Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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FREE
FREE.jpgFREE

だいぶ前に読んだまままとめていなかったので、備忘録代わり。
アトム経済(価格は上がり続ける)からビット経済(価格は下がり続ける)への以降が起こりつつあり、デジタルのものはタダになると本書は主張する。無料のルールとして、著者は次の10点を挙げる:
1.デジタルのものは遅かれ早かれ無料になる
2.アトムも無料に近づくが、ビットほどではない
3.フリーへの流れは止まらない
4.フリーからもお金儲けはできる
5.市場を再評価する(市場のどこで儲けるか、の視点を変えてみる)
6.真っ先にゼロにする(フリーにするのは先行者が圧倒的に有利)
7.遅かれ早かれフリーと競いあうことになる (もはや特定分野ではフリーは当たり前のことになり、差別化戦略にはならない)
8.無駄を受け入れる(多少のコストをきにしない)
9.フリーを導入すると、価値のレイヤーが変化する(元来潤沢と思われていたものに稀少性がつくようになる)
10.希少なものではなく、潤沢なものを管理しよう

本書で取り上げられるフリーのタイプには次のようなものがある。
・直接的内部補助:例:二枚目がタダになるチケット
・三者間市場:メディアがタダで情報を流し、広告料収入を得る
・フリーミアム:プレミアム版の無料版(アマゾン)
・非貨幣市場:贈与経済、Wikipediaなど

今後多くのものがフリーとの闘いを余儀なくされると本書は主張する。たとえば、Yahooのメールはある時期までは10MBまでが無料だったが、gmailとの競争で無制限無料にせざるを得なくなった。

フリーにおけるビジネスモデルは、サービスの大部分を無料にして、一部で大儲けするモデルだ。Googleのアドワーズなどがまさにそれで、無料のGmailのユーザーが見る広告からGoogleは利益を得ている。

フリーにすることは単なる慈善ではなくビジネス目的だ。例えば、ある種のサービスを無料にすることにより、次のような効果を期待できる。
・有料物の購入の候補を拡大(100人×10%購入より、100,000人×1%購入の方がよい)
・先行者であれば、自社のブランディングが可能。少し前に、ライフネット生命の岩瀬大輔さんの著書「生命保険のカラクリ」が電子書籍化したが、岩瀬さんとライフネットがここから得た便益は非常に大きいと思う。


本書の内容は、普段フリー経済に接している人にとっては自明のことだと思う。そのような人に対して著者ははじめからポジションをとっている。

「“まちがっている”と“自明のことだ”というふたつの意見に分かれる話題は、どんなものであれ、いいテーマに違いない。」


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7月3日のチャリティディナー
ひょんなことから知り合った素敵な方々のおかげで、7月3日にチャリティイベントでお話してきます。バンドの演奏(しかも相当にハイレベル)もあり、盛りだくさんの内容です。

6月には色々な児童養護施設で住み込みをして、今度書く本の原稿があらたか出来た段階でプレゼンをすることになると思いますので、かなり現場感のあるお話が出来ると思います。今回のパーティの売上の一部を寄付頂くことになるのですが、それはいつもお世話になっている児童養護施設のために使う予定ですが、追ってしっかり報告します。


ぜひ遊びにいらしてください!



************************************

皆様

昨年のクリスマスには70名以上のゲストをご招待して実施したチャリティイベント、
今年も更にパワーアップして開催する運びとなりました!

テーマは夏の到来。リゾート気分で、カジュアルにご参加ください。

大好評頂きましたライブ、ケータリングフードは引き続き行います。
(人数が増える関係で、くじ引きは行わない予定です)
また、前回のアンケートでチャリティについてもっと知りたいという声も多かった事から、
今回はNPO法人Living In Peaceの代表であり、
「15歳からのファイナンス理論入門」の著者である慎泰俊氏をお迎えして、
社会人でも出来るチャリティ活動について30分程度のセミナーも開催します。

寄付先は、このLiving In Peaceと待機児童や病児保育の問題に取り組み、
新聞などでも話題のNPO法人フローレンスです。前回同様、
出来る限りの事をボランティアで行い、最低限の費用を抑え、
参加費の中から25~35%となる全ての利益を寄付する予定です。

費用は男性8,000円、女性7,000円、お子様4,000円。
内訳は、JAZZ+ボサノバライブ、お食事、お飲み物(飲み放題)、
セミナー、寄付となります。前回同様、パフォーマンスの高い内容で
参加者の皆さんには十二分に楽しんで頂けると思います。
また前回のアンケートで椅子とテーブルがあれば良かったとの声を
頂きましたので反省を活かし、今回はお食事の出来るスペースの確保
もしています。

「楽しみながらチャリティ活動!」をコンセプトに、
がんばりますので暖かいご支援の程、宜しくお願いします。

定員になり次第、募集中止となりますのでお早目にお申込み下さい!
(前回の模様⇒ http://bit.ly/b6Sxux http://bit.ly/8YzYcG)

■詳細
・日時:7月3日(土) 16:00受付開始、16:30~20:00(入退場自由)
・場所: SANBANCHO CAFÉ http://bit.ly/ah7njj
・テーマ:夏の到来
・ドレスコード:リゾートファッション(カジュアル)

■費用
男性8,000円、女性7,000円、お子様4,000円
(完全事前振込制)

■振込先
・口座名:  ウミナカディー
・口座番号: 普通口座5870991
・銀行&支店: 東京スター銀行本店営業部

■参加のお申し込み方法
振込が完了しましたら、下記事項を添えて
deew0723@gmail.com(担当:海中)までメールにてご連絡下さい。

・参加者のお名前、ふりがな
・参加者のメールアドレス

募集締め切り後にお振込があった場合には、手数料を省いた全額を御返金します。
募集締め切り状況についてのご確認はブログをご確認ください。
-ブログ:http://bit.ly/ccGmuH

■協賛
・Beauty Bar(パーティケータリングフード)http://bit.ly/9LpohQ
・NPO法人Living In Peace(セミナー) http://bit.ly/sJm8A
・Groove Pockets(Jazzユニット)http://bit.ly/bIDYyC
・Cayo(シンガー)http://bit.ly/bxzQQc
・小久保徳道 (ギター) http://bit.ly/9h2JJP
・その他ボランティア有志

■本チャリティイベントの寄付先
・NPO法人Living In Peace http://bit.ly/sJm8A
・NPO法人フローレンス http://bit.ly/ayOqza

■セミナー
・タイトル: 『スーツを着ながらでも出来る、社会事業のやり方』
・スピーカープロフィール:NPO法人 Living in Peace代表 慎 泰俊(しん・てじゅん)
20~30代のメンバーを中心に、国内外の貧困削減のための活動を行っているLIPの代表。
投資ファンドに勤務。著書に「15歳からのファイナンス理論入門」がある。
ブログはhttp://bit.ly/aBxJjG 海外への活動では、2009年音楽制作とファンドを手掛ける
ミュージックセキュリティと共同で日本で初めてのマイクロファイナンスファンドの運営を開始。
国内の活動では、社会人であることの強みを活かした児童養護施設支援を行っている。

■NPO法人フローレンス
「子育てと仕事そして自己実現のすべてに誰もが挑戦できるしなやかで躍動的な社会」にするべく、
子育てと仕事の両立を阻む最も象徴的な「病児保育問題」解決に取り組む。
非施設型・共済型という日本初の仕組みを構築し、2005年に預かりを始める。
現在東京23区および千葉県浦安市に展開、順次拡大予定。
また、08年より収入の少ない働くひとり親を支援すべく寄付会員制度を導入、
安価な病児保育パックの提供を開始。

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お問い合わせ先: deew0723@gmail.com
運営ブログ: http://ameblo.jp/tokyo-charity/
主催:海中棣 寺脇加恵 清水美帆
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新興国のメガバンク
先週のEconomistのSpecial Reportは、新興国の銀行業。

EmargingBank1.gif
文章を読めない人への銀行サービスやモバイルバンキングなど、現地のニーズに沿ったサービスを展開している新興国の銀行の規模はすでに相当なものになっており、成長著しい。

現時点でも、新興国銀行の利益、Tier-1 capital、配当、時価総額はそれぞれ、世界の銀行の25% ~50%を占めている。金融危機後、この傾向はさらに顕著になった。これら新興国の銀行は、現地では成長のエンジンとみなされていて、先進国における評価とは大きく異なる。





もはや、新興国の銀行はメガバンクだ。それは次の表からも明らかだ。2010年4月における中国工商銀行の時価総額は2,260億ドルで、Citiの二倍弱になる。

EmargingBank2.gif現時点でもこれら新興国銀行の資本は厚いが、さらなる成長、今後の不良債権対応などのために、エマージング銀行はより多くの資本が必要となる。

新興国経済が必要としているのは、革新的な私的銀行と国有銀行であり、外資銀行へのニーズは多くはない。その数少ない外資銀行としてすでに先鞭をつけているCitiやStandard Charteredの間に、他の銀行が食い込むのは容易ではない。

バンキング業界のグローバリゼーションは一時停止になっているとEconomistは主張する。上述のように先進国の銀行が新興国に入る余地はほとんどないが、現状のキャパシティ的にも国有企業という性質的にも、エマージングの銀行が先進国に踏み込むのも難しい。エマージング銀行は近隣の金融機関の買収を行い、それがどう機能するか試験している段階だ。

近いうちに生じうる海外進出は、各国毎のエッジを活かした分野の輸出になるだろう(例:インドなら技術、ブラジルならIBD業務)。

じゃあ、日本の銀行業がエッジを活かせる分野は何か、という話を今日はしていたのだけれど、これだろう、という結論になった:
http://chainmail.seesaa.net/article/63241060.html
(今度こそ)転職します
R0010758.jpg先日、上司に退職を申し出て、他のお世話になっている人にも報告しました。みなさん残念がっていましたが、「お前のやりたいことなら応援するよ」と祝福してくれました。自分は素晴らしい会社にいたんだなあ、と思うことしきり。

引継ぎをして、少し休んだあと(この期間に念願の自動車免許も取得します)心機一転、バイアウトファンドで働くことにしました。

・・・と、ここまでは先日のエイプリルフールネタのデジャヴを感じた人もいるかもしれませんが、ここまでは多少事実のベースがあるエントリーだったのでした。



そもそも僕が金融の仕事に興味を持ったのは、プライベート・エクイティの仕事がしたかったからです。プライベート・エクイティ(PE)投資とは、上場していない(プライベート)企業への投資の意味ですが、決して株式公開をしていない企業への投資だけではなく、上場企業に投資し、その後非公開化する投資も含めます。多くの場合は、投資によって議決権の過半数以上を保持し、投資ファンドの人も投資先企業の経営陣として、ともに企業の業績を改善するために働くことになります。この投資を行うファンドのことを、プライベート・エクイティファンドと呼んだり、バイアウトファンドと呼んだりします。


現実の冷たさに触れる前に、まず所信表明を。

僕は、企業が利益を出し続けることをサポートして儲けたいと思っています。

自明のことですが、企業のできる最高の社会貢献は長期的に利益をあげることだと思います。企業は利益をあげることにより、4つの経路で社会に役立っていると思います。

第一に、納める税金によって。税収があってこそ、行政は公共事業を行うことが出来ます(税金が効果的に使われているかどうか、という議論はまた別の話)。いま、児童養護施設に通いながら感じるのはお金の大切さ。こういった公的な施設にお金が流れるためには、税収が増えることはとても重要だと思います。

第二に、投資家に返すリターンによって。投資家の多くは年金基金であり、企業が利益をあげ、株価を高めることが出来れば、その利益は年金の受給者に裨益します。

第三に、社会に何か価値あるものをもたらすことによって。企業が利益をあげるには、社会に何らかの価値をもたらす必要があります。たとえば、アップルのiPhoneはアップルに利益をもたらしたとともに、社会に住んでいる多くの人の生活をより良いものにしています。

最後に、従業員に経済的・精神的な報酬をもたらすことによって。企業が利益をあげてこそ、従業員の雇用は保たれます。また、企業が利益をあげるためには、スキルアップが出来る環境や、居心地のよい組織づくりをする必要もあり、それも従業員に裨益します。
のみならず、利益を出し続けている企業では、より多くの人が物事を前向きに考えることができるため、精神的な疲労も軽減すると思います。多くの人は、組織の人事という観点では今より遥かに環境は劣悪だったにも関わらず、高度経済成長期を良かったと回顧するといいます。逆に、企業勤めの結果精神的に疲弊している人がいたら、そのしわ寄せは家庭におよび、ひいては政治の不健全さにもつながると思っています。

利益をあげないといけないのはファンドも同様で、そうでないと投資資金が集まりにくくなり、お金が必要な事業に資金が供給されない可能性があります。このファンドの利益は企業の利益と矛盾しないはずだと思います。考えてみたら分かることですが、企業を食い物にするようなとんでもないファンドが投資活動を続けることは(特に日本では)非常に困難ですし、長期的に事業を継続させられるはずがありません。もちろん、企業が難しい意思決定に直面することはあると思います。綺麗事ばかりでは済まないことはあるかもしれない。けれど、どんなときも、理想は持ち続けていたいと思います。また、自分自身のスキルは現在のところ決して高くなく、学ばないといけないことは沢山あるので、必要な能力を可能な限り早く習得して、一日も早く業界のトッププレイヤーになりたいです。

また、一つの投資会社が同じタイミングで関わることができる投資先の数は限られています。なので、投資会社が直接的に社会にもたらすことができるインパクトは限られているかもしれません。しかし、一つの企業が産業構造を変える場合もあるし、また、ある企業で生み出された方法論が、他の多くの企業に移植される可能性もあります。間接的なことも含めると、PEファンドがかなり大きなインパクトを社会にもたらすことが出来る可能性はあると考えています。


本業ではPEの仕事をするとはいえ、これが世の中にある全ての問題を解決できるわけでもなく、現在、すぐそこに苦境に陥っている人々がいることは見逃せません。本来は、行政がこういった問題を解決するべきで、そのために僕たちは税金を払っているのだと思います。ただし、組織が一度にできることは限られているので、行政の手が全てに届きはしないようです。そういった行政の手が届かない場所で活動を行うことには意義があると思っていますし、僕がNPOをパートタイムで行っている背景にはそういう事情があります。

また、情報技術が発展してきた現代においては、今まで出来なかったような形でのパートタイム事業が可能となっていることを感じています。僕たちが行っているパートタイムの事業活動がロールモデルになれば、自分たちが直接的に与えられるインパクト以上のものを世の中にもたらすことが出来る可能性があります。僕はどうやら、こういった他の組織にも移植可能なテンプレートに興味を持っているようです。

とりあえず、6月末までは有給消化期間なので、運転免許合宿に行ったり、児童養護施設に住み込みをしたり、カンボジアに行ったりしながら、また考えを深めていきたいと思います。
日本人ぽくなくても
ある程度の時間を共にした人とは、よく国籍がらみの話になる。今はないけれど、少し昔だったら、在日コリアンであるだけで財閥系の会社には入ることすら出来なかったと聞く。そういうこともあってか、僕の親の世代(50~60代)で事業を興してすごい実績をあげている人は、海外に留学し、その後起業したり、現地の外資系企業に就職したりする場合がとても多い。

こういう親の世代の受けた苦労の話をしていると、よく出てくる意見に「そんな、殆ど日本人みたいなものなのに、そういう差別があるのは間違っている」というのがある。

これを言われるとなんとなく釈然としない自分がいた。ちょっと考えてみたら、その理由が少しわかるようになった。

上の言葉は、少し単純化すると、多分こうなる:

Aさんは、日本人のように見える。ならば、Aさんが差別されるのはおかしい。


これについて対偶をとっても、その文意は全く論理的に同値だ。対偶をとるとこうなる:

Aさんが差別をされるのはおかしくない。ならば、Aさんは日本人のように見えない。


国籍の違いによる合理的な区別等は別にあってしかるべきだし、それは否定しない。ただ、上で述べられている差別が、何らかの基本的人権に関わるものとして話されるのだったら、上の言説には誤りがあると僕は思う。人権の享受主体について、基本的には何らかの限定的な断りはあってはならないはずだ。外見が日本人ぽくても、マサイ人ぽくても、サイヤ人ぽくても、合理的な区別以上の差別はあるべきでない。

別に、これを書いて誰かを断罪するつもりがあるわけではない。社会の中に異質な他者が存在することをあまり意識しない状況で生活をしていたら、なかなか見えてこない問題はある。それに、フェアであるために言っておくと、コリアンは南北ともにかなり多民族に対して排他的だ。在日の人間は、北に行っても南に行っても、半日本人と言われ嫌な思いをする場合が多いと聞く。

もちろん、決してその状態がよいと思っているわけではなくて、改善されてくれたらと強く願う。自分が何を出来るかと考えたときに得られる結論は、とても月並みなのだけれど、自分が人間として立派な人間になること。差別はシステムの問題だけど、それをバックアップするのは個々人の感情や認識だ。他者に対する反感や否定的な認識は、時に既存のシステムによって捏造される場合もある。そんな状況で、個人の生涯がその人の属する集団に対する認識をどこまで変えられるのか、分からないこともある。だとしても、まずは目の前のできることから着手するというのが、人生に対する真摯な姿勢のはずだ。


組織における多様性と同質性のバランス
組織における多様性と同質性のバランスを考えることが多い今日この頃。

組織の中に異端児がいることはとても大切だと思う。その理由は、組織の多様性が意見形成の妥当性の関係にあるようだ。ある研究によると、構成員が似たり寄ったりの組織が内部で議論を重ねていくと、どんどん過激で極端な方向にはしりがちらしい。ドストエフスキーは「悪霊」において組織の恐ろしい力学を見事な筆致で描いてみせた。「悪霊」における仲間殺し、とまでいかなくても、似たり寄ったりの人ばかりで集まった組織が独善的なアクションを起こすことは少なくないように思われる。

僕が仲間活動しているNPOには異端児っぽい人がいる。仮に彼の名前をSとしよう。このNPOのミッションは機会の平等による貧困削減なのだが、Sはその点については他のメンバーほどには熱意が無いように見える(見せかけているだけかもしれない)。ただ、Sのような人間がメンバーにいると、独善的で「イケてない」アクションについてダメ出しが出やすくなり、組織のリスクが下がっているのも事実だ。社会にインパクトを与えたいのであれば、独善的なアクションがもたらすものは避けるべきだからだ。異端児がいることによって、組織の意見形成がある程度健全で妥当なものになることは、実感ベースとして正しいと思う。

ただし、全く考えがバラバラの人間が集めればよいわけではないようだ。根本的な考え方が異なる人が集まると、コミュニケーションにかかるコストは甚大になり、組織の意思決定のスピードを落としやすい。また、根本的なミッションが共有出来ていない組織は、不測の事態や困難に直面すると必要以上に揺れ動いてしまう。基本的な指針が共有出来ていないと、自分たちが方向修正をしているのか、ぶれているのかわからなくなる。

特にパートタイムでの組織の場合、組織設計の最も重要なことのひとつは、参加者全員で共有する価値観をどこに置くか、かもしれない。共有したい要件を増やしすぎると異質な人が排除され組織のリスクを高めるし、少なく且つ緩くしすぎると逆境に弱くなる。

多様性と同質性のバランスのさじ加減は非常に難しいが、二つのヒントがある気がする。第一に、組織として達成したい目標を明確にすることによって、ある程度バランスがとれていくと思う。第二に、人間には異質な存在を排除したがる性質も備わっているようなので、多少は異なる見解を持つ人に対して寛容であるくらいが丁度よいのかもしれない。


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