Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:-- | スポンサー広告 | Trackback(-) | Comment(-)
虚無感とともに
ときどき、どうしようもない虚無感に襲われることがあります。

自分が何をしたところで、世の中は何も変わらないのではないか、人間一人ができることなんて、たかが知れているんじゃないか、結局死ぬのに自分は何をしているんだろう、という類の虚無感。


この虚無感は、たぶん健全なものなのだと思います。そして、僕はこのたまにやってくる虚無感に感謝しています。なぜなら、自分の心や存在理由についての信条が危機に晒されたときこそ、人は自分がどのような存在であり、どのような思想を有しているのかを、より深く理解できるようになるからです。(もちろん、今はちょっときついのですが)


僕はいつも、この虚無感に襲われるたびに、そこから何か自分だけの思想をくみ取ってきました。自分の作り出した虚無感に打ち克つためには、他人の言葉ではなく、自分の心の中からの言葉を使わないといけないからです。


「どれほど深く悩みうるかということが、ほとんど人間の位階を決定する」と喝破したニーチェの知恵には、多くを学べるのだと思います。



Comment
≪この記事へのコメント≫
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
Trackback
この記事のトラックバックURL
≪この記事へのトラックバック≫
Designed by aykm.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。