Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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本業がたいせつ
Living in Peaceは、社会人が仕事をしながらできる社会事業のロールモデルを目指してはいるものの、僕たちのCode of Conductには、以下の一文があります。

私たちは、本業/学業に重く価値をおき、そこにおいて秀でることができるよう最大限の努力をします。
私たちは、LIPの活動によって本業/学業を犠牲にしません。



理由は二つ。
まずは、自分たちの活動が会社から認められるためにも重要だという、とても実際的な理由。
でも、もっと大切な理由は、本業においてもちゃんと成果を残してこそ、それ以外の活動をする意義がもっと出てくる僕たちは思っているからです。何においても同じだと思うのですが、本業が最も大切。





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Mission Complete
朝にカンボジアから帰ってきました。基本的にやるべきことはすべて完了させて帰ってこれて、ひと安心。あとは、もう少ししたらオフィシャルによいお知らせができると思います。

飛行機の中では全然寝れなかったのですが、家について掃除・洗濯をしてもまだ眠くならないので走りにいったのですが、また膝が痛みだしました・・・しかも10kmとたたずに。ちょっと深刻。 

カンボジアではなぜかみんな僕を全然歩かせてくれないので、運動不足だったのは否めませんが、あと1ヶ月でアイアンマンレースと思うと、少し心配です。。

残りの休みは次の本の原稿を書いたり、西の方を転々としたりしてまったり過ごそうと思います。


とか言いながら、あれよあれよという間にまた色々なスケジュールが積まれていき、今から外出です・・・

拡大する格差
今回はカンボジアのシェムリアップという観光都市に行ってきました。もっとも貧富の格差が拡大している地域で感じたことの記録。バケーションなのにいろいろとやることがあるので、勢いで書いているのはご容赦。(そのうち修正するかもしれないです)




都市部と農村部の人の暮らしには、歴然とした格差が存在し、それは年々拡大している。財・サービスを金銭に転換する市場システムの恩恵には、多くの場合先進国と関わりの多い都市部の人々が先に浴することになる。市場システムを取り入れることにより成長を遂げる国において、格差は、さらに拡大する傾向がある。実際、ほとんど全ての開発途上国において同時進行で格差が拡大している。一部の国では、拡大する格差が現政権に対する重大な異議申し立てを惹起し、それが内紛にまで発展する様相を呈している。

この内紛のリスクは、人間の安全保障上重大な障害となりうるのみならず、開発途上国の成長速度を落とす要因となる。そのため、開発途上国において、成長の過程における格差を可能な限り抑制することは、国の発展のためになくてはならない政治目標となる。また、格差ゆえに能力のある人材が適切な労働に従事することができないのは、社会的にも大きな機会費用となる。

少なくない政府が、この拡大する格差を是正するために尽力しているが、これは難しい。格差是正のための一つの手段は、税率を高め、その税収を再分配することだけど、税率を高めると、事業家のビジネスへの意欲が低くなるのみならず、国外への流出を惹き起こしうる。また、政府の汚職も少なくなく、そもそも政府の活動は非効率な場合が多い(と、かなり経済学に偏った僕なんかは考える)ので、効果は思ったより挙がりにくい。

と、こんなにいろいろ書くだけでは、そこらの儒子と変わりないので、どうすればよいのかを考える必要があるし、僕には、一つ思い浮かぶ手段がある。それが、僕がまたこの国に来た理由でもある。マイクロファイナンスだ。Samicは、農村部の人々にも積極的に宣伝活動をし、人々が自らの生活をより良くするための初期資本を提供している。人々のインセンティヴを阻害せず、ビジネスのメカニズムを通じているため、政府を通した場合に比べ非効率は小さい。もちろん、これが万能薬のわけではないけれど、無いよりははるかにいい。

人は、自分の力で自分の運命を切り開くことができるし、多くの場合、自分がどんなビジネスをするのが一番いいのか、自分が知っている。しかも、生活がかかっている。逆境にある人間の強さと叡智を、もう少し信じても良いのではないだろうか。



ビジネスのたいせつさ
人は、自らの力で、多くの場合何らかの形の労働を通して、世の中にとって価値のあるものを作ることができる。

そして、市場というシステムは、うまく機能している場合には、その価値あるものをお金に換えることができる。

僕が信じているのは、この二つなのだと思います。一つ目は、人間の付加価値力とでもいうべきもの。もう一つは、市場システム。だから、人は、自分の力で自分の生活をかち取ることができる。


もちろん、最低の生活条件が満たされない場合があるでしょうし、子供のころにはこういった生産活動をするのは難しいでしょう。そういう場合には、援助が必要なのだと思います。内戦がおこっている地域での、食糧、医療等の支援や、子供のための教育施設をつくること、など。

また、市場システムがうまく機能しない場合、もしくは短期的に機能しなかっただけで非常に深刻な問題となりうるものには、何らかの形で是正が必要なのでしょう。競争促進の仕組みや、一部の商品における価格統制など(個人的には、開発途上国での食料価格は、これに値すると思っています)。

ですが、原則論としては、僕はかなり人間の価値をつくりだす力と市場のシステムに信頼を置いているのだと思います。 開発途上国の人が何も知らないから、自分たちが助けてあげなければ、というのはどうも僕にはひどく独善的なものに聞こえてしまうし、はやり(?)の資本市場に対する批判もあまり当を得たものには感じられないのです。


貧困削減の手段の基本はビジネスであるべきだ、というのも、同じ考えから来ているみたいです。人は、きっかけとある程度の土台さえあれば、あとは自力でどこまでも行けるんだと思います。もし開発援助がするべき仕事があるのなら、その土台作りの手伝いが基本なのだと思っています。



なくなって大切さがわかるもの
R0014666.jpg来るたびに思うのが、夕焼けと星空の美しさ。でもみんなは、別に何とも思わないでいるのか、特に感慨に浸っている様子もなし。

大切なものは無くして初めて知る、というのは、ひどくありきたりな言葉ですが、こういう何気ない風景の美しさに直面した時にいつも思い知らされることです。 日本でも、平和や、多くの人が普通の暮らしができていることのありがたさが、もしかしたら忘れられているのではないかと思い、改めてはっとさせられました。 無くならないとその大切さがわからないのが人間の性分かもしれませんが、それら大切なものが無くなる前に守ろうとできるのも、人間の知恵なのだと思います。




よりによって
旅先で片頭痛きました。 例の頭痛&嘔吐&熱のトリプルパンチ。 誰もいない旅先でこれは厳しいですね・・・

このところの睡眠不足とかが出てきた気がします。今日はよく休みます。
バックパックのすすめ
基本的にいつもカバンはバックパックです。

・両手が空くので、本を読んだりいろいろな「ながら」作業がしやすい
・荷物が片手で持つよりかるく感じられる(特に僕のカバンはいつもとても重いので。。)
・体がゆがまない

ということを考えると、もっと流行ってもいいと思うんですよね。唯一の難点は、気をつけないとスーツの背中部分にしわが入る、くらいでしょうか。

オフィス街を見ると、バックパックは依然として少数派。これが変わる日はくるのでしょうか。

またカンボジアに行ってきます。
Living in Peaceのファンド・プロジェクトもいよいよ大詰めなので、カンボジアに行ってきます。
返ってくる頃には、全てが準備できているように、がんばります!

剱岳
剱岳・八ツ峰ひょんなことから知り合いになった映画撮影監督の方がお勧めしていた映画、剱岳(つるぎだけ)。

撮影関係者の間で非常に評価が高い映画だそうです。たとえば、普通の映画の撮影の順序は、実際の映画の時系列と異なる場合がほとんどですが、この剱岳は、撮影は厳格に映画の時系列と同じくされていいます。そのため、登場人物らの表情の変化がよく見てとれます。


とても良い映画でした。
映画を一言で表すと、「荘厳」。

登山者たちが挑む自然の厳しさと美しさが、見事なカメラワークと音楽とともに表現されています。雲海の上での美しい夕焼けを見ていると、人間が本当にちっぽけな存在に思えてきます。また、映画の多くのシーンを彩ったヴィヴァルディの四季もさることながら、頂上に上り詰めるときに流れるサラバンドは、この上ない選曲だったと思います。 死の山と呼ばれてきた峻厳な神の世界に足を踏み入れた人間、という構図に見事にはまっています。


人生でやりたいことリストの一つに、エベレスト登頂が加わりそうです。




写真出典はこちら
Strength Finder
鳥のひもさんのおかげで、このテストをさせていただきました。感謝。

http://sf1.strengthsfinder.com/

自分の強みがわかるものらしいのですが、眠い中いくつか解答に失敗したり、回答をすっぽかしたりしたからか、なんか変なものがありました。

収集なんて、自分の人生で一度としてやったことはないのですが・・・
まあ、合っているかどうかは、周りの人の評価を待つことにしましょう。


なんにせよ、貴重な機会をくださった鳥のひもさんに感謝です。


結果を掲載します。


着想

あなたは着想に魅力を感じます。では、着想とは何でしょうか? 着想とは、ほとんどの出来事を最もうまく説明できる考え方です。あなたは複雑に見える表面の下に、なぜ物事はそうなっているかを説明する、的確で簡潔な考え方を発見すると嬉しくなります。着想とは結びつきです。あなたのような考え方を持つ人は、いつも結びつきを探しています。見た目には共通点のない現象が、何となく繋がりがありそうだと、あなたは好奇心をかき立てられるのです。着想とは、皆がなかなか解決できずにいる日常的な問題に対して、新しい見方をすることです。あなたは誰でも知っている世の中の事柄を取り上げ、それをひっくり返すことに非常に喜びを感じます。それによって人々は、その事柄を、変わっているけれど意外な角度から眺めることができます。あなたはこのような着想すべてが大好きです。なぜなら、それらは深い意味があるからです。なぜなら、それらは目新しいからです。それらは明瞭であり、逆説的であり、奇抜だからです。これらすべての理由で、あなたは新しい着想が生まれるたびに、エネルギーが電流のように走ります。他の人たちはあなたのことを、創造的とか独創的とか、あるいは概念的とか、知的とさえ名付けるかもしれません。おそらく、どれもあてはまるかもしれません。どれもあてはまらないかもしれません。確実なのは、着想はあなたにとってスリルがあるということです。そしてほとんど毎日そうであれば、あなたは幸せなのです。

収集心

あなたは知りたがり屋です。あなたは物を収集します。あなたが収集するのは情報――言葉、事実、書籍、引用文――かもしれません。あるいは形のあるもの、例えば切手、野球カード、ぬいぐるみ、包装紙などかもしれません。集めるものが何であれ、あなたはそれに興味を引かれるから集めるのです。そしてあなたのような考え方の人は、いろいろなものに好奇心を覚えるのです。世界は限りなく変化に富んでいて複雑なので、とても刺激的です。もしあなたが読書家だとしたら、それは必ずしもあなたの理論に磨きをかけるためではなく、むしろあなたの蓄積された情報を充実させるためです。もし旅行が好きだとしたら、それは初めて訪れる場所それぞれが、独特な文明の産物や事柄を見せてくれるからです。これらは手に入れた後、保管しておくことができます。なぜそれらは保管する価値があるのでしょうか? 保管する時点では、何時または何故あなたがそれらを必要とするかを正確に言うのは難しい場合が多いでしょう。でも、それがいつか役に立つようになるかどうか誰が知っているでしょう。あらゆる利用の可能性を考えているあなたは、モノを捨てることに不安を感じます。ですから、あなたは物や情報を手に入れ、集め、整理して保管し続けます。それが面白いのです。それがあなたの心を常に生き生きとさせるのです。そしておそらくある日、その中に役に立つものが出てくることでしょう。

学習欲

あなたは学ぶことが大好きです。あなたが最も関心を持つテーマは、あなたの他の資質や経験によって決まりますが、それが何であれ、あなたはいつも学ぶ「プロセス」に心を惹かれます。内容や結果よりもプロセスこそが、あなたにとっては刺激的なのです。あなたは何も知らない状態から能力を備えた状態に、着実で計画的なプロセスを経て移行することで活気づけられます。最初にいくつかの事実に接することでぞくぞくし、早い段階で学んだことを復誦し練習する努力をし、スキルを習得するにつれ自信が強まる――これがあなたの心を惹きつける学習プロセスです。あなたの意欲の高まりは、あなたに社会人学習――外国語、ヨガ、大学院など――への参加を促すようになります。それは、短期プロジェクトへの取組みを依頼されて、短期間で沢山の新しいことを学ぶことが求められ、そしてすぐにまた次の新しいプロジェクトへに取組んでいく必要のあるような、活気に溢れた職場環境の中で力を発揮します。この「学習欲」という資質は、必ずしもあなたがその分野の専門家になろうとしているとか、専門的あるいは学術的な資格に伴う尊敬の念を求めていることを意味するわけではありません。学習の成果は、「学習のプロセス」ほど重要ではないのです。

目標志向

「私はどこに向かっているのか?」とあなたは自問します。毎日、この質問を繰り返します。目標志向という資質のために、あなたは明確な行き先を必要とします。行き先がないと、あなたの生活や仕事はたちまち苛立たしいものになる可能性があります。ですから毎年、毎月、さらに毎週でさえ、あなたは目標を設定します。この目標はあなたの羅針盤となり、優先順位を決定したり、行き先に向かうコースに戻るために必要な修正をする上で、あなたを助けてくれます。あなたの目標志向は素晴らしい力を持っています。何故ならそれはあなたの行動をふるいにかけさせるからです。――すなわち、特定の行動が目標へ近づくために役に立つかどうかを本能的に評価し、役に立たない行動を無視します。そして最終的に、あなたの目標志向はあなたを効率的にさせるのです。当然ながらこの裏返しとして、あなたは遅れや障害や、例えそれがどんなに興味深く見えようとも本筋から外れることにいらいらするようになります。このことは、あなたを集団の一員として非常に貴重な存在にしています。他の人が脇道にそれ始めると、あなたは彼らを本筋へ連れ戻します。あなたの目標志向は、目標に向かって進むために役に立っていないものは重要ではないということを、あらゆる人に気付かせます。そしてもし重要でないなら、それは時間を割く価値がないということです。あなたは、あらゆる人を進路から外れさせません。

戦略性

戦略性という資質によって、あなたはいろいろなものが乱雑にある中から、最終の目的に合った最善の道筋を発見することができます。これは学習できるスキルではありません。これは特異な考え方であり、物事に対する特殊な見方です。他の人には単に複雑さとしか見えない時でも、あなたにはこの資質によってパターンが見えます。これらを意識して、あなたはあらゆる選択肢のシナリオの最後まで想像し、常に「こうなったらどうなる? では、こうなったらどうなる?」と自問します。このような繰り返しによって、先を読むことができるのです。そして、あなたは起こる可能性のある障害の危険性を正確に予測することができます。それぞれの道筋の先にある状況が解かることで、あなたは道筋を選び始めます。行き止まりの道をあなたは切り捨てます。まともに抵抗を受ける道を排除します。混乱に巻き込まれる道を捨て去ります。そして、選ばれた道――すなわちあなたの戦略――にたどり着くまで、あなたは選択と切り捨てを繰り返します。そしてこの戦略を武器として先へ進みます。これが、あなたの戦略性という資質の役割です:問いかけ、選抜し、行動するのです。

虚無感とともに
ときどき、どうしようもない虚無感に襲われることがあります。

自分が何をしたところで、世の中は何も変わらないのではないか、人間一人ができることなんて、たかが知れているんじゃないか、結局死ぬのに自分は何をしているんだろう、という類の虚無感。


この虚無感は、たぶん健全なものなのだと思います。そして、僕はこのたまにやってくる虚無感に感謝しています。なぜなら、自分の心や存在理由についての信条が危機に晒されたときこそ、人は自分がどのような存在であり、どのような思想を有しているのかを、より深く理解できるようになるからです。(もちろん、今はちょっときついのですが)


僕はいつも、この虚無感に襲われるたびに、そこから何か自分だけの思想をくみ取ってきました。自分の作り出した虚無感に打ち克つためには、他人の言葉ではなく、自分の心の中からの言葉を使わないといけないからです。


「どれほど深く悩みうるかということが、ほとんど人間の位階を決定する」と喝破したニーチェの知恵には、多くを学べるのだと思います。



日経マネーに書評が載るらしいです
拙著、15歳からのファイナンス理論入門が、明日21日発売の日経マネー9月号の書評に掲載されるそうです。


我々も、読者へ向け分かりやすい切り口を常々模索しておりますが、まさに貴書が、目からウロコの内容でしたので、7月21日発売の日経マネー9月号の書評で、取り上げさせていただきました。



とのこと。
少しずついろんな人に読み継がれていけばと思っているので、すごくうれしいです。地道に拙著の宣伝をしてくれている方々にも感謝の毎日です。


可能な限り平易に書きましたが、決してうすっぺらな内容は目指していません。特に、CAPMという素晴らしいファイナンスの中核理論のバックグラウンドとなる考え方については、相当に苦心して書いたつもりです。

全ての理論において同じだと思いますが、一番大切なのは、コンセプトの理解なのだと思っています。チューターとして早稲田の大学院生に勉強を教えながら、このコンセプトの理解の重要性を改めて感じる次第です。


そういう本を今度も書ければと思っています。地道に、妥協せず。


(第一刷への誤植のコメントありがとうございます。次の刷の際に修正します。)


美の共通点
最近は夕焼けがすごくきれいです。今日は虹も出ていましたね。

R0014601.jpg見ていると思わず手を合わせたくなるような美しいものの共通点は、何なのでしょう。

つらつらと考えていたのですが、これら美しきものには、整然さの中にある種のもろさ・あやうさを内在しているという共通点がある気がします。

日中の太陽より沈みゆく太陽に美しさを感じるのは、それがもうすぐ消え去ってしまうからなのでしょう。 一流のオーケストラによるクラシック音楽の美しさは、たった一つの不協和音によってさえも全体が崩れ去ってしまう、一種の危うさにあるのかもしれません。 桜の美しさも、いずれは散りゆくから。 人間の外見の美しさも、それが10年、20年と経てば変容してしまうからなのかもしれません。 整然とした道徳律に裏付けらた美しい行いも、弱い人間の心から来る変容の危うさを内包しています。


美しさの概念を「もののあはれ」と喝破した平安時代の人々に、頭が下がります。




ドラクエクリア。
移動時間などを駆使してさっきクリアしました。

・難易度が低かったのか、大人になるとボスのルーティン攻撃が単純極まりなく思えてしまうからか、すごく簡単な印象を受けました。ラスボスもあっさりと倒せてしまってびっくり。(パラディンレベル31、賢者×2レベル26でした)
DSを使っているからか、クリア後のやり込みを重視したつくりになっている気がします。現時点でさえ、倒したモンスターの数が全体の50%にしかなっていませんし。

・ストーリーの論理破綻が目立ちました・・・いくつか非常に苦しい言い訳も散見されますが、これは内輪で内容のロジックにおける問題が指摘された故でしょうか。

・全般的には面白いゲームでした。久々のドラクエ、楽しませてもらいました。


それにしても、この一週間はドラクエのためにかなり危険な(睡眠時間が非常に少ない)日々でした。
このノリで勉強をすれば、他の活動をしながらでも、1週間で論文を5本は読めますね。 要は情熱だということを再認識しました。がんばろうっと。



カード破産
上級クレジットリスク・モデリングの最後の授業で紹介されていた動画。衝撃です…
これ一つ見ると、消費性向の違いなどについて、はるかに具体的にイメージできる気がします。



経済モデルの適切さ
経済分析に用いられるモデルの「適切さ」については、二つの立場があります。
一方の立場は、モデルが現実をよく説明できれば、前提が多少不正確・曖昧であってもよいとするもの。
他方の立場は、モデルはその依拠する前提においても、正確でロジカルでないといけない、とするもの。

この意見対立はフリードマン(前者)とサミュエルソン(後者)の論争としてもよく知られているものです。


学問探求においては、僕は後者の立場をとります。

フォン・ノイマンが指摘したように、経済学の科学的方法が物理などのそれに遠く及ばないのは、一つ一つの現実問題の客観的な記述があまりにも不十分であるという点に一因があると思います。前提の正しさが疑わしい議論は、決して科学にはなれないと思います。

いつかは経済学にも、過去に物理その他諸科学がたどったように、一つ一つの概念を正確な量的測定可能性の下で確定させていき、それらの集合として語られる日が来るのだと思います。たとえば効用の概念であれば、その測定可能性は近年において高まっています。(そのうち、脳に電極なりをあてて、実験を通じた効用関数の一般化が図られると思います) 

こういう地道な科学的分析の積み上げは人間の一生以上の時間を要するものですし、一部の人には魅力的でないかもしれません。また、生きているという切実な問題から逃れられない多くの人にとっては、細かく不正確であっても概ね正しい考え方を身につけられればそれでいいのかもしれません。

ですが、こういう「不正確でも大体正しい」、という考え方は決して科学的な考え方ではないと思います。こういう考え方は、良くできた迷信を用いた考え方とあまり変わりがないように思われます。よくできた迷信は、事象をある程度正確に記述することができます。しかし、その迷信的な世界観を突き詰めていったところで、何らかの真理に到達することは不可能でしょう。

だから、めちゃくちゃな確率過程やパラメタ―を仮定して無理やりにブラック・ショールズモデルを当てはめた資産のプライシング結果を、「大体合っているからいいや」、という考えのもとに使用することに、僕は強い違和感を覚えます。

念のために言っておくと、上の考えは、科学的な分析をする際しての自分の意見であって、自分の現実世界における活動に際してのものの考え方とは必ずしも一致しません。科学は人類の歴史と同じタイムスパンで考えることができる問題であるのに対し、僕の人生は、長くても100年程度にすぎないからです。生は切実な問題であり、限られた認識の能力と情報の下で、積み上げなどと言っていられない人生においては、何らかのヒューリスティック(簡便な考え方)が必要なのでしょう。


なんてことを、あるレクチャーを聴きながら感じたのでした。




教育プロジェクトのはじまり(のはじまり)
今度8月8日、あるワークショップで日本財団のCANPANさんと一緒にお話をします。

ワークショップで参加者のみなさんに考えて頂こうと思っているのは、Living in Peaceの国内での活動である、教育プロジェクトのデザインです。

このプロジェクトが目指すのは、教育の機会平等。本当に貧困を乗り越えたいと思っている高校生も、家があまりにも貧しいと、その時間のほとんどがアルバイトに費やされ、卒業後に大学にいくなんて考えることすらできません。結果として貧困が再生産される現状が日本にも厳然としてあると思います。

僕は学歴はくだらないと思います(かつ、学歴と経営者としての能力との相関はさほど高くなさそう)。とは言うものの学歴と収入には強烈な相関があり、また、教育水準の向上は経済学者のほとんどが同意する貧困を削減手段です。

大学に行きたくても経済的な事情により行けない、そんな高校生たちが学校に「努力さえすれば」行ける仕組みを、持続可能なかたちで作りたいと思っています。僕は決して対象となる人々を、か弱い、支援なしには何もやっていけない人だとは考えません。すでにそんな年齢ではないはずです。本人のやる気を喚起すること、そしてそのやる気に導かれた学びへの意欲を手助けする仕組みを作ろうと考えています。

また、貧困のために人々がしかるべき訓練・学問を受けられないのは、社会全体に重大な機会損失をもたらしていると言えます。その機会損失を下げることに、このプロジェクトの付加価値があり、それをいい形で金銭化することに成功すれば、持続可能なシステムにすることができると考えています。


仕組みのデザインは非常に重要だと考えています。過去に多くの人が様々な取り組み、たとえば無料に私塾づくり、を行ってきましたが、大きなうねりになったものはまだあまりないようです。何らかの形で、学生が通い続けようと考えられるインセンティヴをもたらす仕組みがとても大切なのだと思っています。

ファンドのプロジェクトもいよいよ佳境なので、正式稼働は少し後だと思いますが、ワークショップでよいアイディアが出たら、それを積極的に採用しようと考えています。


8月8日のワークショップは、12:30開場、13:00スタートです。追ってまた告知しますが、参加を希望される方はtaejun.shin@gmail.comまで。

ゲーム論的な発想
最近、囲碁を習っていたことに感謝することが増えました。

囲碁の場合、序盤は布石固め、中盤は闘いや模様作り、終盤が寄せなのですが、これって、何かを計画するときとおんなじなのですよね。 序盤の準備をしっかりとしておくと後で助かるし、終盤はしっかりとした読みとともにきっちりとやるべきことを詰めていく。


何より最近役立つのが中盤の知恵。

中盤の闘いでは、「微妙な手」が必要な場合が少なくありません。
ゲーム論でいうような支配戦略(これしかない、といううち手)があれば話は別なのですが、読みの力に限界がある場合、相手の様子を見つつ、自分の態勢を守るような手が要求されます。

交渉事で必要なものの考え方って、まさにこれなんですよね。 一つ一つの話し合いが時系列の上にそって進められていく以上、前言撤回はできず、プレーヤーはある時点で入手している情報に基づいて意思決定を行っていくことになります。 こういう状況に自分があるということを踏まえたうえでベストな手を考える、というのはかなり重要なのだと思います。

こうやって客観的に見る目がついていたら、もう少し早めに学びが役立っていたのでしょうけれど・・・



ドラクエにおける最適パーティー人数
ドラクエ、ダーマ神殿に到着しました。まだ転職できるレベルにもないのですが、大神官さまが見つかりません。 今になって思うと、この転職、というのもなかなか味なもので、ジョブホッパーがあまり良くないことをなかなか良い形でモデルにできている気がしなくもありません。


さて、ドラクエのパーティにおける最適人数構成のお話。
年をとってくると、こういうしょうもないことを考えてもしまうのですが、今回のドラクエではパーティの人数を一人から四人で選べるので、なかなか自由度が高くなっています。


僕が思うに、ドラクエの最適パーティ人数は、ゲーム前半までは3人、後半では4人です。


パーティの人数を考慮する際に重要と個人的に思われる論点はいくつかあります。

1.即死リスク:
ザキや麻痺などで全滅してしまうリスク。一人だと、いきなりザキでパーティが全滅という最悪の状況に陥ることがたまにあります。


2.攻撃力:
パーティが1ターンに平均して的に与えられるダメージ。当然ながら、多人数であるほど、攻撃回数は増えるので、攻撃力は高まります。

上記2点は、ゲームの序盤から終盤にかけてあまり変化しない点です。即死リスクと攻撃力という点において、多人数パーティと少人数パーティには一長一短があります。

しかし、次の2点は、ゲームが後半になるにおいて、変化してくる論点です。


3.武器防具の購入における予算制約:
敵を倒すなどして得られるお金で、パーティに満足な装備をそろえることができるか。4人パーティで早めにゲームを進めようとする僕みたいな人にとっては、4人パーティの装備はとても賄いきれるものではありません。

しかし、後半になると、これら予算制約はだいぶ緩和されてきます。というのも、非売品の武器・防具が増えるため、お金があってもなくても大して変わらなくなるからです。



4.回復効率:
ホイミ系の魔法などで、戦闘中パーティの誰かが倒れないようにする時の回復効率。
序盤はみな単体の回復魔法しか知らないため、4人パーティの場合、ひとりが回復役ではなかなか回復が追い付きません。二人や三人なら、ひとりでもなんとか追いつく(場合によっては、もう一人も回復に回る)。一人の場合は、回復するだけ攻撃ができなくなる、というジレンマがあります。

しかし、後半においては、便利な全体回復アイテムや呪文がそろうため、比較的多人数のパーティであっても一人だけ回復専門、残りはたまに回復担当、とすれば、追いつく場合が多いです。

ここまでの議論を表にすると、次のようになります。
無題


もちろん、ゲームの進め方が人によって違うので、なんとも言えない側面がありますが、僕みたいに、ひたすらエンディングを目指してゲームを進める人にとっては、途中まで3人で、ある程度お金に余裕が出てきたら4人というパーティ構成が最適のようです。

それにしても、今回のドラクエは、敵にぶつからないと戦闘にならないのがいいですね。時間の無駄が嫌いな僕にとては、なんともありがたい機能です。







日曜日記
ひさびさのフル休日。
朝寝坊して9時半起床。7時間半寝ると、頭のさえが全然違う。

ずっと洗いたかったカーペットを洗う。
お風呂場で踏み洗い。
すすぎが終わって洗濯機に入れようとするも、普段でも軽くないカーペットが水につかり、ものすごい重さになる。ぎっくり腰の恐怖におびえながら、何とか洗濯機へ運ぶ。

入らない。

しょうがないから、マンションの中庭に掛ける。重力にあらがえない水はどんどん下に落ちて行って、カーペットの下側がぐしょぐしょになる。手で力いいっぱいしぼる。


走りに出かける。
いつもランニングは家から4km離れた駒沢公園で。駒沢公園内のランニングコース(最近道路工事の関係で一周約2350メートル)は、周りが緑にあふれていて、走ってもとても快適だ。いつもは夜10時とか11時とかにこの公園を訪れるのだけれど、その時間帯でも絶対に誰かしら走っている。とはいえ、昼のランナーの数は10倍くらいちがう。

今日は30km走ることにしていたので、このコースを10周。家から駒沢公園までの距離を足すと、大体30kmになる。
途中で、短い距離を早く走る人たちに競り合ったりしたせいで、後半はなかなかきつかった。これは万事に通じることだとけど、自分の目標が定まっているのなら、他人がどうだとかは気にするべきではない。
3時間のランニングを終えて帰宅。
あるトレーナーの人いわく、一番いいアイシングは、水温が低めのプールにつかることなのだと。お風呂に水をはって、近所のスーパーでただでもらえる氷を入れる。そこに浸かることしばし。
朝に入れておいて飲み残していたアイスコーヒーと牛乳をラーメンのお椀に入れて一気飲み。


次の約束を考えるともうすぐに家を出ないといけないことに気づき、慌ただしく出発。
出た数分後に約束が1時間遅れることに。

有楽町に寄り道して、ビックカメラでドラクエ購入。寝不足の日々が始まるかもしれない。

山手線に乗って、御徒町へ。

R0014581.jpg 高校サッカーをしていたころから、スポーツ用品はほとんどの場合ここのスポーツ用品店で買っている。理由は簡単、安いから。知り合いのランナーの方も、よくここで購入するらしい。アシックスの専門店で測ってもらった結果わかった僕のベストシューズを探すも、サイズがなく、とりよせてもらうことに。
御徒町には、多慶屋というすごいディスカウントショップもあり、生活費は格段に安く済むと思う。御徒町で僕がよくいく店は全部、僕が小学校の頃から変わらず残っている。このエリアの人は人情があるし、LIPの学校プロジェクトの場所とかを考えても、今度住むのはこのあたりかな。

移動の合間にパソコンで次の本の企画を書く。
ブリーリー・マイヤーズに代表されるような従来のコーポレートファイナンスの議論と、契約理論の枠組みを用いたコーポレートファイナンスの議論は、今のところかなり分断されている(僕の知る限り、両者を統一的に体系だてることに成功した本や論文は見ていない)。
今度の本では、この両者を取り扱おうとしているのだけれど、書き口をうまくしないと二つのまったく別のセクションからなる本が出来上がってしまう。うまく繋げるアイディアがたまたま浮かんだ。

浦和に行く。
映画剱岳を見る。すごく良かった。けれど映画館はガラガラ。
いい映画ほどガラガラ率が高い気がする。

ご飯を食べて、今から家路。

久々の休日満喫でした!




ドラクエ
ドラゴンクエストIX 星空の守り人ドラゴンクエストIX 星空の守り人

今日他の用事で立ち寄った家電量販店で、ものすごい勢いで売れていました。
家にテレビはありませんがDSはあるので、買ってみようか3分くらい悩み、見送り。

今の状況でこれを買うと、いよいよ睡眠不足で死にそうなので、悩ましいところです。

でも、アマゾンのレビューを見ると、あんんまり評判は良くないみたいですね。とはいうものの、メジャーなゲームや本に対するアマゾンのレビューは手厳しいものが多いので、参考にならないのかもしれません。



買おう。やっぱり。偉大なフィッシャー・ブラックもゲーマーだったし。






初モブログ
移動中でPCもないので初モブログに挑戦。今からLIPの打ち合わせです。
パソコンと違ってタイプに時間がかかるので大変ですね…
年金制度の持続可能性―その2
(前回の続編)

3.年金制度の限界
前回のエントリーを見れば、現状の年金制度がこのままでは持続可能ではないことが見えてくると思います。

5.gif
社会が高齢化するに伴い、福祉関連の支出は高騰することになります。
高齢化に関連した支出のインパクトがどんなに凄まじいかを見せてくれるのがこのグラフです。年金制度が人々に与える負担が金融危機に比べ非常に大きいことが分かります。(もちろん、支出の性質が違うため、こういった比較は限定的な意味しか持ちえませんが)









4.どれも厳しい解決策

また、☆の式を示しましょう。年金のシステムが持続するためには、下の式が長期的に満たされる必要があります。

労働人口にある人が払う年金
  ≧定年退職者が受け取る年金×(定年退職した人口/労働人口)

数式を用いたモデルの威力は、ある問題の解決策をMECE(Mutually Exclusive & Collectively Exhaustive、重複なく、もれなく)に考えられることです。上の式を見ながら、考えるようにしましょう。


解決策1:労働人口にある人が余裕をもって年金を払えるようにする
 すなわち、社会全体の生産性を上げることにより、働き手が少なくても、非労働者を養っていける社会をつくること。これを実現するためには、金融サービスなど、知識集約的な産業へのシフトが重要になってきます。国際競争により利益率が低下していかざるを得ない製造業が産業の多くを占める場合、これは難しいと思います。
 産業構造を変えるのは容易ではありません。かなり強烈なリーダーシップのもとに長期的な取り組みがされない限り、実現はされないと思います。


解決策2:定年退職者が受け取る年金を減らす
 現在の給付水準を見直し、減らす、ということです。この政策で便益を得るのは若い世代ですが、その数が少ないこと、選挙への関心が相対的に低いこと、などから、政策として通る可能性はかなり低いです。また、現在の年金の給付水準を減らすなんて言い出す勇気のある政党がどこにあるのかも、よくわかりません。


解決策3:定年退職人口を減らす
 定年を引き上げる、もしくは撤廃することにより実現されます。一番妥当な解決策だと個人的には考えています。定年の制度をなくす、もしくは上に引き上げる。現状においても、定年退職した人たちの再雇用の仕組みは生じています。ただし、年功序列システムを維持したままこれを続けると、相対的に生産性が高くない(かもしれない)高齢者が高い賃金を得る可能性があり、これはまた別の問題を惹起します。
 定年制度とは、そもそも、人生の余暇を働かずに過ごすことを趣旨としていると思います。寿命が延びている現在においては、定年となる年齢を引き上げることは、自然なことだと思います。


解決策4:労働人口を増やす
 これには、二つがあります。

 ①移民を積極的に受け入れる
 一番妥当な解決策その2だと思います。ただし、移民を受け入れることにより、特に技術集約的でない労働分野においては、国民と移民との間の競争が激化し、それが反移民感情を煽る可能性があります。これをどのようにすれば抑えられるのか、が、この政策を採用する際のポイントになると思います。

 ②出生率を上げる
 子供を育てるのに非常にお金がかかる社会の仕組みが、少子化問題の一因となっています。国の保障を厚くし、柔軟な雇用制度を充実させることにより、出生率を上げられるかもしれません。しかし、その保障をするためにも、また財源が必要になります。

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 また、そもそも論として、出生率が上がっていくと、長期的には人類が地球に住めなくなる可能性があります。今の先進国に住む人々の生活を60億人が享受することさえ不可能といわれています。 長期的には、出生率が下がり人口が自然減していくことがあるべき流れなのかもしれません。

 
 最後に自分の意見。僕としては、次の3つの組み合わせが、100年単位で考えて、年金のみならず人類の地球での存続を可能にする施策なのだと考えます:
 ・移民の受け入れ(先進国において)
 ・定年の引き上げ
 ・人口の自然減



年金制度の持続可能性―その1
世界の年金制度がこのままでは破たんする、というのはよく言われていることです。先週のThe Economistの特集は、僕たちに厳然たる事実をつきつけます。かなり長いので、2部構成でお送りします。

1.モデル
2.数字から見る少子高齢化
3.年金制度の限界
4.どれも厳しい解決策


1.モデル

ある程度数字が絡む問題について考える場合には、簡単な数式を一つ作ることにより、状況分析の見通しがだいぶ良くなります。そこで、年金問題についても、簡単な式を用いることにします。

ある年の年金システムの収支はこうなるでしょう。

 年金を払う人の数×支払年金額―年金を受ける人の数×給付額

この式からわかるように、年金制度が持続可能かどうかという問いは、ざっくりいうと、定年未満の働く人々が定年退職した人々を養っていけるかどうかという問いでもあります。

これでマイナスが続くようであれば、そのシステムは持続することができません。制度が維持されるためには、当然ながら、

 年金を払う人の数×支払年金額≧年金を受ける人の数×給付額

という式が長期的に満たされる必要があります。
この式を書き換えてみましょう。(年金無給付は大きな問題ですが)年金を受けられない人がいたりすることを捨象すると、働く人が支払わないといけない年金の金額について、以下の式が得られます。

労働人口にある人が払う年金
≧定年退職者が受け取る年金×(定年退職した人口/労働人口) ・・・☆

この式を使って、このエントリーを書き進めることにします。



2.数字から見る少子高齢化

上の☆式のうち、「定年退職した人口/労働人口」が今後どうなるのかを端的に示してくれるグラフはこれです。
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1950年ごろまで、先進国における60歳以上の人々の割合は12%強にすぎませんでした。それが2010年には20%になり、さらにその後1年あたり約0.5%ずつ増加していくと予測されています。これは、ヒトが長生きするようになり、出生率が下がることの当然の帰結です。

☆式を用いて考えてみましょう。

労働人口にある人が払う年金
≧定年退職者が受け取る年金×(定年退職した人口/労働人口)

他の状況が変わらないのなら、2030年の日本では、働く人々は、0.5人分の年金を負担しなければなりません。



・寿命の延長
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西暦1000年までは25歳が平均年齢でした。それは産業革命により飛躍的に増大し、20世紀初頭には50歳に、2000年には65歳になりました。2050年には75歳くらいに伸びると予測されています。30年前にStanford大学のJames Fries氏は人類の平均寿命の限界は85歳と予測しましたが、現在においてもおよそそのあたりが平均寿命の天井であると考えられているようです。長寿国では、2050年までに平均寿命が95歳くらいになるのではないか、という予測もあるようです。


・少子化
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先進国においては戦後少子化が進んでいます。

経済成長と出生率の間には相関があります。これは、人々が裕福になるほど子供が途中で死ぬ確率が下がること、子供を産むことによる経済的負担(機会費用含む)が相対的に高まることなどによると考えられています。










Food Crisis再び
再び、食料価格が高騰し、1年越しに食糧危機が訪れる可能性があるそうです。

食糧価格の増大は石油価格とリンクしているようです。というのも、石油価格が上昇すると、代替燃料としてエタノールを植物から用いようとするインセンティヴが人々に働くため、だそうです。 また、この食糧危機の間に、食糧貯蔵量が減った各国がそれを元に戻すために購入に出ていることなど、複合的な理由があるようです。

このままいくと今年、飢餓に陥る人は10億人とのこと、途方もない数にめまいがします。
食用の穀物価格と、その他用途のものを分けて、前者については何らかの形で市場原理の介入を少し限定的にするのが良いのかもしれません。 普段は市場の信奉者である僕ですが、食料ばかりは、価格メカニズムが一時的にうまく作用しないだけで損害を被る人が多すぎます。







かものはしプロジェクト
今日のLIPのセミナーは、かものはしプロジェクトの共同代表である青木健太さんにお越しいただいて、お話をして頂きました。

児童買春問題とは、人身売買のうちの一つで、最悪の形態の児童搾取労働。ひどい場合では、6歳の女の子が児童買春させられるという現実が、カンボジアやその他開発途上国にはあります。

この問題をなくすするために、かものはしは活動をしています。

かものはしの3つの事業のうち、カンボジアで行っているのは、コミュニティファクトリ―事業。

貧困層のためのハンディクラフト工場を作り、ファクトリーでは、貧困家庭にある人々のみが働いています。この工房ではいぐさを使った小物を作成し、カンボジア国内の20あるショップで販売しているそうで、日本国内でも東急ハンズに出品されているそうです。まだコミュニティファクトリー事業は始まったばかりで、2011年までに100世帯の人々がこの工房で働けるようにするのが目標だそうです。


ビジネスに参加してこそ、貧困をなくすことができるという考えには深く共感します。市場への参加(組み入れられ、ではなく)を通じてこそ、人は自らの価値を見出し、自立することができるのだと思います。

青木さんは明後日からカンボジアに向かわれるのですが、そんな忙しい中時間を割いてくださり、本当に感謝。僕も7月末にまたカンボジアに行くかもしれないので、その時にはかものはしの活動が行われている現場にも立ち寄ってみたいと思っています。


Living in Peaceのウェブサイトはこちら。
http://www.living-in-peace.org/



ひきよせの法則?
昨日、今度出演するセミナーの事前の打ち合わせを日本財団でしていたら、たまたま隣で行われているセミナーが、マザーハウスの副社長である山崎大祐さんのものでした(あまり告知がされていなくて、なんと30人しか参加していなかったです)。日本財団の方の紹介で、早速お会いすることに。 短いながらも、今の状況を色々と教えて頂くことができました。


つい先日お会いできればなー、と考えていたところ、こんなすぐに距離が近くなるなんて、びっくりです。

ぜひLIPのセミナーにもお越しになってください、と願いしたら、時間が合うときにぜひ、とのこと。やったー。

二人とも今はバングラデシュやネパールを飛び回っているようなので、なかなか時間がとれないかもしれないけれど、ぜひ今度お話ができればと思っています。

最近、いろんなことがうまく行っていて、本当に感謝。

ばたばた
今日は一日朝8時から今まで、久々の過密スケジュール。
楽しいからこそやっていられるんだと思います。明日はお昼過ぎまで活動してがっつり休みます!
クレジットリスクモデリングのメモ(その2)
7月4日は、マイクロファイナンスセミナーがあります。日本で数少ないマイクロファイナンスの実務を知っている方がお越しになります。地下鉄参宮橋駅からすぐそこ、オリンピックセンターで午後2時から行っています。
詳細はこちら:http://www.musicsecurities.com/blog/community_news.php?%20ba=b10770a30549

飛び込み参加も歓迎します。貴重な機会だと思いますので、ぜひお越しください!



閑話休題。
マイクロファイナンスの学びにも活かせるなー、と普段感じているクレジットリスクモデリング。今日も面白いお話がたくさんあったので、メモしておきます。(モデリングそのものの手法についても、色々と学んでいるのですが、かなりアートの側面が高く、まだまだ学問的発展の余地はたくさんありそうです)


・日本の地方の住宅ローンは不良債権化しやすいかもしれない。なぜなら、地方ではコミュニティが形成されている場合が多く、銀行が不良債権化した債務者に対しアグレッシブに取り立てると、コミュニティを経由して一気にその銀行のレピュテーションが低下するので、銀行はなかなかアグレッシブな取り立てを行うことができないから。


・35歳前後の女性で、かつある程度よい企業に勤めている人のデフォルト率が最も低い。同年代の男性は、デフォルト率が高い。女性のデフォルト率が低いことをサポートするデータは多い。が、女性そのものをファクターとして融資を実行することは、アメリカでは強く禁じられている。


・日本の住宅ローンは、延滞が続いたのちに返済される場合が多い。これは、親が恥に思い、子の代わりに支払うから。従来の韓国の住宅ローンは10年くらいの短期。これは、親が子に住宅を買う(その代り子は親の老後の面倒を見る)のが通例だから。(現在崩れつつある、とのこと)


・アメリカには、FICOスコア(フェア&アイザック社の出している信用レーティングスコア)があり、300点から850点まである(スコアリングにはクレジットカードなどの支払情報に基づき、人種・宗教・性別・国籍・婚姻・年齢・住所・職業などの個人的な情報をスコアリングに含めることを禁止している)。620点が平均値で、それ以下の人々への貸し付けはサブプライムローンとなる。日本にはこのような会社はなく、いわゆる「ブラック情報(過去の延滞・デフォルト情報)」のみを取り扱っていて、ポジティヴな情報が含まれていない。





山口絵理子さん

同い年の人に、ここまで衝撃を受けたのは初めてです。
素晴らしい行動力と逆境に泣きながらも決してくじけない強い意志。 

早速本も読みました。
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裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記 (講談社BIZ)

今までの人生の逆境を一つ一つ努力と根性で乗り越えているエピソードの一つ一つにに等身大の著者が表れていて、(僕も同じような経験が多いからか)笑い・感動しながらあっという間に読むことができました。 いつか本人にあって、いろいろとお話を聞いてみたいです。

僕たちがLiving in Peaceでやっている活動も、きっと意味のあることなのだと思っています。
今のプロジェクトも、もうすぐゴールが見えてきました。がんばります!


(Living in Peaceのウェブサイトはこちら。今もコミュニティメンバーを募集中です!)
http://www.living-in-peace.org/


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