Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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どうやら疲労がたまっているようです。
 最近3ヶ月間くらい、ずっと目や口、体中がぴくぴくと痙攣していた。 時に、足や腹筋なども。 目の奥がズーンと痛む。 頭痛もする。 さらに、痰も常に出続けていた。
 どこか身体でも悪いのかな? と、気になっていたら、こんな記事を発見。 疲労に関しての記事。 医者が書いているのだから、ある程度は信用した方がよさそう。 どうやら、自分は見事にこの疲労中期に当たっているみたいです。

 
 中期になると、決断を迫られても、以前であればできたような即断即決ができなくなるといった症状に加え、首や肩や背中がこる、頭痛がする、目の奥が痛くて目が開けられなくなる、風邪でもないのに痰が出る、目元や口元が痙攣するといった体の症状が表れてくる。 
 ここで注意しなくてはならないのは、中期の場合は、初期とは違って、運動や長時間の入浴は逆効果にしかならない点だ。この場合は、疲れすぎてしまっているのが問題だからだ。そのため、治療法としては、とにかく体を休めることである。まず、休日は最低でも12時間を目標に、ひたすら眠る。平日も、残業はできるだけ制限して、つき合いの飲み会は、うそをついてでもやめることだ。

 ソース:http://www.president.co.jp/pre/20040112/004.html

 今になって考えてみると、高校くらいから、ほとんど休んでいない。
 いや、もっと言うと、小学生の頃からなのかも。
 塾に通ったことは一度もないけれど、幼い頃から囲碁の道場に通っていたので、日曜は一日もなかった。 高校のときはサッカーで燃え尽きたし、大学に入ったら、様々な活動&勉強であっという間に一日を過ごしていた。 卒業後も、全く同じ。

 こういう生活に慣れきってしまったので、ボーっと休むということが、とてももったいなく感じてしまう自分が出来上がってしまっている。 もっと正直に言うと、休むことが苦手、休むことが下手な自分がいる。

 ちょっと休み時なのでしょうか。

 年始からスタートダッシュするつもりなので、いっぱい休んでおこうかな、と思います。


 とか言いながら、「ひよるな、このやろう」と考えている自分がいたりするわけで・・・ 今もどこかで必死に生きている人たちがいると思うと、休むということに身が入らないんですよね。。
 誰か、こんな僕を説得してください。
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谷川俊太郎「生きているということ」。
 今放映されている金八先生を偶然見たのですが、そこで連呼されている。「生きているということ」という台詞。

 これ、谷川俊太郎の詩からとってるんですよね。
 僕も大好きな詩なので、ここにのっけます。
 谷川俊太郎全集や、子供詩集を見ると、載っているので、紙媒体で見たい方はそちらもどうぞ。

  生きているということ
  いま生きているということ
  それはのどがかわくということ
  木(こ)もれ陽がまぶしいということ
  ふっと或るメロディを思い出すということ
  くしゃみすること
  あなたと手をつなぐこと



  生きているということ
  いま生きているということ
  それはミニスカート
  それはプラネタリウム
  それはヨハン・シュトラウス
  それはピカソ
  それはアルプス
  すべての美しいものに出会うということ
  そして
  かくされた悪を注意深くこばむこと

  生きているということ
  いま生きているということ
  泣けるということ
  笑えるということ
  怒れるということ
  自由ということ

  生きているということ
  いま生きているということ
  いま遠くで犬が吠えるということ
  いま地球が廻っているということ
  いまどこかで産声(うぶごえ)があがるということ
  いまどこかで兵士が傷つくということ
  いまぶらんこがゆれているということ
  いまいまが過ぎてゆくこと

  生きているということ
  いま生きているということ
  鳥ははばたくということ
  海はとどろくということ
  かたつむりははうということ
  人は愛するということ
  あなたの手のぬくみ
  いのちということ
世界一分かりやすいバリュエーションその2。
 シリーズものを書くと、次の日に特定のアクセスが激減するので、ちょっとびびりながら更新しています。 
 このシリーズは、小細工とかをしながら作ってかなり時間がかかるので、3~4日に一度は更新していくといった感じになります。


 2.企業の価値が向上する時の主な要素は何だろう?
 結論:コア事業からの利益のみならず、成長率、投下資産に対するリターン、資本コストが企業価値を上げもするし下げもする。
 ゴールデン街から帰ってきたテジュンさん、身近な企業のコア事業からの利益を見ることに決めました。 

 
絶句。

 「消しゴムの ようなわたしの 父と母」


 偶然買ったお茶にのっていた川柳。
 谷川俊太郎の表現並みの衝撃を受ける。
 書いたのは、なんと、13歳。 末おそろしや。
お誘い3点。
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 1.クリスチャン・ラッセン原画展 お台場で開催されています。
 1月1日~4日までの期間限定。
 僕は、3日に見に行く予定なので、ご一緒される方は是非。



 2.大晦日セッション 12月31日、午後7時から、御茶ノ水にて。
 現在、音もだち2人が参加して3人でやる予定です。
 ファンクとかジャズとかが主体になりそうな予感がしていますが、その場で決まると思います。
 参加してみたい方、ご連絡ください。 見るだけ、も、全然大丈夫です。
 その後、年越し飲み会があるとかないとか。


 3.勉強会の立ち上げ
 を、1月までにと思っています。
 ビジネスや社会問題と絡めて、様々なテーマを取り扱っていこうと思っています。 
 まだ、アイディアの段階なのですが、興味がある方はご一報ください。

光の祭典in東京国際フォーラム。
 東京に色々な用があったので、現在有楽町―東京間で行われている噂のミレナリオを見ようと思った。
 けれど、ミレナリオへと向かう行列を見て、一瞬で行く気が失せる。

 ふと東京国際フォーラムに立ち入ると、素晴らしいイベントが。 
 
 ※光を取り込むためにシャッターの時間をかなり長くとっています。
人間が消えかかって幽霊みたいに見えるのはそのせいです。

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世界一分かりやすいバリュエーション①
 世界で一番分かりやすいバリュエーション(企業価値評価)のエントリーを書こうと思います。 
 高校卒業くらいの読解力があれば、誰でもわかるような。

 専門家の人には退屈な記述かもしれませんが、このブログの本来の目的の一つ、「知の共有」を考えて、書き直しました。 もっと分かりやすい表現、誤解を与える説明や誤った記述があれば、ご指摘いただけると幸いです。

とりあえず、
0.バリュエーションってなに?
1.企業の価値の土台となる数値は何だろう?
2.企業の価値が向上するときの主な要素は何だろう?

 で、2回を書いて、その次に、実際の分析に入っていこうと思います。

 
 長くなるので、「MORE・・・」をクリックしたら、読めるようにしました。 (GREEなどのSNSからは直接見れません。 「続きを読む」をクリックして、本ブログに来たら見れます。)

ドラえもんの最終回。
 巷で話題になっていたのですが、ソースを見つけました。

http://blog30.fc2.com/y/yonehan/file/final_dora.html

 子供の頃に立てた誓いを変えずに、強く生きたいものですね。
大切なものは心の中にある。
 (無宗教の人間のたわごとかもしれません。 批判は甘んじて受けます。)
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 人の誕生日を国の休日にするのはどうかと思うけれど、それを祝うことには全く異論はない。 

 
 聖書は旧約も新約も読んだけれど大して詳しいわけではない。 聖書以外では、ドストエフスキーの記述などが僕の知識の主なソースになっている。 今まで読んだものを総合して考えると、キリストの語っていることには共感できる点が結構ある。


 例えば、信仰は人の心の中にのみあるべきものだという考え方。


 映画「パッション」にこんなシーンがあった。 
 キリストを捕らえ拷問を加えながら「お前が王ならその王国を見せてみろ。」という兵士に、彼はこう語っている。
 「私の王国は地上にはない。」と。
 
 ルカ記の17章でも同様に、「神の王国は、人々の心の中にある。」と語っている。 

 
 これは、ユネスコ憲章の
 「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」

 や、

 ガンジーの語った、
「世界の全ての悪魔は、人々の心の中にのみある。 だから私達は心の中でそれらの悪魔と戦わねばならない。」

 といった考えと本質としては同じものだと感じている。 更に言えば、星の王子様の最後のあたりの言葉も似たようなものだと思う。「一番大切なものは、目には見えない。」 


 こういった考え方に、僕はとても共感している。 特に、科学技術のめまぐるしい発展とともに、心の中の大切な何かを無くしそうな危険をひしひしと感じている現在においてはなおさらだ。 (ちなみに、ドストエフスキーは、これをもって、現在のローマ・カトリックに対して猛烈な批判を加えている。 キリストが生きているときには、聖殿・教会などなかったのに(王国は人々の心の中にあったのに)、ローマ・カトリックは地上に王国を作ってしまった、と。) 
 
 
 今日は、キリストの誕生日とされる日の前日。 この様子を、彼が見ていたらどんな心境になるのだろうか。 そんなことを考えていたら、ついついエントリーを書いてしまった。



 写真は、東京国際フォーラム。 ノアの箱舟に見えるのは気のせいか?
小旅行記。
 千葉の日向まで行ってきた。
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無人駅。


 話はちょっと前にさかのぼる。


 最近、考え付いたら即行動がモットーになりつつある。
 blogを通じて知り合ったこでまりさんの日記がかなり素敵だったので、是非お会いしてくださいと懇願。 その後、数回連絡を取り合い、今日、彼女のお宅で開かれるパーティに参加することになった。


 
 とても緑が多くてきれいな土地だった。 自らの足音や衣擦れの音を聞くことが出来て、ふと見上げた空が広大な、こういう町に僕は住みたい。 
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 20分ほど迷って、こでまりさん宅へ到着。 
 今日のパーティのルールは、英語で話すこと。 gospel.jpg
 
 半年以上英語で話していなかったので正直ちょっと不安だった。 けれど杞憂でした。 色々な人たちがいて、とても楽しいお話が出来ま
した。 

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 Msこでまりは自宅で子供達の英語の先生をしていて、Mrこでまりは現在博士論文を執筆中。 都市の変遷についての論文だそうで、その調査のために、千葉という土地は絶好の場所なのだとのこと。 

 手料理、すごく美味しくてビックリしました。
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 とても陽気で素敵な方々でした。
 人の縁というのは面白いものですね。



 お土産の名産品ピーナッツをいただき、東京都を横断して横浜へ。

 以前お世話になった方のお宅を訪問する。 前に写真で見せてもらった赤ん坊がすごく大きくなっていた。 デジカメで写真を撮るのを忘れていた・・・ 
Valuationケーススタディ①:NOPLAT算定まで。
 一年365日、特別な日はないという言葉を座右の銘にしているくせに、忘年会をはしごしている僕がいる。。 日ごろ5~6時おきの僕にとっては、はしご先の二次会に向かう時点ですでにまぶたの重量がかなりのものになっていた。

 現在2時。 けれど、気合で書きます。 
  
 バリュエーション第一弾。 
 
10年前の自分に語る。
 お呼びをいただいて、中学3年生の前で話をしてきた。
 こういう場に呼んでいただけるのは本当にありがたいこと。 極力出れるようにしている。 なぜなら、子供たちが未来を創るのだから。 僕自身、中学2年の頃の歴史の先生の影響を強く受けている。 彼が語った「率直であること」、「疑問を持つこと」という考え方は、今も僕の頭にがっしりと根付いている。

 多い人数の前で話すときには、真心をもって率直に己の経験とビジョンを語ることを心がけている。

 さらに、今日特に心がけようとしたスタンスは:
 ・わかりやすい言葉遣いをすること
 ・聞き手に質問を多めにしながら話すこと
 ・ジェネレーションギャップを聞き手の表情から読み取り、少しずつ調整していくこと
 ・将来の仲間と考えること

 の4つ。
 特に、将来の仲間と考えて話をするという点には最も重きを置いている。 



 大人数(1000人くらい)の大学生や高校生の前で長い時間話すことは今まで結構あったけれど、そういえば中学生は初めて。 そのため、今日、脳内ではこんな会議が繰り広げられていた:
 「つぎ、この単語使って話そうと思うんだけど、どう?」
 「おまえ、そりゃ、難しいって。 なんか他の言い方ないの?」
 「そうそう。 例えば、○○○とかさ。」
 「まあ使ってもいいけれど、こんなたとえ話使ってフォローしてみたら?」

 ・
 ・
 ・
 
 正直、普段以上に頭が疲れた。
 わかりやすくものを語る能力の重要性を思い知る。 これは、メッセージ性を強くするにもとても重要なこと。 個人的な意見だけれど、メッセージは、小学校高学年の子には理解できるものでないといけないと思う(理解の深さはさておき)。



 漫画や、僕が作った歌(子供たちがほとんど知っていた)をところどころネタに織り込めたので、いい具合の一体感を得ることが出来た。 作った歌を歌うことをリクエストされた時は、さすがに面食らったが。。 
 
 
 明日、先生が感想を聞いてみるということなので、それを伺ってから、評価をしてみようかな、と思う。
 
 


 その後、GYUさんと食事。
 そういえば、面と向かって席を共にするのは初めてだった。

 アーティストの視点からの、適切なアドバイスをいただいた。 アドバイスをする際の言い回しがすばらしかった。 昔の出来事からやや婉曲気味に導入しつつ、結論はきっちりと。 こういう言い回しを身に着けたいと感じた。 そして、マジシャンを志す(内輪ネタ)。
 


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 本日チャレンジした三蛇酒。
 店員さんが注ごうと容器を持ったら、変な沈殿物が浮かび上がった。。

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 アルコール度数、かなり高め。 そりゃ、低いアルコール度数の酒に蛇を突っ込んだら大変なことになるから当たり前か。
こころとくらし。
 うまくいかなかったときに、原因をどこに探すか。

 精神や思想から探す。
 
 という人は結構いると思うけれど、これだけでは足りないと思う。
 ただ、やる気がなかった、や、気合が足りなかった、もしくはそれらをもうちょっと洗練された表現に移し変えて理由にしてみても、事は大して発展しない。 

 重要なのは、精神のみならず、その精神を生み出した自らの生活や振舞を振り返ってみて、問題解決のための具体的な実践を考えることにあると思う。 
 
 一見関係なさそうに見えつつも、その人の精神と日常の生活というのは、とても密接な関係を持っている。 お互いがお互いに作用しあう。 片方がおかしくなると、多くの場合、他方もおかしくなる。
 精神が偉大とされる人間を見ると、みな、日常の生活も徹底している場合が非常に多い。 マハトマ(「聖なる魂」)と呼ばれた、ガンジーの暮らしを見ればいい。 南アフリカからインドへ戻った彼は、塗炭の苦しみを味わっていたインドの民衆と同じ農業をして、同じ服を着て、同じものを食べた。 回顧録で自信が振り返っているように、彼は元々皆が知るほどには精神の高潔な人間ではなかった(それでも一般的なレベルでは高潔だったとは思うけれど)。 彼のあの偉大な精神は、その日常から培われたものだと思う。


 ちょっと振り返って考えてみたら、僕が今まで育ってきた環境では、すべてにおいて、精神と行いの一致が徹底していた。
 囲碁の道場では常に座禅をさせられたし、サッカー部では声がきっちりと合うまでえんえんとグラウンドを走らされた。 大学での寮生活においても生活に関する規則がしっかり定められていた。 今になってより深くわかる、そのすばらしさ。 あの、無意味と思えもした日常のうちに、僕の未熟な精神は多少なりとも鍛えられていたのだと思う。

 「苦しい時ほど声を出せ」と、常に言い続けられた空手を久しぶりにしてみて、ふと思い出した。 感謝することが多くなった今日この頃です。
黄金株、条件付容認。
 とりあえず、ニュース速報として。

 東証、黄金株を一転容認へ 総会決議で無効など条件に

 黄金株というのは、拒否権を持っている株式のこと。

 この拒否権は、株主総会において発動される。 黄金株の持ち主が「拒否っ!」と言えば、賛成多数の議案を却下することが出来る。  ビジネスの世界でなくても、国連でアメリカがよく発動している拒否権vetoと同じようなものをイメージしてください。

 こんな株式の存在を認めることは、黄金株を持っていないほかの株主や、この企業に投資をする人々にとって大きな不利益をもたらしうるので、東京証券取引所(東証)は、原則禁止の立場をとっていた。 僕も、この意見に賛同する。 トータルで考えて、黄金株が企業の価値を向上させるとは、とても思えない。 死荷重を生じさせるだけだと思う。

 
 それが、今回、条件をつければ濫用されはしないだろうということで、容認の運びとなったわけだ。

 その条件として:
 ・株主総会や取締役会の決議で無効にできる。
 ・有効期間を限定する。
 ・導入する企業は、東証に事前に相談する。

 の3点をあげている。
 
 株主総会や取締役会の決議で無効にできるのならば、はじめから黄金株なんて認めなくてもいいような気がするのだけれど、どうなんでしょうね。。
あっという間に。
 このTaejunomics、yahoo検索したら、4万件ヒットするようになった。

 初対面の後輩や先輩に「ブログ見てるよ」と言われるとドキッとする。  


 ここまでブログを続けてきて、感じたこと。

 「自分のポジションを理解して、自分にしか書けないような、質の良いエントリーを出来るだけ多く書くこと」

 が、基本のようだ。 経営戦略と根本は同じだと感じている。

 
 「フランス 暴動」でヤフー検索すると、このブログが上位3位には常に入っている。今日は1位。  他には、「ミルコ 研究」でも、上位に入っている。笑  こういった地道な積み重ねが、ブログのアクセス数を延ばしていくようだ。 

 ただ、このブログ、僕が興味を持ったものについて手当たり次第に書いているので、読んでくれている人が需要してくれているネタがどこら辺にあるのかは、イマイチつかめていない。。


 引き続き、出来るだけいいものを書いていくつもりなので、これからもよろしくお願いします。 
最近の出来事に突っ込んでみる。
 まずは経済関連。
 
1.「ジェイコム株 単純ミスで大損失 東証「安全装置」なく」 
 
 今日はちょっと雲の上の人と話す機会があったのですが、彼曰く、「茶番だ」、そうです。 このあたりについては、詳細はやめときましょう。。 


 それより、決着のつけ方について。

 問題解決型で考えるべきだと思います。 ここでの「問題」と言うのは、今回の取引のみならず、これにならって以降起こるかもしれない同様の行為を含みます。

 競争的な自由市場において、
 「過誤にござりますれば、お許しのほどを。 後生でございますm( _ _)m。」
 ってのは、さすがに通用しないわけです。 

 本石町日記さんの記事をご参照。
 


 けれど、
 「間違ったで済むと思っておるのかっ!! 全額頂戴する!! だめなら身体で払ってもらおうか。」
 ってのも、それはそれで、問題がありそうです。 ミスにビビッて市場参加者が減ってしまう可能性があったりと、色々とコストがかかりそうです。 

 47thさんの記事をご参照。


 さらに、
 「すぐ取り消そうとしたのですが、お奉行様のお身体の具合が悪うございまして。」
 の、場合は、もうちょっと、事情を考慮する必要がありそうですね。
 さらに、相手が、奉行(東証)の身体の具合が悪いことを知っていたのなら、なおいとど。

 市場は自由でありつつも、公正であるべきなんですよね。 公正ってのはまた、曖昧な概念ではありますけど。

 で、どうしたものか。
 さすがに、「三方一両損」で、一件落着なり、みたいなことは無理ですね。。 (この、「三方一両損」という単語を使いたかったがために、変な喩えを使ってしまいました。。)




 はい、次。

 2.「カネボウ2社の譲渡先、花王連合に正式決定」

 ぱっと見、まあ、悪くないのかな、と思われるかもしれません。 けど、ところがどっこい。 花王は2年前、産業再生機構が介入する前に、すでにオファーをかけていたんです。 それに、産業再生機構が割り込む形で入ってきて、結果的に今回花王に譲渡されたということ。 
 RTC勉強会主催者、ちょーさんのエントリーご参照。 

 産業再生機構の官僚主義的な体制について意見が色々あるみたいですけれど、個人的に関係者のインタビューとかを聞いていると、そこまで官僚主義的ではないのではないかな、と、感じます。 例えばこの本ご参照。

 それでも、2年間あれば、もっと社会的に大きな価値を創れた可能性は高かったでしょうね。 そうであれば、経済全体の厚生には大きくマイナスです。  

 

 分野は変わり、社会問題。 
 
 3.「鉄筋減らせ」メモ…総研チーフ、自ら作成と認める
   
 皆さんお怒りの、この問題。
 黒幕は総研という見方が体勢をしめているようです。
 けれど、ちょっと穿った見方をついついしてしまう僕としては気になるところが。
 こういった、単価が高い産業でスキャンダルが起こるときって、今までの出来事を見ていると、さらに、ある職業の方々がかんでいる場合が多かった気がします。
 まあ、これは、ゴシップ的な疑いに過ぎないので、事実が明るみになる前は、何とも言えませんね。

 


 最後に、スポーツ欄。

 4.ベネットが金子賢の顔面破壊を予告=PRIDE  
 
 俳優の金子賢さんが、PRIDE参戦。 僕はこの俳優さんを良くは知りません。 誰か知っている人、教えてください。

 知名度が高くなれば、僕でもPRIDE出れるのでしょうか?  うーん、出たい(結構マジです)。 今年の目標の一つが、筋肉で10kgウェイトアップだったのですが、5kgで限界っぽいです。   本当はシウバとやりたいのだけれど、10秒で殺されそうなので、他の相手で。 色々とストレスがたまっている時期なので、このごろ威力が増してきている左ハイを思いっきり打込みたい。っておい。
立居振舞の美しさ。
 受験に備えて、高校生たちが図書館に殺到する季節、
 あなたは、図書館で研究をしていました。
 お昼になったので、荷物をそこに置いて、外に出ます。  
 食事を済ませたのち、ちょっと考え事をしたかったので近所を散歩していました。 

 一時間ほどたち、元の場所に戻っていると紙の切れ端が置いています。 それも、すごい汚い殴り書きで。

 「長時間離れるのなら、荷物を置いていかないでください   迷惑です」



 あなたは、どんな反応をしますか?

-------------------------------



 半年くらい前、立居振舞を正そうと思い立った。
 無用なことで人を怒らせる自分には嫌気がさしていたし、何より、自分の精神的な生活をもっと豊かなものにしたかったから。 かてて加えて、僕が将来する仕事は、人の恨みを買う可能性がただでさえ高いのだから。


 最近になって、立居振舞の根本が少しは分かった気がする。
 
 それは、「相手を思い遣る」ということ。

 すべての立居振舞の美しさは、これに尽きると思う。 
 たどたどしい動作をしない事や、所謂「洗練されていない」事というのは二の次なのだということに、この頃気付いた。 形式的な礼儀を身につけていなくても、思いやりが全身に行き渡った人の立居振舞は美しい。

 
 道端で相手とぶつかったら素直にあやまる。
 誤られて不快になる人なんていないから。

 外でご飯を食べたのなら、お店の人が片付けやすいように食器を纏めておく。
 外に出るときには「ご馳走様でした」、と挨拶。
 誰だって、こう言われたら嬉しいもの。

 コンビニでものを買ったら、店員さんに「ありがとうございます」、と言う。
 こうすると、お互い気持ちがいいもの。

 ゴミやタバコをなげすてない。出来れば拾う。
 地球の環境もそうだけれど、それを掃除している人がいるのだから。
  

 もちろん、時には意見の相違があるだろうし、自己主張をしなければならない時だってある。 「相手を思い遣る」といいながら、そこで引く必要は無いと思う。  けれど、1年単位で考えたら、そうして過ごす時間と言うのは、たいしたことの無い分量でしかないとも思う。 基本スタンスは、思いやりで行きたい。


 今になって、「人の気持ちを考えろ」と僕に毎日言い続けてきた父や、「てじゅん、対局後に碁石を片付ける時は、相手のことも思い遣りなさい」諭していた囲碁の道場の先生の真意が、少しは分かった気がする。




 ・・・それなのに、冒頭の紙の切れ端を見たときの、僕の第一反応は、「カチン」、だった。  そして、その後に、カチンと来た自分が恥ずかしくなる。  「そんな言い方しなくてもいいじゃないか」と言う台詞は、「悪かった」と自分が反省した後に、出てくるべきもの。 思い遣りの行き届いた人ならば、そうするだろう。
 

 道は遠いなあ。
Valuationケーススタディ予告。
 バリュエーション(企業価値評価)においては古典的な地位を占めつつある、valuationの第四版。 やっと理解できたかな、という感じがしたので、早速、実践に移ってみたいと思います。 以前よりははるかにまともなものが作れる気がしています。

 ケーススタディの内容は、以下の通りです。
 1.財務諸表その他広報されている資料から、企業の過去を観察し将来を予測して、企業の価値を算定。 
 2.その企業の株が割安か割高かと言うことを判定します。
 3.そして、自分で算定した割安割高の判断が正しかったかどうかについて、6ヵ月後くらいの株価を見て、判断します。


 ここで報告した理由は:
 ・後には引けないように自分を追い込みたかったから
 ・専門職に就いたら、ブログ上でこんなレポートは絶対に書けなくなるから
 ・valuationにおいて避けては通れないいくつかのassumptionが妥当かについて、見ている人の評価を仰ぎたいため(Tetsuroさん、47thさん、MIさん、他の皆様、よろしくお願いします。)


 の3点です。 

 
 一週間以内にエントリー第一弾を載せます。
 第一弾は、練習台としてふさわしい、長期的に安定している業界に属していて、コア事業が主流を占めている企業について。 流行とかも考えると、鉄道でしょうか。。 

 
 ※但書
 報告の内容を信頼して投資を行い損害を蒙ったとしても、一切責任は負いません。 平たく言えば、「おまえを参考にして株勝ったら大損したぞこらっ! 金返せ。」という請求には応じることは出来ません。


 と、追い込んだところで、明日からエクセル君と作業を開始したいと思います。
 
 ではでは。
六本木―広尾散策。
 数日前、広尾で人と会う用があったのだが、かなり時間があったし、考え事をしたかったので、広尾―六本木間をブラブラ散歩していた。

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 ルーマニア大使館のすぐ近くで、デザイン家具の展示会をしていたので、つられるがままに入る。 内心、猛セールスをかけられたらどうしよう、、とか心配していました。 しかも、終わる間際だったのか、展示室内には案内をしてくる方以外には誰もいなく。。
 
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 と、そんな心配は杞憂に終わる。 案内してくれた方はとてもいい方で、嫌な顔一つせず、色々と説明や、撮影の許可などをくれました。 この写真は、彼女に一番いい配置や角度を考えてもらって撮ったもの。

 こういう、シンプルで面白いつくりのものが、個人的にはかなりツボ。 色弱なので、モノトーンも好きだし。 そのうち、こういう家具をそろえてみたいな、あ、でも自分で作るのも楽しそう、とか妄想しながら、お礼をしてその場を後に。 アクタスの宿南さん、どうもありがとうございました。
 

 展示会場を通り過ぎ、坂を上る。 もう、六本木ヒルズは目の前。 そこを通っているけやき坂。 都内でも結構有名なライトアップなんですよね。
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 無宗派だから、クリスマスそのものについては特に何も考えることは無いのだけれど、ただ純粋に綺麗。 通り過ぎる車や被写体の人ともあいまって、とてもいい絵だったので、ついつい写真を撮ってしまった。 年中の色々な行事は、それそのものの意義のみならず、それに付与される意義の強さに、かなり左右されるのだな、と、この頃感じている。 
 
 写真を一人で撮っている自分を省みて、言いようの無い孤独感を覚える。 ・・・そう、周りは、カップルだらけ。


 すごい綺麗だったので、首都圏在住のカップルの人は、足を運んでみてはいかがでしょう。 気合を入れて誘うのもありですよね。  ただし、一人で行く場合は、ホッカイロを10こくらい持ってたほうがいいかもしれません。 そうしないと誰かさんみたいに、、、
 
  気温+赤でなく青いライトアップ+孤独感=「おお、寒っ」
「『自分かっこいいな』って思っている音楽は5秒で飽きる。」
あまりにも強く共感したので、脊髄反射的にエントリーを書いている。


 普段見ないテレビで、アーティストの紹介をしていた。
 Def Tech
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 def techというユニット名には、「技術に偏重しない」という意味があるらしい。

 

 2人組のボーカルユニット。

 彼らが歌を作る時に考えていることを話していた。

 「自分のために作った音楽、『あ、自分かっこいいな』とか思っている音楽には5秒で飽きる。 人のために作りたい。」

 
 本当に同感。
 僕は、ジャズ・ヒュージョン系のジャムをするときとか、その他、スタジオで遊んだり、バックで演奏する時には、楽しむことを重視して取り組む。 技術があったほうが楽しいに決まっているので、当然技術にもこだわる。 

 けれど、歌詞のついた歌を自分で作るときは、def techの二人と全く同じ姿勢で取り組んでいる。 

 自分で作る歌詞つきの歌は、いつも、聞いてくれる人の事を考えて作る。 何か発見をあげられるか、元気をあげられるか、その人たちの支えの一つになれるか、などなどと。 やっぱり僕にとっては、ジョン・レノンやボブ・マーリーが歌作りに関してはヒーロー。

 だから、詩には本当に気合を入れている。 今のところ、ハングル以外では詩を書いていない。 これは、自分の魂に一番呼応してくれていると感じるのはハングルだという理由からだった。 けれど、ハングルをわからない友人たちにも聞いてもらいたいので、日本語での歌詞も書こうと、最近思っている。

 僕が作った歌が入ったCDを聞いた人から、「歌詞がよかった」といわれる時は、何よりも嬉しい瞬間。 

 自分で納得のいく歌の数が、そろそろアルバムに出来るくらいになったので、自分でCDを作ろうと思っている。 やれるのは今のうちかもしれないので、近いうちに、と思っていたのだが、今日の彼らをみて背中を押された気がした。
 歌詞と楽譜をちゃんとした形で完成させて、2,3日で作り上げようと思う。 演奏を打込みにするか生にするかは思案中。  演奏でするときは・・・頼りにしてまっせ、トニー先輩、きょんしむ。
危険を伴わない勝利なんてありえない。
 手塚治虫「ブッダ」の中に、こんな話がある。
------------
 ある病人。 人々は彼に薬を与えようとする。 しかし、彼は次から次へと人々に質問をする。 「その質問に答えない限り、私はその薬をのむことが出来ない」と言って。

 そう言っているうちに、その病人はついに死んでしまった。
------------
 それを思い出した。


 人生は短い。 結論が論理的に完全に出るまでは考えよう、と、あれこれ考えていて、いつの間にか人生の落日を迎えているというのは、悔やんでも悔やみきれないことだと思う。

 考えることも大切。 でも、それ以上に大切なのは、決断すること。 そして、その達成のために全力を尽くすこと。
 
 行動して満足する結果が出るとは限らないけれど、行動の無いところには、何も起こらない。

 
 ハイ・リスク、ハイ・リターンは、投資の世界だけじゃなく、世界全般の鉄則だと思う。 僕がやりたいことは、リスクを負わないでやり遂げられるものでは無いと、改めて考えるようになった。 どのくらいの大きさのリスクをいつとるのかという、そのタイミングだけは決められるけれど、リスクを避けることは絶対に不可能。


 自分がリスクをとるのだとリアルに考えた時に、妙に腹が据わった。
 不思議と心地いい。



 JUNさん、本当にありがとうございました。
協力者求む@企画書作成。
 ある商品の企画書を作って、企業に売ろうと思います。
 そんな企画書の作成に協力してくれる人、いませんか?

 0.動機
 転職のための手続に予想以上に時間がかかっていて、今、かなり時間をもてあましています。
 このところ、図書館にこもって勉強していたのですが、こういう経験を出来るのは今のうちかな、と感じたので、思い立ちました。
 それと、この商品は公共の福祉にも資すると感じたのも、動機のひとつとなっています。


 1.企画する商品について。 
 商品のアイディア、個人的にはいけるんじゃないかな、と思っています。 パッと見たところ、まだ、市場に出回っていないようです。 既に生産体制に入られていないことを願うのみ。。


 
 2.協力してもらいたい人
 ①工学系で、電子機器系の商品に対して技術的な知見を述べることが出来る。
 ②企画を根拠付けるのに有効な統計を考えることが出来る。
 ③統計のサンプルを集めるために、労苦を厭わず駆けずり回れる。 
 ④ビジネスの論理の枠組みに沿って、批判的に物事を考えられる。 
 
 以上のうちのどれか一つでも該当する方、よかったら、お手伝いお願いできませんか? コンサルタント経験のある方、事業を立ち上げた経験のある方は大歓迎です。

 別に該当していなくても、是非やってみたいという人は、ご一報ください。


 人数は、5人を予定しています。
 定員が埋まり次第、締め切りの報告をします。



 3.応募先と締切

 -応募先 
 stjofonekorea@hotmail.comまでメールをください。 掲示板のシークレットコメントは、結構見落としてしまいがちなので、出来ればメールでお願いします。
 
 ※応募時に、夕方(7時~)の予定が空いている日について、ともにお知らせください。


 -締切
 12月15日(木曜日)24時までとします。 
 ちょっと急ですが、よろしくお願いします。
 

 
 4.期間について
 12月中旬に会議を開いて、年内(遅くても年始まで)に企画書に完成させてしまい、年明けに提出しようと思っています。 
 提出までに、最低3回の会議を予定しています。会議場所は、23区内とする予定です。
 統計のサンプル集めは皆で行おうと思っています。



 5.報酬について
 売れたら山分け、というシンプルな方法を考えています。 まあ、これは相談して決めましょう。
 


 その他、不明な点などありましたら、ご連絡ください。 



 どうぞ、よろしくお願いします。
キリストとモハメッドとブッダが会談したら。
 と、考えて、妄想に耽っていた、図書館での昼下がり。 



 多分、仲良く話し合うのじゃないだろうか、と思う。
 根本原理の人間愛という点では共通しているから。
 

 原理原則が弱い人ほど、枝葉末節にこだわるのかもしれない。

 大きな木を見るといい。
 葉や枝は風に揺れ動くけれど、幹はがっちりと大地に根ざしてびくともしない。 

 




 余話として。
 論理の枠組みだけでは説明できない規範や信条を持っている人の心の中には、神がいるのだと思っている。 それをどう呼ぶかには色々意見があるだろうけれど、精「神」という呼び名をつけることには、少なくとも、誰も異論をもたないのだろうと感じている。
世界で一番強い力。
 世界で一番強い力は、連鎖の力だと僕は考えている。 僕は、この力を信じて生きて行こうと思っている。


 例えば、核分裂。 原子核が中性子を吸収して核分裂を起すと、それは次々と連鎖反応をひき起こす。 代表的なのは、 ウラン235+中性子 → バリウム+クリプトン+3個の中性子 か。

 さらに、例えば、経済における、有効需要政策や信用創造政策。 どちらも、連鎖反応(波及効果)を通じて初期の投入よりも大きな結果をもたらす。

 最後に、究極の例え。
 「ぷよぷよ」における、パヨエーン(発音あってます?)。 ゲーマーには、一番ピンと来るはず。

 
 
 けれど、別に、これは、自然科学や経済、ゲームの世界に限ったことでないと思う。 人の世でも同じだ。


 人々の間で連鎖を生まないものは、その時代に一時的に栄華を極めることはあっても、いずれ衰退している。 反対に、歴史を通じて世界に大きなインパクトを与えてきた事柄は、常に、人々の間で連鎖反応を起こしてきた。 たとえ、最初は小さな声であっても、それは、時を経るにつれ、どんどん拡がりを見せていく。 一人の声が十人に伝わり、それが百人、千人、一万人と。 迫害され続けていた世界最大の宗教がそうであったように。 ある革命が、16人から始まったように。
 

 今、世において、ネガティヴな連鎖反応がとても強いと、僕は感じている。 最たるものは、憎しみの連鎖と行き過ぎた物欲の連鎖だろう。 より悪いことに、両者とも、満ちることを知らない性質のものだ。


 ネガティヴな連鎖の力。
 この、世の中で一番強い負の力を乗り越えられるものはなんだろう?
 一番強い正の力、言い換えれば、ポジティヴな連鎖の力以外に無いのではないか。

 そう考えて以来、僕は、自分が生きている間に、ポジティヴな連鎖を産み続ける仕組みをつくれないものかと考えるようになった。 僕が死んだ後にも続くような、そして、現在渦巻いているネガティヴな連鎖を乗り越えられるような。 

 だから、僕が生涯をかけてやりたいものは、全て、この「連鎖」という考えがベースになっている。 日々の行動においても、完全ではないにせよ、「連鎖」は一つのキーワードである。

 そして、思い立ったものの一つが、ファンドの設立だった。 仕事を通じて、人々が真の意味で豊かになるモデルを、仲間と共につくりたい。 そして、その成功が、社会に連鎖的に波及するようにしたい。 日本のみならず、世界の色々なところで。 同じように、朝鮮半島の統一過程をよりよいものにするために貢献したい。 僕を育ててくれたコミュニティをもっと本当の意味で豊かにしたい。 
なんでファンドか? と、たまに聞かれる。 現状で考えうる選択肢の中ではベストであったからに過ぎない。 上の事柄を達成するのに他のもっといい方法があるのなら、それについて再考するかもしれない。 重要なのは目的であって、手段ではないのだから。 目下、「どういう時に強い連鎖が生じるのか?」、という問いに対する答えを追求している。

 
 ビジネスのみならず、あらゆる分野の仲間とともに、同じような連鎖をつくっていきたい。

 他にも、やりたい事がいっぱいある。  歌や詩をつくりたい。 世界中に学校や孤児院、病院を建てたい。 
 
 世の中について知れば知るほど、僕のやろうとしている事がとてつもなく難しいということを思い知っている。 特に、目標が近づくほど、困難は増大するのだと感じている。 どうしてもぶつかるであろう難関が、現時点で数限りなく見えている。

 けれど、一度しか生きられないのなら、僕は理想のために生きたい。 そう考えているから、今は、自分を取りまいた状況に翻弄されているけれど、目標のために努力をすることが出来ている。 

 事をやり遂げられたのなら、死ぬ間際には、満足しているだろうと思っている。 ゲーテの描いたファウストのように。 

 
 あの山の麓に沼がのびていて、
 これまで拓いた土地を汚している。
 あの汚水のたまりにはけ口をつけるというのが、
 最後の仕事で、また最高の仕事だろう。
 そうしてわたしは幾百万の人々に土地を拓く。
 安全とはいえないが、働いて自由な生活の送れる土地なのだ。
 野は緑して、よく肥えて、人も家畜も、
 すぐに新開地に居心地よく、
 大胆で勤勉な人々が盛り上げた
 頼もしい丘のまわりに平等に移り住むだろう。
 外では海が岸の縁まで荒れ狂おうが、
 中の土地は楽土となるのだ。
 潮が力ずくで土をかみ削ろうとしても、
 万人が力をあわせて急いで穴をふさぐだろう。
 そうだ、わたしはこういう精神にこの身を捧げているのだ。
 それは叡智の、最高の結論だが、
 「日々に自由と生活とを闘いとらねばならぬ者こそ、
 自由と生活とを享くるに値する」 
 そしてこの土地ではそんな風に、危険に取り囲まれて、
 子供も大人も老人も、まめやかな歳月を送り迎えるのだ。
 わたしはそういう人の集まりを見たい、
 わたしは自由な土地の上に、自由な人々とともに生きたい。
 そういう瞬間に向かって、わたしは呼びかけたい、
 「とまれ、お前はいかにも美しい」と。
 わたしの地上の生活の痕跡は、
 幾世を経ても滅びるということがないだろう―
 そういう無上の幸福を想像して、
 今、私はこの最高の刹那を味わうのだ。





 実は、このブログにも、そういう想いがこもっているんです。 だから、初めてブログを見てくれた人からメールなどをいただくと、本当に嬉しい気持ちでいっぱいになります。 もし、いいと感じてくれたのなら、是非、周りの人にも紹介してみてくださいね。 
仮説検証のありかた。
 どうしても納得できないので、誰か答えてくれたらありがたいです。

 ファイナンス理論で最も重要なものの一つに、効率的市場仮説(Efficient Market Hypothesis)というのがあります。

 それについて議論するのは、まあ、もっと勉強をしてからにすることにして、現在は、論文をパラパラ読んでいる状況。 semistrong formで効率的と言うのに一票と言うのが、現在の意見なのですが、stiglitzだとかの論文を読みながらちょっと意見が変わる予感も。 まあ、それは置いておいて。


 そこで見つけた、Ogden, Jen, and O'Connorの議論について、どうしても納得がいかないんです。 議論そのものより、論理的な部分で納得がいかないわけで。

 検証する対象は、当然ながら、市場の効率性。
  
 そこでは、こう述べられています。


 ある証券に対する市場の効率性は究極的には、いくつかの要素に依存している:
 a証券とその発行者の特質
 b証券が取引される市場の特質 (線はtaejunがひいたもの)
 c情報を集め処理するためにアナリストたちが用いることが出来る技術の効率性
 

 それと、あとの方で、規模の経済も効率性を高めるものとしてあげられています。 一応原文をのっけると、

 -------------
THe efficiency of the market for a security ultimately depends on several factors:
(a) characteristics of the security and the issuer
(b)characeristics of the market in which the security trades, and
(c)the efficiency of technology available to analysts to gather and process information...

・・・・・・・・
 Economies of scale in the production and processing of information, as well as in trading, dictate that the market will be more efficient for the shares of large firms than small firms.
-------------
 
 で、納得がいかないのが、市場の効率性が、市場の特質に依存するという箇所。 

 ある対象の効率性を立証するために、その対象の特質を条件とすることって、なんかおかしくないですか? え、別におかしくない?
 
 例えば、人の身体の循環は効率的である。 その効率的であることは、その人の身体の特質に依存している。 となるのならば、身体の循環の効率性を一般論として話すのには問題があると思うんです。
 
 どなたか、答えてくれたらありがたいです。
一級携帯電話士試験、2007年度過去問より。
(追記あり、10日午前6時)

 以下の文章を読んで問いに答えなさい。

 一般的に20代の一日平均メール数は30くらいという統計がある。 この記事を読んだ手順さんは、この1週間の携帯電話での受信メール数をチェックしてみた。 結果は以下の通りだった:

 今日 :2
 昨日 :3
 3日前:0
 4日前:2
 5日前:1
 6日前:0
 7日前:1


 この事実の説明として、最も説得力のあるものを1000字以内で述べなさい。 ただし、説明は、手順さん本人が聞いて傷つかない程度のやさしさを要するものとする。 





 追記:書きながらなんか痛い気がしてきたけれど、この一週間において、

 電話発信回数:4回。 
 電話受信回数:3回。 うち会話回数2回。
捨て猫物語4。
 大学の寮に入って間もない頃、不思議な夢を見た。

 キキと出会った、あのガード下を歩き回っている夢だ。
 僕は、彼女の仔である、黒猫を探していた。
 どこに行っても見つからない。 駄菓子屋に行っても、銭湯に行っても、商店街の色々なお店に入っても、それでも見つからない。
 途方に暮れているところで、目が覚めた。

 
 家に帰る。
 母が僕を見るなりこういった。


 「3匹の子猫のうちの、あの黒い猫が見つからないの。」


 犬は生きているうちに飼い主に仕えて、猫は死んだ後に飼い主に恩を返すのだという話を聞いた事があるが、どうやら本当かもしれない。 
 




 その後、キキはどうしてるかって?




 彼女は、子猫たちが育つまで祖母の家で1年くらい過ごした後に飛び出したきり、もう帰ってこなかった。


 その後のことを、僕は知らない。

 いいさ。
 猫は自由に生きるものだ。 
 

 けれど、祖母の家に行ったり、その近くを通り過ぎたりするたびに、今も、あのガード下で、淡い期待とともに足をとめる僕がいる。 相変わらず薄汚れた排水溝を眺め、あの陽射しの眩しかった日に、懐想のまなざしを投げかけるのだ。 
捨て猫物語3.
 よわったな。


 
 ここは、子猫に最初に出会った、上野のガード下。
 
 
 猫が好きな人は、猫のどこが好きなのだろう。
 生物は基本的に何でも好きな僕が、猫を好きな理由は、その自由気ままさにある。 主人がいなくても独立不羈の精神でひょうひょうと生きていく様をみながら、憧れに近い感情を覚えることさえある。

 元気になれば、挨拶もせずに颯爽と出て行くのだろうと思っていた。

 
 予想は裏切られた。
 離れようとしない。
 

 猫を連れて、そのまま家に帰ってきた。
 


 この猫が自分で勝手に出て行くまでは、育てよう。
 そう決めた。


 3週間くらいだろうか。
 よくも親にばれなかったものだ。

 昼間は、高校の生徒会室の本棚の中に隠していた。 先生、ごめんなさい。
 クラスメートの多くは知っているので、一緒になって、面倒を見ていた。
 
 名前をつけた。 
 キキ。 ジジだったらそのまんまなのでという、安直な発想。 
 相変わらず、皆はギルンと呼び続ける。


 その後、ついに親に発覚。
 ここまで至った経緯を話しながら、嘆願する。 
 
 一時的には、ここに住ましてもいいという話になった。

 爾来、キキは、うちの居候となる。
 春が来る頃には母となり、僕は大学の寮に入り、彼女たちは祖母の家に引っ越すことになった。
私の手帳利用の技術。
 ・目的の明確化
 ・モチベーションの維持
 ・自己の分析管理
 ・スケジュール管理
 ・アイディアの保存
 
 こんなところが、手帳の使い方の主なものだと思う。

 
 人それぞれ、手帳の使い方があると思う。
 僕の場合は、こんな感じ。

 唯一つ自信があるのは、このやり方は万人向けではないということ。 

 

 
 DSC01360.jpg

 購入した手帳。 システム手帳も捨てがたかったけど、肌身離さず持っていられるように綴じ手帳を購入(何を買ったのかは、こちら)。 止め具にはホワイトバンドを使用。 そして、多機能ペンには自分のイニシャルの彫刻入り。 愛着を持てるための工夫でもある。


 ビジョンについては、もっと大判のA4サイズの無地のノートに書き込んでいるから、手帳には細かいことは書かない。 明確になった目標については、カードに書き写して、手帳にはさんでいる。
 また、A4サイズの白紙を一枚たたんで脇に挟んでおいて、メモはそこにとることにしている。

 

DSC01359.jpg
 前口上はこれくらいにして、手帳の使い方の本論。
 手帳と連動させて、以下のことを行っている:

 ①自分のビジョンを鑑みて、月、週、日単位でやるべきことを決める。 これは、ビジョン用のノートや、パソコンを活用。

 ②やらなければいけないことを書き込む。 それは、絶好調時の自分の集中力やモチベーション(10日にいっぺん位の確率でくる状態)であれば、90分くらいの余裕を一日に残してやりきることが出来るもの。 個人的には、ここがポイント。 絶好調時の自分が時間をいっぱいに使ってやっと出来ることを書いたところで、達成は難しい。 けれど、90分余裕を残すことで、調子はあまりよくなくても、なんとか追いつくことが出来る余地がある。 ウサギと亀のレースにおける、亀の気持ち。 
 勉強や仕事のみならず、趣味なども含む。 もちろん、このブログも。  黒字で書かれているものが最優先の予定。 これは、黒の持つ厳格なイメージに起因している。 赤はやらなくてもいいもの。 鉛筆で書いているのは、変更の可能性があるもの。


 ③やりとげた事については、マーカーを引く。 
  ・1年のベスト10に入りそうな達成・経験は:黄
  ・うまくやり遂げられたこと、いい経験になったこと:青
  ・無難にこなしたら:緑
  ・反省すべきもの、改善の余地があるものは:赤

 ④思いつきは、備え付けの白紙か、右端の空欄に書いておく。 使えると思ったら、あとでノートにうつして保存。

 ⑤未決事項の時間数で、その日の勝ち負けを考える。 3時間分の課題を残してしまったら、3-0で負け、といった感じで。 逆に、決定事項以上に何かをすることができたら勝ち。 これは、月間予定表のエリアにメモする。 
 負けないために、と意気込んで、夜遅くまで頑張らない。 夜11時を過ぎたら、潔く負けを認める。 昨日は、3-0で負けました。悔しい。DSC01363.jpg



 ⑥夜、寝る前に、それらを振り返って自己分析。 明日とるべき対策を、秘密(でもないけれど)のブログに書く。
 ちなみに、昨日の敗因の一つは、集中力がいまいちの魔の時間帯(僕にとっては、2~4時)に、けっこう退屈な作業を持ってきてしまったことにある。 改善法は簡単。 その時間帯には、とても興味をもって行えるものか、単純作業を組み込む。 

 ⑦その日に感じたことは、日記に手書き。 レオナルド・ダ・ヴィンチの真似をして、左手で鏡面文字(鏡に映したように右左が逆になっている文字)で書いている。 

 ⑧寝る前に、次の日のイメージをしながら、そして、10年先をイメージしながら就寝。


 こんなところ。
 
  
 さらに、行動の指針として今現在考えていることを、5cm×15cm位のカードに書き込んで、それをしおり代わりに使っている。

DSC01365.jpg
 そのカードに書いていることは:
-修養において
 ・目的整合的か。
 ・効率的か。
 ・楽しんでいるか。
 ・克己しているか。

―対処において
 ・時代の先を見ようとしているか
 ・本質をつかもうとしているか。
 ・問題解決型で考えているか。
 ・人の気持ちを考えているか。

―所作において
 ・礼と立居振舞いは正しいか。
 ・布施の精神を保っているか。
 ・禅定を保っているか
 ・沈思厚重であるか。 

 の12か条。 マイ憲法。
 気付いた時にこまめに改善を加えている。
 


 志は重要だけれど、それのみによって、ゴールを達成できるものではないと思う。 僕はそんな怪しげな形而上学的想念の虜にはなれない。 よい想いのみならず、よい方法が必要。  明確な目標を立てることで、自分を強く動機付ける。 自分に打ち克つ。 自分を知る。 僕にとっては、そのための手帳。 これから一生これを保存していく事に決めた。 いつか、自分を振り返った時、力になるように。


 もし、参考になればと思って、エントリーを書いてみました。
 感想、アドバイスいただけたら、嬉しいです。
関東の大地震についての最近の研究。
 偽装問題の根の深さがどんどん露呈している。 けれど、問題を語るに当たって重要な材料の一つとなる、大地震についてのエントリーが全然無いように見受けられたので、書こうと思う。 偽装問題そのものについては、問題の実態がはっきりとわかってからしっかりとしたものを。 


 以下の内容は、雑誌・ニュートンに多くを拠っています。  個人的な憶測について書く場合は、はっきりと明記します。

 1.最近、地震増えた?
 2.関東大震災クラスの地震て、いつくるの?
 3.ほかの大きな地震は?
 4.地震は予測可能?
 5.起きたらどういうことが起こるの?


 1.最近、地震増えた?
 最近、地震が多いと感じている人が多いのではないだろうか? 
 理由としては、二つが考えられる:
 ・日本の下にある断層たちの多くが活動期に入ったこと。 記事によると、関西も活動期に入ったらしい。 東南海・南海地震(M8)が起こる50年位前から、断層は活動期に入るらしく、今がまさにそのときとのこと。
 ・地震計測技術の向上。 地震数が増えているのにはここら辺にも理由がある。 細かい地震についても探知できるようになっているので、結果として地震の報告数は増えている。 それでも、1926年以降報告された震度5以上の地震292件のうち93件が5年以内に集中しているのは、計測技術の向上だけによるものではないと、僕は感じている。



 2.関東大震災クラスの地震て、いつくるの?
 関東大震災クラスの地震の周期、何年か分かりますか?

 約220年。 関東大震災クラスのM8の地震は220年に一度起こっている。 関東大震災の前に起こった地震でM8のものは、1703年にまでさかのぼる(元禄地震)。

 けれど、安心は出来ない。 このM8クラスの地震がくる100年前くらいから、地殻は活動を活発化させる。 その中には、M7クラス(最大深度は6強になりうる)の地震が含まれている。 歴史的に見ると: 
 1923、関東大震災 震度7
 1894、明治地震  震度6
 1855、安政地震  震度6

 1703、元禄地震  震度7
 1649、慶安地震  震度6
 1615、慶長地震  震度6

 といった感じ。 大体M(マグニチュード)から1を引いたのが最大震度になるようだ。

 喜んでいいのやら、そうでないのやら。 
 けれど、最近の住宅偽装の問題を考えると、胸をなでおろせる問題では決してない気がする。 




 3.ほかの大きな地震は?
 関東圏内では、M7クラスの地震なら発生する可能性はかなり高いとのこと。 候補として挙げられているのが:
 M7.3:立川断層帯、東京湾北部
 M7.2:三浦半島
 M6.9:都心西部直下(渋谷あたり)、さいたま市直下、千葉市直下、横浜市直下

 だそうです。

 

 4.地震は予測可能?
 大きな地震に関しては可能。
 大きな地震の時は、震源がゆっくりと滑り始める。これをプレスリップというのだけれど、これを感知することによってのみ、予測が可能だそう。
 だから、来ることが明白と考えられている東海地震については、直前に予知することが可能だと考えられている。 調査のため、現在東海地方には、歪みの計測器が数多く設置されているとのこと。
 
 現在の技術では、プレスリップ以外で感知するのは難しい。 
 ※ちなみに、「地震雲」については、科学的な根拠は薄いとのことです。

 
 5.起きたらどういうことが起こるの?
 上で述べた東京湾北部地震(M7.3)が起こったときの首都圏の被害についての中央防災会議の報告によると以下の通り。 数字は概要。

A午前5時に起きた場合
 建物倒壊による死者     4200人
 急傾斜地崩壊による死者   1000人
 火災による死者 (風速3m)  70人
         (風速15m) 400人
 屋外落下物による死者       0人 

B午前8時に起きた場合
 建物倒壊による死者     3200人
 急傾斜地崩壊による死者    800人
 火災による死者 (風速3m)  70人
         (風速15m) 400人
 屋外落下物による死者     800人 


C正午に起きた場合
 建物倒壊による死者     2400人
 急傾斜地崩壊による死者    800人
 火災による死者 (風速3m) 100人
         (風速15m) 600人
 屋外落下物による死者     800人 


D午後6時に起きた場合
 建物倒壊による死者     3100人
 急傾斜地崩壊による死者    900人
 火災による死者 (風速3m)2400人
         (風速15m)6200人
 屋外落下物による死者     800人 



 だそうです。
 首都圏の人口3000万人を考えると、めちゃくちゃ多いというわけではないけれど、それでも、甚大な被害が考えられる。 さらに、件の建物偽装の問題があるわけで。。
 
 死者は少なくても、約700万人は自宅を離れ避難生活を余儀なくされるし、首都の機能は完全に麻痺することになる。 これは、日本のみならず、世界にもかなりの影響を及ぼす。

 

 天災は、防げるものではない。 これは、しょうがない。
 けれど、備えることは出来るのでるのであって、それこそが、人の智慧だと思う。
 モノの備えのみならず、何が起きても動じない、強い心をもっていたいものです。
 
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