Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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コミュニケーションについて、③ちょっと選挙について。
 東京都は現在、7月3日の都議会議員選挙にむけて各候補が最後の追い込みをかけている。 けたたましいうぐいす嬢(選挙カーで「○○、○○、○○をよろしくおねがいします!」といっている人のこと)の声が鳴り響く。

 3ヶ月ほど、成り行きでさる候補の事務所で働いていたことがある自分としては、面識のあった候補たちの結果について気になるところである。

 この選挙事務所で働きながら、一つ、わかったことがある。 なぜ、自民党がずっと支配的地位を占め続けてきたかの理由である。

 理由の一つに、この党が持っているコミュニケーション能力の高さを感じた。 支持基盤の強固さなどはここではおいておく。

 自民党は、選挙民との係わり合いの全てにおいて、先に自分があげた基準を、かなりの水準で満たしているのである。
 特に、相手を尊重し、自己を抑制することにおいて、そのやり方はすごいと感じた。 
 行動に心遣いが行き渡っているし、日本の多くの人々が選挙に参加する際に何を求めているのかをよく分かっていて、彼・彼女らが望むものを提示する。 どこかで、選挙民を愚民と思っているのかもしれないが(どうかはわからないが)、そんなことは、選挙時にはおくびにも出さない。 
 多くの候補者は人間的に魅力があり誠実な人たちであった(といっても、この人々と自分が政治談議をしたら大変なことになることは間違いない)。 ちょっと触れ合った人であれば、その人を信頼させるに足る人々である。 
 そんな人々が、選挙民に話をする。 ちょっと論理に無理があっても、聞いている人々は比較的素直にそれを受け入れる。 「あの人がいっているのなら、おそらく正しいのだろう。」と思う人が多い。 これが、厳然たる事実。 ちょっとした驚きであった。

 反面、党として全般的にコミュニケーション能力がとてもよろしくない(と感じた)のは、所謂左の政党たち。 どこかに、「私たちがあなたたちをリードしてあげます」的な感じがある候補者や選挙事務所関係者が少なくない。 ひどい場合などは、選挙民に説教を始める事務所関係者までもいた。 他に、集会などの質疑応答のコーナーでちょっと的外れな質問をした人に対し、しかめ面をした候補者もしばしば。

 コミュニケーションにおいて自分が挙げた四つの基準のうち、論理性は、4分の1でしかない(こんな単純計算もどうかとも思うが)。 それをもうちょっと理解したら、投票は増えるんじゃないのかなー、と傍で見ながら感じていた。 反感が生まれてしまった時点で、いくら正しいことを言おうが人々にうまく伝わらないものなのである。 
 

 相手を尊重し、相手を信頼させる。 そうすることにより、論理的で分かりやすい話が生きてくるのである。 学術的論争と、人間社会運動には、ちょっと違う力学が多少は左右するのである。

 政治理念に関心が無く、人柄に投票する人々が多い日本。 また誰かに「それは愚民観だ」とか言われるかもしれないが、これが、自分が選挙事務所で働きながら目の当たりにした事実。 この国では、選挙活動を行うにあたってのコミュニケーション能力の重要さを考えずにはいられない。
Comment
≪この記事へのコメント≫
うーん、その体験の感想からは愚民観なるものは感じません。
コミュニケーションを厳密に定義はできないけれども、
「自分にホレさせる」
「自分に期待させる」
どちらかができれば、能力としては充分ではないかと思います。特に選挙とかの場合。

選挙民の生活に密接した利害問題を持ち出して、
「わたしなら真剣に」という「態度」、
「わたしなら解決に」という「能力」を示せるかどうかが大事なのでしょう。
選ぶ側としては、候補者が限定されている条件下で、
結果として相対評価で選択せざるを得ないので、
いかに裏で選挙民を馬鹿にしている被選挙者であっても、
「態度」と「能力」でマシな方を選ぶのでしょう。

あと、東京の場合はわかりませんが、
田舎の場合、公共事業などの「首」を自民党系政治家が掴んでいることが今尚多いので、
上記とは違う意味で「選ばざるをえない」状況が
いまなお存在していることを付言しておきます。

最後にもう一つ。
形式的には選挙者と被選挙者に分けられるけど、
おもいっきり2分法で考えるとまずいかなーと
考える今日この頃です。
別に手順君がそうだといってるのではなく、
憲法の勉強とかやってて、
ちょっとそういう発想が自分に根付いてしまって
いるかなーとか、考えています。

長々とすまんねー。
2005/07/03(日) 23:06:03 | URL | ぱって #VsjRZg06[ 編集]
 「選ばざるを得ない」ですか。 なるほど、確かにそういった問題もありそうですね。 以前、大統領選挙前に在米同胞に意見を聞いていたら、「あれは、誰を『選ぶか』の選挙ではなくて、誰を『選ばないか』の選挙なんです。」といってたのがフラッシュバックします。 あとは、やはり田中角栄ですか。 そこらへんの利権関係も、かなり強く感じたところの一つでしたね・・・ 
 

 それと、選挙者と比選挙者のマニ教的(でいいのかな?)二分法の指摘、なかなか興味深いですね。 先輩が、問題をどうとらえ、どういう代替案を考えてるのか、知りたいです。 勉強の合間にでも書き込んでいってください。。

 
2005/07/04(月) 16:46:58 | URL | 手順@管理人 #-[ 編集]
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民主党の愉快な仲間達
2005/07/02(土) 23:27:07 | 神のいどころ
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