Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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学校や児童養護施設のガバナンスの難しさを考えてみた
組織の問題行動とガバナンス不在には関係があるようだ。ガバナンスはどんな組織にも必要で、学校や児童養護施設もそれにもれない。しかし、そのガバナンスには構造的な難しさがある気がする。

ガバナンスの要諦は、その組織が、便益を受ける人のために活動をしているのか、チェックする仕組みを作ることにある。

(念のためだけど、僕は人間の善意を信じているし、実際に今までに多くの人の善意で生かされてきた。でも、組織の設計において人間の善意をあてにしたり前提に置いたりするのはナイーブだと思う。仕組みの設計というのは、どんな人間がその組織の中にいてもきちんと組織が機能するように作るべきものだと思う。)

通常株式会社であれば、コーポレート・ガバナンスは、会社が株主の利益のために運営されているかをチェックする仕組みとなる。それは株主や、潜在的な株主を通じてチェックされる。ガバナンスが不適切であり、株主の利益を考えずに事業を行う会社に対しては、訴訟や株の売却を通じた時価総額の低下等により、時には手厳しい規律付けをされることになる。

株式会社のガバナンスは株主を中心にして考えられる。なぜ社員や債権者でなく株主になのかというと、会社がうまくいかなかった時に最も経済的に被害を受けるのは株主であり、最悪の場合に一番損をする人が意思決定に影響を与えたほうが組織のうまくいく可能性は高いからだ。


学校や児童養護施設には、ガバナンスの観点から難しい問題が三つある。いわゆる社会的事業を行う組織やいくつかの政府組織にガバナンスをしっかりときかせることの難しさも、ここからある程度説明できるのかもしれない。

第一に、便益を第一に受ける人間が組織行動をチェックすることの難しさがある。
学校や児童養護施設の事業から便益を受けるのは子どもたちだ。でも、子どもたちには十分な判断能力のない場合があり、学校や児童養護施設の行動をチェックするのは困難だ。
普通の学校の場合、子どもの利益を一番に考えるのは親であり、親が子どもの代わりに学校の行動をチェックすることになる。PTAがその一つだ。その場合でも、親と子どもの利害は完全に一致しない場合があるし、親の望む学校づくりが子どものためになるのか分からない場合がある。
児童養護施設の場合は、子どもに親がいない場合が多く、学校の場合よりも問題はずっと難しくなる。

第二に、子どもの成長が定量的に評価しにくいことがある。
会社の場合は、株価を通じて会社のパフォーマンスを評価することができる。しかし、子どもの成長というのは定量的に評価するのが難しいものだ。
とはいえ、子どもの育ちに関連するいくつかの重要な指標はあるはずで、それらを導入するのは有意義だと思う。例えば、企業の社会貢献度数を計測する様々な方法はこれまでに考えられてきたし、まだ完全ではないものの一定の成果をあげつつある。同じことは、児童養護施設の評価についてもいえるのかもしれない。

第三に、組織の外に発信される情報が少ないことがある。
外部との交流を積極的に行わない児童養護施設が多いことには一定の理由がある。第一に子どものプライバシーの問題がある。虐待等が理由で親から引き離された子どもの住んでいる場所が親に知られると、親が施設に乗り込んで騒ぎになる場合がある。それはやっと落ち着いてきた子どもの心理にまた混乱と動揺をもたらす場合があり、避けないといけない。また、児童養護施設は子どもにとっての家であり、その家に外部の人が勝手に上がりこむことは異常なことでもある。
しかし、外部との交流が少なく、地域や社会に対して提供される情報が限られていると、外部の人々による組織行動のチェックはききにくくなる。とんでもない人が施設長になった場合に、その暴走を止めることが難しくなる。

ある重大な事件が生じた理由を、特別な性質を持った個人に帰するのは簡単なことだ。でも、それはあまり生産的でないし、正しくない場合が多い。ナチスドイツの台頭をヒトラー個人のせいにすることができるだろうか。事件が生じた後にするべきことは、それが生じた客観的な理由を可能な限り深彫りして考えることだと思う。そうすれば、事件が繰り返されないように、可能な限りの取り組みをすることができる。

第一の点はどうしようもない。出来ることは第二と第三の点で、適切で具体的な評価指標を考えること、可能な範囲内での公開性を保たせることには、今まで以上に力を入れてもよいのではないだろうか。


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