Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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君主論
新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO)新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO)
(2002/04)
ニッコロ マキアヴェリ


マキアヴェリの人間観に根ざした政治と君主の在り方についての思想の集大成。その主張は、冷徹な人間観察に依拠している。その人間観を垣間見れる個所を引用すると次のようになる:
・人はささいな侮辱には復讐しようとするが、大いなる侮辱に対しては報復しえない(P20)
・民衆になにかを説得するのは簡単だが、説得のままの状態に民衆をつなぎとめておくのが難しい。そこで、人々はことばを聞かなくなったら、力でもって信じさせるように、策を立てなければならない。(P38)
・人間というものは、危害を加えられると信じた人から恩恵を受けると、恩恵を与えてくれた人に普通以上に、恩義を感じるものだ。(P62)
・人間は恩知らずで、むら気で、猫かぶりの偽善者で、身の危険を振り払おうとし、欲得には目がない。(P98)
・人間は、恐れている人より、愛情をかけてくれる人を、容赦なく傷つける(P99)
人間は、父親の死はじきに忘れてしまっても、自分の財産の喪失は忘れがたいもの。(P99)
・総じて人間は、手にとって触れるよりも、目で見たことだけで判断してしまう。(P105)


これら人間観に基づいて著者が考えた君主のあり方は以下の通り:
・単に目先の不和だけでなく、遠い将来の不和についても心を配るべき(P20)
・ほかの誰かを偉くする原因をこしらえる人は自滅する(P26)
・君主は民衆を味方につけなければならない。(P62)
・戦いと軍事上の制度や訓練のことが、為政者がほんらいたずさわる唯一の職責(P86)
・悪徳の汚名だけは避ける必要がある。しかし、悪徳を行使しなければ政権が亡くなってしまうのであれば、悪徳はせざるをえない(P92)
・けちという評判を気にかけてはならない。大事業はすべてけちと見られる人物の手によってしか成し遂げられていない。(P93-94)
・君主は愛されなくてもいいが、人から恨みを受けることがなく、しかも恐れられる存在でないといけない。恨みを買わないことと恐れられることは両立する(P99)
・恨みを買わないために気をつけることは、他人の財産と異性に手をつけないこと。
・君主はよい気質を持っている必要はない。持っているように見せることが大切。
・おべっかを封じるためには、数人の信頼できる賢者だけに自由発言を許すこと


その他一般論:
・新しい制度を一人率先してもちこむことほど、この世で難しい企てはない(P37)
・側近が有能で誠実なら、その君主は有能と思ってまちがいない。(P135)


他にも引用したい箇所はたくさんあるのだけれど、一点だけあげると、これになる。

P90:「しかし、わたしのねらいは、読む人が役に立つものを書くことであって、物事について想像の世界のことより、生々しい真実を追うほうがふさわしいと、わたしは思う。これまで多くの人は、現実のさまを見もせず、知りもせずに、共和国や君主国のことを想像で論じてきた。しかし、人が現実に生きているのと、人間いかに生きるべきかというのとは、はなはだかけ離れている。だから、人間いかに生きるべきかを見て、現に人が生きている現実の姿を見逃す人間は、自立するどころか、破滅を思い知らせるのがおちである。」


理想を高く持ちながらも、思考においては決定的にリアリズムを貫く。これは、リーダーにとって非常に重要なことではないだろうか。冷静な思考とその奥底にある情熱は同居しうるものだ。だけど、僕は、手段が目的を正当化することはあってはならないと考える。これは損得の問題ではなく、生き方の問題として。


Comment
≪この記事へのコメント≫
手段が目的を正当化する、とは本当にマキャベリの言葉なのでしょうか?

正直、そんなはずはないと思ってしまいます。そうだとしても、きっと本意ではないはずです。

目的のためならば手段は正当化される、とはマキャベリらしいと思います。しかし、文脈からして、「善き状態での国家の維持」や祖国の独立の維持などのためならば、と三浦は解釈しています。人を思いやる嘘もあり、あえて民衆のために民衆を欺くことも政治家はしなくてはならない時もある、と。
善悪には大小や優先順位があるといった感じではないかと思います。
乱世に平和をもたらした晩年家康の豊臣家への悪辣な策謀などが実例ではないでしょうか。
2009/05/11(月) 03:03:02 | URL | 三浦介 #-[ 編集]
コメント有難うございました。
確かにそうかもしれませんね。著者の真意をよく考えられていませんでした。反省。おっしゃる通りの底意は十分考えられますし、それをせずに自分の考えを述べるのはよくなかったと、ちょとと反省です。
2009/05/12(火) 01:52:08 | URL | Taejun #-[ 編集]
まきゅべりは力で民衆を抑えることを政治の原則としたのでしたっけ?
まきゅべりは数年、監獄の中で力によって押さえつけられた状態を過ごしたはず。
それを説明したビデオクリップがどこかにありますが、一年も前の話でマキュベリの本の内容すら覚えておりません。
2009/05/13(水) 13:04:30 | URL | aa #-[ 編集]
私も詳しいことはよく分かりません・・・
勉強不足ですみません。 原則なのかはわかりませんが、民衆のコントロールはかなり重視していたようには思われます。
2009/05/15(金) 02:42:37 | URL | Taejun #-[ 編集]
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