Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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現実を正当化する知性の愚かさ。
この期間に、投資については非常に重要なことを学んでいると思う。今のところの、一番大きな学びは、次のようなことだ。

投資をする人間の知能が高いことは当然いいことではあるが、それが単なる現実の正当化に向けられるものであっては、知能の高さはほとんど無意味である。現実の正当化はコンピュータにやらせておけばよい仕事で、人間知性の偉大さは、絶頂の中に破滅の兆候を看取り、絶望の中に発展の気運を見出す能力にこそあるのだと思う。


投資の世界でよく見るComps。いわゆる、類似投資先を比較する方法。(為念だけれど、僕はずーっと前からこのComps比較法はむちゃくちゃだとブログで書いてきました


あけすけに言えばどういうことかというと、こういうことだ。
みんなが赤信号を渡っていても死んでいない
→ならば赤信号を渡っても大丈夫だ

もうちょっと投資バージョンに言語を変えると、こうなる。
世の中のどのリンゴも1000万円で売っている、
→だったら、このリンゴも1000万円のはずだ。
(笑うなかれ、実際にオランダでこんなことが起こったのだ)

比較対象が狂っていたら、そもそもの時点で失敗するのだ。


ひと昔前(もしくは今もかもしれないけれど)、社会主義・共産主義国家の中で論争をするときには、えらい人の言葉を適切なタイミングで引用出来る人が一番強かった。上であげるComps法にはそれと同様の知性の噴飯ものの無駄遣いのにおいがする。



繰り返しだけれど、現実を正当化する材料を集めることは、人間知性のするべきことではない。
人は、もっと尊いことを考えることができるし、するべきだと思う。



(最近、ブログでの言葉づかいをよく考えるのですが、ため口調になると、表現が全般的にストレートになりますね。やっぱり。)

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