Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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電子ブック前夜?
ちょっとタイミングが遅れてしまいましたが、前に読んだ興味深い記事を紹介します。

The growing popularity of electronic books could offer hope for newspapers

内容はこういうものです。

音楽のPCへの取り込みはCDの売り上げを激減させたが、iTunesの存在がCD業界の収入を健全なレベルにすることに成功した。現在、新聞・雑誌はウェブの発展に伴い急速にその収入を減らしているが、iTunesのeBook版が出れば、その問題は解消されるのかもしれない。現実として、現在iPhoneで新聞を読む人も増えており、これは、iTunes前夜の音楽の状況に似ているのかもしれない。


たしかに。人は「便利さ」にならお金を払います。ファイルをいちいちネットサーフィンで探すよりは、150円でその音楽をダウンロードする方が合理的と考える人がいるのなら、同じようなロジックで、適切に求めるものを見つけてくれる本版のiTunesにお金を払う人はいるのかもしれません。

たとえば、ある社会問題その他トピックに関するニュースをまとめたものを、一つ150円で売るとか。まとめを作る手間に比べたら150円というのは安いものなので、人はこのまとめ記事を購入するかもしれません。




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MBA投資の期待リターン。
学校の先生と食事をしていて、BusinessweekにMBAによって増加する学費についてのデータがあると聞き、面白半分でデータをまとめてみました。

http://bwnt.businessweek.com/interactive_reports/roi_rankings/index.asp?sortCol=bschool_rank_2008&sortOrder=1&pageNum=1&resultNum=50

結論:純粋に金銭的な側面から考える場合、1年制のプログラムの方が資金効率は良い。


掲載されていたMBAにおいて、非USのMBAにおけるMBA投資の10年間のIRRは19%。これに対して、USのプログラムのMBAの全体としてのIRRは5%です。

(計算ロジックは、初期投資費用=学費+機会費用で、その後10年後まで賃金の増額を享受すると仮定してのもの。賃金成長は見越していません)

気になる個別校のパフォーマンスは以下の通り。 正直言うと、僕自身はこんなものどうでもよいのですが、、せっかく計算したのでブログのネタとさせていただきます。





Randy Pausch Lecture: Time Management
久々に見たくなったランディ・パウシュさんの最後の授業を見にYoutubeにいったら、他のレクチャーが。ありがたいことです。





ずっと見れていたわけではないのですが、耳に残った言葉を。順番もめちゃくちゃですが、メモ代わりとして。


正しいことをそこそこ出来る方が、間違えたことを美しく完璧にやるより良いに違いない。


優先順位について考えるときには、やらなかったらどうなるか、を考えること。


ウォルト・ディズニーが言ったように「夢を見れば、それはかなう」というと、人は色々という。
「シャラップ」と私は言う。


TODOリストでは可能な限り細分化すること。一番いやなことから先に始める。


頭は仕事のために使うべき。スケジュール管理ややるべきことのリストなどは、頭に留めずにどこかで管理しておく。


感謝状はとても大切。


先延ばしするときには何らかの心理的要因がある。それを直視すること。また、前倒しの締切を設けることで、かなり楽になる。


汚いことを自分が率先してやること。


メールを読んでいたらそれは休暇じゃない。


時間を買えるものには金をかける。


交渉下手の弁明。
僕は人に頼みごとをするのが得意ではないですし、要求を多くすることも苦手です。なんか、お願いばかりして、相手に悪いなーと思ってしまいます。

この性分の理由はよく分かりません。

ただ一つ、予感しているのは、結局世の中はうまく回っていて、結果的にプラスマイナスゼロになるように帳尻が働いている、ということです。

それそのものが何らかの価値を創造するわけではない交渉や駆け引きに心を煩わせるのなら、それをしないことによって生じる時間でより創造的な活動をしたいといつも思っています。



少年メリケンサック。
そういえば、最近映画をよく見ています。

少年メリケンサック
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最高でした。バンドをしているひと(特にパンクを演奏したことのある人)にとっては、ツボにはまるシーンがたくさんあり、上映時間のうち半分くらい笑っていました。

しかも、ただ面白いだけじゃなく、内容も結構よく、アーティストにはぜひ見てもらいたい映画です。

一番印象に強く残っているのが、こういう内容のやりとり。(記憶でしか書いていないので正確ではないです)


「お前の彼氏の屁だってくさいだろ。」

「マサルくんのはくさくないもん。」

「へっ、だから歌も無味無臭なんだよ。」


そう、そうなんです。

技術的に優れた人間なんて腐るほどにいるので、芸術全般において(いや、学問でもそうですね)、オリジナリティというか、個性というか、その人らしさが前面に出ていないと、人の心を動かすことはできないのだと思います。

久々に、ブランキー・ジェット・シティのコピバンとかやってみたくなりました。(あ、コピバンの時点で自分らしさがかなり制限されますね・・・)






47thさん復活。
おかえりなさいませ!

http://d.hatena.ne.jp/ny47th/

このブログもそろそろ引っ越そうかなあ。
村上春樹の講演要旨。
村上春樹のイスラエルでの賞受賞による講演の要旨。

これを読んで、人生でやりたいことリストの一つに、文学作品を書くことが加わりました。

壁→制度→システム、
と考えると、世界の終りとハードボイルドワンダーランドの構図が少し明確になりそうです。「世界の終り」における壁と、「ハードボイルドワンダーランド」におけるシステムは、本質的なコンセプトにおいては同じなのかもしれません。

ああ、また世界の終りとハードボイルドワンダーランドが読みたくなってきた。。




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 一、イスラエルの(パレスチナ自治区)ガザ攻撃では多くの非武装市民を含む1000人以上が命を落とした。受賞に来ることで、圧倒的な軍事力を使う政策を支持する印象を与えかねないと思ったが、欠席して何も言わないより話すことを選んだ。
 一、わたしが小説を書くとき常に心に留めているのは、高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵のことだ。どちらが正しいか歴史が決めるにしても、わたしは常に卵の側に立つ。壁の側に立つ小説家に何の価値があるだろうか。
 一、高い壁とは戦車だったりロケット弾、白リン弾だったりする。卵は非武装の民間人で、押しつぶされ、撃たれる。
 一、さらに深い意味がある。わたしたち一人一人は卵であり、壊れやすい殻に入った独自の精神を持ち、壁に直面している。壁の名前は、制度である。制度はわたしたちを守るはずのものだが、時に自己増殖してわたしたちを殺し、わたしたちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させる。
 一、壁はあまりに高く、強大に見えてわたしたちは希望を失いがちだ。しかし、わたしたち一人一人は、制度にはない、生きた精神を持っている。制度がわたしたちを利用し、増殖するのを許してはならない。制度がわたしたちをつくったのでなく、わたしたちが制度をつくったのだ。

http://www.chugoku-np.co.jp/NewsPack/CN2009021601000180_Detail.html




英語の要旨の方が個人的には好きです。


"So I have come to Jerusalem. I have a come as a novelist, that is - a spinner of lies.

"Novelists aren't the only ones who tell lies - politicians do (sorry, Mr. President) - and diplomats, too. But something distinguishes the novelists from the others. We aren't prosecuted for our lies: we are praised. And the bigger the lie, the more praise we get.

"The difference between our lies and their lies is that our lies help bring out the truth. It's hard to grasp the truth in its entirety - so we transfer it to the fictional realm. But first, we have to clarify where the truth lies within ourselves.

"Today, I will tell the truth. There are only a few days a year when I do not engage in telling lies. Today is one of them."

"When I was asked to accept this award," he said, "I was warned from coming here because of the fighting in Gaza. I asked myself: Is visiting Israel the proper thing to do? Will I be supporting one side?

"I gave it some thought. And I decided to come. Like most novelists, I like to do exactly the opposite of what I'm told. It's in my nature as a novelist. Novelists can't trust anything they haven't seen with their own eyes or touched with their own hands. So I chose to see. I chose to speak here rather than say nothing.

"So here is what I have come to say."

"If there is a hard, high wall and an egg that breaks against it, no matter how right the wall or how wrong the egg, I will stand on the side of the egg.

"Why? Because each of us is an egg, a unique soul enclosed in a fragile egg. Each of us is confronting a high wall. The high wall is the system" which forces us to do the things we would not ordinarily see fit to do as individuals.

"I have only one purpose in writing novels," he continued, his voice as unobtrusive and penetrating as a conscience. "That is to draw out the unique divinity of the individual. To gratify uniqueness. To keep the system from tangling us. So - I write stories of life, love. Make people laugh and cry.

"We are all human beings, individuals, fragile eggs," he urged. "We have no hope against the wall: it's too high, too dark, too cold. To fight the wall, we must join our souls together for warmth, strength. We must not let the system control us - create who we are. It is we who created the system."

"I am grateful to you, Israelis, for reading my books. I hope we are sharing something meaningful. You are the biggest reason why I am here."

現実を正当化する知性の愚かさ。
この期間に、投資については非常に重要なことを学んでいると思う。今のところの、一番大きな学びは、次のようなことだ。

投資をする人間の知能が高いことは当然いいことではあるが、それが単なる現実の正当化に向けられるものであっては、知能の高さはほとんど無意味である。現実の正当化はコンピュータにやらせておけばよい仕事で、人間知性の偉大さは、絶頂の中に破滅の兆候を看取り、絶望の中に発展の気運を見出す能力にこそあるのだと思う。


投資の世界でよく見るComps。いわゆる、類似投資先を比較する方法。(為念だけれど、僕はずーっと前からこのComps比較法はむちゃくちゃだとブログで書いてきました


あけすけに言えばどういうことかというと、こういうことだ。
みんなが赤信号を渡っていても死んでいない
→ならば赤信号を渡っても大丈夫だ

もうちょっと投資バージョンに言語を変えると、こうなる。
世の中のどのリンゴも1000万円で売っている、
→だったら、このリンゴも1000万円のはずだ。
(笑うなかれ、実際にオランダでこんなことが起こったのだ)

比較対象が狂っていたら、そもそもの時点で失敗するのだ。


ひと昔前(もしくは今もかもしれないけれど)、社会主義・共産主義国家の中で論争をするときには、えらい人の言葉を適切なタイミングで引用出来る人が一番強かった。上であげるComps法にはそれと同様の知性の噴飯ものの無駄遣いのにおいがする。



繰り返しだけれど、現実を正当化する材料を集めることは、人間知性のするべきことではない。
人は、もっと尊いことを考えることができるし、するべきだと思う。



(最近、ブログでの言葉づかいをよく考えるのですが、ため口調になると、表現が全般的にストレートになりますね。やっぱり。)

フランスの数学研究費。
yyasudaさんのブログで少し紹介されていたのですが、フランスにおける数学の水準は非常に高いようです。数学は一般言語に比べ非常にロジカルでシンプルな思考ツールであり、数学に長けていることが科学研究の諸分野において大きなアドバンテージとなることは想像に難くありません。

ガロア、フーリエ、ルベーグ、ポアンカレら、偉大な数学者たちをフランスは輩出しています。フィールズ賞の受賞者を見ても、人口6500万人の国としては非常に高い比率で偉大な数学者を輩出していることがわかります。(イギリスも人口6000万人なので同様にすごい)

1位 アメリカ合衆国(11人)
2位 フランス(9人)
3位 イギリス(8人)
3位 ロシア(+  ソビエト連邦)(8人)
5位 日本(3人)


この背景には、フランスにいまだに存在する科挙のような過酷な一流大学への受験システムと、数学が文系理系問わずすべての科学者において必要と考える風潮にあるのかもしれません。雑誌「選択に」そんなことが書かれてあったので、ちょっと調べてみたのですが、開発研究に関する国家予算に占める数学への支出が占める割合を見てびっくり。

ソース:http://www.actuaries.jp/meeting/reikai/reikai19-8-siryo.pdf
数学研究費

現在、政府研究開発費に占める数学研究費の割合は、日本(約0.05%)、米国(約0.5%)、
フランス(約1.6%)、ドイツ(約0.2%)。

日本でもフランスと同程度に支出がされていたら、今問題になっている、数学博士のポスドク問題もかなり解消される気がします。そして、それはこの国の数学の水準のさらなる(日本の数学の水準は現時点でもとても高いと思います)発展につながっていくのでしょうね。






ムハンマドユヌス自伝。
ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家ムハマド・ユヌス自伝―貧困なき世界をめざす銀行家
(1998/10)
ムハマド ユヌスアラン ジョリ

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内容の概要

グラミン銀行の総裁である、ムハンマド・ユヌス氏の自伝。アメリカから独立後のバングラディッシュに戻り、経済学の教授として働くときに地元チッタゴンで直面した現実を打開するために始めたローンが、グラミン銀行にいたるまでの過程を描いている。

・クレジットのアイディアは、彼の人間観に由来している。人間にとって最も大切なのは精神的な自立であり、施し・援助は、それを妨げるものである。人間が、自尊心を取り戻すためには、自分が自立していけるという体験を持つことが必要であり、ローンを借り、それを返していく、ということは、人間が自らの尊厳を取り戻すために必要なのだ。女性への貸付が多い理由の一つは、女性が多くの社会で貶められている現実とも関連している。

・グループレンディングは、グループの力学に対する理解に基づきなされている。融資を受ける過程で、個人はグループから支援と圧力をうけることになり、かつ一人一人が融資に対して道徳的責任を感じるようになることが、重要である。

・彼は、システムの大切さを強調している。貧困が構造的な問題である限り、その解決は、スポットの善意で達成されるものではなく、システムを構築することにより達成されると説く。ユヌス氏は、貧困の構造は全世界において類似していると説く。だから、グラミンの経験は世界中の多くの場所に適用可能なものである。事実、世界中で、グラミンのモデルは成功を収めている。

・ユヌス氏は、現場を知ることの重要性をつねに説いている。グラミンの信用供与のシステムは、彼の長い間の現場経験にもとづいて、テーラーメイドされて作られたものであり、グラミンに就職した人間は、まず現場にいき、そこで学ぶことを求められている。グラミンの返済方式が少額ずつになっているのも、借り手の心理的負担を考慮した結果。



感想

・LIPがマイクロファイナンスにひかれるに至った背景にあるアイディアと、ユヌス氏の考えが同じことが嬉しかった。僕たちも、人が困難から抜け出すために一番大切なのは本人たちの自立の意志であり、生産活動を通じた尊厳の回復(自分が社会から必要とされている実感)にあるということを信じている。人は、他人から厄介者と考えられていると思っていると、生きていくことが困難だ。

・サックス教授や多くの人が話しているように、MFは常に万能薬でないという点は常に理解しておくべきだ。貧困の罠に陥っている人には、純粋な援助が必要なことがある。



質問・コメント

・あまりにもこの本はバラ色で描かれてはいないだろうか。97年という出版時期によるものなのか、もしくは彼がそのようなポジションを張っていることによるものなのか分からないが、現在指摘されている問題点(たとえば本当に貧しく仲間を作れない人は融資を受けられない)についても取り上げ、それに対する筆者の意見を聞きたかった。(一応、P208でマイクロクレジットが万能薬でない点については書いているが)

・返済を免除するということが、完全に相手の自立心を否定する(P209)、という議論は言いすぎなのかもしれない。

・専門外の分野に対して述べるのはよいが、やはり議論が少し微妙な感じがある。ジェフリー・サックスのすごいところは、きっちりと相当の知識を積んでから他分野の議論に参加しているところなのかもしれない。


引用したい箇所
P53:どんな場合でも、施しは金を受け取る者の尊厳を奪い、収入を得ようとする意欲をも奪い去ってしまうのだ。 

P209:借り手には必ずローンを返済してもらうというのが私たちの哲学である。・・・そうする目的は、借り手の自立心を高め、自分の可能性に対して誇りと自信を持ってもらうことである。 

P241:資本さえあれば付加価値を生み出すことが出来るのだ。

P110:開発援助を行ううえで、本当に貧しい人々と少しましな状況の人々を一緒に対象にしてしまうと、少しましな状況の人たちが本当に貧しい人々を駆逐してしまうのだ。

P145:貧困というのは慢性病だ。その場しのぎの処置では到底治すことなどできない。


シークレット。
職場の知り合いのソウルのお土産を読みました。(読んだのはコリアンバージョンです)
ザ・シークレットザ・シークレット
(2007/10/29)
ロンダ・バーン

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装丁がとてもきれいだったので、どんなことが書かれているのか気になりながら読んだのですが、本書のテーマはいろいろな人が話していることでもある、「引き寄せの法則」に関するものでした。「求めよ、さらば得られん」、願望が物事を実現させる原動力になっていることを提唱する本です。

僕も、人間、何か大きなことをするには、強烈にそれができると考えることはとても重要だと思っていますし、その意味で本書の主張には同意します。

ですが、残念ながら、僕は著者が実生活でどんな素晴らしいことを体験し成功させてきたのかをよく分からないので、その分、少し本書から受ける印象が弱かったのではないかな、と感じています。また、貧困の中に死にゆく人の前で、本書の内容がどれだけのたすけになるのか、僕にはよく分かりません。


同じような内容の本で、さらに深みと本人の経験に裏打ちされたものとして、僕がお勧めするのは、稲盛和夫さんの「生き方」です。オーディオブックもお勧め。




アメリカ人の40%は進化論を信じていない?
 二週連続同じ雑誌をネタにして恐縮なのですが、「選択」とThe Economistは本当に読み甲斐があります。(少しずつ英国の諧謔に慣れてきた気がします。)

CST980.gifこの雑誌の自然科学のパートの記事はいつも非常に面白いのですが、今回はダーウィン一色。進化論がいまだに欧米では完全に受け入れられているわけではないことを見てとれます。
 アメリカでは、40%が進化論を信じていない・・・衝撃です。 ソースまで見る時間はないので、サンプルが正しく採られたことを仮定するしかありませんが。

 でも、翻って考えてみると、僕自身も科学一辺倒の人間ではないことに気付かされます。自分のスタンスは、どちらかというと、科学の有用性を信頼しつつも、まだ世界には科学で解明されていないとっておきの秘密がたくさんあるに違いない、といった感じのものです。そもそも科学と言われているものも、突き詰めると何らかの信念にもとづいている場合が少なくないわけですし。

 グラフを見ながらぼーっと考え事をしていると、この結果を一笑に付すことはできないな、と考えさせられるのでした。




経済ナショナリズムへの警鐘。
今週のThe economistの表紙はちょっと怖い感じです。亡霊がよみがえる、というお話。

The return of economic nationalism
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The Depression後初めての経済ナショナリズムの波が押し寄せています。1930年にReed Smoot and Willis Hawleyがアメリカの関税を引き上げたことによる大恐慌の悪化を思い出すべきでしょう。1028人の経済学者がこれに反対しましたがが、一度国がある方向に流れると理性の声は押し切られます。鍵はアメリカのアクションあり、Obamaは決して、Buy America政策、すなわちアメリカ保護政策をを是認するべきではないと、Economistは強調しています。

今後の各国の財政政策には、三つの守らなければいけない原理があると、この記事で述べられています。僕も同意します。
・すべての政策に一貫性を持たせること:co-ordinationが重要
・忍耐すること(アメリカ保護主義をとらないことにより、得をみる外国人が出たとしても)
・多国間の(Multilateral)政策であるべき


Economistは、今、町を出歩いている妖怪はNationalismとしていますが、個人的にはそれよりも、社会主義、なのでは、と思います。共産党宣言の一番最初の文は次のようにあります:

つの妖怪がヨーロッパにあらわれている、――共産主義の妖怪が。旧ヨーロッパのあらゆる権力が、この妖怪にたいする神聖な討伐の同盟をむすんでいる。

現代では、妖怪に対して神聖な援護がされているともいえるのが、皮肉な話です。


金融機関以外の事業会社までが国有化されるようになると、もはや何が何だか分からなくなります。

国有化に代表される経済のナショナリズムは、短期的には経済の安定をもたらすかもしれませんが、長期的には必ず大きな負担をもたらすというのは歴史の教訓だと思います。人々の叡智を(限界はあれども)可能な限り適切に反映する仕組みである市場を打ち捨て、特定の限られた智恵しか持たない限られた人々の手に経済の行く末をゆだねるのは、非常に危険なことであるといえるでしょう。

さらに、経済のナショナリズムは、結果的に全体主義につながる可能性を内包していることに注意する必要があると思います。また、経済大国の中で一国だけでも自国保護主義を促進する方向に走ってしまうと、皆がj国保護主義を展開するのがナッシュ均衡になってしまいます。だからこそ、経済大国の首脳たちで、これまでにない具体的な施策レベルでの協調を行うことは、難しいとは思いますが、非常に大切なことでしょう。

過去を顧みると、経済危機は戦争の遠因となってきました。同じ轍は踏まないことを強く願います。(自分ができることがあまり思いつかないのがはがゆいですが)
暖房のない生活。
壁の半分がガラスということもあり、非常に寒い構造となっている我が家なのですが、先月の光熱費が大変なことになっていたので、暖房を使わないことにしました。

部屋の温度は一桁℃です。
吐く息は白いです。
かなりの厚着をしています。パリでの勉強時代のキュリー夫人みたいですね。

寒すぎて指が動かなくなることが難点なのですが、それ以外については続けてみるとなんとかなるものですね。寝る時とかは、まったく気になりません。

生活してみて気づいたのですが、寒い日は寒さを感じ、暑い日は暑さを感じる生活は、四季に対する感性をみずみずしくするために重要なことなのかもしれません。個人的には、寒い方が考え事には向いていると感じています。事実、哲学者は文学者の多くは、寒い地域に住んでいるようですし。



(お客さんが来るときにはちゃんと暖房をつけます。念のため)


チェ 39歳 別れの手紙。
ゲバラ、39歳別れの手紙も昨日見ました。
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説明調の映画が多い中、説明が必要最低限で、それでいてちゃんと見ていれば多くのことが分かる映画の作りはとても好きです。

ジャングルの奥地で、死と隣り合わせで、飢えと渇きに悩まされる中でも信念のために生きることに比べたら、僕の身の周りの悩みの多くがどうでもよいものであることに気がつきます。その反面、今、僕たちがLiving in Peaceを通じてしていることがとても大切なものであることに改めて気づかされます。


僕は自分の信念のために死ぬことができるのか。

これは、10代のころからずっと持ち続けてきた問いで、はじめてからもう10年にもなります。

分かりきっていることは、そういう信念を持たずしては、世界を変えることはできないという点です。僕の尊敬するゲバラも、ガンジーも、キリストも、西郷隆盛も、周恩来も、他の多くの人々も、皆、己の新念のために命を投げ出せる、という点において共通しています。そして、その信念は他者への愛に根付いているのだと思います。

また、信念はいきなり何かの拍子に身につくものではなく、日々の実践と克己、自己省察から培われるもののはずです。身の周りで、できることから、着実に自分の人間としての質を高めていければと強く思います。

(ちなみに、僕は武力闘争には反対します。ガンジーの示してくれた可能性を信じています。死ぬ覚悟をもって非暴力を貫く人間になりたいです)




※ゲバラについてあまり知らない人にお勧めする方法

・まず、「チェ・ゲバラ伝」を読む。

・次に、「28歳の革命」と「39歳別れの手紙」をまとめて鑑賞。

・最後に、「ゲバラ日記」を読む。


これで、世界に引き込まれること間違いなしです。

次回の勉強会は2月8日です。
LIP logoジェフリー・サックスの影響を受けて2年前の10月に設立した経済開発の勉強会は、Living in Peaceという名称のもと、活動継続しています。

最近は、マイクロファイナンス・フォーラムなど、勉強以外の活動もしていて、少しずつ影響の輪が拡がっていると思います。少し前に、日経ビジネスと朝日新聞に、私たちのことを(少しだけ)載せていただきました。(有難うございます。)


定例の勉強会ですが、次回は2月8日(日曜日)に行います。

場所は、広尾のJICA地球広場、時間は17時からです。

今回の内容は、フィリピンの開発とマイクロファイナンス市場環境のレビューとなる予定です。

同時に、今私たちが行っている日本初の取り組みについてもアナウンスする予定です!

お越しになる方は、このブログに直接シークレットコメントをくれても大丈夫ですし、taejun.shin[at]gmail.comまでご連絡くださってもOkです。お会いできるのを楽しみにしています!


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