Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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ブルー・セーター
アキュメン(叡智)ファンドの創業者、ジャクリーン・ノヴォグラッツによる回顧録。

bluesweater.jpgブルー・セーター――引き裂かれた世界をつなぐ起業家たちの物語

アキュメンファンドは、世界の(主に開発途上国で)、単なる慈善事業や政府事業が失敗してきた分野(医療、水、住宅など)に挑戦する起業家たちに投資するファンドです。経済的なリターンと同時に、社会性も重視するという点で、多くのマイクロファイナンスファンドに類似しています(そして、この社会性は長期的にはリターンにも関連してくるのではないかと個人的には思います)。

感じたことを三つ書きます。

1. ビジネスベースの問題解決の大切さ
2. 開発途上国の貧しさと自分の豊かさとの折り合い
3. 貧困の削減と平和の実現は表裏一体




1. ビジネスベースの問題解決の大切さ

入行して3年でチェース・マンハッタン銀行を退職した著者は、アフリカでのマイクロファイナンス事業に着手し、厳しい洗礼を受けます。アフリカのリーダーたちは北側諸国が自分たちのことを何も知らずに、単に人とお金ばかり送ってくることに憤る。援助に慣れた住民たちは、”どうせ時間がたてばこの人達は帰るのだからお金を返さない方が得だ”と思い、借りたお金を返そうとしない。ある時期共に働いていた3人の仲間のうち、一人は改革に反対する人々によって殺され、一人は横領により辞任する(そして後にはルワンダの大虐殺政権の法務相となり)。盗みは日常茶飯事で、時には警備員も買収される。

これら著者の経験は、開発途上国で何か事業をすることの大変さを思い知らせてくれます。僕は、先進国に住む人間が開発途上国に行き、本当に成果をあげる事業をしたかったら、最低限守らなければいけないことが二つあると感じています:

・コミットメントを示すこと:少なくない現地の人々は、「この豊かな国から来た人々には帰る国があり、ちょっとした困難があれば帰るだろう」と考えている場合がある。残念ながら、今までの少なくない人々がそうだった。自分はそうではないということを示す必要がある。きっちりとモニタリングを行うことはそのひとつ

・相手の動機構造を理解すること:人々の多くはインセンティヴにつき動かされて生きている。ある行動を選択するときには、頭の中でしっかりと損得勘定が働き意思決定をしている。人間の善意は素晴らしいが、事業をデザインするときには決して善意に依存してはいけない

援助もビジネスベースの問題解決も同様に重要ですが、援助の場合、上の二点を満たすインセンティヴが援助する側に欠けている場合が多いのかもしれません。著者は、先進国の「善意」によるプロジェクトの多くが失敗してきたのを見たと述懐します。(とはいえ、今にも死にそうな人がいて、その人を助けるための援助にインセンティブデザインを導入するのはなかなか難しい問題ですが)

また、ビジネスベースでの問題解決は相手を被害者ではなく顧客とみなします。そこでの関係は対等なものです。人間は尊厳を求める生き物で、それを奪わない点にビジネスベースでの問題解決の素晴らしさがあると思います。これは別に開発途上国に限った話ではなく、先進国における貧しさを解決するためにも必要な考え方だと思います。それが出来ないと、ホームレスに数万円を渡し、それが全く活きないという事態が生じる。

問題は一朝一夕に解決するものではなく、かなり長い時間を求めるものです。10年以上かかる場合もある。世の中が変わっていくのはそれくらいの時間を求めるもので、それゆえにアキュメンファンドは自らの資金を、patient capital(忍耐強い資本)と名付けています。






2. 開発途上国の貧しさと自分の豊かさとの折り合い

本書はまた、経済開発に携わる先進国の人間がいつも抱くジレンマについても、正直に記述しています。友人と祝いごとをしようと思い立ち、スーパーで買物をするときのシーン。 アフリカ現地の人が決して入れないような高級品のそろうスーパーで食材を買い、さらにシャンペンを買おうとする友人ダンに、彼女は拒否感を示します。 それに対してダンはこう言います。

「ある意味で妥当とは言えないのはわかってる。ぼくたちが仕事をしている相手は貧しい人たちで、きみもぼくも相対的にはこれ以上ないほど恵まれている。でも、自分じゃないふりをするのはよせよ。アメリカにいたらシャンペンでお祝いするんだろ。この仕事をして幸せで生き生きしていたいなら、自分のこういう部分と折り合いをつけて、仕事との矛盾を頭にたたきこんで、どうやっておさまりをつけるのか考えるべきじゃないのか。」

そしてジャクリーン(著者)はシャンペンを購入します。問題はシャンペンを数本買うかどうかではなく、特権を当然視せず、世の中と大きな目的に役立つように活かせるか、と自分に言い聞かせて。

「人が特権を得るのはただ出自とか生まれだけではなく、躾や外見、運動能力、教育によるということもわかってきた。一年生のときの修道女の先生から教わった”多くを与えられた人間は多くを求められる”ということと、人は”自分自身に誠実で”いなければならないというシェークスピアの知恵とが結びつく必要があるのも学んだ。これに、謙虚さ、共感、好奇心、勇気と、そして勤勉をいつでも付け加えれば、リーダーシップへの真の道がやっと見えてくる。もちろん、ユーモアはいつでもプラスだ。」



3. 貧困の削減と平和の実現は表裏一体

日本国憲法の前文にも書かれていることですが、僕たちは貧困の削減こそが本当の意味での平和をもたらすものだと信じています。 僕たちの団体名がLiving in Peaceなのはまさにここにあります。

著者も、自らが活動をしていたルワンダでのツチ族大虐殺を目の当たりにし、次のように説きます。

「もしルワンダ人の大半が、自分の努力で生活を変えることができ、子供を学校に通わせたり、子供の健康を守ったり、将来の計画を立てたりするだけの収入を得ることができると考えていたら、道徳的に腐敗した政治家達が、ジェノサイドを誘発するほど深く、人々の心に恐怖を吹き込むのはずっとむずかしかっただろう。」

ルワンダは、戦前のドイツにも、30年前のカンボジアにも置き換えられると思います。力を持つ側が持たない側を基本的な機会から排除することを正当化する社会では、いつか大きな問題が生じる。今は豊かな国でも、同じことが起こらないとは決して言えないのではないかと感じています。


本書のタイトル、ブルーセーターは、著者が大学生の頃に中古品店に売った青いセーターをアフリカで見つけたエピソードから。世の中は色々なところでつながっていて、誰かの貧しさをなくすことは、他人のためだけではなく、自分たちのためでもあると、いつも強く思います。




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2011/01/26(水) 10:41:25 | | #[ 編集]
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