Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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虐殺博物館で感じたこと。
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トゥール・スレン虐殺博物館に行ってきた。

多くの殺人者が言うことは「自分だってこんなことはしたくなかった。だけど、やらなかったら自分が殺されたのだ。」というものだ。中には、「自分は、自分のしたことを一切やましいとは思っていない」と言う人もいるが。

虐殺に加担した人を断罪するのはたやすい。でも、自分自身が同じ状況に陥ったらどう行動しているのだろうか。はたして、正しいことのために死ねると、100%の確かさをもって言い切れるか。もし、そのときに、自分に愛する家族がいて、それだけはどうしても守りたいと考えていたら?

ある問題について考える際に重要なことの一つは、自分が当事者であればどうするかということを慮ることにあると思う。そういった思考の過程を経ないで、わかりやすい正義を振りかざすことに僕は断固反対する。

より問題にするべきは、こういう普段は普通の人を殺人マシーンに変えてしまう仕組みにあり、どのようにすればこういった仕組みの支配を止めることができるのか、にあると思う。僕は、ポイントはいくつかあると考える:

・言論の自由の死守
・自分の頭でものを考えることを教える教育
・貧困の撲滅

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