Taejunomics

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日本の思想。
日本の思想 (岩波新書)日本の思想 (岩波新書)
(1961/11)
丸山 真男丸山 眞男

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丸山真男は、日本の思想を特徴づけるものは、その「精神的雑居性」にあると喝破しました。これは、日本が八百万(やおよろず)の神の国であった事とも関連しているのかもしれません。この精神的雑居性を示しているものの一つとして、神道があります。ご存じのように、神道は戦時は国体イデオロギーと同居し、それ以前は仏教と長い間同居し、独特の形を作り続けてきました。神道そのものの思想の形、というのはないわけです。

日本において、多くの思想が輸入されてきましたが、それらは、すんなりと受け入れられてきました。もともとあった思想は、決してこれらと対決をすることがなく、それゆえに、自らの精神的伝統について省察するようなこともありませんでした。この対決の不在は、日本の思想史における座標軸の不在をもたらしています。一方、ヨーロッパでは、これら思想はキリスト教的信仰の強固なバックグラウンドの上に成立しています。


精神的雑居性が日本の思想の伝統であった事は、日本の特殊な事情を生ぜしめていると、丸山は主張します。



1.変容された形での思想の受容
日本では、外来の思想は、精神的雑居性という全体としての思想構造を壊さないように、変容された形で輸入されました。
その一つが、民主主義という思想。民主主義というものは、元々は、行動をその中心とする思想です。すなわち、民主主義国家であるということよりも、民主主義を行うための不断の努力こそが民主主義の特色なのです。しかし、丸山は、日本においてこれはまるで倒錯された形で受容されていると指摘しています。

丸山は、物事を行うことと、ある立場にあることを峻別すること、そして、日本における「すること」と「であること」の倒錯を反転させる必要性を説きます。政治においては、「政治家であること」が重要なのではなく、「政治をすること」がより重要で、その行為の果実によって政治は評価されるべきだと丸山は主張します。

確かに、「であること」と「すること」はまったく別のものなのですよね。学者だから、弁護士だから、もしくは警察だから正しい、というのは、両者を峻別できていない証拠なのだと思います。自分が、何らかの地位にあることに甘んじずに、行いをしてこそ、物事は価値を持つのだと思います。



2.諸学問の間の断絶と学際精神の欠如
それぞれの思想が一つの土台の上にのって対決をすることを通じて積み重なることがないため、学問の諸分野は、それぞれが同じ文脈上にあり関連性を持っていることを忘れられています。このことは、学問分野の根っこを持たない分離を生み出し、数多くのジャーゴンや学際的研究の少なさの要因となっています。

この「対決の欠如を理由とした断絶」は、別に学問に限ったものでもなく、年代の間でも、趣味の分野でも数々の例を見ることができます。また、思想的対決の伝統がないためか、日本においては、時折生じるこれら対決が、まるで喧嘩を初めする子供の喧嘩の様な感を与えています。


3.あいまいな精神的雑居性に基づいた、あいまいな行為連関
丸山真男は、その例として神輿担ぎを挙げています。神輿は確かにあり、それは前面に押し出されているのだけれど、神輿を実際に誰がどのように担いでいるのかは、非常にあいまいな形になる。
この曖昧な行為連関は、時として、深刻な無責任への転化をもたらしうるものです。これを読んだ時に感じたのは、日本におけるインターネット掲示板の在り方。丸山真男がいまも生きていたら、このロジックを、2ちゃんねるの言論環境について指摘する時に用いるのではないでしょうか。

日本の戦前と戦後の思想状況の断絶も、この精神的雑居性が一因となっているのかもしれません。思想の姿かたちは、戦前戦後で大きく変わっていますが、曖昧模糊さにおいて本質的に変質はしていない感を個人的には受けました。戦前から変わらず残っているのは、官僚機構だけではないのかもしれません。


うーん、面白かった。幅広い分野の本を読んでいると頭のいろいろな場所が刺激されているようでいい感じです。
今度は、同著者の「現代政治の思想と行動」を読もうと思います。(最初からこれを読もうとも思ったけれど、いきなり挫折したらいやなので、本棚に眠っていた「日本の思想」を取り出した次第)


ちょっと違う文脈で出てきた言葉ですが、「現実と規範との緊張関係の意味」というのはいい言葉だなと思いました。今度使わせてもらおうっと。
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