Taejunomics

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ルネサンスとは何であったのか。
前に読んだ本から。

ルネサンスとは何であったのか (新潮文庫)ルネサンスとは何であったのか (新潮文庫)
(2008/03)
塩野 七生

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内容

対話形式で著者のルネサンス観が語られている。
ルネサンスとは見たい知りたい分かりたいという欲望の爆発的な発露であったと著者は喝破する。知るということは、創造を通じてより高まるものであり、ルネサンス期の創作物は時代の天才・巨人たちの知への渇望のあらわれであったと著者は考える。

・ルネサンスの精神
著者によるとルネサンスの発端は、当時のキリスト教のドグマからの脱却であった。フランチェスコとフリードリヒ2世が、この発端となった。

フランチェスコは、キリスト教を愛の宗教と解釈すること、貧しさを尊ぶ精神、鋭い現実感覚、選択の自由(他のキリスト教者への寛容)を通じてその精神の礎となった。フリードリヒ2世は、キリスト教への疑念、洗練されたイタリア語の創造(当時までラテン語がより高尚な言語とされていた)、Diversityに富んだ教育制度の創立等により、その基礎を作った。

イタリアでルネサンスが起こった理由は、ローマという場所が近かったこと、自治共同体の力が強かった(それが、自由な発想につながった?)こと、などがあげられる。

ルネサンスは、上述のように知への渇望の発露であり、それは芸術という形式のみをとったのではない。政治や、航海においてもそれは発揮された。政治におけるマキアヴェリ、航海におけるコロンブスやヴァスコ・ダ・ガマは、その主要人物ということができる。

また、ドグマからの脱却を背景としたルネサンスは、伝統キリスト教による反動(プロテスタンティズムへの弾圧や魔女狩りに代表される)によって、終わりを告げた。


・前期を支えたフィレンツェのメディチ家
初期のルネサンスはフィレンツェでおこった。これは、フィレンツェ人の強い批判精神と経済的余裕が影響している。フィレンツェをさらなる経済強者にしたのがメディチ家であった。コシモ・デ・メディチが当時多くの芸術家のパトロン(芸術に対し深い理解を持たないことが却って幸いした)となり、彼らの創作活動をサポートした。

・中期をささえたのは教会
免罪符の発行は、芸術家たちをサポートするための財源となった。(もっとも、これを理由にルターらの宗教改革が起こるわけだが)

・後期を支えたヴェネツィア
また、ルネサンス後期を支えたのはヴェネツィアであった。商人が力を持つ共和制国家のヴェネツィアは、フィレンツェのように鋭い批判精神を文化として有してはいなかったが、強い経済とそれに裏付けられた芸術品への需要や、キリスト教との距離に代表される自由を尊重する風潮(これを支えたのが経済的・軍事的な力)を持っていた。これが、ルネサンスの後期の発展を支えることになる。

・ルネサンスが現代人に残した遺産
著者が挙げるのは3点:①今もみることができる芸術作品群、②精神の独立に対する強烈な執着、③二元論でなく一元論的な考え方



感想

単にギリシア的な古いものへの回帰と習った(記憶がある)ルネッサンスについて、多くを知ることができた。少し前にメディチ・インパクトに感銘を受けただけに、興味深い題材でもあった。また、ルネッサンスの精神基盤の端緒となった二人の、教育を受けていない故の虚心坦懐には学ぶことが多かった。学問は人を袋小路に入り込ませる可能性を持つものだ。

何か新しいことが生起するとき、その背景には、パラダイムのシフトがある。当時の芸術家たちは、強い緊張感を感じながら創作活動をしていたに違いない。平和に守られた先進国における現代芸術は、ルネッサンス期のような緊張感を有しているのだろうか。

最後に(P240)著者が述べている(下で引用)、この時期の美術作品から考えるべき点は、全ての芸術作品に共通のことなのかもしない。


コメント

対話編は、確かに説明を分かりやすくするのに役立つが、物事を体系的に伝えるには不向きであるという問題点がある。本書においても、一つ一つのポイントを追いかけるのにおいて、対話編は大いに援けになったが、章立てもないため、全体像の把握にはかなり手こずった。



引用したい箇所

P15:創造するという行為が、理解の一本道

P142:人間は、自分自身を支配する力よりも大きな支配力も小さな支配力も、持つことはできない存在である。(ダ・ヴィンチの言葉からの引用)

P240:表現とは、自己満足ではない。他者に伝えたいという強烈な想いが内包されているからこそ、力強い作品に結晶できるのです。レオナルド・ダ・ヴィンチの書き遺した文章に至っては、その多くが、キミという呼びかけを使って書かれている。レオナルドが言った「キミ」にならないで、何でレオナルドが理解できるのでしょう。レオナルドやマキアヴェッリやミケランジェロの友達でもあるかのように、虚心に作品に対し、それをすることで彼らの声に耳を傾け、偏見に捕らわれずに考え、得た想いを自分自身の言葉で言ってみてはどうでしょう。これさえ実行すれば、あなたもまた、ルネサンス精神を会得できたことになるのです。
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