Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:-- | スポンサー広告 | Trackback(-) | Comment(-)
ミクロの問題意識、マクロの思考
ベトナムに来ている。

取材で同行している人から、こういう質問を受けた。

「なぜ、ある程度成長しはじめた国のマイクロファイナンス機関を支援しようと思うんですか?」



この質問はもっともだと思う。答えを話しているうちに、日頃の考えが結構まとまった。
気づいたことを一言でいうと、こうなる。

「アクションのきっかけはミクロレベルの問題意識に起因する。ただし、そのアクションの妥当性はマクロレベルの視点から検証しないといけない。」


カンボジアやベトナムなど、すでに成長の梯子に足をかけた国においては、確かに10年後は今より輝かしい未来がまっているだろうし、人々の暮らしも全般においてよくなるだろう。

でも、政治家でもなく、大規模な国際NGOでもない僕たちにとっては、そういう国レベルでどうだという議論はあまり意味をなさない。どちらかというと、たまたま知り合った困っている人々のために何ができるか、というミクロレベルの個別具体的な議論のほうが重要だと思う。目の前で困っている人がいて、その人達に対して自分達が何かのアクションを行うことで、状況をよりよいものに出来るのであれば、それは行ってみる価値のあることなのではないか。

海外のマイクロファイナンス機関への投資ファンドの企画も、日本の児童養護施設の資金調達スキームの構築も、アクションのきっかけはマクロレベルでの思考ではないと思う。むしろ、たまたま知り合った人に何か出来ることはないか、というミクロレベルの問題意識から始まっている。具体的なアクションは、殆どの場合ミクロレベルの問題意識からはじまるみたいだ。



だからといって、マクロレベルの問題意識がいらない、というわけではない。

大局観を持たずに目の前にある課題だけを追いかけていると、問題の根本的な解決には至らない場合が多い。そうすると、眼前の問題のもぐらたたきになって、人生が終わってしまう。

例えば、児童養護施設の資金調達。富裕層の人にお願いして一声で集めてしまうのが手っ取り早いかもしれない。でも、児童養護施設の現状は本質において国家レベルの不作為の問題であり、根本的解決には多くの人が関心をもつことが必要不可欠だ。だから、僕たちは、相当に回り道だと分かっていても、この資金調達を多くの人々から行なおうとしている。


大局観をもった思考をする際には、先行理論が思考整理の道具となる。それを学ぶには勉強したほうがよい。本や論文を読み考えることがその多くを占めるだろう。自分が現場で活動しているといるからといって、こういった修養を怠ることの言い訳にはならないと思う。


最近、毎週洋書の専門書を一冊読むことを始めた。今はきつくても、今後のことを考えると洋書で読む以外の選択肢はありえなかった。続けようと思う。

スポンサーサイト
Designed by aykm.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。