Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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定額給付金の有効性。
色々なところで定額給付金の有効性が議論になっているようです。

定額給付金や財政政策が経済を上向かせるのに有効だ、という見解に僕は多少懐疑的です。
というのも、持っているお金を政府が使っても、個人が使っても、他に何かが起こらない限りは、使われる(需要される)財やサービスの総量というのは変わらないからです。

もちろん、一方で、個人が財布のひもを完全に閉めてしまったような場合においては、政府が支出を増やすことにより、多少なりとも社会全体の消費は増大するのかもしれません。しかし、①政府支出はさらに民間の支出を減らす(クラウディング・アウトと呼ばれたりします)可能性があること、②政府支出は多くの場合かなりの非効率を伴うものであること、などを考慮すると、政府支出の増大が経済に良い影響を与える程度はあまり高くないのかもしれません。

政府の財政政策が有効となる為には、上の二つの問題点をうまくクリアする必要があります。すなわち、政府が支出を増大させても、民間が自らの支出を変化させないような分野で、効率的な事業展開をする必要があるわけです。これがそう簡単でないのは、いうまでもありません。

今はやりの財政政策はこのままではおそらく奏功しないだろう、というのが少なくない経済学者らの予想なのですが、さてさてどうなるのか、見ものですね。






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内容の要約(のようなもの)

科学の発展は、宗教や慣習などの既存の基盤を徐々に破壊している。それは、今まで人間個人において「集団」の占めるウェイトを低下させ、代わりに「自我」の占めるウェイトを増大させた。自由が増した人間は、ニーチェの描いたツァラトストラのように生きることを強いられている。
(ツァラトストラについてのエントリ:http://stjofonekorea.blog6.fc2.com/blog-entry-991.html

・それでも人間は、何か信じる者を探さないといけない。他人の作りものでないものにその信じる対象を探すためには、悩みぬくことがとても重要になってくる。
・人間は相互に承認されることによってはじめて幸せを感じることができるもの。自我がむき出しのままでは人間は色々な袋小路にはまることになり、現代の世相はその一つの反映となっている。
・科学の発展は人間の知のうち、脳の知を重視させるようになり、身体知が軽視されつつある。しかし、身体知も重視してよいのでは。



感想・意見

ウェーバーと夏目漱石というよりは、ニーチェと養老孟司と稲盛和夫の本という感じがする。
57歳になっての夢は見ていてすごく楽しそうで、著者への好感度は一気に上がった。

夏目漱石の解釈のうち、少し無理がありそうな部分については、「私には~と思われるのです」という、少しずるいつなげ方をしている。無理がある点は無理があるとして認めてしまったらよいのではないか。

誤植も少し目立った。



引用したい点

P37:自分の城を築こうとする者は必ず破滅する。(カール・ヤスパースの言葉)  

P106:人生とは、自分がどうすべきなのか選択せざるをえない瞬間の集積であり、それを乗り越えていくためには、何かを信じて答えを見つけなければなりません。
・・・意識しようとしてしまいと、人は信ずるところのものから、ものごとの意味を供給されます。意味をつかめていないと、人は生きていけません。
 そのための方法はいくつかあると思います。
 ・・・しかし、そのどれにも納得できないのなら、何ものにも頼らずに、ウェーバーや漱石のように、自分の知性だけを信じて、自分自身と徹底抗戦しながら生きていくしかありません。」

P109:自分でこれだと確信できるものが得られるまで悩みつづける。あるいは、それしか方法はないということを信じる。
・・・
「信じる者は救われる」というのは、究極的には、そういう意味なのではないでしょうか。何か超越的な存在に恃むというのは他力本願のことではない、と思います。

慈善は名声への投資?
ちょっと取り上げるのが遅れたのですが、先週号のThe EconomistのEconomic focusは、慈善についての考察をしていて、とても興味深かったです。

元記事:Looking good by doing good


この記事によると、「周りの人によく見られたいから」というのが、慈善の主な動機づけになっているとのことです。周りの人によく見られることにより、さまざまな他の活動がスムーズになるのであれば、その慈善活動は、慈善というよりはむしろ一種の「名声への投資」というのが正しいのかもしれません。慈善活動のほとんど(同紙によると99%)が公開でされていることや、その他様々な実験がこの主張を根拠づけています。


いわゆる慈善的なことをするに際して、僕の頭をいつもよぎるのは、「山上の垂訓」におけるキリストの言葉です。


人に見せるために人前で善行しないように気をつけなさい。
そうでないと、天におられるあなた方の父から、報いが受けられません。
・・・彼らはすでに、自分の報いを受け取っているのです。



僕は、慈善活動というのは、わざと隠れて行う必要もないけれど、これ見よがしにするべきものでもないと思っています。本当にその人が善意から善行を行うのであれば、それは、呼吸をするような自然体のもののはずで、わざわざ他人に見てもらうようなものではないはずです。また、このように慈善を行うことにより、自分の内面もより一層磨かれていくのだと思います。


もちろん、公開的に慈善活動を行うと、多くの他の人々の賛同を得て、大きなうねりを作り出すことができるのかもしれません。戦略的に、こういった慈善活動をすることを僕は否定するつもりはありません。

僕はキリスト教徒ではないのですが、キリストの言うことには大いに賛同しますし、まだ至らぬことだらけですが、そのように生きていきたいといつも思っています。僕は浅草生まれの東京育ちですが、裏地を飾るのが江戸っ子の粋というものです(あれ、ちょっと違うか)。

チェ 28歳の革命。
昨日、「チェ 28歳の革命」を見ました。

ゲバラについてよく知らない人はこちら(手前味噌でごめんなさい)。
http://stjofonekorea.blog6.fc2.com/blog-entry-578.html


全体の絵は、モーターサイクルダイアリーズに似て、淡白な作りです。

ゲバラが好きな人は好きになると思うけれど、決して誰もが楽しめる映画ではないと思います。そんな媚びていないつくりも、ゲバラっぽくてよいのですが。


特に感銘を受けた点を:
・部隊の実力は無名の兵士の士気で決まるということ:別に戦争でなくてもそうだと思います。団体の実力は、一人一人の目立たない人のモチベーションによって決まる側面が強いと思います。

・革命軍では常に読み書き算数を学んでいた:仕事とともに人は常に学ぶべき。

・重要なことを為す為には本気の人間だけを周りに残す

・革命は正気じゃできない

・革命家を支えている感情は愛だ


ゲバラ個人について気になったポイント:
・いつも本を読んでいる(本では知っていたけど、ジャングルの密林の中で休憩するゲリラ兵の中で本を読んでいる姿は、映像としてみるとやっぱり不思議な感じ)

・隊員との微妙な距離感(アルゼンチン人だからか、自身の融通の利かない高潔さのためか)

・葉巻がおいしそう


序盤に、ゲバラとカストロが、正気だったらキューバのバチスタ政権を倒そうなどとは思わないだろうというやりとりに、改めて感じることがありました。

ミシェル・フーコーも話していた様に、世の中を変革するのは、正気でなく、半ば狂気だ。 頭のねじが少しはずれているくらいが、ちょうど良いのだと思います。


僕は27歳。
何をやっているのでしょうか。全力で追いつきたいです。


パスワードは学びの機会である。
パスワード入力を、貴重な学びの機会ととらえてみてはどうでしょうか。


職場では、最近情報管理の重要性も高まることもあり、さまざまなパスワードを覚えることが要求される世の中になっていると思います。

これをめんどくさいと思うのもよいのですが、せっかくだから、大切な学びの場にしたいものです。

例えば、僕がいつもしているのは、パスワードを、覚えておきたい公式や概念の略語で作ること。
いつも打ち込んでいるのだから、無理なく覚えることができます。 どうしてもスペルを間違えてしまう英単語、重要な指標の数値、重要な公式、大切な人の誕生日、いつも心にとどめておきたい理念、などなど。

そして、まず覚えたな、と思ったら、今度はパスワードを変更すればよいのです。

人間、平均すると、10くらいのパスワードに囲まれていると思います。
携帯、PC、ウェブメール、カギ、預金口座、などなど。

なら、3か月に一度のペースでパスワードを更新していけば、1年に40のコンセプトをわが身にしみ込ませることが可能になるわけですね。 10年なら400。 決して馬鹿に出来たものではないと思います。


何事においても、機会を見出すことはとても大切なのだと思います。




超過すること。
オバマの演説を生で見ようと思いましたが、昨日までちょっと色々あったこともあり、疲れていてそうもいきそうにありません。

オバマ政権がブッシュよりいい仕事をすることは、これまで積み上げられた客観的状況を踏まえると、確率的にとても高いと考えられます。

ただし、市場はすでにそういった期待感をすべてその価格に織り込んでいる、ということは、当たり前のことながら忘れてはいけないと思います。

オバマ大統領に求められていることは、単に良い仕事をすることだけではなく、周囲の期待を上回る仕事をすることなので、それはなかなか容易ではありません。 もちろん、大統領に限った話ではなく、すべての人にとって、チャレンジは他人の期待を上回ることなのでしょう。

生意気なのは知りつつも、自分が大統領の立場だったらどうするだろう、と考えながら、寝ようと思います。



恐怖の記憶。
Economistにとても面白い記事が。僕がずっと関心を持っているテーマはリスクプレミアムなのですが、その解明の一つのヒントになるのかもしれません。

The bonds of time

内容は、恐慌を経験、もしくは人づてに聞かされた人間は、そうでない人間に比べリスク回避的であることが確認された、というものです。インプリケーションは二つで以下のものです:

①人間の恐怖の記憶というのはそう簡単に時間とともに消えるものではない

②恐怖は実体験だけでなく、人から伝え聞くものであっても、実体験と同様のリスク回避傾向をもたらす


ネタ元になったペーパーのpdfも見つけました。こちらです。

http://www.econ.berkeley.edu/~ulrike/Papers/DepressionBabys_16.pdf

この主張を用いれば、アメリカの20世紀中後半におけるリスクプレミアムの一貫した高さを説明できるのかも知れません。また、大恐慌の経験がメディアを通じて先進国全体で共有されているのであれば、世界全体のリスクプレミアムの高さについても一定の説明を与えられるのかもしれません。

もちろん、人々の個別的な性向が市場全体の価格決定にどの程度影響しているのか、については分かりかねますが。

達成。
今日、顔を出したままクロールを、連続で1km泳げました!

息継ぎのときだけでなく、常に顔を水面より上に出したまま泳ぐには、けっこう体力とコツがいるのです。

いつの間にか、だいぶ手の力がつき、泳ぎ方も様になってきたのだと思います。

アイアンマンレースまであと約8か月!


生命とは何か。

ネタがないときのために年末年始に本を読みまくったので、当分はネタ切れの心配がありません。(笑)

この期間に色々と本を読みましたが、感じたのは、古典であるほど有用な情報の量が多いということです。大学生の頃に岩波文庫を読みまくっていたのは、決して無駄ではなかったと思う今日この頃です。

生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)
(2008/05/16)
シュレーディンガー

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生命とは何か
"Erwin Schrodinger
(岡小天・鎮目恭夫)" "1944
(1951)"



内容の要約
面白いと思った箇所、感想
著者に質問・意見したい点
何か引用したい点

グァンタナモを閉鎖しても。
現在248人のテロ容疑者を収容し、所内での拷問等が大きな問題となっていたキューバのグァンタナモ収容所。オバマ大統領は、就任する20日の週にこの収容所の閉鎖令を発することになるそうです。

これら一連の動きをめぐって、公安を重視する人々と人権を重視する人々で大きく意見が分かれているのですが、僕にはいまいちそのことがよく分かりません。ひとつの収容所を閉鎖しても、特に何かが変わるとは考えにくいのです。

今のところ、グァンタナモ収容所が閉鎖されたのち、現在の被収容者は他の収容所に移送されることになるそうです。どのような収容所でも、容疑者たちに対して拷問や虐待がされる可能性は否定できない気がします。もちろん、グァンタナモの閉鎖というアクションが、今後のアメリカの対テロ政策への姿勢を反映しているのであれば、その意味を完全に否定できるわけではないのですが。

個人的には、グァンタナモの問題は、単なる収容所の閉鎖云々の問題としてとらえるのではなく、「国家の安全のために、テロ『容疑者』へ拷問・虐待をすることが許されるのか」という問題から捉えることによってのみ、その議論が意味を持ちうるといえるのではないかなと感じています。そして、その問いに対する答えは、未熟な僕にはまだ見つかりません。





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というわけで、昔から憧れていたこの本に着手しました。
なかなか高度ではあるのですが、知的に非常に楽しいです。エレガント。
表記については、僕の勉強不足でよくわからない点が多いのですが、それはWikipediaに助けられ、なんとか進めています。

必要な統計や数学の知識を習得しつつ、読破を目指そうと思います。



ミネルヴァのふくろうが近道を覚えた。
ミネルヴァというハンドルネームの人がその豊富な知識と鋭い予想によって韓国の経済論壇を騒がしていました。この方については、下記の記事を話題になっていました。
http://www.economist.com/world/asia/displaystory.cfm?story_id=12783609

この方ですが、虚偽の経済情報を流したことによって逮捕されたそうです。
http://mainichi.jp/select/world/news/20090111ddm007030069000c.html
本物のミネルヴァが短大卒の31歳無職だと知り、多くの方がそれに衝撃を受けています。

これをもって、韓国の人々の知識のいい加減さを伝える向きもあるようですが、この事件はむしろ、現代における人の学びの可能性を見せてくれているのではないでしょうか。

自らの出自に関する虚偽については、少し調子に乗ってしまった感があるのですが、それ以前までのことでいえば、ミネルヴァ氏の主張は深い考察に裏付けられ、妥当なものだったと僕は理解しています。ミネルヴァ氏は独学で本を読み、インターネットを通じて情報を入手していました。彼の情報ソースは、ある程度経済的に発展した国においては誰でもアクセスできるものだという点には注目するべきだと思います。誰だって、やる気さえあればかなり高い水準の知識を大きな金銭を支払わずに得られるということが、この一件で示されたのではないでしょうか。


もうひとつ、注意すべきは、現代社会が情報の取得という点においては大きな進歩をもたらしたものの、人間にとって一番大切な(と僕は信じている)心の涵養は、技術進歩によっても早められないという点にあると感じています。学びの近道は確実に出来上がりつつありますが、徳への近道はあまりなさそうです。一日一日、愚直に自分の心と向き合う他にはないのだと思います。

(追記)
検察のいう虚偽の情報を流したことは、あながち虚偽ではなかったというニュースが。
しかし、この人が自らの経歴等を偽ったことは事実なのでしょう。(それすらも本当だったらごめんなさい)



遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

ブログ更新を2週間さぼると、さすがに帰ってこれなくなりそうでした^^;
この期間、結構本を読んだので、ネタに困ったらその書評を紹介しようと思っています。


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