Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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カンボジア・マイクロファイナンス旅行記-2
ベトナム航空で、プノンペン入り。
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無事に入管を通り、、、といきたいところが、早速別室に連れていかれる。

なんと、再入国許可証(朝鮮籍保有者はこれがパスポート代わりになっています)の有効期限が3か月以下だと、カンボジアには入国できない、とのこと。僕の有効期限は1か月弱しかなく。

知らなかったし、航空券も買っていてちゃんと期日まで帰るから許してくださいとお願いし、なんとか入国許可が下りる。 

危ない危ない。マイクロファイナンス旅行記が第二回で終わるところだった。


空港を出ると、南国の暑さが出迎えてくれる。日本の真夏くらい。

空港出口には、旅行客を捕まえるタクシーの客引きの人だかり。
9ドルでホテルに連れてっていってくれる、という客引きに、「そりゃ高いよ」と言ったが、なんかタクシー業者でトラストを組んでいるようなので諦めて9ドルでホテルへ。

町は、雑然としつつも活気であふれている。こういう雰囲気、すごく好き。
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タクシーの隣を、家族5人乗りバイクが走って行ったり。
タクシードライバーはボブディランを流していた。こんなところでlike a rolling stoneを聞けるとは思ってなかったのでびっくり。このCDは、日本人の旅行客がくれたのだそう。

町が活気であふれている一方で、赤ん坊を抱いている物乞いの人の姿も見れて自分たちが来る目的を改めて再認識。明日から早速現地調査やらフィールドトリップ開始だ。



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カンボジア・マイクロファイナンス旅行記-1
今週一週間はカンボジアにいます。
いくつか目的はあるのですが、一つは、Living In Peaceの活動とも関連して。

マイクロファイナンスの現場をたくさん見ることになると思うので、出来る限りリアルタイムでアップデートしていこうと思います。

(今はベトナムで飛行機待ち)
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本の予約が始まりました。
今日、再校への赤入れを終え、僕が執筆についてするべきことはもうありません。
あとは、デザインなどを完成させるのみなのですが、全般的にとてもお気に入りの絵柄に仕上がっています。

ファイナンス理論についての本は多いものの、取り扱っている題材において類書はないと思っています。なるべく長い時間の試練に耐えられるように、至近な話題・題材はほとんど取り扱っていません。

出版社・書店で大きく営業をして下さるそうで、平積みで本が置かれることになりそうです。文字通り「有り」&「難い」ことなのですが、どんな反響があるのか、少しびくびくしています。 「耳をすませば」の主人公が、自分の作品を雑貨屋のおじいさんに見せる心境が少し分かります。 

書店に並ぶのは、4月17日~19日になりそうです。

もう、アマゾンでも予約が出来るみたいです。

15歳からのファイナンス理論入門―桃太郎はなぜ、犬、猿、キジを仲間にしたのか?

どのようなものであれ理論のエッセンスは中学生でも理解できるものですし、その理解はより良い人生に役立つということは僕の信条です。それが少しでも示せたのならとてもうれしく思っています。


読書について。
読書について 他二篇 (岩波文庫)読書について 他二篇 (岩波文庫)
(1983/01)
ショウペンハウエル



いわゆる読書家にはぜひ読んでもらいたい本です。共感することがとても多いです。

ショウペンハウエルの重要なメッセージは3つです:

1.本を読むことは他人の考えをなぞることにすぎない。人間は自分で考えて吟味した思考しか自分のものに出来ないのだから、ただ読むだけでは意味がない。読み、そして、よく考えるべきである。

2.本を読むときに最も重要なことは、著者の思考の道筋を読むことである。

3.読むべき本と読むべきでない本を見分けるべきだ。曲学阿世の本が世の中に何と多いことか。


1についてはロックをはじめ多くの思想家たちが説くところです(ジョン・ロックがどこでこの内容を話していたのか忘れてしまいましたが)。特に現代においては、知識そのものはすぐに手に入る時代にあるので、自分で考える能力の重要性はより高まっていると感じています。

2については、時に僕は「著者が何を話しているのか」に傾斜してしまっていた感があります。反省。
確かに、著者が何を話しているのか、より、著者がどういう思考の道筋を経てこれを話しているのか、を考えた方がはるかに意味があるように思われます。

3については、僕は大学生の頃から気を使っていて、特に重大な理由がない限り、古典を多く読むようにしています。時間の試練に耐え抜いた本には、決して廃れることのない知恵が込められている可能性が高いと思うからです。



(引用文)

P128

「読書にいそしむかぎり、実は我々の頭は他人の思想の運動場にすぎない。そのため、時にはぼんやりと時間をつぶすことがあっても、ほとんど丸一日を多読に費やす勤勉な人間は、次第に自分でものを考える力を失って行く。」


P129

「紙に書かれた思想は一般に、砂に残った歩行者の足跡以上のものではないのである。歩行者のたどった道は見える。だが歩行者がその途上で何を見たかを知るには、自分の目を用いなければならない。」




ゲバラの矛盾のカギ?
新訳 ゲリラ戦争―キューバ革命軍の戦略・戦術 (中公文庫)新訳 ゲリラ戦争―キューバ革命軍の戦略・戦術 (中公文庫)
(2008/07)
チェ・ゲバラ

ゲバラがゲリラ戦争について綴った本。 映画のモデルともなっています。


一つ、とても僕にとっては重要な記述があり、これだけで読んだ価値があると思いました。

政府が、不正があろうとなかろうと、何らかの形の一般投票によって政権についている場合、または少なくとも表面上の合憲性を保持している場合には、ゲリラ活動には多大の困難が伴うだろう。非暴力闘争の可能性がまだあるからである。



僕にとって、ゲバラほどの高潔で無私の人間が、なぜ敵を殺すゲリラ戦争を行えたのか、大いなる謎だったわけです。革命家は愛に導かれていなければいけない、という人間が、どうして人を殺せるのだろうかと。

上の記述は、そんなゲバラの基本スタンスを教えてくれています。彼にとってもやはり武装闘争は最終手段であり、諸々の状況を考慮した上での苦渋の選択だったのだと慮ることができます。読んでいて、とてもほっとしました。

吉田松陰の留魂録。
図書館で色々な本を読んでいたのですが、吉田松陰のガツンときた言葉を紹介。

10歳で死んでも、30歳で死んでも、100歳で死んでも、その生きていた歳月にはおのずから四季があり、だからこそいたずらに寿命について嘆く必要はない。ただ自らの命を賭したものが後に誰かにうけつがれることを願う、という内容のもの。辞世の句だけに、感じることが多いです。

社会の変革は常に、(形式が暴力であれ、非暴力であれ)自分の理想のために死をもいとわない人々によってのみ起こされているのですよね。自分はどうなのだろうと、自省せずにはいられません。




人寿ハ定リナシ禾稼ノ必ズ

四時ヲ經ル如キニ非ズ

十歳ニシテ死スル者ハ十歳中自ラ四時アリ

二十ハ自ラ二十ノ四時アリ

三十ハ自ラ三十ノ四時アリ

五十百ハ自ラ五十百ノ四時アリ

十歳ヲ以テ短トスルハ蟪蛄ヲシテ靈椿タラシメント欲スルナリ

百歳ヲ以テ長シトスルハ靈椿ヲシテ蟪蛄タラシメント欲スルナリ

斉シク命ニ達セストス

義卿三十四時已備亦秀亦実其秕タルト其粟タルト吾ガ知ル所ニ非ス

若シ同志ノ士其微衷ヲ憐ミ継紹ノ人アラハ乃チ後来ノ種子未タ絶ヘズ自ラ禾稼ノ有年ニ恥サルナリ

同志其是ヲ考思セヨ




ルネサンスとは何であったのか。
前に読んだ本から。

ルネサンスとは何であったのか (新潮文庫)ルネサンスとは何であったのか (新潮文庫)
(2008/03)
塩野 七生

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内容

対話形式で著者のルネサンス観が語られている。
ルネサンスとは見たい知りたい分かりたいという欲望の爆発的な発露であったと著者は喝破する。知るということは、創造を通じてより高まるものであり、ルネサンス期の創作物は時代の天才・巨人たちの知への渇望のあらわれであったと著者は考える。

・ルネサンスの精神
著者によるとルネサンスの発端は、当時のキリスト教のドグマからの脱却であった。フランチェスコとフリードリヒ2世が、この発端となった。

フランチェスコは、キリスト教を愛の宗教と解釈すること、貧しさを尊ぶ精神、鋭い現実感覚、選択の自由(他のキリスト教者への寛容)を通じてその精神の礎となった。フリードリヒ2世は、キリスト教への疑念、洗練されたイタリア語の創造(当時までラテン語がより高尚な言語とされていた)、Diversityに富んだ教育制度の創立等により、その基礎を作った。

イタリアでルネサンスが起こった理由は、ローマという場所が近かったこと、自治共同体の力が強かった(それが、自由な発想につながった?)こと、などがあげられる。

ルネサンスは、上述のように知への渇望の発露であり、それは芸術という形式のみをとったのではない。政治や、航海においてもそれは発揮された。政治におけるマキアヴェリ、航海におけるコロンブスやヴァスコ・ダ・ガマは、その主要人物ということができる。

また、ドグマからの脱却を背景としたルネサンスは、伝統キリスト教による反動(プロテスタンティズムへの弾圧や魔女狩りに代表される)によって、終わりを告げた。


・前期を支えたフィレンツェのメディチ家
初期のルネサンスはフィレンツェでおこった。これは、フィレンツェ人の強い批判精神と経済的余裕が影響している。フィレンツェをさらなる経済強者にしたのがメディチ家であった。コシモ・デ・メディチが当時多くの芸術家のパトロン(芸術に対し深い理解を持たないことが却って幸いした)となり、彼らの創作活動をサポートした。

・中期をささえたのは教会
免罪符の発行は、芸術家たちをサポートするための財源となった。(もっとも、これを理由にルターらの宗教改革が起こるわけだが)

・後期を支えたヴェネツィア
また、ルネサンス後期を支えたのはヴェネツィアであった。商人が力を持つ共和制国家のヴェネツィアは、フィレンツェのように鋭い批判精神を文化として有してはいなかったが、強い経済とそれに裏付けられた芸術品への需要や、キリスト教との距離に代表される自由を尊重する風潮(これを支えたのが経済的・軍事的な力)を持っていた。これが、ルネサンスの後期の発展を支えることになる。

・ルネサンスが現代人に残した遺産
著者が挙げるのは3点:①今もみることができる芸術作品群、②精神の独立に対する強烈な執着、③二元論でなく一元論的な考え方



感想

単にギリシア的な古いものへの回帰と習った(記憶がある)ルネッサンスについて、多くを知ることができた。少し前にメディチ・インパクトに感銘を受けただけに、興味深い題材でもあった。また、ルネッサンスの精神基盤の端緒となった二人の、教育を受けていない故の虚心坦懐には学ぶことが多かった。学問は人を袋小路に入り込ませる可能性を持つものだ。

何か新しいことが生起するとき、その背景には、パラダイムのシフトがある。当時の芸術家たちは、強い緊張感を感じながら創作活動をしていたに違いない。平和に守られた先進国における現代芸術は、ルネッサンス期のような緊張感を有しているのだろうか。

最後に(P240)著者が述べている(下で引用)、この時期の美術作品から考えるべき点は、全ての芸術作品に共通のことなのかもしない。


コメント

対話編は、確かに説明を分かりやすくするのに役立つが、物事を体系的に伝えるには不向きであるという問題点がある。本書においても、一つ一つのポイントを追いかけるのにおいて、対話編は大いに援けになったが、章立てもないため、全体像の把握にはかなり手こずった。



引用したい箇所

P15:創造するという行為が、理解の一本道

P142:人間は、自分自身を支配する力よりも大きな支配力も小さな支配力も、持つことはできない存在である。(ダ・ヴィンチの言葉からの引用)

P240:表現とは、自己満足ではない。他者に伝えたいという強烈な想いが内包されているからこそ、力強い作品に結晶できるのです。レオナルド・ダ・ヴィンチの書き遺した文章に至っては、その多くが、キミという呼びかけを使って書かれている。レオナルドが言った「キミ」にならないで、何でレオナルドが理解できるのでしょう。レオナルドやマキアヴェッリやミケランジェロの友達でもあるかのように、虚心に作品に対し、それをすることで彼らの声に耳を傾け、偏見に捕らわれずに考え、得た想いを自分自身の言葉で言ってみてはどうでしょう。これさえ実行すれば、あなたもまた、ルネサンス精神を会得できたことになるのです。
クリエイティブ資本論。
バタバタしている今日この頃ですが、そういう時だからこそ本を読むことと自己省察をする時間の隙間を持つことは非常に大切だと思います。

クリエイティブ資本論―新たな経済階級の台頭クリエイティブ資本論―新たな経済階級の台頭
(2008/02/29)
リチャード・フロリダ



だいぶ前に知り合いから勧められ、購入したものの積読になっていた本書。

著者が強調しているのは現代においては、創造性が最も重要な資本となっているという点です。事実、技術集約型の企業の躍進は、原書が世に問われた2002年以降目覚ましいものがあります。

自由と熱中がキーワードともいえる創造的な仕事をする人々のことを、本書ではcreative classと呼び、その人々がイノベーションの原動力となっている点、またそのために高い賃金水準を獲得している点などが指摘されています。

著者は創造性と環境には強い連関があり、事実同性愛や芸術家などを歓迎する都市(そこでは寛容・多様性が尊ばれていると思われる)において、創造的な事業が生まれやすいことを指摘もしています。また、同時に、20世紀の初頭から現代にかけて、社会システムが創造性を触発しやすいものに徐々に変遷していった過程についても述べられています。そして、後半では、その創造性を伸ばすための環境づくり・心構えについて書かれています。

説かれている内容の多くには首肯するのですが、2002年に原書が出たという点が限界なのでしょうか、目から鱗、というような内容ではありませんでした。また、グラフの使い方も少しレトリカルな気がしました(例えば、creative classの増大を適切に見るのなら、その人口の推移ではなく、全体に占める人口比率を示したほうが適切でしょう)。

日本でいうと、どんな人たちがcreative classに属するのでしょうかね。





桃太郎ジーンズ。
貧困削減のために仲間と立ち上げた団体(そろそろNPO)であるLiving in Peaceも参加させていただいた、セキュリテのイベント。

http://www.securite.jp/

おにぎり、ジーンズ、林業、農業、貧困削減など、さまざまな取り組みをしている団体がそれぞれプレゼンをしたのですが、どれもとても興味深いものでした。

中でも、個人的に一番気になったのが、桃太郎ジーンズ。
http://www.japanblue.co.jp/momotaro/
染め・織り・縫い一つ一つに本当に手がかかっていて、長い間はくことができるジーンズだと感じました。こういう職人の心がこもっていると感じられる品はとても好きです。

社長の真鍋さんから、ご紹介カードを頂きました。二本の白い線が入った出陣ジーンズがとてもかっこよかったので、今度出店されている渋谷パルコに行こうと思っています。 
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麻薬は合法化したほうがまし。
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「麻薬は合法化するのが最も害の少ない対策である」という先週のThe Economistの記事に全く賛同します。
http://www.economist.com/opinion/displaystory.cfm?story_id=13237193

麻薬は、確かに様々な問題を惹き起こします。僕はそれを否定するわけではないし、だから麻薬の使用はよくないと思っています。

しかし、重要なポイントは、だからといって麻薬を禁止したところで問題は解決されない、ということです。確かに、麻薬の使用に対して重い刑罰を科せば、多少なりとも表だって麻薬を使用する人はいなくなることでしょう。しかし、一方で非合法化することにより犯罪組織が肥大化し、かつ、多くの情報が非公開になるため(たとえば、検挙する人ベースでしか統計が取れない、など)問題の対処がより一層難しくなってしまいます。事実、それは、この100年間で起こってきたことだったと、The Economist誌は指摘しています。

もちろん合法化が完全な解決策ではありません。しかし、禁止よりははるかに害が少ないのです。合法化することにより、犯罪組織の肥大化を防げるだけではなく、統計もとりやすくなり、社会の福祉・厚生の問題として麻薬問題に取り組むことも容易になるはずです。合法化は最終的な解決に至るための一段階として、重要なのだと思います。


NPOの活動をしながらも常に念頭に置きたいのは、単なる感情論を排して、冷静に現実的な解決策を考えることです。マイクロファイナンスに注目しているのも、そういう理由からなのですが、他にも色々なことを考えていきたいと思います。


3/8、もしくは3/4。
今年からまたプロの人にドラムを習っているのですが、学ぶことがとても多いです。

最近習ったことでいちばん印象に残っているのは、4分音符の中の3分音符のお話。

アメリカでは、そもそも論として、8ビートや16ビートなどという言葉がないそうです。(!) 

先生は自分が初めて日本に来たとき、この単語に戸惑ったとのこと。全ての音楽は皆ジャズの影響を強く受けているため、全ての音楽は3分で成り立っていると考えられているそうです。ブログでこの3分がどういうものなのかを書くのは面倒なので省きますが(話せばすぐなのですが)、この3分はグルーヴを生みだすと同時に、リズムキープにも一役買っています。実際練習してみたのですが、確かに、3分刻みを意識することにより、単調なビートの刻みにもうねりが出てきました。感動。

目標はよいファンクドラマーになること。
今はRufusの歌を練習中です。
それと、今年の目標は年に3回ライブをすることなので、よいバンドも探さないと。
60万アクセス御礼。
最近バタバタしていて、更新が滞っていてすみません。。
ストレス耐性や仕事処理能力その他を向上させるチャンスなので、地道にがんばっています。


このブログも、ゆっくりと更新していくので、これからもどうぞ宜しくお願いします。

前にも少し触れていた中学生のためのファイナンス理論の本ですが、4月中旬に出版予定です。
また日が近づいてきたらアナウンスしますね。




市場の変相。
市場の変相市場の変相
(2009/02/17)
モハメド・エラリアン


時代の試練に耐えられる原理原則を述べているかどうか、というのが、時間がない時に読む本を選ぶ際のポイントだと思っています。もし現象について述べている本(ビジネス書の大半はこれだと思います)を読む場合には、ちょっと質の高い特集記事を読むつもりで、出たらすぐに読むべきだと思います。

だから、僕はほとんどの場合、ビジネス本を読まないですし、さらに本書は訳書であるため、無視できないタイムラグがあります。それでも、各紙で絶賛されている本なので、ちょっと読んでみました。(前置きが長くてすみません。。)



本書で主張されているのは、現在の市場は過去のものとは異なるものになっているという仮説です。今日の市場においては、①国際的な力関係の変化に伴う新興国の経済がもたらす影響の大きさ、②金融資産の膨大な積み上げによる、新興国プレーヤーの参入、③新しい金融商品の開発がもたらした投資家の層と量の拡大による市場の」構造変化、という3点において過去とことなると著者は主張し、本書の多くの部分はその説明に割かれています。複数均衡と行動ファイナンス・経済学のロジックと多くの例証が、その主張をサポートしています。


ただ、個人的には、そういう主張にはあまり興味がなく、この危機を事前にしっかりと察知していた著者のものの見方考え方に興味があるので、それらについて学んだ点を紹介しようと思います。

著者は、優秀なファンドマネージャーの持つべき能力は、①勘、②経済学的思考能力と③金融工学的な能力の三つだと紹介しています。

そして、そのうちで勘に属するノイズ察知能力について、著者は比較的多くの紙面を費やしています。

本書ではケインズの名言が紹介されています。

新しいアイデアを理解するのは難しくない。本当に難しいのは古いアイデアを捨てることだ。われわれと同様の環境で育った世代の場合、ふるいアイデアが頭の隅々にまで組み込まれている。



人間は、経験則から大幅に逸脱した現象を目にすると(アメリカ株式市場の空前の上昇に対する長短金利の逆転、VIX指数の驚くべき低下という異常現象が2007年に生じていた)、それを単なるノイズとして、時間がたてば解消されていく一時的な現象として処理してしまいがちです。そうではなく、ノイズの中にある、本当のシグナルを察知する能力を持つためには、次のステップが重要であると著者は説いています。

・ノイズを過小評価や先入観を排して、ノイズの発信元を見極める
・モデルを通じて、シグナルの内容を吟味し
・自分の意見を持ったうえで、他の専門家の意見を聞く

これは、今だからこそ言うのは簡単ですが、実際に行うのは非常に困難なことだと思います。特に短期的には、みんながアホなら踊らないと損をするような状況も少なからずあり、こういうシグナル察知のための努力を避ける誘因が働きがちです。そこで一歩踏みとどまって考えるのが、人間知性のあるべき姿なのでしょうね。


マイクロファイナンスファンドを作っています。
仕事が忙しくてご無沙汰しています。


そんな中、マイクロファイナンスのファンドを、20人以上の仲間と一緒に作っています。
先日、プレスリリースをして、サイトを開きました!
http://www.living-in-peace.org/


前にマイクロファイナンスフォーラムを開催したのですが、そこで、先進国では日本にだけマイクロファイナンスファンドがないという話をして、「ぜひどなたかファンドを作ってください」、というメッセージを発していたのですが、自分たちでパートナーと組んで行うことにしました。

しかも、この活動に、ジェフリー・サックスから(短いですが)応援メッセージをもらいました!

http://www.living-in-peace.org/supportmessage/


もらった当時は秘密にしないといけなかったのでこのブログに書けなくて残念だったのですが、その時といったら、本当にうれしかったです。だって、ジェフリー・サックスの本を読んで、僕はこの活動を始めたわけですから。


みんなが少しずつアクションをすることほど、力強い社会変革力はないと思うんですよね。なのに、多くの人が仕事にとらえられて、所詮自分の空き時間を使ったところで、と思ってしまっているのかもしれません。貧困を無くすという、本来の目的を達成すると同時に、そんな意識を僕たちの活動を通じて変えていければなあ、と思っています。












史的システムとしての資本主義。
世界の碩学と呼ばれるウォーラスティンの「世界システム論」への入門書とのことで、読んでみました。
史的システムとしての資本主義史的システムとしての資本主義
(1997/08)
I.ウォーラーステイン

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