Taejunomics

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白洲次郎 占領を背負った男。
白洲次郎 占領を背負った男白洲次郎 占領を背負った男
(2005/07/22)
北 康利



占領下にあった日本で、GHQとの交渉など多くの働きをした白洲次郎を描いています。


特に印象深かったのは、憲法の制定過程の部分でした。

英語が堪能でかつ原理原則をしっかりと有している、当時にしては稀有な存在であった白洲次郎は、吉田茂により終戦連絡事務局(GHQとの折衝部署)の参与に抜擢され、GHQとの交渉に当たることになります。占領者として自らの作った憲法草案を用いることを要請するGHQと、国体を維持しようという考えが強かった政策当事者のとてつもないギャップに悩みながらも、白洲次郎はこの大変な役をこなしていきます。 (ただし、冷静に読んでいると、彼の仕事そのものは、現在いろいろな雑誌その他で派手に取り扱われているほどは大きくないのではないのか、という感を受けました)



「自分は必要以上にやっているんだ。占領軍の言いなりになったのではない、ということを国民に見せるために、あえて極端に行動しているんだ。為政者があれだけ抵抗したということが残らないと、あとで国民から疑問が出て、必ず批判を受けることになる。」

もちろん、占領された者にできる交渉というのは限られています。白洲次郎は多くの交渉で負けることになりますが、負けるとしても、最後まで決して逃げずに自らの原理原則をしっかりと示して負けているという潔さには強く好感を持つことができました。本人は、本当に悔しかったようで、

「興奮絶頂に達し正午より総司令部もやっと鎮まり、助かること甚だし。
斯くの如くして、この敗戦最露出の憲法案は生まれる。「今に見ている」という気持ち抑えきれず。ひそかに涙す。」

という言葉を残しています。占領下にあっても独立不羈の精神を持ち続けていた白洲次郎は、のちのサンフランシスコ講和条約が調印される際にも、日本側の演説に独立国としての精神を吹き込もうと奔走しています。


それにしても、GHQの憲法草案は、陸軍将校11人、海軍士官4人、軍属4人、秘書など女性6人で、うち弁護士資格保有者は3人いたものの、憲法の専門家が一人もいなかったというのには驚かされます。大学で憲法を専攻していたにもかかわらず、恥ずかしながら知りませんでした。
しかしながら、白洲次郎自身もそう話しているように、日本国憲法の原理は立派なものであるという点には、同感します。

「新憲法のプリンシプルは立派なものである。主権のない天皇が象徴とかいうかたちで残って、法律的には何というのか知らないが政治の機構としては何か中心がアイマイな、前代未聞の憲法が出来上がったが、これも憲法などにはズブの素人の米国の法律家が集まってデッチ上げたものだから無理もない。しかし、そのプリンシプルは実に立派である。マックァーサーが考えたのか幣原総理が発明したのかは別として、戦争放棄の条項などその圧巻である。押しつけられようが、そうでなかろうが、いいものはいいと率直に受け入れるべきではないだろうか。」 (「プリンシプルのない日本」より)


また、読みながら、白洲次郎の人間的な魅力にも強く感じ入りました。
独立不羈の精神と、弱者に対する思いやり、友達を心底大切にする心、原則を重視する姿勢、純粋な見た目のカッコよさなどが、彼の魅力の源泉となっているのだと思います。


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