Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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規律の力
あるベストプラクティス企業がある。その会社の人とお話をする機会があって、とても感動したことがあった。

「この会社の本当の成功の秘密を知っていますか?」
「うーん、分からないです。優秀なチームがいるからですか?」
「違います。この会社は、今まで一度たりとも、取引先からお金その他をおごってもらったことがないんです。お茶の一杯でもです。」

この企業はかなり旧態依然とした業界にあって、案件をとってきたり、物品を購入するときには、よく「袖の下」がまかり通る。そんな中で、お茶の一杯すらも決しておごってもらわずに、ここまでやってきたという。恩を売られることがないから、すべての取引が真剣勝負になる。取引相手も本気で商談をしてくれて、それでいてこの本気のやりとりに心意気を感じてくれるという。


この、取引先からおごってもらわない、という規律は、楠木建先生の「ストーリーとしての競争戦略」でいうところの「キラーパス」に値するものなのだろう。これは取引における健全な競争のみならず、社内の厳しい倫理基準を保つことにつながっているのだと思う。そして、すでに「貸し借りの世界」にはまってしまっている同業他社には決して真似できないという点において、ものすごい競争優位の源泉にもなっている。

僕はこういう、人や組織が自身に課した規律や原理原則が好きだ(自分がそうでない故の憧れなのかもしれない)。こういう規律を自分に課したとしても、それを守るのは容易でない。サーカスの綱渡りではないけれど、よほど毎日気をつけていないと、ついつい人は易きに流れて、抜けられることのない貸し借りの世界にはまってしまう。そうすると、正しいことをすることが難しくなる。

また、このように、正しい認識に立って設定する規律や原理原則にのみ従うことが、人間にとって本当の自由なのだと思う。やりたい放題に生きることは、動物の本能に支配されているわけで、動物が自由たりえないと同様にその人も自由たりえない。人間が、人間としてのみ立てることのできる道徳律に自分を従えることは、かなり大変で、僕はよく失敗ばかりするけれど、いつかはそうなれるようにありたいなと思う。


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