Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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記憶すること
(前回の記事の続き)

さて、震災に関して東京に住む人にできることは何だろうか。現地にいって活動することも素晴らしいけれど、忙しい仕事に追われている人はなかなか休みをとって東北にいったりもできない。

誰にでもできること(けれど意外と難しい)ことの一つは、記憶し続けるということだ。今も家族や財産を無くして、明日の生活に底知れない不安を抱いている人々がいて、現地の復旧・復興のために一生懸命に活動をしている人がいることを記憶し続ける。

辛い記憶ほど、風化するのは早い。それは生きて行くために必要なことだ。だけど、事が完全に過去のものと変わるまでは、覚えていることの必要性はとても高いのだと思う。

何かを覚え続けるためには、一定の時間を割くしかない。人間は行動を習慣化して続けることによって記憶を風化させないですむ。たとえば、「あのことを忘れていないか」ということを日記を書き続けながら問い続ける、といったことをしない限りは、記憶はどんどん忘却のかなたへ消えていく。


それに、現地に行かなくともできることは結構ある。寄付をする、東北のものを消費するといったよく思いつくものの他にも、海外に状況を知らせる、現地で活動をしている団体のウェブ構築、組織体制づくりの支援など、さまざまな活動がある。


そんな、震災のことを覚え続け、すでに活動している人から話を聞きながら、東京でも出来る活動についてヒントが得られるイベントを毎月開くことにした。毎週25日の週に行う予定。

第一回は丸の内のGARBカフェ。6/25(土)で、17:00開場、17:30開始、20:00 終了。会費は、一般参加者は5千円、学生は3千円。内容は、NPO、医学部教授、投資ファンドなど様々なバックグラウンドを持つ4人の方からの15分プレゼンテーション、ネットワーキングイベントなど。

被災地の今を知りたいという人、忙しくてなかなか東北に行けないけれど、何かしたいという人はぜひ。

参加フォームはこちらから: https://ss1.coressl.jp/kokucheese.com/event/entry/12558/

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震災三ヶ月
震災から3ヶ月が経ち、当時感じるままのことを書かなかったことを多少後悔している。当時はものを書く気にもあまりなれなかったし、気持ちの変遷が激しかったので、ミネルヴァのふくろうよろしく全てが明らかになり、自分の気持ちが落ち着いてから書こうと思っていた。けれど、不正確でも未熟でも、感じることをそのまま書いておいたほうがよかったのではないか。

というわけで、震災後3ヶ月が経って感じていたことを書いてみようと思う。

今回の震災は、この国の現場力の強さを見せつけた。雨後の筍のように生じた助け合いの仕組みや、東電の現場職員の必死の働きなど、有事には多くの名もなきヒーロー・ヒロインたちが活躍する仕組みがこの国にはある。けれど、それは一方でリーダーが現場力に甘える結果にもつながりうるし、また、多くの問題は現場力で吸収されてしまうので本質的な問題が先送りされてしまう場合も多い。

現場力の強さ故に、ゆでガエルになってしまうことがあるのかもしれない。当初は、失われた20年に震災のショックが加われば、さすがに国のあり方がドラスティックに変わるのではないかと思ったけど、これくらいじゃ変わりそうにないように思える。多分、この国が外部ショックだけを理由に変革を真剣に考えるときは、全てが終末に近づいているときだと思う。変化のためには、外部ショックだけじゃなくてリーダーシップが必要だ。そして、そのリーダーとなるに相応しい人はいる。


震災直後も本業では案件を追いかけていた。皆が悲観的になっている状況だからこそ、リスクキャピタルを提供することに意味がある。入社して1年が経つ。入った当初は、ファイナンス以外にも知らなければいけないことが多すぎて大変だったけど、最近はほんの少し手応えを感じられるようになってきた。誰かが、「この仕事は会社の生命を預かる仕事」と言っていたけれど、本当に責任重大でやりがいのある仕事だと思う。もっと色んなことができるようになるために、日々努力したい。


Living in Peaceのことを。
この期間、多くのNPOが震災復興支援に参加した。けれど、僕たちは内部で議論した結果、それら活動をしないことにした。やったことは、日頃一緒に活動している筑波愛児園の状況報告くらいのものだ。

僕たちは、自分達の活動を選ぶときに、その意義を信じられるか、ということとともに、その活動は誰もしていないことか、自分達だからこそできることか、というのを問うている。それらに鑑みると、震災復興支援におけるLIPの1時間はプロの5分程度の働きしかできないように感じた。それに、震災で親を失った子どもには大量の援助がいく一方で、これまでも、そして場合によってはこれからも人々の目が向けられることのない児童養護施設の3万人の子どもたちのために割かれるリソースを分散するのは正しくないように感じられた。だから、僕たちは、地道に児童養護施設支援の活動を続けている。

海外の活動についていうと、ベトナムのマイクロファイナンスファンドの企画はほぼ終了しているし、今年の秋にむけてマイクロファイナンス投資に興味のあるプロ用のトレーニングプログラムを作っている。日本でマイクロファイナンス機関のデュー・ディリジェンスやMFIとの交渉をしているのは僕たちだけだし、案件が少しずつ積み重なるにつれて出来ることがあると思う。また、マイクロファイナンスプロジェクトは年始くらいに新しい展開をみせるかもしれない。


とはいえ、完全に震災を忘れているわけではなくて、震災を覚え続けるための活動はしようと思っている。それは次のポストで。
オーナーシップ
日本に人材がいない、もしくは少ないと云われて久しいが、日本からたくさんの優秀な人材が輩出された時代は、少なくとも現代史において二つある。一つは明治維新、一つは戦後。この事実から推測できることは、若いうちに責任ある仕事を丸投げされると、人は成長しやすいということなのだと思う。

どんどん人が育つ会社と、あまり早く育たない会社の違いの一つは、権限委譲の程度にある気がする。ジュニアの社員にどれくらい責任を持たせることができるか。考えてみればあたりまえのことで、人間は自分事ほど必死に考えて学習することはない。

自分事として物事を考えるためには、本当の意味で権限が移譲されている必要がある。権限委譲をしないで「主体的に考えろ」とかいうのは難しい話だ。でも、世の中の8割くらいは、ジュニアクラスの社員にほとんど権限を委譲しないでおいて、「自分事として考えろ」と部下をせめる。それは無理な話だ。

僕が働いてきた職場は、その意味では本当に素晴らしいところで、基本的に仕事は丸投げしてくれた。方向性だけ提示されて、「あとはやっておいて」だ。もちろん質問をしたら答えてくれる。でも、基本的に仕事は自分の裁量で行って、レビューもほとんど入らない。ただし、失敗したときは、上司は一緒に責任を負ってくれた。


色々な部下の育て方、人の育て方があるのだと思うけれど、基本は丸投げなのだと思う。丸投げされたらどうすればよいのか分からず途方にくれてしまう人もいるかもしれないけれど、人間の生命力はそんなにヤワじゃないので、放っておけば3ヶ月もすればちゃんとサバイバルできるようになる。で、質問されたら答える。どうしても困っていたら助け舟をだす。そして、部下が失敗したら逃げずに一緒に責任を負う。

部下の立場で考えれば、自分だけの裁量でできる仕事を作っていくのがよいのだと思う。もし職場に全くそういう雰囲気がなかったら、孟母三遷よろしく、移るしかないのかもしれない。
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