Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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経済成長のために
10月24日午後4時から、ライフネット生命の出口社長と「日本の課題」をテーマにセッションをします。出口社長は、今年出会った人の中で、最も強烈に覚えている人です。出口社長によるプレゼン1時間、僕との対談30分、残り1時間は会場参加者との議論です。 参加希望はこちらから。http://www.living-in-peace.org/Study/#a2


このセミナーで話そうと思う内容の一部をまとめるためにも、久々の経済関連のエントリー。

先週のEconomistは、先進国における経済成長について、30ページにもなるSpecial Reportをまとめた。非常に興味深い内容だったので、ここにまとめておこう。


1. 金融危機による不況は長引く
Eco1.jpg

IMFのPrakash Kannanの調査は、金融危機によって惹き起こされた不況がその他の要因による不況よりも回復に時間がかかる可能性を示唆した。


金融危機による不況が長引く理由には、次の三つがあると考えられている。

・消費者と会社の消費減退と貯蓄増加
アメリカにおいてでさえ、人々は所得のうち消費を抑えるようになった。また、手持ち現金の大切さを痛感した多くの企業は、時に不必要に企業内の手持ち現金を積みますようになった。これら行動は、経済における需要を落とすことになる。

・企業活動への影響
ベンチャーキャピタルをはじめとした、企業の成長のための資金調達活動が困難になる。アメリカのスタートアップにおける資金調達のうち、銀行貸付はその他の調達手段に対して金額ベースで七倍だが、この銀行貸付も金融危機によりストップしてしまう。

ゾンビ企業が生まれやすいのも問題だ。日本において、90年代初期に銀行貸付の5%~15%がすでに倒産しているはずなのに借入延長により延命している「ゾンビ企業」だったが、それは10年後には25%にもなっている。倒産すべき企業が退出しないことは、経済の活力を奪っている可能性が高い。


・金融機関への影響
金融危機による不況の後は、金融機関への規制が厳しくなる傾向がある。国際的業務を行う金融機関がTier1資本をリスクウェイトをつけた資産の7%以上積むことを要求するBasel IIIもその一つだ(ドラスティックな変化を避けるために、この規制対応はかなり長い時間軸で適用されることになる)。金融機関による自己勘定投資を制限するボルカー・ルールも同様だ。

このように金融機関への規制が厳しくなると、金融機関のイノベーションが減退することは避けられないという声がある。しかし、金融システム崩壊のリスクの大きさに鑑みると、これら規制は妥当なのかもしれない。ちなみに、ポール・ボルカーは、「この数十年で価値ある金融イノベーションはATMだけだった」と喝破している。


2. 政府の直面する問題
2.1. 財政赤字

個人と企業が消費を抑え、貯蓄を増やしている場合において、均衡を保つためには国が消費を増やし借入を増加させることになる。Eco2.gif
これが続けば、国の財政赤字が進み、国の借金がどんどん大きな金額になっていく。

日本の2009年における財政赤字はGDPの192%で、他の先進国に比べても非常に高い。
Singapore :118%
Italy :115%
Greece :108%
Iceland :101%
Belgium :99%
UnitedStates :91%
France :80%
Germany :77%
Canada :72%
UnitedKingdom :69%
Spain :60%

財政赤字の一番の問題は、それが個人の動機に与える影響にある。国はいつかその債務を減らさないといけないが、そのために行うことには増税や財政削減、もしくはインフレ率を高める(そうすれば政府の債務が実質的には軽くなる)こと、などが考えられる。増税やインフレ率が高まることが予想されると、人々が労働意欲を失う可能性がある。

Reinhartらによると、許容可能な政府債務のGDP比は90%だという。これを上回ると、経済成長が著しく阻害されることになると彼らは説く。この基準については他の研究もあり、例えば、IMFであれば上限の政府債務は160%、世銀であればそれは77%である。いずれにせよ、これら研究によると、日本の政府債務は国の成長を著しく阻害しうることだけは確かだ。


2.2.金融緩和

消費を刺激する方法の一つに金融緩和がある。借入金利が低くなれば、企業には資金調達を行ない設備投資するインセンティブが働き易くなる。また、金融緩和の結果市中の貨幣供給が増えれば、自国の通貨は安くなり輸出において有利になる可能性がある。

問題は、政策当局が操作することが出来るのは名目金利である一方で、人々は実質金利によって意思決定をする点にある。

名目金利≒実質金利+インフレ率

名目金利がほぼゼロになっている状態では、これ以上金利を動かすことが難しくなる。そこで、現在行われてようとしているのはインフレ率の操作だ。2.0%の水準を4.5%に引き上げようとする意見がある。このための手法として、インフレターゲティングは20年くらい前から行われているが、現在注目されているのは価格レベルターゲティングで、これはより直接的に人々の借入・消費活動に影響を与えられる可能性がある。

ただし、このインフレ率操作には批判もある。

批判の第一は、それが人々の予想に与える影響だ。中央銀行がインフレ率を高めようとアクションを行うと、それは人々に「中央銀行はまだ経済に対して悲観的なのか」という予想を与える。人々がこれに警戒をしたら、消費活動を行わないようになるかもしれない。

批判の第二は、インフレによる不当な富の移転だ。インフレーションは貨幣の価値を落とす。言い換えると、現時点で富を有している人から不当に財産を奪っている、ということにもなりかねない。法にもよらない富の移転が許容されるのか、という点はしばしば議論になる。


2.3.生産性向上

生産性は、技術、イノベーション、資本によってドライブされるといわれている。生産性を高めるために、政府はしばしば研究開発を促進するための補助金をつける場合がある。しかし、それ以上に重要であるにも関わらずなかなか着手されないのが競争促進政策だ。

ヨーロッパとアメリカの生産性の違いの多くは、地方サービス分野の違いで説明される。アメリカではこの分野においても私企業の間での競争が行われるが、ヨーロッパではそれが規制で制限されている。

スウェーデンのベストプラクティスは、競争促進がいかに生産性を高めるかのよい事例となっている。金融危機を90年初頭に経験したスウェーデンは、航空、通信、電気、金融などの様々な分野を自由化し、競争促進政策をとった。スウェーデンにおける1980年から1990年の生産性の平均成長率は1.2%だったのに対し、91年から98年までは2.2%、99年から05年までは2.5%に上昇した。

また、労働力を有効に活用するためには労働市場の流動性を高める必要があるが、解雇規制が厳しい欧州や日本では、なかなかそれが行われない。このことも、生産性を下げる要因となっている可能性がある。


3. 政府のとるべき政策

財政再建により政府債務を適切な水準に戻すこと、競争促進政策をとること、労働市場の流動性を保つこと、など様々なアクションを同時にシステムとしてとる必要があるが、現在多くの先進国政府が主張する経済成長戦略には問題があるとEconomistは指摘する。

問題の一つめは、成長戦略が新興国の需要に依存しすぎていること。中国をはじめとする新興国の経済成長はめざましいが、全ての先進国の生産を飲み込めるものではない。

二点目の問題は、財政再建におけるバランスの取れた視座が不足していること。財政再建は長期的な取り組みが要求されるものであり、短期的に支出を大幅に削減したりすることは大きなリスクを伴う。政府主導の二番底もありうる。Economistが長い間主張している定年の引き上げは、老人向け支出の削減と労働人口の増加の二つをもたらす有効な政策だと僕も思う。

三点目は、構造改革への関心が低いことだ。政府が研究開発に対して補助金を出すにもかかわらず競争促進政策などの構造改革に取り組めない理由には、様々な痛みや抵抗勢力との闘いが必要なことがある。しかし、日本の20年の教訓は、不況は構造改革への強い動機づけへとなるが、不況が長引けば長引くほど構造改革を行うだけの体力が国から削がれていき、より改革が難しくなるだろうということだ。



 
4. 自分にできること

現状に悲観する人も多いし、実際のところ悲観するに十分な材料は揃っている。でも、嘆いたところで何も変わらないし、するべきことは、現状を変えるために自分には何ができるか問いかけることだと思う。不満を言う時間があったら、まず我が身を振り返って、自分ができることから始める。社会が変わることができるかどうかは、常に一人ひとりがどういうアクションをとるかにかかっていることを忘れてはいけないと思う。

僕は自分の本業を通じて企業の成長をサポートしたい。
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美貌と才能の功罪
 少し前まで、僕は美しい人間や才能ある人間は得だと思っていた。でも、決してそんなことはないのかもしれない。人間が美貌・才能と精神性の高さを両立させるのは難しいからだ。この両立には、常人以上の自制心と良い出会いが必要なのだと思う。

 人間がどんどん間違えた方向に行ってしまう時、必ずと言っていいほど、その人の周りには阿諛追従の人々が溢れている。人間の自制心はときに弱いので、暖かくも厳しい指摘をしてくれる人が周りにいないと、人間の精神は簡単に堕落へと向かってしまう場合が多い。
 
 このおべんちゃらの取り巻きを作るのは、お金、地位、名声、才能や美貌なのだと思う。男も女も同様だ。
 お金、地位、名声は、だいたいある程度の年になって手に入るものだ(遺産とかがある場合は別だけど)。しかし、才能や美貌は、精神がどちらかというと未熟な若い時期から備わっているので、なかなかやっかいだ。
 
 横から観察していると(そして、ツイッターはそれを観察するとても良いツールなのだけれど)、美しかったり才能にあふれた人に甘い人々は有意に多い気がする。この光景をみていると、ゴーゴリのあの言葉を思い出さずにはいられない。

 

「美というものは全くの奇跡を生みだすものである。美しい女の持つ全ての精神的欠陥は、嫌悪の情をもよおさせるかわりに、何か非常に魅力的なものとなる。」



 美しい人や才能ある人が何らかの間違いを犯したとき、それを指摘してくれる人以上に、それをフォローしてくれる人の方が多いのかもしれない。「君は素晴らしい、あんな奴のことは気にするな」と。人間の心が弱いと、自分にとって快い声だけが耳に届くようになって、時として不快になるような他者の声は「理解のない人」として処理するようになってしまう。そうなるとき、精神の堕落が始まる。

 美貌はなかでも特にやっかいなのかもしれない。美しい男女を助けようとしてくれる人はとても多いが、そのなかには下心を持っている人も少なくない気がする。そういう人々と一緒にいると、かなりの時間が口説いてくる相手の処理に費されて、本来やるべきことができなくなってしまう場合も少なくない。(もっとも、だからこそ、こういう人はめんどくさい相手のあしらいが上手なのかもしれない)

 もって生まれたものの多くは価値中立なのだと思う。それを活かすも殺すも本人次第で、何らかの才能(茂木健一郎によれば、美貌も才能)と呼べるようなものをもって生まれた場合、それと同じくらい自己修養をきちんとしないと、才能故に不幸になる場合が少なくない気がする。自分が大切にしたい精神の原則を明確にして、常にそれに照らし合わせて自分を振り返り、良薬口に苦しを地で行く指摘をくれる友人を大切にする。今考えうる限り、これしかない。
素人のコモンセンス
 素人のコモンセンスって、意外と使える場合が多いのかもしれない。

 最近、LIPの活動でも、仕事でも、知らなければいけない範囲がかなり広く、しかも、相手に意見を言わなければいけない、という場面によく出くわす。マイクロファイナンスの実務を20年やってきた人にオペレーションのことを問いただしたり、この技術は爆発的にヒットすると言っている人の事業計画をチェックしたり。

 知識や経験レベルが全然違うので、相手のフィールドから意見をしても、大したことが言えなかったり、別に大きな付加価値をもたらすこともできなかったりする場合がほとんど。

 そういうときに意外と役立つのはコモンセンスで、その中でも群衆の智恵を信じるアプローチは意外とうまく行く場合が多い気がする。邦題「みんなの意見は案外正しい」にもあるように、集団にいろんな人が集まっていて、一人ひとりがちゃんと自分の意見を持って意見形成がフェアに進められたら、集団の智恵はまず個人を上回る。


 それは、例えば、こんな感じ。

「そんなサービスを提供するには10万円かかる」
「お隣りのお店も、他の街にあったお店も3万円くらいでやっているんですが」

「私の投資哲学があれば、絶対に市場より高いパフォーマンスで儲かる」
「歴史を振り返ってみたところ、市場より高いパフォーマンスをあげたファンドはほとんどないんですが」

「これは未だかつてない技術だ」
「誰か他の人も見つけられそうなんですが」

「中国市場へのアクセスを得たら絶対に儲かる」
「8割の会社は儲かっていないみたいですが、」


 対処しなければいけない事象が多かったり、分野が広かったりするほど、個別の知識習得は必要最低限にして、こういったコモンセンスを磨くことが重要と思う今日この頃。
最後の20代
 10月1日で、会社の試用期間も終わるとともに29歳になりました。最後の20代です。
 
 これからもよりガッツリと仕事をしていくと思うのですが、向こう三年間の目標ができました。

 それは、組織の仕組みのプロフェッショナルになることです。 
 PEファームが提供する「商品」があるとしたら、それはガバナンスだと思います。ここでいうガバナンス、というのは「組織がうまく回るための仕組み」程度の意味で使っています。今の勤め先は、ガバナンスに対するこだわりがとても強く、多くを学べそうな予感がしています。
 勉強しはじめてすでに感じていることなのですが、組織がうまくいくために必要なことは、その規模に関わらず共通しているようです。50人のNPOでも、1000人の企業でも、1億人の国でも、本質はあまり変わらない気がします。どんな組織にも適用できる組織づくりの勘所を押さえられるようになったら、また次のステップが見えてくる気がします。
 29歳の1年は、実務と勉強を通じて、とことん頭の中に知識を整理して詰め込もうと思っています。出来れば、LIPの組織づくりともあわせて、本を書こうと思っています。それと、実際に、身のまわりにいる、素晴らしい活動をしているけれど、組織づくりだったりファイナンスだったりで困っている友人のために、何か出来ることをしてみたいと思っています。

 あと、20代最後のイベントとしては、来年9月に佐渡で行われる206kmマラソンにも出場する予定です。完走します。あとは、総合格闘技もはじめようと思っています。
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