Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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パレスチナ、アラブ人、ハマス勝利。
 日本の大阪にルーツを持つ、ナニワ民族がいるる。 ナニワ民族は現在、日本には住んでおらず、世界中に散り散りばらばらになっている。 世界中で差別を受けていたナニワ民族は、自分達の国を日本の国土に作る事を決め、運動を始める・・・ 

 こんな話をきいたらどう思いますか?
 荒唐無稽だと、多くの人が思うでしょう。
 だけど、荒唐無稽な話じゃないんですね。





[パレスチナ、アラブ人、ハマス勝利。]の続きを読む
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パレスチナにて。
戦車に乗った兵士がやってきて、俺の家をぶっ壊していった。
 次に、「ここから出て行け」と言う。
 となりで、拒否したやつが、頭を撃たれて死んだ。
 飛び散った血と脳みそ。
 死ぬのは嫌だから愛着のある土地を出て行った。

 同じ宗教の国の連中が、助けてくれるためか、うちの国に戦争を仕掛けてきた。
 あっさりと負けてしまった。
 4回やって4回とも惨敗。
 3回目なんて、6日で負けてしまいやがんの。

 負けるたびに、どんどん俺達の住む土地が減っていく。
 もう、家を追い出された仲間は、3分の2にもなったらしい。
 なんとか同じ宗教の国に逃げ込んでも厄介者扱い。
 どこに行けばいいんだ。
  
 せまーい場所に押し込められて生活している。
 外出するには、兵士達のいる検問を通らなきゃいけない。
 通るだけで、それこそびくびくものだ。
 兵士の気まぐれで死んだ人間が何人いたかわかったもんじゃない。
 前、陣痛が起こって病院にいこうとしていた妊婦が検問を通ろうとしたとき、やつら通さなかった。
 その女は、その場で子供を出産したらしい。

 水道も電気もままならない。
 下水? そんなもんあるわけが無い。
 だから、夏場になると、そこらへんが臭くなる。
 小便と大便と汗の混じった、すえたいやなにおいだ。
 虫が湧いてわけのわからない病気もはやりだす。

 こんな狭い場所に押し込めたにも飽き足らず、あいつら、たまに気まぐれか何かで爆弾を落としていったり、戦車やブルドーザーで家をぶっ壊していく。
 15歳の少年があいつらの『領土(?)』に石を投げようとしたら、射殺された。
 射殺した兵士と少年の間の距離は100m。
 兵士さん、まさか、その石があんたに届くとでも?
 どこまで奪ったら気が済むんだ。

 もちろん、あいつらのみんなが悪人じゃないのはわかってる。
 命がけで、俺らを助けてくれた人もいっぱいいた。
 何もしなければ、楽な生活を出来たのに、わざわざだ。
 だけど、その人たち、あいつらのなかでは「裏切り者」呼ばわりだ。
 
 俺達をテロリストだと言って、やつらは俺達の何もかもぶっ壊していく。
 もちろん、暴力を使うことは悪い。
 俺達の仲間のほとんどは暴力に反対だ。
 だが、俺達の一部の仲間がやった暴力の、数百数千倍の暴力を50年以上も続けてきたのは、どこのどいつだ?


 50年。
 そうか、もうそんなにも経ってしまったのか。
 2008年にはもう60年にもなってしまう。
 帰れるのかな。
 しわのよった自分の身体を見てると、もう先は長くなさそうだ。
 耳だけはいい。 
 鉄砲とか戦車とか飛行機の音を聞き分けられなかったら、生きてこれなかったもんな。
 
 ガザって場所から、俺達の住んでた場所に移り住んだ人々が強制退去させられてすごい問題になっているらしい。
 お気の毒だ。
 だけど、知ってるかい?
 その退去の様子が世界中のテレビで流れているとき、この国の東側では、あいつらが引き続き領土を拡大しつづけていた事を。
 知らないよなあ。
 いや、わかってるよ。
 俺達の声が世界に届いたためしなんて無いんだから。
   
 10年ぶりに選挙があるらしい。
 今まで与党だった政党、最初の頃は理想に燃えてたんだけれどな。
 いつの間にか、腐りきっちまった。
 仲間の政党にまで、俺達の声が届かなくなってしまった。

 しょうがない、ちょっと危なっかしいやつらだけど、他の政党に投票するかな。




<ハマス圧勝>中東民主化でイスラム勢力台頭

 25日のパレスチナ評議会選挙でのハマスの勝利は、中東で民主的選挙を実施した場合、イスラム組織が勢力を伸長する可能性が強いことを証明した。中東の選挙では昨年、エジプトやイラクなどで宗教色の濃い組織が勢力を拡大している。米政府が進める中東民主化がイスラム勢力の台頭を招くという皮肉な結果になっている。
(毎日新聞) - 1月27日20時57分更新 

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060127-00000145-mai-int
 



 
 書籍・知り合いから見聞きした事柄を元にして、自分の想像で書きました。
 僕は、「人は他者を代弁できっこない」と思っています。 けれど同時に、こうやって、世の中の不正義に対して常に可能な限りリアルに想像していくことは、とても重要だと思っています。

 「世界のどこかで何か不正が犯されたならば、いつでも強く感ずるようになりなさい。」 エルネスト・チェ・ゲバラ


 次回は、パレスチナの略歴について、主にそこに住むアラブ人の観点から書かれた書物を中心に書いていこうと思います。
エンロンとライブドア。
 前回の続き。

 エンロンは、一気に生じた債務により破綻。

 しかし、事は、エンロンの破綻のみではとどまらない。


 エンロンの監査を担当していたのは、当事アメリカでビッグ5に入っていた会計事務所のアーサー・アンダーセン。 アンダーセンにも批判が集中する。 
 当時、統合が進んでいたアメリカ会計事務所ビッグ5は:
・クラインベルト・ピートマーウィック・ゲーデーラー(KPMG)
・アーンスト・ヤング(E&Y)
・デロイト・トウシュ・トーマツ(DTT)
・プライスウォーターハウス・クーパース(PwC)
・アーサー・アンダーセン


 2002年1月にはアンダーセンがエンロンの監査に関する文書を大量に破棄していたことが明らかになる。 2002年3月には司法省が司法妨害の容疑でアンダーセンを起訴し、信用が一気に失墜する。 

 その後、アンダーセンは、同じくビッグ5であるKMPGと経営の全面統合をしようとするが交渉が決裂。 アンダーセンは地域別に他の会計事務所に統合される。 アメリカのアンダーセンは監査業務に特化した中堅会計事務所として生き残るため、7000人を解雇。 しかし、大口顧客の流出は止まらない。 その後、2002年6月15日には、ヒューストンの連邦地裁陪審団より有罪評決を言い渡される。 これを受け、アンダーセンは8月31日に監査業務を停止、消滅した。

 ビッグ5はビッグ4となる。 日本の監査法人との提携は以下の通り:
・KPMG  -あずさ監査法人
・E&Y   -新日本監査法人
・DTT   -監査法人トーマツ
・PwC   -中央青山監査法人


  
 エンロン事件がアメリカの経済に多大な影響を及ぼした理由は、事件が、アメリカの会計システムに対する不信を惹起したことによる。
 
 この、システム不信というのが重要なポイントだと思う。
 どんな大企業であっても、先進国においては、その企業一つの規模は全体の0.数%程度のものであり、経済全体に甚大な被害は及ぼさない。 だから、どんな事件が起こっても、それが「個別の事件」として扱われる限りは、社会に与えるインパクトは小さい。



 以上を鑑みると、ライブドア事件は、エンロンのそれのような影響を与えないだろう。
 ライブドアの監査法人は、ライブドアの息のかかっていたところであり、超有名会計事務所などではないから、監査の不行届も「個別の問題」として扱われる可能性が大きい。
 
 悪影響を与えるとしたら、東証のシステムの問題だろうか。 けれど、取引量の限界というものは、会計不信とは違って、是正すれば信頼の回復は容易であるから、やはり大きな混乱を起こすとは考えにくい。

 
 (で、今朝isologueを見たら、大分前に内容としては同じことが書かれていて、へこんだのは内緒の話で。)
エンロンの粉飾決算について。
 ライブドアショックは、第二のエンロンショックとなるのではないか、という話がちらほら出ている。

 結論から言うと、僕はこの見方に懐疑的だ。
 

  
 というわけで、エンロン事件で何が起こったのかを見てみる。 
 僕は、エンロン事件の時には別に興味もなかったので、「ああ、エンロン手会社が不正をしたんだな」くらいにしか知らなかった。

 ですので、簡単さはさておき、根本的な間違いがあったら指摘してくださると幸いです。
 

 エンロンの不法行為は、ざっくり言うと:
・SPEとのデリバティヴ取引を通じて、自社株の値上がり益を自社の損益に取り込んだこと
・本来連結すべきSPEを連結対象外としていたこと。
・SPEへの出資に関して適切な情報開示を行ったこと。

 の3つのようだ。 

(SPE(SPV)とは、Special Purpose Entity(vehicle)で、特別目的事業体とかいう風に訳されるようだ。 資産の流動化・証券化などの目的で作られるもので、ペーパーカンパニーのような実体である場合が多い。)


 とても単純化して図にすると、こんな感じ。
20060128231302.gif




 
 アメリカの規定では、SPEに対して独立の第三者が3%以上出資していれば、そのSPEは連結対象とはならない。 このSPEのリスクは高くて出資者が集まらなかったため、エンロンは実質的に損失補てんをすることによって外部の投資家を募った。 

 また、資産の変動リスクをヘッジ(リスクに対して垣根を作ること、すなわち資産価値などが下がったときなどにその下落を相殺するような仕組みを作ること。一番分かりやすい例は、保険。)するためにSPEを4つ作っていた。 しかし、ヘッジとは名ばかりで、SPEは実質的にはエンロン株を保有するだけの会社であり、SPEが保有しているエンロン株の値上がり益がエンロンに戻ることにより、株式の評価益が利益として取り込まれる。 

 さらに、エンロンは、SPEに対し割り当て増資で株式を発行、SPEは出資金を手形で払い込む。 エンロンはそれを、
受取手形 / 資本金
として貸借対照表へ計上。 しかし、本来、受取手形はアメリカでは資本金から控除されるべきもののため、エンロンは過去にさかのぼって資本の部の合計額を12億ドル減額することになった。 外れていた連結が連鎖的になされていった:

① 非連結のSPEとしての条件を満たすと見なされ連結してこなかったChewcoがその条件を満たしていなかったことが判明。 本来は97年11月から連結すべきだった。 
② Chewcoが連結されたため、同社がlimited partnerとなっていた、JEDIも同年までさかのぼって連結しなければならなくなった。 そうして、ChewcoとJEDIの借入金がエンロンの連結貸借対照表に表示されるようになった&JEDIの保有していたエンロン株の値上がり益のうち、Chewcoの持分が連結消去されたため、エンロンの連結利益も減少した。
③ エンロンがデリバティヴ取引を行っていた対象であるSPEも連結すべきだったことが判明。 そのため、エンロンとSPEの間での先渡しデリバティヴ取引によって計上した利益が消去された。 結果97年までにさかのぼり過去に計上していた純利益の16%に相当する6億ドル弱を減額修正することとなった。

 そして、2001年末の第三期決算において、上の簿外取引(帳簿に記載されていなかった取引)を特別損失として計上することによって、税引後純利益が6億1800万ドルの赤字となる事を発表。

 発表後、ウォールストリート・ジャーナル紙上で取引の不透明性に関する報道が本格化する。
 結果、10月初めに30ドル代前半の株価が年末には10ドル代前半にまで下落。 ムーディーズによる格付も10月末にBaa1からBaa2へ、その2週間後にはBaa3へと引き下げた。

 疑心暗鬼の連鎖は止まらない。
 これらを修正したことにより、「他の3500以上あるSPE(そのほとんどは連結対象外)にも同じような問題があるのではないか」という疑心暗鬼が市場関係者に生まれた。 ディスクロージャーが弱かったため、不信は更に増した。

 その後再び11月にエンロンは次のように発表:「1997年にまでさかのぼり、過去に計上していた純利益のうち6億ドル弱を減額修正する。」 


 エンロンには、自社の債券格付や株価が一定水準に下がった場合に、債務の返済義務が発生する条項があることがこの時に判明する。 それを受けて、ムーディーズはさらに5段階格下げし、エンロンは投資不適格となる。 条項に従い、39億ドルの債務返済義務が発生。


 と、ここまで書いておいて、次回へと。
思いやり。
 このごろ、本当に多くの人が親身になって助けてくれている。
 感謝してもしきれないという思いとともに、一つの確信も持つようになってきた。 その確信は、僕の10年後、20年後についての希望を与えてくれる。


 文豪トルストイが、「復活」にて書き記した一節が見事にその確信を言い表してくれている。

 「社会や秩序がとにかく存在しているのは、他人を裁いたり罰したりする、こうした法律公許の罪人どもがあるからではなくして、こうした堕落があるにもかかわらず、人々がとにかく互いに思いやり愛し合っているからに他ならない。」
加算できないもの。
 当たり前のことなのかもしれないけれど。

 
 個人の能力は、ほとんどの場合、集団のそれに勝てない。
 どんな物知りでも、1対1万人で物知り大会をしたらまず勝てないし、どんな力持ちでも、1対1万人で綱引きなんてさせたら、100%勝てっこない。

 集団のもつパフォーマンスというのは、ものすごいものだ。
 これは、集団の規模が増すのにしたがって、その集団がもつ情報量や物理的な力が増すことに理由がある。 情報や物理的な力はかさんで切るのだ。 (当たり前か。)

 
 けれど、集団の規模が大きくなっても、そう簡単には向上されない性質のものがあることに、今更ながら気づいた。

 それは、良心、志、倫理、思いやり、など、人の精神的なもの。 これらは、集団の規模が拡大したからといって、個人のそれを絶対に上回るとは限らないものだ。 例えば、ガンジー一人対1万人で我慢比べ合戦をしたら、ガンジーが勝つかもしれない。 
 
 
 加算することの出来ないもの、それこそ、コア・コンピタンシーなのではないか。 特に、情報技術が著しい発達を見せている、21世紀においては。

 だったら、知識や規律をある程度持ちつつも、自分の精神的な側面をより深めていくべきなのだな、と、今日改めて思うようになりました。
神話化の論理からの脱却。
 好きな学者の一人に、小熊英二という人がいる。
 その人の本に「単一民族神話の起源」というのがある。
 日本において、単一民族論がどのようにして発生・定着していったのかを豊富な資料と共に説明している。 彼は、過去の神話化の本質は、「他者と向かい合って対応を図る煩わしさと恐れから逃避し、現在に当てはめたい自分の手持ちの類型を歴史として投影すること」と喝破する。

 その本の内容はさておき、その結論部の占めの言葉を引用しよう。

 「求められているのは、神話からの脱却だ。それは、若干の労力を要する。年齢と経験を経るごとに、人間の知識在庫は蓄積され確信を増し、一方で相手と一人一人誠実に対応する体力は低下してゆく。 その関心と疲労の隙間に、神話は忍び込む。 だが、そのことに意識的となり、神話にとらわれる一歩手前で踏みとどまるだけの力は、誰しも持ちあわせていると信じたい。
 異なるものと共存するのに、神話は必要ない。必要なものは、少しばかりの強さと叡智である。」



 厳密な論理的思考をやめるようになると、個別の物事に関連性を無理やりに見出したくなる。 それは時には必要なことなのだけれど、最大限用心して行うべきものだと、僕は考えている。 必要だとしても、帰納的飛躍は、最後の最後に一度きり使うべきものだ。
 
 

 たまにコメントしてくれるすぐr先輩が紹介していた記事を読んだ。
 http://www011.upp.so-net.ne.jp/dennews/chok.htm

 語っている内容こそ、現在のメディアの体勢を占める内容と違うけれど、その議論の進め方は、小熊英二風に言えば、一種の「神話化」に他ならないと思う。 別に、紹介した議論だけでなく、僕達がよく見る、いわゆる『ウヨク』・『サヨク』の言論ともに、「神話化」の論理をどれだけ内包していることか。

 いつまでも、点と点を無理やり線として見たがる衝動を抑えらえる、強い智の力を持ち続けたいものです。
ネット時代のありがたみ。
 ブログにコメントをくれる人の中に、是非お会いして話を聞いてみたい人が数人いる。 その一人が、ファイナンス関連で貴重なコメントをくださっているMIさん。
 今日お会いしてきました。
 
 クールで優しいお兄さん、というのが第一印象。

 お忙しい中、転職に関してのアドバイスや業界の内情などについて貴重なお話をしてくれて、学ぶことがとても多かった。 いつか一緒に働ければなあ、と思っています^^。
 

 思ってみると、去年の後半は、ブログやSNSを通じて多くの人と接し、その後に直接会う機会が結構あった。 今まで会った人はみんな素晴らしい人たちで、一度一度が貴重な出会いだった。 ネット時代のありがたさですね。


 今年も、このブログを通じて色々な出会いがあればな、と思っています。 そのためにも、引き続き、自分を知的にも精神的にも発展させながら、より良いものを書いていければと思っています。







 全然関係ないのですが、帰り道にすごい看板を見つけたので:
 DSC01481.jpg
行ったことがある人、情報ください・・・!
ちょっと息抜きを。
 週アスバザールの昔の広告より。

 2b0488f3_640.jpg

 右下に注目。
 まるで別人と言うより、文字通り別人ですね。。
自白の心理学:今後のライブドア報道その他をよりよく見るために。
 「一日に何回更新してるんだ?」と思われるかもしれませんが、それでも、書くべきと考えた問題は、全て書きたいと思っているので。

 堀江氏らが逮捕され、取調べを受けている一方で、重要な判決があった。 ライブドアの一件を含む、今後のメディアの報道に対して、大きなインプリケーションがあると思うので、覚えている限りで書いておく。 

 1.偽の自白のタイプ
 2.「自白」が作られる環境
 3.容疑をかけられた時はどうするべきか?
 4.結びに

 
 男児連れ去り・誘拐殺人で無罪判決(読売)
 
 愛知県豊川市のゲームセンター駐車場で2002年7月、同市平尾町の会社員村瀬純さん(28)の長男、翔ちゃん(当時1歳10か月)が連れ去られ、殺害された事件で、殺人と未成年者略取罪に問われた元トラック運転手河瀬雅樹被告(38)の判決が24日、名古屋地裁であった。

 伊藤新一郎裁判長は、河瀬被告に無罪を言い渡した。

 
 
 無罪判決の主な理由は、証拠が容疑者の自白以外になく、その任意性・信用性が疑わしかったこと。
 
 以下、順を追って説明していきます。



1.偽の自白のタイプ

 「は? 本人が『やりました』と言ったのならそれで十分じゃない!?」
 というのが、一般的な考え方だろう。 ところが、人間は不思議な心理的生き物で、時に嘘の自白を作り上げてしまう。

 嘘の自白には、大きく3つのタイプがある:

 ・身代わりの自白
 ~自分以外の大切な人がやったと思い込み、偽の自白をつくるケース。 時に、名声を目的として行う場合も多い。

 ・自己同化の自白
 ~周囲の誰もが信じず、かつ、自分の記憶に対して絶対的な自信を持てないようになり、最後には、自分がやったのではないか、と、思い込んでしまい行う自白。 

 ・迎合型の自白
 ~自分はやっていないという考えはしっかりとしているが、取調べのきつさに耐え切れず、行ってしまう自白。

 特に、冤罪の場合には、後者の2つの自白がなされる場合がかなり多い。 



2.「自白」が作られる環境
 
 取調べのための拘留期間は、最長で23日。
 拘留所に入るとき、容疑者は、男女関係なく、一度全裸にされ、身体検査をされ、その後、冷暖房もない独房と取調室を行き来する生活をするようになる。 常に監視の下に置かれ、取調室においては、容疑を強く抱いている取調官からきつい取調べを受ける。
 そんな23日は、気の遠くなるほど、長い期間である。
 かてて加えて、23日というのは、1件につきの期間であって、別件での容疑があれば、46日間拘留することが可能となる。 次々と別件を挙げられたら、容疑者にとっては、無限な時間に感じるかもしれない。 ユダヤ人強制収容所を体験した心理学者、V.E.フランクルなどが体験談とともに話しているように、「先行きが見えなくなると、どんなに屈強な人でももろく崩れる」ものである。

 こんな状況下で、安定した精神状態を保つのは、本当に難しいこと。 

 もともと、人間の記憶というのは曖昧なもので、動揺させるのは容易なもの。 上のような精神状態にある人間の記憶を揺るがすのは、いともたやすい。
 取調官たちは、
 「家に子供がいるんだろう。 全部話せば、すぐにでも釈放なんだから、早く話してみたらどうだ。」
 「親に連絡したんだが、親も泣いていたぞ。 ちゃんと話して、心をきれいにしようじゃないか。」
 「今話さなかったら、後で、もっと罪が重くなるぞ。」
 と、畳み掛ける。

 取調官は、2人いて、多くの場合、片方が強圧的なら、もう片方は懐柔的。 両者が交互にたたみかけ、弱っている容疑者の精神をどんどん揺さぶっていく。

 黙秘権がある。 この黙秘権は、取調べの前にしっかりと伝えられることになっている(はず)。
 けれど、考えてみるといい。
 自分は無実だと考えている人としては、「なぜ、黙っていないといけないんだ。 自分の口で、自分の無実を晴らせるのに。」、と、考えるのが普通の心理であろう。 
 けれど、こうして、むきになればなるほど、自分の記憶に確証をもてなくなったときに、人間はあっさり崩れるようになる。

 こうして、いつの間にか、すでに作られてあった草案と共に、やっていないのだから覚えてもいない「自白調書」が作られていく。


 いったん作られてしまうと、自白調書は裁判において強い力を持つようになる。 
 あとで、正常な精神状態に戻って「しまった!」と思っても、後のまつりなのである。


 
3.容疑者となったときにとるべき対策

 第一に、すぐに弁護士に連絡すること。
 第二に、下手に弁解しようとせず、黙秘を通すこと。 「私は、偽の自白が作られていく心理過程について知っています。 だから、黙秘することにします。」、と、話す。 そして、弁護士が来るのを待つ。
    
 自白調書がもし作られてしまっても、まだ望みはある。

 A.無知の暴露を探すこと。
 自白を決定的なものにする要素の一つが、「秘密の暴露」である。 犯罪を行ったものにしか知りえない情報がある。例えば、犯行時、現場の天気や、とまっていた車など。 それが、自白調書に記載されていると、自白調書の信憑性が一気に高まる。 けれど、この秘密の暴露すら、時には、取調官と共に作り上げられてしまうことがある。
 そういったときに、必要なのは、無知の暴露。
 犯罪を犯したのならば知っているはずの情報を知らないという事を、弁護士と共に見つけること。 それにより、調書の信憑性を下げることが可能となる。

 B.自白調書の不整合を探すこと。
 作り上げたものには限界がある。 どこかに不整合な点が見つかるはず。 それを探す。 

 
 4.結びに
 僕が事実の認識に対してあまりに保守的だという批判があるかもしれない。 けれど、冤罪や、「権力とメディアが結託して作り上げる言説が、事実へと変っていく」現在の状況を見ていると、これくらい保守的なほうがいいと僕は考えている。

 今後のライブドアの報道についてもそうだし、もし、これを読んでくれている人が、いつか容疑をかけられたときのために、エントリーを書こうと思いました。

 
 何かの援けになれば幸いです。
  


 参考書:
 浜田寿美男、「自白の心理学」(岩波新書・赤)
 嘘の自白がどのように作り上げられていくのか、その心理過程を克明に描いています。
速報:ライブドア、管理ポスト入り。
 ニュース速報。

 (追記あり:1月24日午前9時)

 <ライブドア>東証、監理ポストに割り当て(毎日)


 証券取引所を、サッカー場だと考えよう。

 管理ポストに割り当てられる事は、イエローカードを出されることに当たる。 経営不振やその他問題があるため、上場廃止の可能性がある銘柄を売買するポストが、管理ポスト。

 そして、レッドカードは、整理ポスト。 これは、上場廃止が決定された銘柄を取り扱うポスト。 レッドカードを出されたら、プレーヤーは大体30秒くらいで退場するけれど、整理ポストに割り当てられたら、3ヶ月以内で上場廃止。


 疑惑に関する事実関係がどうであれ、管理ポスト入りしたことで、更に売りが加速すると思われる。 昨年にファイナンスに興味を持ち始めた僕にとっては、金融市場の恐ろしさを垣間見るいい機会になるかもしれない。 国家権力とメディアが結託して、現時点では言説にしか過ぎないものをを事実に作り上げていく。 恐怖だ。

 取り急ぎ。


 追記:さらに、逮捕を受けて、堀江氏が辞任する見通しらしい。
 http://www.asahi.com/national/update/0124/TKY200601230308.html 
 ただし、最近の宮内氏の辞任ついてもメディアが勝手に書きたてたことがあったので、注視する必要はありそうです。

懸念に対して、エントリー書きました:
 http://stjofonekorea.blog6.fc2.com/blog-entry-395.html
買収時の株式交換とキャッシュの選択要因について。
 以前書いたライブドアの一件の基礎知識に関するエントリーに、47thさんやMIがコメントを下さったので、議論をより深められればと思います。

 買収時における、相手企業の株の購入手段について、研究の紹介。


1.持分と購入手段
 株式交換を行うと、当然ながら、買収前よりも、自社株の比率が減るので、会社の所有関係が異なってくる。 それが経営の運営に支障をきたすと考えられるのならば、特に現状において所有関係にかなりのばらつきがあるのならば、経営陣は、キャッシュによる買収を考えるだろう。 これは、Amihud, Lev, and Travlosによるもの(1990)。

 まあ、ライブドアのこれまでの成長経路は例外なのでしょうかね。。


2.Qレシオと購入手段
 (トービンのqというのがある。 これは、時価ベースでの企業の株式価値/企業の資本ストック(ここでいう資本ストックとは機械など)の再生産費用。
 Qレシオは、トービンのqを準用して作られたもので、株式時価総額/株式の簿価とされる。 基本的には、PBRと同じ。 株式の時価(Qレシオの分母)が高い、ということには、通常、「企業に将来投資機会が多く存在する」という期待が反映されている。 よって、Qレシオは頻繁に、将来の有力な投資機会を示す尺度として用いられている)

 将来にも有力な投資機会が見越されるのならば、株価は割高になるため、株式交換による買収を行うことが多く、また、相手企業のQレシオが低い(投資機会が少ない)のならば、よりその傾向は強くなる。 そのように、Martin(1996)は主張した。

 これは、ライブドアにも当てはまりそうですね。


3.購入手段とその後のパフォーマンス

株式交換による買収とキャッシュによる買収の場合、
 株式交換:買収5年後の平均リターンはマイナス25%
 キャッシュ:買収五年後の平均リターンはプラス61.7%

 という統計が出ているらしい。 Loughran and Vijh(1997)

 おそらく、買収の手段そのものよりも、その手段を選択することになった背景的要因が強く作用しているものと思われる。

 ライブドアの場合、、結果として当てはまりそうですね。
 
「分かった」ってどうやってわかるんだ?
 学生時代に構造主義をかじっていて、フーコーやサイードに影響を受けている僕としては、気をつけようと心がけていることがある。 

 それは、メディアの報道する事実と疑いの峻別。


 大学で刑法の先生が8コマくらいかけて冤罪をテーマに講義をしていたので、結構覚えているのだけれど、例えば、冤罪の場合:

 警察が容疑者を別件逮捕(例えば殺人を取調べる目的なのに、不法侵入の名目で逮捕)
  → 警察が作り上げた筋書きを元に、「自白」をとる。時に脅しながら。
    → メディアがその筋書きを「~であることが分かった」と報道。
 
 こういう手順を踏んで、「~であることが分かった」が製造されていた。

 
 だから僕は、例えば、こういう報道に対して疑いの目を持ってしまう。 下は、毎日の18日夕刊から:

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 ライブドア:出版社買収、新株売り抜け目的 「発行で資金調達」
 ◇6億6000万円還流

 ライブドア(東京都港区)グループによる証券取引法違反事件で、容疑の中核となっている情報誌出版会社「マネーライフ社」の買収は当初から、株式交換のため関連会社の新株を発行し、高値で売り抜けることが目的だったことが分かった。関係者は「新株の発行は紙幣を印刷するようなもの」と証言し、新規発行株は実際、株式分割により高騰した後、ライブドアが実質支配する投資組合が8億円余で海外ファンドに売却し、約6億6000万円がライブドア本体に還流していた。

 東京地検特捜部は、こうした手法がライブドアの「錬金術」の本質とみており、ライブドアの堀江貴文社長(33)らを追及し、グループの不透明な企業買収の実態解明を図るとみられる。

 関係者によると、ライブドアが実質支配する「VLMA2号投資事業組合」は04年6月、マネーライフの全株式を取得して買収。同年10月25日、ライブドアの関連会社「ライブドアマーケティング」(LDM、当時バリュークリックジャパン)が、既に実質ライブドアの傘下だったマネーライフを「子会社化する」と虚偽の発表をした。これに伴い、同組合はLDMとの間で、マネーライフ株とLDM株を1対1で交換する契約を締結。LDM側は株式交換に向け、1600株を発行した。この新株はその後に高値で売り抜けて現金化するためのもので、ライブドア関係者は特捜部の任意聴取に対し「マネーライフを事業に活用する計画はなく、資金調達の手段だった」という趣旨の説明をしているという。

 実際、LDMは04年11月、自社株を100分割すると発表して株価は高騰。同組合が株式交換で得たLDM株の総額は、当初の約2億8000万円が一時44億円余まで膨れ上がった。05年2月になって、同組合は8億円余でLDM株を海外ファンドに売却。その後、スイスの銀行や別のファンドなど複雑な経路をたどり、売買手数料などが差し引かれた約6億6000万円がライブドア本体に還流したという

 特捜部は、既にマネーライフが実質ライブドア傘下だったことを隠してLDM側が「株式交換し、子会社化する」と発表したことが同法違反の偽計に当たると判断しているが、一連の買収行為は、新株を発行して高値売却で資金を得る「仕掛け」とみている。

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 と、誰が、どのような方法を通じて、事実を確かめたのかについて、不明確な部分がある。 この記事なら、「実際、~」の部分は、事実。 けれど、それ以外の部分は、まだ疑いに過ぎないのであって、それを「分かった」と報じるのは、どうなんだろう。


 専門家の人々は、事実と疑いの峻別をきっちりやっていて、ブログを見ても、さすがと思うのだけれど、事実と疑いをごちゃ混ぜにしているブログのエントリーはかなり出回ってしまっている。 証取法の定義とはちがうけれど、これも社会通念的には、立派な「風説の流布」なのかもしれない。

 たまたま今回はライブドアだけれど、政治や歴史に関した問題について巷で論じられるときも、事実と疑いがごちゃまぜになっている場合が少なくない。 どうしたものなんでしょうね。


 ※一応、フーコーとサイードの代表作を紹介しておきます。
 ミシェル・フーコー :知の考古学
 エドワード・サイード:オリエンタリズム
健康どぅ宝。
 takaさん、ナルカワくん、また他に医療系の方、教えてください・・・
 

 以下の状態が大分長い間続いています:
 ・身体のどこかしらが痙攣する。 目はいつも。 今日は足も。
 ・しゃがんでから立ち上がったら95%の確率で目の前が真っ白になる。
 ・常に、船酔いしているような感じがする。
 ・目の上あたり(眉毛の裏くらい)が痛む。

 24年間で初めてなので、ちょっと戸惑ってます。


 今日いきつけの病院に行こうとしたら、休みでした。。
マネックスのみならず、松井証券もだったんですね。。
 何回か書いているのですが、このブログは、普段読んでくれている友人をメインに考えて書いています。 彼女・彼らの多くは、ファイナンスにそんなに興味があるわけじゃないので、それを考慮して書こうとしています。 結果として、説明が多くなったりディテールが弱くなったりして、専門家の方々には退屈なものになる可能性が大きいんですよね。  第一、専門家の皆さんを上回るクオリティのものを書けるわけもなく。。 てなわけで、ファイナンス関連はこれくらいの書き口がベストなポジショニングだと思って(勘違いして?)います。


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 さて、次は、証券会社数社の、ライブドア株への対応について。

 注文の殺到により、東証が取引停止になったのは、ほとんどの人が知るところだと思う。

 東証の市場としての効率性の議論は、ここでは置いておいて、今回は、その引き金となったマネックス、松井証券、その他証券会社について。

 「ライブドア株式を保有する個人投資家に対する保証委託金と代用有価証券の掛け目の変更により生じた追い証を調整するための売りの急増」
 が、引き金となった。 ちょっと説明していこう。


 -ライブドアの個人投資家
 以前のエントリーでライブドアが数度にもわたって株式分割をしてきた事を書いた。 株式分割は、実行後50日以内の株価変動を激しくするだけではなく、単位毎の株価が安くなるので、あまり大きな資金を持っていない人でも株を購入するのが容易になる。
 結果として、ライブドアの株式を持っている人間の数は、相当数になっている。 多くは、ネットを通じて株を売買する小口の個人投資家。 2005年12月25日の時点で株主数なんと22万人。


 -追い証 
 株価は変動するリスクがあるものなので、株式を購入する際に、投資家は証券会社に対し保証金を支払う決まりになっている。 リスクが低い企業の株式であれば、そのぶん要求される保証金は少ない。
 株価が大きく下がったときなどには、この委託保証金を追加で差し入れることになるのだけれど、この追加で入れる保証金を追い証とよぶ。

 追い証は、今回、委託保証金率と掛け目の変更によって生じた。


-委託保証金率
 上で述べた、信用取引に対する委託保証金のパーセンテージ。
 変更したのは、松井証券。 日経金融新聞によると、ライブドアグループ七社の保証金率をこれまでの31%以上から60%にまで引き上げる事を決定したらしい。 つまり、取引額の29%以下の追い証。 げげげ。  

 -代用有価証券の掛け目の変更
 株式の取引などにおいて委託保証金を出す際に、現金の代わりに有価証券で代用した場合、現金の担保価値を100%とすると、代用有価証券の担保価値はそれよりも低く評価される。
 この担保価値の%を掛け目という。

 マネックス証券が、ライブドア関連5社に対して、掛け目を70~80%から0%にまで引き下げた。。 つまり、「ライブドア関連5社の株は、1億株持ってきたって担保になりませんよ」ということ。 げげげげ。 たとえば、ライブドア株1000万円分で現金800万円相当を担保していた人は、現金を800万円追い証として出す必要がある。

 
 
 これを見たら、ライブドアの株を売ろうと思う株主は出る。 途方もなく多数のライブドアの株主が、市場の動きを見ながら何回かに分けて売ろうとしたら、もう大変なことになる。 結果、普段は300万件ほどの取引(約定数)が、430万件に上ることになった。
 
 結果、東証がパンクした。 

 
 ちなみに、マネックスが掛け目を0%にした会社は:
 ・ライブドア
 ・ライブドアマーケティング
 ・ライブドアオート
 ・ターボリナックス
 ・ダイナシティ
 の五社。

 さらに、松井証券が委託保証金率を引き上げたのは、上の5社プラス:
 ・セシール
 ・メディアエクスチェンジ
 の計7社。

 
 通常、掛け目の変更や委託保証金率の増加(=追い証要請)に関しては、市場の動きを見て、事件後1~2週間置いて行われるもの。 だから、ほかの証券会社もこれ以降に同様のアクションを起こす可能性はかなり高い。

 掛け目に関して、
 松井証券、楽天証券、カブドットコム、イートレード証券は、様子をみて変更する可能性を示している模様。

 委託保証金率に関して、
 イー・トレードとカブドットコムは東証の決定に従って考えると話している。


 嵐はまだまだ続きそうですね。。
投資事業組合の連結外しは違法か?
 疑いの一つ、投資事業組合との連結決算に関して、書いておきたい。 別に、ライブドアの味方をするつもりもない、むしろライブドアが今までとってきた成長経路や資金調達方法には、異論のほうが多い。 

 粉飾のそのものについては、
 磯崎さんのisologueと、
 47thさんのふぉーりん・あとにーの憂鬱を見てください。 とても勉強になります。
 
 それと、経験の産物である歯切れのよいコメントがすばらしい、
 ぐっちーさんのブログも是非見てみてください。

 事業会社が他企業を買収するときに、事実上傘下になるファンドを組んで、それを通じて買収を行うことが多い。 ライブドアの場合、投資事業組合がそのファンド。

 基本的に、ファンドに対して50%以上出資しているのなら、決算期にそのファンドのパフォーマンスを連結決算(平たく言えば、一緒の企業とみなして期間成績を報告する事)に取り込まないといけない。 なのに、それを外しているということで、違法の疑いがもたれているわけだ。 
 けれど、「いずれは売却する目的で企業に投資するファンドの場合、50%以上出資しているとしても、連結決算しなくてもよい」らしいんですよね。 今日の日経金融新聞を参照。 初めて知りました。
 
 この規定に関して、論点となるのは、「本当にこのファンドがいずれは売却する目的で投資を行ってきたか」という点。 たとえば、ファンドが典型的なバイアウト(安く企業を買って高く売る)を行っているのなら、50%以上出資していても連結から外すことに何の問題もないわけだ。 



 けれど、投資事業組合の行ってきた買収は売却目的じゃないでしょう? 
 というのが、検察側の考えなのだろう。 至極ごもっとも。

 ライブドアの言い訳として考えられるのは:
 投資事業組合は、いずれは売却する「目的」で投資(=買収)を行ってきた。 違う結果となったとしても、本来はその目的で買収を行ってきたのだ。 

 といったところなのかな。

 けれど、それを立証する証拠がどれくらいあるかには疑問があるけれど。 PCなども押収されているから、難しそうですね。

 勘違いなどについて、コメントくだされば幸いです。

 取り急ぎ。
どうなってるんだ。
 新聞記者さん、特に、経済関連の皆さん、本当にお疲れ様です。
 
 ライブドアショックに続き、東証の取引停止の可能性とは。
 とりあえず、明日の朝刊全部目を通すつもりです。 
Pro or Con?
 皆さんに質問なのですが:

 宮崎勤氏の死刑判決、賛成? 反対?

 理由付でコメントくださると幸いです。
ライヴドアへの強制捜査に関する基礎知識。
(専門家の方には、退屈なエントリーの可能性大です。
 GREEやRSSだと、図を見られないので、本ブログのほうで見てください。
 追加で記事書きました。http://stjofonekorea.blog6.fc2.com/blog-entry-393.html こっちは、ちょっとかたいかもしれません。
 )

 こういう時期ほど、メディアの伝える内容が疑わしい時期は無い。
 なぜなら、各メディアがお互いを出し抜こうと躍起になり、それが誤報につながるから。 岩波新書赤、「誤報」出来ればご参照。

 だから、まだ、この件についての明言は避けたいと思う。

 その代わりに、このブログを読んでくれている人には、もともと買収とかにさほど興味が無い人がいるとは思うから、とりあえず、知って得する基礎知識について、書いていこうと思う。

真実について。
 ランニングしながらの思いつき。

 真実は、いつも微妙なところにあると思う。

 弁証法的にかっこつけて言えば、
 真実は、理想と現実の統一体。

 今まで色々な事をしながら、よく言われるスキャンダルなどについて感じていること。
 
 いいと、皆が言うほど、良いものでも無いし、
 悪いと、皆が言うほど、悪いものではない。
 それが、事の真実だった気がする。

 バランスって、大事ですよね。
ライヴドアへの強制捜査について。
 証券取引法違反で、ライブドアに強制捜査が入っている。

 基礎知識編のエントリー書いてます:
 http://stjofonekorea.blog6.fc2.com/blog-entry-383.html

 ライヴドアの関連会社が、出版社を買収する際に、違反があったとの事。

 
 このブログで、事実が出る前にモノを書くのはとても珍しいのだけれど、一言だけ『推測』を書いてみる。


 確かにライヴドアは今まで色々スレスレの事をやってきたと聞いてはいるのだけれど、正直言うと、何かライヴドア潰しのような感じがしないでもない。
 多分、堀江氏が既存の財界の大物達と強いコネクションがあるのならば、こういうことは起こっていないと思う。
 

 完全に推測なのだけれど、特殊な環境で働いてきた(はずの)僕の直感。


  
以前書いた、スレスレの事についてのエントリー:
 http://stjofonekorea.blog6.fc2.com/blog-entry-34.html
 ファイナンスの勉強を始めたばかりの頃の記事。 懐かしい。。


評判のいい人は得をする。
 というのは、皆が感じていることだと思う。
 評判がよかったり、名声のある人だったら、何をするにも事がうまく運ぶ場合が多い。 信頼関係を築くことは容易だろうし、交渉などもうまく進みそうだ。 


 ゲーム三国志Ⅴでは、この名声が天下統一のために重要な事柄の一つだった、とまあ、それはおいておこう。

 この評判の事を英語ではレピュテーションと呼んでいる。 ビジネスの世界では、評判と言わずに、レピュテーションという言葉がよく使われる。 この名声をいかにして高めるかは、最近注目を集めていることの一つだ。

 以前エントリーで書いた研究、いけるところまでは、このレピュテーション概念を使って進めていくのも一つの手だと思う。 ファンドのレピュテーションとパフォーマンスに関する定量分析。

 
 レピュテーション自体が最近の概念であるので、研究の量はまだ多くは無い。 
 現在レピュテーションに関しての先行研究で有名なのは、チャールズ・J・フォンブラン氏のもの。 彼はレピュテーションの要因として:
 ・顕示性:注目がどれくらいされているか
 ・独自性:他との違いは明白か
 ・真実性:誠実に自らを提示しているか
 ・透明性:適切に情報を開示しているか
 ・一貫性:対話を確立しているか

 を挙げていて、これを元に「名声指数」を作り、それと企業の財務パフォーマンスとの相関を調べている。 彼によると、名声指数が高い企業は、財務においても高いパフォーマンスを示していた。


 彼の研究に批判的考察を加えつつ、それをうまく応用できればいいものが出来るかもしれない。
 
 批判的考察の対象はここら辺になると思う:
 まず、彼のレピュテーションの定義は明確でない。 レピュテーションの効果については語っているが、そもそもレピュテーションとは何かについての議論は弱い。
 
 レピュテーションの定義をよりよくすることによって、レピュテーションの要因についても、もっと掘り下げてみることが出来そうだ。 今挙げられている5つの要因は、どうもすっきりしない。 レピュテーションの要因と、レピュテーションをマネジメントするための原則がごっちゃになっている感じがする。

 そして、上のことからの帰結だけれど、測定手法も、より洗練されたものにすることが出来るだろう。 それでも、かなり恣意的なものになることは避けられないかもしれないが。

  
 応用については:
 応用の基本は、環境に対する考慮から始まると思う。
 PEファンドに関しては、ステークホルダーとビジネスサイクルを考慮する必要がありそうだ。
 そして、ビジネスのサイクルごとに、ステークホルダーごとに、レピュテーションとの関連性を見ていくと良さそう。
 
 何よりもまず、投資会社のレピュテーションは、普通の事業会社のそれと性質が違うと思われる。 少なくとも、各要因がレピュテーションに貢献するウェイトは違いそう。

 

 会社に出すレポートを書いている途中でつまったので、思い付きをまとめてみました。
物語は日常の中に。
 昨日の出来事。

 用があって出かけたら、すごい雨が降ってきた。
 軒先で茫然とする僕。
 その前を先輩が通りすがる。

 「うわー、大変だ。 傘持ってる?」
 「いえ。。」
 「そうか~、誰か余分に持っている人とか探した?」
 「ちょっと見たけどなかったみたいです。」
 「うーん。」 

 と、言いながらその先輩は去っていった。
 隣には、傘を持ったアーティストの女の子。

 「先輩、これ、使ってください。」
 「え、でも、君今からどこか行くんでしょう?」
 「ええ、でも、私は確か余分に持っているはずだから、大丈夫ですよ。」
 
 譲り合うことしばし。
 結局、彼女から傘を借りることになった。感謝。

 道を歩いていると、電話が。 さっきの先輩からだ。

 「てじゅーん、いま、傘見つかったんだけれど、どこ?」
 「あ、先輩。 傘、後輩に貸してもらえました。 ありがとうございます。」
 「あ、そ~なんだ。 わかった。 気をつけてね~。」

 
 夜中に家について、僕は先輩にメールを送った。もちろん後輩にも。


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てじゅん - 2006/01/15 01:16:07

 今日はお気遣いありがとうございました。
 あーいうときの思いやりって、身にしみます。

 感謝の気持ちまでにて。
 



ほし、あるいは、ひめ - 2006/01/15 03:11

ううん。
 ナはすぐ、傘捜せる自信がなくて、すぐ傘の話出せなかったことに、実は後悔してたんだ。

だから、むしろナがこのメールに救われた。
ありがとう。



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 こういうの大好きです。
 人は憎しみよりも、思いやりによって生きるんだって事を再確認。
最近ハマッたCD or DVD。
 かたいエントリーが多い気がしているので。

 最近のナンバーワンはこれ。
 Talking book
 talking.jpg

 30年前にして、すでにスティーヴィーワンダーの才能にビックリ。 一番耳に残っているのはギター。 めちゃくちゃ心地よい音を鳴らしてくれています。 パジー・フェイトン(友達から聞いた)がバッキングを主にやっていて、ソロはジェフ・ベック。 ジェフ・ベックというと、「ギターショップ」などでのテリー・ボジオ(ドラマー)との共演の印象が強くて、バリバリロックだと思っていたのでちょっと新鮮。
 圧倒的なグルーヴです。
 
 
 
 次。 大好きなエヴァンスから。
 Turn out of the stars

20060115102805.jpg

エヴァンスの死の3ヶ月前の演奏。
 死を目の前に自覚している人間の演奏。 
 ほんのりと暖かい沈鬱な空気が漂う。
 最後の曲のNardis、めちゃくちゃかっこいい。

 
 次はビョーク。
 vespertine 
 >vespertine.jpg


 ビョークのアルバムで一番好きです。
 中でも2曲目のコクーンが一番。 コクーン(cocoon)とは英語で「繭」のこと。 歌を聴いてみたら、意味が分かります。
 打ち込み音楽でこういうのも作ってみたい。
 

 映画では、
 ビューティフル マインド

beautiful.jpg


経済学のゲーム理論では有名な「ナッシュ均衡」の元を作った天才数学者の数奇な生涯を描いたDVD。
 最後の台詞がいいです。
 「Perhaps it is good to have a beautiful mind. But a better gift is to discover a beautiful heart.
美しい精神(ナッシュのような知性)を持つことはいいことかもしれません。 しかし、より素晴らしいものは、美しい心(彼を支え続けた人のことだと思われる)を見つけることなのです。」

 個人的な感想として、TOEFLの受験対策に一番向いているDVDだと思います。 どうやって使うのかって? それは、必要とあれば書きますね。
「ハートのある投資」は数量的に表せるか?
 少年の夢は、見るためのもの。
 青年の夢は、叶えるためのもの。
 
 将来のために、思いつくままにぱらぱらと書いていきます。 まとまりのなさは否めません。
 アドバイス、お待ちします。

 金銭的な側面でもある程度の競争力を持っているということを仮定する。 だが絶対的な優位は持っていないとする。 
 そういう状況において、人間を尊重する投資(佐山氏風に言うと「ハートのある投資」、MIさん風に言うと「ルーツのある投資(でいいのでしょうか?)」を行うファンドが戦略的優位性を持つということは、ファイナンスの理論上で立証できるだろうか。 いや、立証できないまでも、可能性を示唆できる程度の理論武装をしたいと思っている僕がいる。 典型的な規範的考察。

 個人的に、「この投資は成功する」と熱く語ったところで、詮無い話。 問題は、それを、どうやって論理的に数字で示すことができるかということ。 ファイナンスの世界において、数で語れないものは用をなさないわけで。 示唆できる程度の理論武装と、実務における実績の二点を何とかしなければいけないと感じている。


 ※ちなみに、現時点において、この「ハートのある投資」に近い概念として、ファンドのレピュテーション(名声・評判)をあげることが出来そう。 そういえば、レピュテーションもどうやって数値化するのだろう。 PE関係の教科書(のようなもの)には、ほぼ毎回、この重要性については議論されるのだけれど。



 やらなければいけないことは、大体考え付く:
 1.まず、「人間を尊重する投資」という概念の定義を明確にする。
 2.そのような投資のパラメーターとなるものを探す。
 3.決定したパラメーターと、パフォーマンスの間で相関分析をかける。

 
 けれど、この3つだけでも、かなりの問題が生じそう。。

 
 1.は、かなり哲学的な仕事になると思われる。 今のところでいえば、「ステークホルダー皆が、そのM&Aに非金銭的部分での価値を見出す投資」と言って良いのだろうか? いや、もうちょっといじる必要がありそうだ。 けれど、「人間尊重」となる以上、主語のステークホルダーはこれで良さそうな気がする。 



 2.は、センスが問われそう。 
 例えば、「弱い取締役会」というもののパラメーターとして、Core, Holthausen, and Larcker(1999)らは、インサイダーとアウトサイダーと執行者たちの間の持分関係を挙げている。

 人間を尊重する組織においては、どういうことが必然的に起こるのか? を考えてみる必要がありそうだ。

 パラメーター、うーん。
 嘘発見器をつけてのインタビューなんかできっこないし。(っておい)
 
 
 ※ちなみに、ファクター(パラメーター)の特定化は、ファイナンス理論で常に問題となっているものでもある。 現在主流を占めている理論に対してでさえ、ファクター特定化について色々と議論があるわけで。 CAPM(ベータ)とか3パラメーターのAPT(マーケットプレミアム、規模、株式の簿価/市場価値の3つとそれに対する感応度。 ファマとフレンチが93年に発表したもの)とか。

 

 3.は、まずフェーズを分けてから相関分析していくのが良さそう。 PE投資に関して現時点でぱっと考え付くのは: 
 1)買収交渉において
 2)経営改善過程において
 3)EXITにおいて
 の三段階で、ある程度の優位性を持てる事を、うまい具合に示せればいいのだが。 

 1)は、オークションでの結果とかになりそう。
 2)は、成熟企業であれば、NOPLATとの相関を測れば良さそう。
 3)は、ファンドと企業の間の摩擦の低さによる、リターンの増大になりそう。


 
 気をつけなければいけなさそうなのは、「人は常に見たいものを見る」という危険性。 現時点で、かなり、望ましい結果を見たがっている僕がいる。 (ちなみに、投資銀行とかのアナリストのレビューはこの「見たいもの」を集めて作る場合もあるとか無いとか。)

 心はホット、頭脳はクールに行きたいものだ。


 こういうことは、大学院に行って是非やってみたいですね。
師想曲 in 朝鮮学校 2
 小学の恩師からは心を。
 中学の恩師からは精神を。
 高校の恩師からは意志を。
 そして、大学の恩師からは智を。

 振り返ってみると、僕は恩師たちから本当に多くの大切なものを受け取っている。 この贈り物を、次の代の人たちに渡せるのだろうか、と、時々考えることがある。 このブログが役に立てば、多幸だと思う。


 僕の専攻は日本国憲法。
 選択した理由の7割くらいは、教授にある。 日本人ではじめて平和的生存権を提唱した人で、齢は70をすでに超えていた。 専攻は憲法と教育法。 細身ながら豪放磊落で、酒とタバコを愛し、「ビールは僕にとっての清涼飲料水」、「君達を煙に巻くためにタバコをすうんだよ」が決まり文句だった。 いまだに、居酒屋などに行けば、ビールをジョッキでどんどん平らげていく。
 彼の学問的成果からすれば、学閥を作ることは十分可能だったのに、そういうことを一切しない人だった。 僕が最も尊敬する知識人の一人だ。 僕の風変わりな卒論を絶賛してくれた人でもある。
 そんな彼の講義はものすごくオープンなもので、学生に話す機会を多く与えてくれた。 内容も、憲法そのものの話と言うよりは、憲法学において重要な「智」について語っているものが多かった。 そういう講義が大好きな僕は、毎回彼に議論を吹っかけていた。 ほぼ毎回コテンパンにやられていたのは言うまでもない。 ごくたまに彼の言葉が詰まろうものなら、鬼の首をとったような気分になっていた。 この過程で、自分がどれだけ知的に成長したか測り知れない。 
 今でもぱっと思い出す彼の語録を挙げてみると:
 ・人は分けることによって分かる。
 ・常に反対の場合を考える。
 ・人は意味を問う生き物。
 ・くそとみそを一緒にするな。
 ・言葉は魂のきれはし。 言葉の持つ力に敏感にならないといけない。
 ・条文解釈で重要なのは、「何が書かれているのか」よりも「何が書かれていないのか」。
 ・ゼミは知の共有の場。 講義を休むのはいいが、ゼミを休むのは義務違反。 一人で議論を独占するのも義務違反。
 ・難しい言葉をしゃべるのは、本当は分かっていないから。


 などなど、平易な言葉のうちに、素晴らしい含蓄がこもっていた。

 憲法が生活単位で組み込まれている人で、日常生活のどんなものを譬えにしても、憲法の議論をすることが出来る人だった。 個人的に何度も飲みにいったりして、戦争に行ったときの話や、その後に自分が平和的生存権を提唱するに至った流れや、家族の事などを色々と聞かせてくれた。

 彼が話していた内容を書こう。 (テクニカルな話を可能な限り削除して書いています。) 


「北欧、例えばスェーデンでは、日本人の子供が一人学校に来ると、その一人のためだけに日本語を使える人を学校でつけるんだよね。 そのお金は国が負担するんです。 僕は、これを聞いたときに本当にビックリしたんだよ。 人権先進国と呼ばれる北欧でこういうことをしていることから、僕達は教育とは何かを知ることが出来るんですね。 (興味がある人は、岩波新書赤の「スェーデンの挑戦」という本を読んでみてください)
 教育を受ける権利は、基本的人権であって、政治的な理由で否定されてはいけないものなんです。 こどもの権利条約にも、この事は書かれていますね。  何条?  はい、六法開いて。 

 僕は70年代とかに何回か学者の訪問団として、朝鮮民主主義人民共和国に行ったことがあるんだけれど、『子供は国の王様』って言っているあの国では、教育は大学まで完全に無償なんだね。 これは素晴らしいことなんだよ。 僕は、運よく実家にお金があって帝大(今で言う国立大学)に通えたんだけれど、お金がなくて学べない人がいっぱいいたからね。 
 それと、確かに、人民は金日成さんを崇拝していたね。 でも僕は、あの国で過ごしながら「ああ、これは金日成さんの人民崇拝の裏返しなんだな」という風に理解したんだよ。  (こういったポジティヴな見方は、70年代までは知識人たちの間で結構共通のものだったらしい。)

 日本政府の朝鮮学校に対しての政策は、基本的人権の侵害と言えるのかな? 何度も言っているように、分けることによって分かるんだよ。 侵害には、積極的な意味での侵害と消極的な意味での侵害の二種類がありますね。 今、朝鮮学校に対して、私立学校よりも助成金の額がはるかに少ないことについては、積極的とはいえないまでも、消極的な意味で基本的人権の侵害と言えますね。」 


 教育を受けるということの本質を、基本的人権と見なすのか、国家の政治の手段と見なすのか、これが、朝鮮学校の権利に関して考えるときに重要な焦点となると僕は感じている。 日本は、こどもの権利条約を批准している。 けれど、実際問題においては、スェーデンのような国の例は稀で、大体の場合は、その教育の性質が国家の利害に合致するかどうかによって助成の如何が決められているのが現実だと思う。 ただ、それでも私立学校レベルの助成ならばするべきではないのか、と僕は考えている。 あまり知られていないかもしれないけれど、朝鮮学校のカリキュラムは、日本学校のそれに、ハングルと歴史を付け足す形で組まれている。

 朝鮮学校への助成について議論する際に、「在日コリアン形成の歴史的特殊性」について語られることが多い。 僕は、この議論はもっと発展させるべきだと思っている。  コミュニティで多数の学校を形成するくらい多くの人々が外国に移住しているときには、多くの場合、程度の違いはあれ今も昔も根底には貧困や支配などの問題がある。  もっと深い構造的な問題から議論を出発させるべきではないか、と僕は感じている。

 この頃、日本において人権・権利の問題が語られるときに、人権と権利の区別、事情を鑑みて制限すべきかすべきでないかなどの区別が、非常に曖昧だと感じずにはいられない。 「分けることによって分かる」ことの重要性を改めて感じさせられている今日この頃だ。
冷静な情熱。
 冷静な情熱。
 厳酷な世界の冷たさにさらされても、決して冷めることのない情熱。


 自分がこれからやっていこうと思っている業界のパイオニアで、常にすごい実績をあげてきた人にお会いしてきた。 メールを送ってから、約1ヶ月待って、やっと。

 話した内容は三種類:
 1)彼が教えているクラスについて
 2)その業界について
 3)僕のビジョンについて 
 
 
 (テクニカルな話を書いたほうが良いのだろうか? 要求があったら書こうと思います。 このエントリーでは、3)についてだけ書こうと思います。)


 彼が、自分が行ってきた投資について、「ハートのある投資」という言葉を発したときに、意を決して切り出した。


 話した内容は、以下の通り。 もちろん、敬語。

「僕は、社会における人間的発展と物質的発展を同時に達成させたいと思っている。 そのためにはどうすればいいか、高校を卒業するときくらいから考え続けてきた。
 今は、人間的な側面を重視する企業・組織が少ないと思う。 けれど、僕は、物質的な側面のみならず、人間的な側面(人が仕事に生きがいを感じる、株主が会社とのかかわりに金銭的には測れない満足を得る、etc)を重視する企業・組織が、絶対に成功すると信じている。 そういった事例が数多く出れば、世の中は変るのではないかと考えた。
 (ここらへんは、以前のエントリーを参照してください:http://stjofonekorea.blog6.fc2.com/blog-entry-329.html
 そのために、僕はそういった事例を数多く手がけたいと思うようになった。 僕が経営者になったら、一つの会社は変えられるかもしれない。 けれど、それだと、社会に与えるインパクトは小さいかもしれない。 投資業であれば、同時に多くの分野に着手することが出来る。 特に企業の経営に深く関与できるPE投資であればなおさらだ。 だから、僕は、この業界でやっていこうと考えるようになった。
 事業を、日本のみならず、統一した朝鮮半島でも行っていきたい。 その後には、発展途上国でも同じ事をしていきたい。」 

 
 
 そして、意見を求めた。 一番緊張した瞬間。
 
 答えは、整理すると、こんな感じだった。


「君の言うことは正しいと思う。
 私は、そういった人間的側面、金で測れない幸せという側面に、競争優位を見出すことが出来ると思っている。 ハートのある投資が必要なのだ。
 だが、今、業界には、ハートのある投資家はほとんどいない。5%もいないかもしれない。 そして、君が言ったような投資(ハートのある投資)は、ハートをもともと持っていない人に「ハートのある投資をしましょう」と言ったからといってできるものではなくて、もともとハートのある人間にしか出来ないものだ。
 頑張って。 世の中にはそういう人は少ないけれど、いつまでも変らずその志を持ち続けてくださいね。」



 今まで少なくない人々にクレイジー扱いされてきたけれど、実務の修羅場をくぐってきたこの人にそう言われて、俄然力が湧いてきた。 
 ヘーゲル(哲学界のゼウスとも言われたドイツの哲学者)も語っていた、冷静な情熱を、いつまでも持ち続けようと思います。
2兆ドルの行方。
 スティグリッツをはじめとした研究者達が、イラク戦争にかかる費用の総額を算定したら、2兆ドルに上るという発表をしたようだ。 今日のJapan Timesの一面の記事に書いてあった。 ヘラルド、ワシントンポスト、毎日、朝日をスキミングしたけれど、それらに記事は書かれていなかったので、その報告のインパクトがどれほどのものか、よくわかっていない。 Tetsuroさん、何か分かりますか?

 算定したのは、駐イラク米兵がこれからその数を減らしていくと仮定して、2010年までにかかる費用。 主な費用は、軍事費、そして、負傷した兵士にあてる補償金との事。
 
 スティグリッツ曰く、かなり保守的(Conservative、「控えめ」、といったニュアンスがいちばん分かりやすいかも)な試算をして、この結果だったらしい。 もちろん、この戦費は、税金によって国民の負担となる。

 
 税には、富の移転機能がある。 マクロ経済の議論においては、主に富裕層と貧民層の間での富の移転が取りざたされる。
 
 戦争の場合は、貧富間の富の移転より、国民全体と軍事関連団体との間の富の移転が問題になりそうだ。 経済理論で、ここらへんを取り扱っているものはあるのだろうか。 誰か、詳しい人、教えて下さったら幸いです。
 
 もちろん、最大の問題は、富の移転の問題ではなくて、戦争以降死亡したイラクの民間人が3万人を超えているということにあるのだけれども。 
直球勝負。
 人生の大先輩のような人と話すときに、普段から心がけてはいるけれど、特に気を遣っている事がある。 


 自分が乗り越えてきたことを、誠意と情熱を持って語り、これから目指す夢を、勇気と希望を持って語ること。
 

 修羅場をくぐってきた人たちの前で、小細工なんて出来るわけが無い。 そんなもの、簡単に見透かされる。 いや、小細工なんて、本来誰にだって使うべきものではない。 とにかく、直球勝負。 そして、何か響くものがあれば、何かリアクションが帰ってくる。 少なくとも、僕のこれまでの経験ではそうだった。


 あさって、ファイナンスのある業界のパイオニアの人に、無理を言って会う機会を作ってもらった。 同じように、直球勝負。
挫折の要因について。
 散歩していたらふと思いついたので、備忘録代わりにとどめておく。

 挫折の要因は、
 ・能力の不足
 ・運のなさ
 だけではなさそうだ。

 他の要因として、
 ・理想の高さ
 ・チャレンジ精神
 も、挙げられそうだ。

 理想の高い人は、他人からは挫折に見えないことも挫折に感じる。
 チャレンジ精神旺盛な人は、自分の能力以上のものに立ち向かうから、これまた、挫折が多くなる。

 挫折は、絶望の前にあるドアではなくて、高みへと上るための階段なのだと思えてきた。
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