えて、無事にゼッケンが準備された。助かった。

新潟からジェットフォイルに乗って佐渡についたのは17時頃。そこからバスに乗って、会場である「めおと旅館」に着いたのは18時半くらいのこと。会場ではすでに前夜祭が始まっていたので合流。

そこは完全に酒盛りの場だった。僕が想像していたのは、レース前の緊張感たっぷりにご飯を黙々と食べている人々だったので、びっくり。出走者の90数名のほとんどが酔っ払っていばかりで異常な盛り上がりとなっている。ちなみに、ウルトラマラソンの選手の平均年齢は高い。今回の平均年齢は50歳くらい。(ちなみに、ランナーの1割くらいは、レース開始後も走りながらビールを飲んでいた。)

酒盛りが終わったのは9時くらい。お風呂に入ってザックに荷物を詰める。重たいものはなるべく持ちたくないのだけれど、なんだかんだ3kgくらいにはなった。準備が終わったら眠りにつく。緊張でなかなか眠気が来ないし、相部屋となった4人のうち、2人が激しく酔っ払っていたので、眠りに着いたのは10時半頃。


7月17日(土曜日)
起床は夜明け前の午前4時。下の食堂で皆さん黙々とご飯を食べる。僕は食後にお風呂に入って体を起こして、着替えて準備完了。天気は雨。今日は一日中雨が降るようだ。

午前6時、いよいよスタート。皆走り始める。
画像 010
今回は完走だけが目的。完走のためには膝への負担が少ないように歩きに近いフォームで走る必要があるので、ランニングのフォームに移る前に、黙々と1kmくらいは歩く。体が温まってきたところでランニング開始。

佐渡は山でできている島なので、島一周と言ってもアップダウンはかなり激しい。上り坂は筋肉疲労を早め、下り坂は筋肉崩壊を早める。だから、今回は、上り坂も下り坂も全て歩くとはじめから決めていた。

2時間目、早速道を一回間違える。まっすぐ行くべきところを左に行ってしまう。渡された地図を見ながら気を付けないといけない。

4時間走ったところで、30km地点のエイドステーションに到着。ほとんど疲れていないので、食べ物だけは食べて、すぐにエイドを出る。雨が相当に強かったので、靴はぐちゃぐちゃになっている。

少し走って40kmを通過したところで、佐渡の坂道の名物であるZ坂に到着。坂道がZ型になっている坂で、トライアスロンの自転車コースの最初の山場でもある。
画像 019
ここはひたすらに歩く。応援に来てくれた @amiable と合流したので、世間話をしながら歩く。ずっと上り下りが続き、それが終わった次点で45kmを通過。平地になったので @amiable と別れて走り始める。

50km地点で、佐渡の名勝の一つである大野亀に到着。大きな亀の形をした岩のところ。ここもトライアスロンで通った懐かしい場所。
画像 021
仕事の電話をしながら走っていたら、またここで道を間違える。亀岩を通り過ぎたら海岸に向かうための細い下り坂に入っていく必要があったのだけれど、間違えてトライアスロンのコースである国道の上り坂を進んでしまう。誰にも会わないので変だなあ、と思って下の海岸線を見ると、米粒くらいに小さいランナー達が走っている。さすがに50kmを通過したところで数キロも道を間違えるとどっと疲れるが、しょうがないので道を戻る。ここで3キロくらいロス。

急な坂を下りきったところで、今度は海岸線を走る。道路は舗装されていないどころか、ゴツゴツした岩場で、雨ですべりやすくてとても危なっかしい。
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この岩場を1キロくらい進むと、賽の河原という名所につく。子どもの霊を供養する地蔵が無数に置かれている。後になって、ここにまつわる色々な言い伝えを知った。「積み上げられている石を崩しても次の日にはまた積み上がっている」、「置いてあるものを持ってきたら祟りにあう」など。

そんな言い伝えを知らずとも、この場所はすごく厳かなオーラを放っていて、写真を撮ろうという気持ちにもならず、願掛けだけをして通りすぎる。


賽の河原を抜けた後に少し走ると第二エイド到着。初日目最後のエイドで、ここから仮眠所までは46キロを走り続ける必要がある。基本的にゆるやかな海岸線沿いを黙々と走る。一緒に走る人もいないので、ひたすらにマイペースで走る。

このあたりでそろそろ足が疲れてきたが、途中でストレッチをしながら走る。

仮眠所まで残り20km地点でもう日没がやってきた。頭にライトをつける。膝の状態がちょっとまずくなってきたので、基本的に歩くことに決めて歩き続ける。

思うとこれが失敗だった。二日目に気づいたのだけれど、走るときに使う筋肉と、歩くときに使う筋肉は違うので、実は交互に走るのが一番筋肉へのダメージの蓄積が小さいらしい。

4時間ひたすら歩き続けるうちに、腰も痛くなってきてキツイなあ、と感じていたところで、仮眠所に到着。

到着時間は10時で、これはほぼ予定通りだが、体調は全く予定通りでなかった。仮眠所についた時は一番きつかった。膝はちょっと上げただけで痛いし、腰も張っている。お風呂に入ってもなかなかダメージは回復しない。冷たい夜の雨に打たれたせいか、喉は痛くて熱がある。

さらに、雨の中走っていたので、足はひどい水ぶくれ。靴が濡れているので、普段鍛えて硬くなった足の裏の皮もふやけてしまい、どうしても水ぶくれができる。厚さ5ミリ、直径4センチくらいの大きなものが数箇所できている。他のベテランランナーの皆さんも同様に水ぶくれに苦しめられていた。リタイアしたおじさんは、「水ぶくれの処置を誤ると菌が入って切断しかねなくなるので本当に注意するように」とアドバイスをくれた。主催者の方は「今回を通じて皆が雨の中の足を知って、また一つ強くなる」と満足そうだった。


ここから残り110キロを走るのかと思うと気が遠くなる。20代最後で一番追い込まれていた瞬間のひとつ。

ここで助けてくれたのが、応援にきてくれた @amiable と @makwn 。二人が交代にマッサージとストレッチをしてくれた。時間として1時間以上。それを終えて、12時半くらいに眠りにつく。3時間だけだったけれど、これ以上ないくらいに汗をかいた。布団をかぶってもいないのに、汗が止まらない。普段から熱があるときによく見る悪夢を見ながらも、音楽を聞きながら3時間睡眠。

僕が眠っている間に @amiable は服と靴をドライヤーで乾かしてくれ、 @makwnは「3時間だけ眠る」と言っていた僕を起こすために徹夜してくれた。


(続く)
審判
旅先で文庫本を買って、カフカの審判を読んだ。

主人公であるKは、罪状も知らぬまま被告とされ、裁判所にも行かぬまま1年間の審判のプロセスに巻き込まれ、最後には非常に唐突な審判を下される。物語の始まりから終わりまでが不条理に満ちている世界。この不条理について批判をし、反対を続けていた主人公も、最後の審判が下るときには、この不条理の世界に己の身を委ねてしまう。罪状も、裁判所による判決も知らないまま死を迎えることになるK。


カフカの作品の多くは、世の中にある不条理を非常に鮮明なかたちで浮き彫りにする。多くの人々が、全くの不条理を現実のものとして受け入れざるを得ないことがある。不条理には定義として条理がないし、その被害者にとっては全くもって災難にしかすぎないけれど、それに従わざるを得ないものは世の中にたくさんある。その一つは自然災害なのかもしれない。程度の差はあれど、仕事においても不条理の一つや二つはあると思う。

それにしてもカフカの描き出す不条理はレベルが違う。それは壮大な建築物のように、主人公に対しては全くの不条理であるにもかかわらず、内的には完全な論理が貫徹している。

 
また、カフカは、この不条理に対しての態度は、結局のところ個人の自由意志にかかっているという立場をとっているように見える。岩波文庫版の第九章では、主人公と僧の間のやりとりを通じて、カフカの描く裁判のシステムの比喩として、「掟の門」に入ろうとするものの門番に最後まで入門を許されずに死んでいく男の物語が示され(この門は、この男のためだけに存在する門である)、その物語に対する僧(=著者)の解釈が示される。

掟の門に入ろうとする男と、その男を入れない門番。一見すると、主従関係は門番にあるようにみえる。しかし、僧は、門番はただ己の義務に対して忠実であるに過ぎず、決してその権力に頼って男を従わせようとはしていないという意見を説く。逆に主の立場にあるのは男のほうで、男は立ち去ろうとすれば立ち去ることもできるし、それにより、門番をその義務から解放することができる(なぜなら、この掟の門は、この男のためだけに存在する門だから)。もちろん、この男は単にその場から立ち去ればよいのかもしれないけれど、物語の主人公であるKがその自由を発揮したところで、結局は裁判という権力機構に絡め取られてしまうので、状況は多少異なっている。それでも、最後に残された自由をどうするかはKの判断に委ねられていた。


もう少し実際的な問題に置き換えると、上の物語は次のようにいえるかもしれない。

ある男が何かの事件で、官僚機構や大企業を相手にしているとする。一見彼に反対しているように見える官僚や会社員は、決して彼が憎いわけでも、彼を従えたいわけでもなく、単にその内在の論理に対して忠実であるだけなのだ。だからこそ、彼にとっては、目の前にいる官僚や会社員は不気味で不条理なものに見える。そして、彼がどういう態度をとっても、相手となる官僚機構や大企業は冷徹にその論理を貫徹させ、時には彼に危害を加える場合もある。しかし、そのような場合にあっても、最後の自由は彼自身に残されており、それを発揮する限り、物語の主人公のKのように「犬のようだ!」と嘆きながら死にゆくことはないのだろう。

This is it!
今年の映画には、個人に焦点をあてたよい映画が多い気がします。 ゲバラ、シャネル、そして、マイケル・ジャクソン。

音楽好きは、絶対に観た方がいいです。 This is it.
Thisisit.jpg これを見て、自分がマイケルジャクソンのライヴを一度も見ることができなかったのを激しく後悔しました。

映画なのに、グルーヴが半端じゃないです。 見ながら体を動かさずにいられないくらい。 映画の途中でスタンディングオベーションしそうになった映画はこれが初めてです。

グルーヴは、多くの場合は音楽や歌などの音から生まれるのだと僕は思っていました。 もちろん、体の動きも重要なのですが、それはあくまでもグルーヴの土台のようなものであって前面に出てくるものではないと考えていたんですね。 でも、この映画を見て、ダンスがグルーブにどんなに強い影響を与えるのかを思い知りました。

音がドンピシャのタイミングではまり込むことを、「ポケットに入る」、と表現する場合があります。 楽器と歌のみんながポケットに入っただけでも鳥肌が立つのですが、マイケルジャクソンの舞台では、人の体の動きまでが、このポケットに入っているんですね。 音と完璧に一致しているマイケルをみて、まさにグルーヴのThis is itを見た思いがしました。


マイケルジャクソンの舞台裏もこの映画では流れるのですが、すごくいい人なんですね。皆がマイケルを慕っている理由もよくわかる気がしました。

誰かに何か意見や忠告めいたことを言った後に、This is my loveと話すのは映画でか見たことのない表現だったのですが(てか、これもドキュメンタリーとはいうものの映画なのですが)、マイケルが言っているのをみて、ぜひ自分も使ってみようと思いました。


というわけで、音楽好きの皆さん、見ないと後悔しますよ。 ぜひぜひ見てください! This is my love.

ココ・アヴァン・シャネル
見てからだいぶ経ってしまいましたが、備忘録。
coco.jpg 母親を亡くし、父から捨てられ、孤児院に育ったシャネルが自らの衣服を立ち上げるまでの過程を描いています。 

この映画を見ていて、改めて感じるのは次の三点。


1.服装の本質は機能にある

映画に登場する女性たちの中では、シャネルの服装だけが現代です。 なぜシャネルだけが現代たり得たのかというと、彼女の服装に対する考え方の土台に機能性があったからだと思います。 無理に締め上げるコルセットや、動きが著しく制限される服装をシャネルは嫌いました。 

もちろん、機能性、という言葉の意味することは、時代によって変わります。旧来の階級社会においては、派手な服装はその地位を示すことでコミュニケーションのコストを下げるという効果があったのかもしれません。その意味で、ある時代までにおいては、従来の西洋の女性の服装は機能的といえたのでしょう。 

しかし、身分制度が徐々に失われつつある当時の社会において、過飾は桎梏となりつつありました。それにいち早く気づいたのがシャネルだったのだと思います。

ちなみに、男性のスーツスタイルはその時から今までほとんど変わっていません。 スーツはかなり機能的な服装らしいです。



2.働くことの意義

映画の中のシャネルは、働くことを望みます。周囲の女性が、そんなことを考えていない時代にです。シャネルは、働くことにこそ自立があると考えていたように思えます。 映画中では、シャネルのデザインする帽子や服が他人から受け入れられるにつれて、シャネルは誰にも依らずに生きていくスタイルを確立していくプロセスが描かれています。

働くということは、価値を創造するです。それは、他者から認められることをも意味するのだと思います。働くことの意味を、改めて考えさせられます。



3.自分の信条に忠実であること

デザインにおいても、働き方においても、シャネルは自分の考えることを貫き通しました。 周囲からは、奇妙奇天烈な人間と思われても、そんなことはお構いなし。 そんな彼女の姿を見ていると、周囲から変だとか思われることなんて、あまり大した問題ではないように思われてきます。 (もちろん、ただ単に「変であること」を志向するのは馬鹿げていますが)

時代を追いかける人間になるか、時代をつくる人間になるか。 どちらを選ぶのかは個々人の自由ですが、後者の人間にとっては、周囲の視線はどうでもよいものなのかもしれません。


映画中のシャネルはとっても輝いていて、かっこいいです。 どこかで見たことあるなー、と思ったら、アメリの俳優さんだったのですね。 ものづくりをしている人には、ぜひ見てもらいたい映画です。



性別疑惑
Woman.jpg

南アフリカのCaster Semenya選手が800メートル世界陸上で金メダルを取得したとき、彼女が男性ではないか、という疑惑が持ち上がったそうです。 顔つき、体格など、それが女性には見えない、ということで。

その疑惑が持ち上がった時、南アフリカの陸上競技協会の代表であるLeonard Chuene氏はそれを怒りとともに(この疑惑は南アフリカが金メダルを取ったことから出てきたものだというもの)一蹴しましたが、最近になって自分が事情を知らないと嘘をついていたことを明らかにしたそうです。(事情は、自分で調べてください)

スポーツの世界には疑惑はつきものですが、それが性別という点について問題になったのを見たのは初めてかもしれません。 漫画にはよくありますが。

なんにせよ、スキャンダルによって彼女の選手生命が台無しにならないことを心から祈るのみです。
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たまに(といっても最近は全然行けていない・・・)ライブに行っている金子バンドが新しいアルバムを出しました。

ミスチルの色が入ったメロコアとでも表現すればよいのでしょうか。 この分野については、何かを語れるほどよく音楽を聴きこんでいないのですが、清涼感ある楽曲とボーカルで、聞いていてとても落ち着けます。 

Amazonはちょっと品薄の状態のようなので、大きめのCD屋さんで買うのが良いみたいです。 もしよかったらぜひ。



(初めて知る人は、下のYoutube参照)


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