Taejunomics

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人生生涯小僧のこころ。
人生生涯小僧のこころ―大峯千日回峰行者が超人的修行の末につかんだ世界人生生涯小僧のこころ―大峯千日回峰行者が超人的修行の末につかんだ世界
(2008/03)
塩沼 亮潤



また素晴らしい本に出会いました。
文章の一つ一つから、著者の人柄が伝わってくるような本です。

大峯千日回峰行というのは、とてつもなく過酷な修行です。
1年のうち山開きの期間、48kmとなる山の上り下りを毎日、合計で1000回行うというもの。この修行を中断することは許されず、中断せざるを得ない時は、短刀で切腹をするか、首をつって死なないといけないという、想像を絶する苦行です。

著者は、この大峯千日回峰行1300年の歴史で2人目となる行者です。

修行の末に著者が心に抱くのは、無我に基づいた感謝の心と思いやりの心。

この本のお陰で、二つのことがほんの少しだけ深く理解できた気がします。


ひとつは、般若心経の「空」の考え方。
般若心経では、「我」を離れることによって煩悩から解放されることが説かれていますが、この「空」からは何かのっぺりとした、過酷さとは程遠いものを感じていました。ですが、この境地に至るには、厳しい修行の日々があるのだということを思い知りました。

苦しい修行を通じて、命の大切さを知り、自分が生かされていることに感謝し、己の小ささも知り、次第に、人は自分の我を離れていくのだと感じました。なぜ苦しい修行をする必要があるのかというと、普通の人間は自分の経験を持って文字どおり痛感したことでない限り、それを自分の知恵とできないからでしょう。

稲盛和夫さんもお話されていることですが、僕たちが日々直面している仕事や学問でも、気の持ちようによっては立派な修行になりうるのだと思います。毎日毎日を、昨日の自分より少しでも立派な自分になろうという心持で仕事や学問に取り組めば、人の心は次第に深くなっていくのでしょう。自分の仕事への態度をまた深く反省させられました。



もうひとつは、「足ることを知る」。
僕は自分の本でも、「足ることを知る」ことの大切さを僭越ながら書きました。「足ることを知る」のは、決して現状に満足し、努力もせず無為に日々を送ることを意味していないと思います。むしろ、自分の幸せのよりどころを、物質的なものに求めないという精神的な態度こそが、本当の意味での「足ることを知る」なのでしょう。


いつも自分の未熟さや弱さを痛感するばかりですが、少しでもまともな人間になれるように、毎日を自分に妥協せず真剣に生きようと改めて思いました。





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