Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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映画感想文:ゲド戦記。
 午前中は体調が悪くて死んでいたのですが、ちょっと気を取り直して、昨日から放映されているゲド戦記を見に行ってきました。



 machi.jpg

 均衡が失われつつある世界、それがゲド戦記第三巻(映画はここです)の舞台です。 魔法使い達がどんどん力を失っていっている世界。 人々はせわしなく齷齪働きながらも精神的な柱を失い、人身売買が横行し、麻薬が多くの人を蝕んでいる。 


 この設定において、「魔法」というのは比喩的な表現で、一種の「心の支え」と置き換えたらわかりやすいのかもなあ、と感じました。 僕たちは、魔法と言うと、何か不思議な力を持っていて、それを使えば事はなんとかなると思いがちです。 ちょっと前まで、人々は、イデオロギーに対して、同様の地位を与えていたと思うんですね。 イデオロギーが力を失ったことにより、人々が心の支えとするものを失った現代。 人々に自分の力で考えることを要求するようになった現代と、かぶる部分がとても多いと感じています。




 allen.jpg


 主人公であるアレンは、父である国王を刺し、その剣をもって国を飛び出した少年です。 剣には魔法がかかっていて、アレンにはまだ抜くことが出来ません。 心の寄り処を持っていない少年の精神状態を描いているのだなあと感じました。
 時々見せる神経質そうな表情が印象的な彼は、絶え間なく自らの影におびえています。 その影は、少年の精神の負の部分がいつの間にか擬人化されてしまったものでした。
 
 「いつ死んでもいい」という厭世的な側面をみせる反面、不死を目の前に差し出されるとそれにすがり付いてしまう少年アレンの精神性の問題は、一つの事に起因しています。 それは、死を生との関係から捉えることができないと言う点。

 光があって闇があり、悲しみがあって喜びがあり、そして死があってこそ生がある。 いつ死んでもよい、不死になりたい、という精神的態度は、一件相反するもののように見えつつも、「生から目を背けている」という点において一致しているのでした。 



 20060730230225.jpg
 
 それを指摘するのが、不死の象徴である竜の化身である少女テルー。 彼女の援けを得ながら、自分の生を直視し、そのことによって主人公は魔法の剣を使えるようになり(自分の心の支えを取り戻す)、物語は解決へと向かっていきます。

 
 現代に生きる人々にとっては、とても興味深い話題なのではないでしょうか。 特に、「一番悲しいことは、悲しくなれないこと」というような精神的な問題が噴出している僕が住む社会においては。



 、、、なんて事を考えなくとも、いつもどおりの美しい絵なので、ただのエンターテイメントとしても楽しめる作りとなっています。 原作がとても長い小説らしいので、かなりキャッチアップが大変ですが、時間がある方はどうぞごらんあれ。 


※「ハウルの動く城」の感想文の記事

※ 精神性の問題として関連がありそうな記事
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哺乳類に学ぶこと。
 普段はTVは見ないのですが、子供の頃から科学系の番組は好きで、人体-脅威の小宇宙とか、たけしのテレビ特捜部とか、世界不思議発見とかは、よくみていました。

 夜中、帰宅した後仕事を終えたところで、面白そうな番組がNHKから。

 

恐竜vsほ乳類 1億5千万年の戦い



 
 繁栄を遂げていた恐竜達の陰で駆けずり回っていた哺乳類。 結局、生存競争に勝ったのは彼女・彼らでした。 物理的な力は恐竜に遥か及ばなくても、発達した耳と胎生の仕組みが、決定打となったようです(恒温に関しては、恐竜にもそういう種がいたらしいですね)。 

 
 こういうところから、学ぶことはとても多い気がします。

 代をついでの生存のために必要なものって、今、このとき勝負した場合に勝つために必要なものと違うんですね。 

 この考え方は、政治やビジネスにおいても活かせそうです。 環境対応行動を事前に、もしくは事後に素早くとること、というのが、戦略における一番の根本なのだと思います。
 
 
 なんて事をつらつらと考えていた昨日の夜中でした。

 個人的には、恐竜、ヒトときて、次は虫の時代だ、とか思ったり思わなかったり。
始まりが終わりました。
 試験も今日で終了。

 予想通り、池田先生のエクイティは、一番楽しい試験でした。


 CAPMとAPT、MPTを横断する問題で、解きながら、新たな発見をもたらしてくれた試験でした。 未知の問題に、今まで培ってきたロジックをもとにして取り組むのは楽しいものですね。


 最後の問題を解いている途中でタイムアップだったのですが、他のみなさんも同様だったようで。。 明らかに、問題が多すぎでした。 計算ミスがない事を祈るのみです。

 
 さて、明日は、まず、教材を整理して、机周りを落ち着けて、午後からは、リサーチレポートに関する説明会。 将来Ph.Dをとるためにも、いいものを書こうと思っています。

 それと、夏休みに何をするのか考えようかと思っています。 旅行と、中国語と、数学と、ドラムと、、うーん。 迷いますねえ^^;


 
  
 このブログも、ようようまともモード(?)に戻ります。 どうぞよろしくお願いします。
始まりの終わりまであと少し。
 試験期間もあっというまに終わりに近づいてきました。 明日のエクイティ・インベストメントでおしまいです。

 この科目、今期一番知的にゾクゾクした科目です。
 
 試験は多分一筋縄ではいかないのですが、ワクワクしています。 エクイティの池田先生は、学生と知的興奮を共有しようと言う姿勢がすばらしいので、試験問題にもそういう楽しいものが出ると踏んでいるんですね。



 職場もやっと山を越え、明日は勉強を出来そうなので、思う存分楽しめるために、準備しておこうと思います。
王子製紙のTOB。
 さて、忘れないうちに、王子製紙のTOBについて、フォローアップのコメントだけでも。
 
あー、悔しい。
 昔、囲碁をやっていたときからなのですが、試合直前には頭が回るように指を動かすようにしていました。 その後、試験についても全く同じ事をして、今まで過ごしてきました。 

 その延長か、学校にピアノが置いてあるので、へたっぴなのですが試験前に弾いています。 指も動かせるし、和音で心が落ち着くので、なかなか悪くないかな、と思っています。


 試験勉強を全然できていないのですが、それでも直前まであたふたするよりはゆったりした方がいいと思って、今日もいつもどおり。


 ファイナンス課税の試験は、普段勉強していた内容が出てくれて助かりました。
 合併・分割にかかる見なし配当の条件について書き足すのを忘れたのですが、全般的にうまく出来たと思っています。 見直しをする時間はなかったので、ビックリがある可能性はすこしありますが。 
 前半の問題に紙面を費やしすぎて、時間がギリギリでした。。 書くのが遅いので、答案用紙4ページ分を書くとなると、もう手がへとへとです。 
 もっと勉強できていたら、もっといい答案が書けたんでしょうね。 ふう。 


 


 そして、悔しかったのが、確率・統計の基礎。
 分散の定義についての僕の理解が足りませんでした。 

 7.5~8割くらいしかとれていないと思います。。 ああ。


 さて、その間違えた問題を、恥さらしを通じた学習効果のために、のっけてみようと思います。




 母集団Xから、無作為で標本を3つ抽出する。
 その3つを、Xa、Xb、Xcとする。

 それらについて、

 P=(Xa+2Xb+3Xc)/6
 
 というPがあるとき、


 1)Pは、母平均の不偏推定量か?(これはできました)


 2)Pの分散について計算せよ。(間違えました)


 3)標本の1次のモーメントであるQとPのどちらが有効な推定量か。(2を間違えたので必然的に間違えました)

 
 
 
 ああああああ、悔しい。。

 (答え、要望があればのせます)






 いよいよ最後に残るは、5つ星をつけたエクイティインベストメント。 なかなかすごい問題が出てくる可能性がありそうなので、気を取り直して、準備できれば、、、、と思います。
 
雀躍まではできないけれど。
 普段は寛大で器の大きな人を装いながら、ちょっと苦境に立つと鍍金が剥がれてしまう人は少なくないと思います。 

 事がうまくいっているときに、精神の持ちようをしっかり保つことは、まだ容易なのですよね。 問題は、そうでない時にあって、そういう時にこそ、その人の真価が試されるのだと思います。 苦難に立ったときにこそ歓喜雀躍すべきだと説いた山本常朝が思い出されます。

 最近なかなかキていて、正直心中穏やかではないのですが、こういう時にこそ、平常心と思いやり。
Tax Law。
 四半期レポートシーズンともろにかぶり、なかなかきつい状況です。 今日は昼休みの一時間と、残りは今までの積み重ねに全てをかけました。

 租税法。
 
 ファイナンスを学びに来たのに、僕はこの学期の勉強量の半分以上を税法に注いでいました。 


 試験、、不思議ですね。 直前にまとめ以外出来なかったのですが、いろんなことが頭の中に出てきてくれました。 

 自己株式を取得した法人は貸借対照表上どのように処理するかで、悩んだのですが(授業レジュメでは数行程度しか記述なし、しかも、参照条文を覚えていなかった)、おぼろげな記憶、「確か、その価額分を資本金等の額から減らすだけだ、新会社法では自己株式は有価証券でないと扱われるのだから間違いない。」という事を頼りに書きました。 
 試験後、それが正しかったのを確認できたときは、とてもうれしかったです^^

 さて、のこるは三科目。 確率・統計の基礎は多分大丈夫として、ファイナンス課税とエクイティインベストメントが最大の山場になりそうです。


 、、、試験の実況中継ブログになりつつありますね。。 ちゃんとしたものも、書こうかと思ってはいるのですが。。 
租税法のまとめをさらしてみる。
 レジュメがA4で200ページにものぼった租税法も、いよいよ明日試験です。

 先生をうならせたい一心で勉強してきたので、それが実るのを祈るのみです。

 簡単なまとめを作ったので、興味のある方はどうぞ。あたふたと作ったので、誤字脱字はご容赦ください。

 https://www.webfile.jp/dl.php?i=79867&s=cb982e58f8e4cc40f3b7


 どうやら税法においては、「自分の頭のメモリと六法のメモリをうまく配分すること」がめちゃめちゃ大切なようです。 記憶力勝負でなんとかなる科目ではないので、「この論点については、ここにいけば見つかるはずだ」ということだけを覚えておくのがいいようです。 巻頭にある章立てをぱらぱらと眺めるのもなかなかいい勉強みたいですね。

 そして、豆知識系については、僕が試験中に思い出せるかどうかが勝負になりそうです。

 法律系の試験で、問題を見たときに頭の中にいろんな概念がぶわっと湧き出してくる瞬間が結構好きだったりします。 なんにせよ、楽しむという趣旨をわすれずに、頑張りたいと思います。
試験報告その1。
 そういえば、論述の試験って久しぶりでしたねえ。

 昨日、夜中に濃いコーヒーを飲んだせいかなかなか寝付けず、寝たのが5時。 おきたら9時で、あたふたと準備をして家を出発、、、したら、携帯を家に忘れたことに気づき、一回戻って、、


 まんまと一時間目の試験、遅刻しました^^;


 一つ目はデリバティヴ。

 問題数が少なかったことが幸いでした。 基本的にきっちりできたと思っています。 ただ、僕は計算がめちゃめちゃ苦手で、最後のBS式の計算にかなり戸惑い、試験終了間際まで計算してました^^;



 食事して、次は、数学の基礎。
 こんな試験問題出すのなら、授業の質を上げてもらいたいところなのですが、それも後の祭り。 試験後に、自分の回答のロジックが正しいことは確認できて一安心。 
 めちゃめちゃ長い関数を微分したりして、lnとeだらけで嫌気がさしそうになりつつも、なんとか時間内に回答。 あとは、計算があっていることを祈るのみです。

 なんにせよ、数学は、身についた気がしないので、夏休みに独学で習得しようと思います。 



 三時間目は、ファイナンスの基礎。
 これまた、独特な問題。 やけに問題数が多くて、それを1枚以内に書くのがなかなか大変でした。 結構楽しい問題だったのでよかったです。 なぜか回答は分数で書くことが指定されているので、ちょっと計算値に不安は残ります。




 なんにせよ、一日三科目の山は越えました。
 次は、いよいよ租税法ですね。
 
いよいよ試験です。
 あっという間に一学期でしたね。
 いよいよ明日から試験です。

 一日3科目は多いですが・・・


 けど、試験のあの雰囲気は結構好きだったりします。

 答案ってある種のアートだと思うんです。 特に、論述の余地のある答案は。 たぶん、そこらへんがワクワクの要因なのだと思います。 (これで分かる通り、僕はおそらく、法律系の資格試験には向いていないと思われます。)


 精一杯楽しもうと思います^^
根本的な認識の相違。
 試験勉強が全く出来ませんね^^; 昨日は書類を前に徹夜でした。
 
 やばいかも、とか書きつつブログはちゃっかり更新します。

 
 先日までの一連のエントリーとそれに対するコメントや、友人との話しを通じて感じたことです。

 それは、双方の意見の不一致というのは、多くの場合、看過しがちな根本的な認識の違いによるものだということです。

 こういった類の違いを人間は意識することが少ないんですね。 というのも、人間は自分にとって根本的なものについては、他の自分の信条以上に、人々にとっても共通に根本的なもの、と考えがちだと思われるからです。

 例えば、僕にとって、「人間は自分で自分の道を切り拓いていける」、というのは、かなり根本的な価値観で、これは多くの人に共通の認識だ、と思っていました。 しかし、先日友人MM(モディリアーニ・ミラーじゃありませんよ)と話していたときに「世の中にはそうでないと思っている人が多いんだよ。」と言われ、はっと気づいた次第でした。


 だからこそ、対話の重要性を感じます。 何故かと言うと、こういった根本的な問題意識の違い、というのは、皮相的な話だけではなかなかわかりにくく、腰をすえて話し合ってこそ、だんだんと「ああ、ここら辺に違いがあるんだな」ということに気づけるものだからです。 また、違いに気づくと同時に、共通点を見出すことも出来るはずなんですね。

 これからもこのブログや僕の生活がそんな話し合いを出来る場所になれれば、と思っています。 どうぞよろしくお願いします。
B/S式を前よりは深く書いてみる②:伊藤のレンマ、BS微分方程式、BS式。
 試験が近いのになんかやな予感です。。 職場はばたばたしているし、梅雨はあけないし。

 大学院にちょっと早めにつけたので、学校のPCからの更新です。

 前回のBSモデル解説の続きですね。
 「なんにせよ書かないといけない」という義務感から(?)走り書きのようなものになってしまったので、かなりわかりにくいと思いますが、質問等あればコメントくださると幸いです。
幾何ブラウン運動をエクセルで作ってみる。
 勉強がてら、幾何ブラウン運動(いわゆる、株価のランダムウォーク)をエクセルで作ってみました。 といっても、かなり手抜きですが。。

 20060718025530.jpg



 ダウンロードされる方は、こちらからどうぞ。 F9を押せば少しずつ形が変わります。
https://www.webfile.jp/dl.php?i=77230&s=f5b67ca71b81ed7b7dc8

  
 モンテカルロシミュレーションと言ったらかなり仰々しいのですが、要は乱数を大量に発生させて(エクセルでrand関数で一発です)、その変化を総体的に捉える事にあるようです。 これって、色んなものに使えそうですね。 今度暇があるときに色々遊んでみようっと。
授業の感想を。
 さて、授業も先週で終わり、いよいよ22日から試験なのですが、今期とった授業の感想を。



 エクイティインベストメント、池田昌幸
 総合点:★★★★★

 今期一番楽しかった科目でした。 先生自身も、ファイナンス理論が好きでたまらないようで、その楽しさを学生達とシェアしようという気持ちがとても良く伝わりました。
 池田先生の講義は、全て取る予定です。

 

 租税法、渡辺裕泰
 総合点:★★★★★
 これまた、実務にとても役に立つ上に、ロジックなどがとても面白く勉強になった科目です。 渡辺先生はもと国税長官のバリバリの実務家だったので、課税する側のロジックも考えることが出来た貴重な授業でした。
 渡辺先生の授業も、全部取る予定です。


 ファイナンス課税、渡辺裕泰
 総合点:★★★★★
 星五つ最後のひとつ。 これまた、上記と同じ理由でとても面白かったです。 実力がついた事を実感も出来、いい授業でした。
 ただ、租税法をとって、来期とればもっと実りが大きかったかも。。


 
 マーケットメカニズムとトレーダー行動、宇野淳
 総合点:★★★★
  
 仮想取引を通じて、多くのインプリケーションを得られた授業でした。 この授業、受ける側の姿勢如何によって、実りの大きさが大きく変わると思います。 それと、プロのトレーダーのトレードを目の前で見れたことも大きな実りの一つでした。
 レポートの採点はなかなかキビシメでした。 なかなかAがとれずに四苦八苦。
 この科目も、行動ファイナンスや統計解析の科目をとってから受けたらもっと実りがあった気がします。
 
 
 
 ファイナンスの基礎、野口悠紀雄
 総合点:★★★★

 学生の参加が促されている授業だったので、納得のいかない部分もありましたがとても楽しく参加できました。 池田先生の授業のときの様な感動はなかったのですが、ファイナンス理論を他の考えに応用する、という点で、学ぶ事は多かったと思います。 
 

 
 デリバティヴ、米澤康博
 総合点:★★★

 序盤はかなりゆったりとしすぎていてきつかったのですが、後半の授業はとても楽しかったです。 米澤先生は試験に関しては仏という噂がたっていますが、真相はまだわかっていません。



 確率・統計の基礎、太田誠
 総合点:★★★

 これも、授業のペース等にはかなり不満はあったのですが、質問に対してとても真摯に答えてくださるので、わからない内容をピンポイントで知るにはとても役に立ちました。


北朝鮮・韓国・北韓・朝鮮・南朝鮮。
 結局、試験は、実力をつけるためのもの、と言うスタンスで、時間の許す限り基本に忠実な復習をしようと思っています。 結局、どんな問題が出てもあわてないためには、基本に忠実に勉強するのが一番。



 
 さて、この期間、ブログに書きながら、メールをいただいた事を。
 
 北朝鮮、と言う呼び名です。

 これ、在日コリアンの、特に総連系の人々はとても嫌がっています。
 
 理由は、「分断を助長するものだ」なのだと思うのですが、なら、彼・彼女らが韓国の事を「南朝鮮」と言うのも、はっきり言ってよくわかりません。 ちなみに、韓国に住んでいる人々は、北のことを、北韓、と呼んでいます。

 朝鮮・南朝鮮と言う少なくない人々は、建国過程の合法性を説きます。 45.8.15以降、南北総選挙があり、コリアン皆の多数決(反対者はいたはずですが)の下、統一政府を作ろうということになったのですが、アメリカがそれを蹴り、アメリカの信託統治下にあった南において独自の政府を作ったという、とても複雑な経緯があるんですね。 
 
 しかし、上記ロジックが正当だったとしても、やはり、朝鮮・南朝鮮はなんかおかしい気がするんです。

 おかしさは、「呼称の非対称性」とでも呼ぶべき様なものです。 朝鮮・韓国なら、分断と言うイメージがつきまとい好ましくないまでも、対称性は保たれています。 しかし、朝鮮・南朝鮮、韓国・北韓は、はっきりいって、非対称的です。 昔あったTV番組、マジカル頭脳パワーの「あるなしクイズ」のネタに使えちゃいそうです。


 
 この非対称性を正当化するロジックは僕には考え付きません。 上の建国過程にかかる議論は、正当化する議論にはなれそうにないですし。

 僕の主張としては、せめて、対称的な呼称にすべきではないのかな、と思います。 メディアも皆含めて。


 そこで、このブログでは朝鮮・韓国としているわけです。

 
 たかが呼称、されど呼称。 その土台には、看過できないロジックがあるように思われます。 だからこそ、ある程度この問題にはこだわって物事を考えていこうと思います。


 ああ、試験が近いのに何をやっているのだろう。。
難読名前の由来。
 小学生のころ、なぜか手元にいつも雑学辞典があったので、変なところの豆知識は意外と持っていたりします。

 友人たちと話していて、ちょっと自分に自信がなくなったのでお尋ねしたいのですが・・・

 人名で、たとえば、月見里を「やまなし(山が無いので月が見えるから)」、小鳥遊を「たかなし(鷹がいないので小鳥が遊べるから)」と呼びますよね。
 これは、昔「名前で呼ばれるとその人に従わないといけなくなる」という迷信があったことに由来していると記憶しているのですが、ぐぐってもなかなか出てきません。
 
 どなたか知っている人がいたら答えてくださるとうれしいです。。
最近のトレーニング状況。
 政治や宗教に関する話題は、最もセンシティヴなことの一つで、なかなか議論が難しいものではあります。 議論の難しさの原因の一つは、人々が持つ意見が、理論のみならずその人の思想や信条、心情にかなり影響されるからでしょう。
 だからこそ、こういう議論においてこそ、その人の対話の精神のありかたが強く問われるものだと思います。 
 
 結局、意見の違いそれ自体は不和の原因にはならないのだと思います。 多くの場合、問題は対話の精神の欠如にあるのでしょうね。 もちろん、対話の精神が、甘っちょろいものに感じられてしまうときも多分にありますが。


 閑話休題。



 久々に格闘技ネタを。


 今日、体脂肪率を測ったら10.8%でした。 ちょっとこの期間運動量が相対的に落ちているので、一桁を割ってしまいました。 されど、これなら、ちょっと頑張れば、すぐもどせる体重ですね。

 4月までは、毎週水曜日に格闘技の練習をしていたのですが、学校の授業がかぶっていらい出れていません。 来学期は、かぶらないように授業を組まないと。。

 
 そんな中、やっているトレーニングは、相変わらずのものです。

 長距離走&けんすい&パンチやキックの基礎の練習


 さすがに、寝技は一人じゃ出来ませんね^^;

 
 けんすいは、最近、自己最高記録を更新して、40回を達成しました。 
 けんすいは、上半身だけでやるよりも、下半身も使って、全身で身体を上に上げようとする方がいいようです。 これは、昔選挙事務所で知り合った、デカスロンの国家選手のお兄さんに聞いたことです。 ミルコやシウバも、基本的に筋トレはけんすい以外やらないそうです。
 
 キックだとかもやっているのですが、どうしてもミットを蹴らないと感覚が出ませんね。。 たまに、木を蹴ったりもするのですが、それだとあまりにも足が痛くなるので自粛しています。

 
 身体を鍛えるのは、「出来たらいい」事じゃなくて、「必要なこと」だと思っています。 動かすと頭がすっきりするし、身体も強くなる。 何よりも、辛い時に己に打克つ強い心を鍛えられますから。 智・徳・体は全てそろってこそ、各々が真価を発揮するのだと思います。


 人生でやりたいことリストの中に、プライドに出ることがあるので(おいおい)、その日のために、コツコツとトレーニングをしていこうと思います。
光と蜘蛛の糸。
 知り合いのアーティストから写真を頂きました。
 あまりにもきれいなのでアップします。


 sunnyweb.jpg

 http://www.junitoi.com/main.html



 夏は旅に出たいなあ。。
立場の非対称性・ミサイル・北朝鮮報道。
 ミサイル報道に侃侃諤諤たる議論がされていますが、どうしても、立場の非対称性を感じずにはいられません。

 ちょっと前に、takaさんへのレス代わりの記事を書いたときにも少し触れましたが、アメリカ、日本、韓国などの環太平洋の先進国が同時期に大々的な軍事演習を行っていたことは、いったいどれだけの人々が知っているのでしょうか?



 ちょっと長いのですが、その軍事演習の概要をWikipediaからご紹介。

 環太平洋合同演習(かんたいへいようごうどうえんしゅう、英:Rim of the Pacific Exercise)はアメリカ合衆国海軍主催によるハワイの周辺海域で実施される海軍の軍事演習のこと。リムパック(Rimpac)とも呼ばれる。

初めて開催されたのは1971年である。その後、ほぼ隔年で実施されるようになっている。演習の主目的は、参加国間の共同作戦能力の向上にある。

日本の海上自衛隊が参加したのは1980年からである。日本が初参加した当時は、専守防衛の自衛隊が集団的自衛権を想定しているリムパックに参加することが日本国憲法第9条に違反すると批判されたことがある。



RIMPAC2006概要
期間:2006年(平成18年)6月26日-同年7月28日
参加国:アメリカ・イギリス・オーストラリア・カナダ・チリ・ペルー・韓国・日本
参加兵力:艦艇約40隻(内日本3隻)、潜水艦約6隻(内日本1隻)、航空機約160機(内日本8機)
日本派遣部隊(14回目の参加)
護衛艦部隊(指揮官は第1護衛隊群司令の海将補)
護衛艦3隻(DDH「ひえい」・DD「さみだれ」・DD「ありあけ」)
航空部隊(指揮官は第7航空隊司令の1等海佐)
P-3C哨戒機 8機
潜水艦部隊(指揮官はくろしお艦長の2等海佐)
潜水艦1隻(SS「くろしお」)
当初は、DDG「きりしま」を含めた護衛艦4隻が参加予定であったが、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)によるテポドン2号の発射準備の兆候に対応するため、護衛艦「きりしま」は参加を中止し、日本近海に引き返したことが2006年(平成18年)6月29日に発表された。なお、「きりしま」は6月23日(日本時間で。米国時間では22日。)に、米国ハワイ沖で行われた海上配備型迎撃ミサイル迎撃実験に参加し、模擬ミサイルの捕捉・追尾に成功していた。






 ちなみに、毎日のサイトにこのことについての記事が、ほんの僅かな分量で載っています。 以下が、その全文です。

 北朝鮮ミサイル:外務次官「リムパックに対抗して発射」
 【プレトリア共同】南アフリカを訪問した北朝鮮の金衡俊(キムヒョンジュン)外務次官は11日、同国のミサイル発射は、米軍などがハワイ沖で実施している環太平洋合同演習(リムパック)に対抗したと述べた。

毎日新聞 2006年7月12日 東京朝刊




 リムパックってなに?という人のためのリンクすらはられていません。 普通はこの類のキーワードにははられているのに。


 もちろん、「相手がやるからやる」というロジックが常に正しいとは思いません。 昔ならまだしも、今は、そのロジックで人が住めない地球が一瞬にして誕生してしまいます。 ですが、一方で規模においてはミサイル7発なんて目でもないような軍事演習をやっておきながらそれはほとんど報道されず、もう片方の軍事演習にはメディアがこぞって非難をするというのは、道理に適っていないのではないでしょうか。

 「RIMPACは太平洋で行われたのだから話が違う」、という人がいるかもしれませんが、じゃあ北の地理的状況において、どこに撃てばいいのでしょう?  以前のエントリーでも述べたとおり、陸続きを避けて、しかも、隣国を飛び越えしないように、と考えるのなら、海に落とすのがそれでも適切なのだと僕は思います。 事前通告をしていない、と言うのは確かに問題があるかもしれませんが、もっと大きな問題が他にある気がします。


 言わずもがな、このような立場の非対称性に基づく見解の相違は、日本やアメリカに限ったことではありません。 例えば、こんな事をいったら怒る人がいるかもしれませんが、コリアンは、拉致事件については日本人に比べると遥かに問題意識が低いと個人的には感じています。 それは、絶対に何とかしていかないといけない事です。
 
 だからと言って、立場の非対称性に妥協してこの現状を享受することはちょっと僕には出来ません。 なんかおかしいです。


 

 ライブドアの時以来、報道にイライラしています。
 この類の事件があるとき毎に思うのですが、多くの人々の耳目に心地よいことしか書かないのなら、メディアは何のために存在するのでしょう?
 このブログで書いたところで報道の波にかき消されてしまうのは自明かもしれませんが、それでも書かずにはいられないので書きました。 幾分考えがまとまっていない部分もありますが、基本的な問題意識が通じたら嬉しいです。
信託に対する課税について。
 信託について、個人レベルで興味のある人っているのでしょうか? 何とか口に糊している僕には、まったく生活レベルでの興味は無いので、ブログを読んでくれているみなさんの反応が気になるところですが、信託について書いてみようと思います。 試験勉強も兼ねているので、あまり手元に資料をおかずに書いています。 指摘等していただけるとうれしいです。

1.信託ってなに?
2.信託の分類 
3.信託についての課税を考える際のポイント
4.信託に対する課税の実際
5.特定信託に対する課税に対しての批判
当面のブログの予定。
 職場がばたばたしています。
 このままいくと試験期にかぶるのですが、まあ、試験は自分の実力を試すためのもの、と思っているので、普段どおりに準備して受けようと思います。
 
 ブログも試験勉強に連動させた内容のものとなる可能性が高そうです。

 ブログを使ってまとめられたらいいなと思っているのは、

 ・税法に関しては
  M&A、集団投資スキーム(含む租税回避スキーム)、デットとエクイティの相対化(ここまでファイナンス課税)、所得税全般、法人税全般、その他
 

 ・投資理論に関しては
  Capital Asset Pricing Model、Arbitrage Pricing Ttheory、Modern Portofolio Theory、インデックスモデル、ブラックショールズ式、MM理論、などなど

 
 ・その他、確率論、数学など、書ければと思っています。

 
 もちろん、つれづれなるままに、いろんなことを織り交ぜていきます。 精神的なバランスを保つためにも、人ノートのエントリーも書く予定です。

 
 よろしくおねがいします。
半年間を振り返る。
 
 全て限りあるものの今と未来を愛し、
 いつ死んでも悔いのないように、
 真摯に楽しく美しく豊かに、
 今日の生を残していく。


 と、今になったらかなり恥ずかしい目標を立てた年初から半年が過ぎました。
 ちょうど折り返し地点なので、ちょっとこれまでの自分を振り返ってみようと思います。




よくなった点

 ・事がうまくいかなかった原因を、自分の外に探さないようになった
 なんというか、今年とった転機的行動の多くは、自分で責任を持たざるを得ないものが多かった。 結果として、事がうまくいかなくても、その原因をいいわけをせずに自分から探そうと思うようになった。 遠回りしても、自分の力で地に足をつけて歩けるようになった気がする。

 ・自分の弱さを知ることは、弱さではない事を知った
 今年の前半期は本当に色々な事があって、自分が強がっていても実はかなりのピヨピヨだという事を思い知らされた。 人間はこういう弱い生き物だから、お互い助け合って生きているのだという事を切実に思うようになった。 結果として、今までよりも人の弱さを愛せる人間になれた気がする。 もちろん、弱さを愛しはしても、弱さに妥協はしたくはないけれど。

 ・徳を積むための具体的な努力を始めた
 人間が世の中に残せるものは、智慧か徳くらいのものだという思いは去年から募っていたけれど、今年になって、その実践として色々な事をしてみて、それが実際僕のどうしようもない部分に歯止めをかけるようになった。 特に、今年からつけ始めた「人ノート」からは、本当に多くのものを得ている。



反省点

 ・妥協が多い
 半年もあれば、もっと色々な事ができた。 もっと自分の将来の理想に近づくために努力が出来た。 結局、言葉ではいい事を言いつつも、覚悟、というか、人々に対する想いやり、というようなものが、リアルになりきれていないのだと思う。 自分がしょうもない弱音を吐いたりしているときに、生きるか死ぬかの瀬戸際にいる人たちもいるのだと本当に考えるのなら、もっと頑張れたと思う。 もちろん、楽しむときは楽しむ、これは大切だけれど。


 ・自己省察の頻度が減った
 時間がない事を理由に、自分を振り返って、反省点を見出して、それを改善していこうという機会を減らしていた気がする。 結局、そういうところが上の妥協につながっていたのだと思う。 人間は移ろいやすいもので、いい思いも悪い思いも時間と共に風化させてしまう。 だけど、大切な思いは、風化させないようにしないといけない。  誰だったか、ドイツの人が言っていた、「全体主義に対する闘いは、歴史に対する記憶の闘いだ」という言葉が、文脈は違えど思い出される。


 ・徳への道はなかなか遠い
 半年間を振り返ってみても、自分の未熟さが嫌と言うほど出てきた。 決然とした態度をするべきときに流してしまったり、他人にあらぬ誤解を与えてしまったり、変なところでつまらない意地をはってしまったり。 目標とする人々と自分を引き比べてみると、自分の未熟さに打ちのめされそうになる。



残る半年の目標 

・基本は、今年のはじめに立てた目標を踏襲する。 

・初心を忘れないための努力をする。 折をみて、自分を振り返る。

・毎日一度ずつ、自分を乗り越えられるかが試される機会を作り、それを乗り越える。 運動したり、勉強したりと。





 全体的に見て、自分が成長して、去年よりは目標へと歩みを進めていることにちょっと安心しました。 でも、まだまだ。

 結果そのものにこだわりつつも、結果に至る自分の成長のプロセスをより重視して、のこる半年、頑張っていきたいと思います。 
模様替えをしました。
 ブログの背景とその他マイナーな部分を変更してみました。
 
 全体として、寒色系に仕上げています。 
 夏ですしね^^♪

 ちなみに、僕は色弱なので、僕の目に寒色系と映っているものがそうでない可能性があります。。 そのときには、こっそりと指摘してくださると嬉しいです
B/S式を前よりは深く書いてみる①:株価変動モデルについて。
 今日、デリバティヴの授業では、いよいよ本格的にブラック・ショールズモデルに入りました。 ブラック・ショールズ式は、20世紀後半におけるファイナンス理論の中でも最も革命的なものの一つです。 他にMPTやCAPM,APTなども革新的とされていますが、B/S式はその数理的難易度においては他の理論と一線を画しています。  今までは先物とか、普通の二項モデルしかやっていなかったので、ドラクエに換算すると、カンダタとバラモスくらいの落差がありました。 といっても、まだまだ深入りしていない解説のレベルのようです。(先生談)
 

 僕がここで学ぶ目的は、将来に自分で投資をするときに、その活動に理論的な意義を自分でつけられるようにすることにあります。 もちろん、理論がなくても実務で成功しうるとは思いますが、理論がないことに起因するあほらしい失敗は避けたいんですね。
 ですから、こういう授業は大歓迎です。 なので、今日のデリバティヴの授業は大学院一学期の全授業の中でも結構上位に入る面白さでした。

 といってももちろん、なかなかその理論は深遠のようです。
 
 先生に、

 「BS式とその真髄の考え方を、2年間で身につけたいんです!」

 と話したら

 「あまり深追いしない方がいいと思います。 とりあえずユーザーになれるように頑張ってみてはどうでしょう。 それでも十分大変ですよ。」

 という答えが返ってきました^^;
 基本的にチャレンジングな状況で燃える人間なので、かえって勉強する意欲が増えています。

 と、前置きが長くなってしまいましたが、今日は、授業の復習をかねて、株価変動モデルについて、書いてみようと思います。 しかも、可能な限りわかりやすく。 といっても、やっぱり、基礎知識がないときついかもしれません。。


0.概論
1.ランダムウォークとドリフト
2.幾何表示
3.連続系

学校の近況。
 大学院の話を。

 無謀にも8科目とったのですが、そのうちで、とって良かった、と心から思う授業は3つ。

 池田昌幸先生のエクイティ・インベストメントと、渡辺裕泰先生のファイナンス課税・租税法。

 面白さのベクトルは全然違うのですが、とても刺激的な授業で勉強になりました。 片方はどちらかというと学問的に、片方はどちらかというと実務的にとても面白かったです。 エクイティ・インベストメントは、なんとなく通り過ぎていたCAPMやAPTが原理的にどうなっているか、一段深いレベルから知ることが出来ました。 ファイナンス課税と租税法のおかげで、自分が将来ビジネスにおいて判断を下す際の新たな材料が得られました。 それと、なかなか知ることが出来ない、課税する側とされる側の考え方も知ることが出来、とても満足しています。

 
 もう一つ、授業はとても基本的な内容なのですが、質問に対しての回答の真摯さと言う点で、太田誠先生の確率・統計の基礎にも個人的にかなり満足しています。

 
 先生の真価は、やっぱり、質問に対する対応に現れるのだと思います。 池田先生は、以前intertemporal CAPMについて質問をしたときに、論文2つと解説をつけて返してくれましたし、渡辺先生は授業が終わった後、遅くまで僕の話を聞きながら嫌な顔もしないで答えを返してくれました。

 

 もちろん、全ての科目に満足しているわけではないのですが、そんな事をこういう場で書いてもどうにもならないので、伏せておきます。 


 そろそろ試験なのですが、試験期間が会社の繁忙期にかぶる公算が大きくなってきました。 今のうちに勉強しておかないと、大変なことになりそうですね。。



 


 そうそう、それと。

 TAに中国の朝鮮族の方がいて、その方から中国語を教えてもらえることになりました。

 目指せ、四ヶ国語マスターですね。
 

 やっぱり、発音が難しいですね。
 音の高低にいろいろあるようです。 だからか、中国語で育つ人には、絶対音感を持つ人の比率が高いそうです。 一年位前、natureか何かの記事で読みました。

 コツコツとやっていければと思います。

 三国志や春秋伝を原文で読めればいいなあ。
自主権について、レス代わりに記事を書いてみます。
 takaさんへのレスを書いていたら相当長くなってしまったので、記事にしておきます。



1.自主権について、明確な定義というと、少し微妙なのですが、たとえば国際人権規約A規約には、こんなことが書かれています。


第1条

1  すべての人民は、自決の権利を有する。この権利に基づき、すべての人民は、その政治的地位を自由に決定し並びにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する。




 これは、人民の権利であって、国家の権利ではないのですが、もし政府の意思決定が人民の意思に基づいているのなら、政府についても同様のことが言えると思います。

 自主権というか、自決権というか、「自分のことは自分で決める」という権利は、人間の性質上、何事にも代えがたい貴重な権利だと僕は感じています。 僕個人でいうと、今年のキャリア変更の過程では、この自主権の大切さを痛感したことが多くもありました。
 ルソーの市民政府論(だったはず)の一節に「私は奴隷の平和よりも自由な死を選ぶ」という言葉もありますが、それも一種の自決権の考えの反映なのだと思います。  

 

2.じゃあ自主権を持っているからといって、なんでもやっていいのかというと、それは断じてノー、と言えます。

 1)たとえば、他者の自由を侵害する場合。 自主権のロジックで考えるにしても、他者の自由を侵害するような個人の自由というのは許されないのと同様に、自らの自主権を守るために他国を侵略したりする事は、決して許されるべきではないのだと思います。


 2)ただ、自主権vs国際協調、となると、正直どこらへんが分水嶺なのか、よくわかりかねています。 

 takaさんのコメント:
 >つまり日本が同様のミサイルを同様の
場所に打っても、北朝鮮からの抗議に
対して「自主権の範囲なので」と
言い返すことが国際法や諸外国との
関係上可能、ということなのでしょうか?


 というのはこの問題を突いていると思います。 事実、朝鮮民主主義人民共和国政府は、日本やアメリカが牽制の意味合いが強い軍事行動をとるときには、かなりの批判をしているようですし。
 
 答えになっていないのかもしれませんが、「可能」だとは思うのですが、それを「すべからく認めるべし、とは言えない」、というのが僕の考えです。 こんなことも考えて、前回の記事で、一応の筋、というあいまいな事を書いているわけです。


 
 この類の問題で、一番避けないといけないのは、「どっちもどっち」的な議論だと思っています。 いわゆる、「議論の相対化」、というもので、徐京植氏らが「秤にかけてはならない」と主張している内容でもあります。
 ですが、現在のところ、議論がこの方向に行く予感がぷんぷんしています。
 
 よく言われることですが、人間は一つの口と二つの耳の穴と目の穴を持って生まれています。
 主張することも大切ですが、相手の言い分を理解しようとする姿勢はもっと重要だ、と感じている今日この頃です。 

 お昼休み時間なので、あたふたと書いてしまって理解しにくい部分もあると思いますが、とりあえずは以上です。
 ご飯買ってきます。
「北朝鮮どうなってんだ!」と言われても・・・
 朝鮮籍なのもあって、友人や知り合いから、「北朝鮮どうなってんだ!」という類のお話を色々と伺いました。 結構前に書いたのですが、僕は、本当の洗練というのは、自分の意見を、相手の気を害することなく、しかし率直に誠実に述べることだと思うので、書いていこうと思います。 意見を表明しないと、何も始まりませんしね。


 情報が錯綜していて事実関係がどうなっているのかは、いまいちよくわかっていないのですが、日本政府の発表によると、日本の国土から500km~700kmほど離れた場所に、ミサイルか何らかの飛翔体が落下したようです。

 
 日本の500kmといったら、東京から大阪くらいまでの距離ですから、かなり近いように感じられますね。
 ですが、グーグルマップで見るとどうなっているかと言うと、


20060706010029.jpg



 ここら辺のようですね。

 このあたりの地理を鑑みるに、軍事演習だとしたら、まあ、適切な場所に落とした感じがします。 というより、変な表現ですが、他に落とす場所が無さそうですね。。

 僕は武器そのものが嫌いなのですが、まあ、そんな話は置いておいて、国家の自主権というロジックを用いたのならば、今回の行動そのものには一応の筋が通るとは思います。
 
 
 そして、これが、日朝ピョンヤン宣言に抵触しないのか、と言うと、どうなんでしょう。



 3.双方は、国際法を遵守し、互いの安全を脅かす行動をとらないことを確認した。また、日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題については、朝鮮民主主義人民共和国側は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認した。

 4.双方は、北東アジア地域の平和と安定を維持、強化するため、互いに協力していくことを確認した。
 双方は、この地域の関係各国の間に、相互の信頼に基づく協力関係が構築されることの重要性を確認するとともに、この地域の関係国間の関係が正常化されるにつれ、地域の信頼醸成を図るための枠組みを整備していくことが重要であるとの認識を一にした。
 双方は、朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を遵守することを確認した。また、双方は、核問題及びミサイル問題を含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進し、問題解決を図ることの必要性を確認した。
 朝鮮民主主義人民共和国側は、この宣言の精神に従い、ミサイル発射のモラトリアムを2003年以降も更に延長していく意向を表明した。



 このモラトリアム、延長したのでしょうか? 僕はよくわかっていないので、どなたか事情に詳しい方がいたら教えてください。 していたら、アウトっぽいですね。

 相互の安全を脅かすか、と言う点については、論争の余地がありそうです。 国と国との間だとしても、公海にあたる部分にミサイルを落としてそれが直接に、相互の安全を脅かすのか、というと、一概にそうとは言えない気もします。 この国に住む人々の感情論で言うのなら、「十分に安全を脅かしている」となるのかもしれませんが、そういった感覚的な議論と政治議論は、ちょっと分けておくべきなのかな、と感じます。




 発射の意図だとかは、まだ全然わかってもいないのですが、一つはっきりとしていることがあります。
 それは、この類の出来事が起こるたびに真っ先に大変な目にあうのは、在日コリアンの、特に民族学校に通うこども達だという事です。 知り合いに朝鮮学校の先生が多いのですが、今、父母からの苦情への対応や、通学路の子供たちの安全を確保するための対策の準備などに、おおあらわだそうです。 深夜宿直をしていると、学校に脅迫電話がいつも以上に来たりして、それもかなり鬱陶しいという話もよく聞きます。


 なんだかなあ。


肝っ玉。
 人ノートは、基本的に週に一人は書くようにしているのですが、それでもエントリーを書くと、その余韻に浸ることしきりです。

 

 尊敬する人々に引き比べて、今の自分に最も足りないことの一つ、それは、肝っ玉の強さ、です。 今の僕は、生死の境などの危難にあったら気が動転してしまう確率が非常に高い。 そんな人間が何かを成し遂げられるとは考えにくいんです。

 で、その肝っ玉の強さを作り上げているものは、何か、考えてみると、ちょっとした答えが見つかりました。

 それは、当たり前かもしれませんが、「覚悟を決めていること」にあるみたいです。

 その覚悟の性質は人によって違いこそあれ、何か一つの事をやり遂げようと心に決めた人は、繊細な感性を持ち合わせつつも、多少の事では動じないようになるのですね。 スラムダンクで言う、「ダンコたる決意」、はじめの一歩で言う、「デターミネーション」の必要を痛感しています。




 閑話休題、決然とした姿が常に印象的だった中田選手、引退しましたね。

 最後の最後まで彼らしいなあ、というのが僕の実感です。
 寡言で黙々と努力し、わが道を歩く彼の姿は、つねにかっこよかった。 才能に溢れる人なので、これからも様々な舞台で活躍していくことでしょう。 いつか、ビジネスを一緒に出来たらいいなあ、と思っていたりします。


P.S. 
 そういうわけで(?)、今日髪を切りました。
 美容師さんには、「中田みたいにしてください」と。(笑) 
人ノート⑤:西郷隆盛:天を貫く至誠の人。
 さて、人ノートもいよいよ第5回を迎えました。
 
 かねてからtakaさんのご要望があった西郷隆盛が、今回の主人公です。

 
0.同時代人の評する西郷隆盛
1.略歴
2.思想-敬天愛人
3.人となり
4.政治における西郷隆盛
5.結びに


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