Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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復活
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 文学は、自分の将来のために必要だと思う。 文学は人間学であるのだから。 現代小説はあまり好きでない。 代わりに古典小説を好んで読む。 ちょっと前に読んだのが、この、「復活」。

 「悲しむべき過去のために失われた、もしくは、忘れ去られてしまった人の心、魂は、何によって蘇るのか。」 それが、文豪トルストイ最後の大作の主題だと感じる。
 愛によって。 愛することにより、その人を信じ、その人を幾度でも許すことによって。 許しても許された人は何も変わらないのではないか、を問う以前に、今まで何回人を許してきたかを考え、その足りぬことを思う。 それが、文豪の答え。
 現世でそれを行うことの難しさには想像を絶するものがあるはずである。 が、そうしてこそ、精神の安息は訪れるのではないかと感じる。 
 「人は愛するために生きる」、という言葉がすっと頭をよぎる、そんな小説であった。


 気にいった箇所をいくつか以下に引用。

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 「こうした恐ろしい変化が彼に生じたのは、ただ、彼が自分を信ずることをやめて、他人を信じ始めたからであった。 彼が自分を信ずることをやめて他人を信ずるようになったのは、自分を信じつつ生活することは、あまりにも困難なことだったからである。」

「二年間自分は日記をつけなかった。 そしてもうけっしてこんな児戯は繰り返すまいと思っていた。が、これは児戯ではなかった。全ての人間の中に生きている神聖な真の自我との対話だった。」

 「自分の良心の上に書かれてある創造主の意志を行うこと―これは、自分の力で出来ることだ。自分は、それを疑いもなく知っている、そして、それを実行するときこそ、自分は確実に落ち着けるのだ。」

「あるいは知事とか、典獄とか、巡査とか言うものは、必要かもしれない。 しかし、人間としての重要な特性―相互の愛と同情とを失った人間を見るのは、恐ろしいことだ。」

「全ての人は、一部は自身の思想により、一部は他人の思想によって、生きかつ行動しているものである。そして、どの程度まで自分の思想により、どの程度まで他人の思想によって生活しているかということのうちに、人を区別する重要な兆候の一つが含まれているのである。」

「彼の意見によれば、革命は、建物全部を破壊すべきものではなく、ただ彼の熱愛してやまないその麗しい、堅牢な、広大な、古い建物の内部造作を、置き換えるだけに過ぎないものであった。」

「世界がいかにして生じたかという問題が彼の興味を引かなかったのは、他でもない、どうしたらこの世界でより善く生きることが出来るかという問題が、常に彼の前にたっていたからである。」

「われわれはいつも議論ばかりしている。あれとこれとどっちがいいかなんて。」

「罪ある人間が罪ある人間を矯正しようとして、それを機械的な方法で達しようと考えているのである。しかし、こうしたすべてのことから生ずる結果は、ただ窮乏して欲に目のない人々が、この懲罰や強制の職業に従事して、わが身を極度まで堕落させると同時に、自分が苦しめている人々をも、絶えず堕落させているということである。今や彼には、彼が目撃したこうした恐怖がどこから生ずるか、また、それを根絶するにはどうしたらよいかということが、明白になった。これまで彼が見出しえなかった回答は、実はキリストがペテロに与えた言葉に他ならなかった―実にそれは、人は誰も、自分自身罪がないというものはないのだから、したがって、人を罰したり強制したり出来るものではないのだから、常に全ての人を赦す、幾度でも限りなく赦すという、この一事の中にあるのである。」

「社会や秩序がとにかく存在しているのは、他人を裁いたり罰したりする、こうした法律公許の罪人どもがあるからではなくして、こうした堕落があるにもかかわらず、人々がとにかく互いに哀れみあい愛し合っているからに他ならない。」

 
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