Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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金融機関の弁明
Goldman SachsのSECとのやりとりは先日のEconomistを読む会でもかなり白熱した議論となりました。事実関係は公開情報通りだとしても、法的にクロかシロかというのは僕にはよく分からないことはあるので、論点として挙がった二点について、理論よりのコメントを。


1.損をする前提で儲かる人がいるCDSはババ抜き。こんなギャンブルみたいな商品は必要なのか。

必要だと思います。ババ抜きというのはペイオフだけに着目したものでしかないのですが、重要なのは、取引によって参加者の期待効用(実現値でないことに注意)が増大しうるという点にあります。そもそも論として、事前に損をするとわかっている人が取引を行うわけはない、という点に注意するべきかもしれません。

ここで、公平性の観点から重要なことは、取引参加の意思決定が可能な限り情報の非対称性がない状況で行われることだと思います。だから金融商品情報のディスクロージャーはかなり厳しい基準で行われています。

また、デリバティブは投機目的だけではなく、リスクヘッジ目的で用いられています。保険だってある意味でオプションです。これらデリバティブは、リスク許容度の異なる人々が個々人にとって適切なリスクをとることを容易にします。取引を禁止すると、リスクをもっと取れる人が取れなくなり、リスクを取りたくない人も取らざるを得なくなり、結果として経済全体の効用は低下します。



2.金融業界が勝手にギャンブルをやるのは良いけれど、外の業界に迷惑をかけるのは間違っているのではないか。

完全には賛同しかねます。まず、バブルのような状況が起こる時期には、ギャンブルに参加しているのは金融機関だけではありません。多くの事業会社も自らの財務戦略と称してギャンブルに参加していました。それなのに責任を全て金融機関に帰するのはどうかと思うことがあります。

分からないモノには手を出さなければよい。これは別に金融に限った話でなく、すべての企業活動について言えることだと思います。一部の人々は、日本の金融機関が痛手を受けなかったのは、「賢かったからではなく、商品を分かっていなかったから」と揶揄していましたが、もしそれが本当だとしても、分からないモノに手をださないというのは立派な知恵だと思います。


ただ、一方で、金融機関にインフラの側面があり、ギャンブルを行った金融機関のインフラ側面救済のために大量の公的資金が流入するのは問題だと僕も思います。

これについて、僕はボルカーの提案に賛成で、金融機関についてインフラの側面がある部門とリスクテイクを行う部門を分離することである程度問題は解決されるのではないかと思っています。ヘッジファンドを社内で持っておいて、儲かったら自分たちのもの、負けたら「我々はインフラの役割を果たしているので救済するべきだ」というのはムシの良い話です。

もちろん、この切り分けが困難な部門も存在し、判断基準が恣意的にならざるを得ないというのは事実だと思います。それでも、HFやPE部門など、明らかな部署だけでも切り離すのが良いのではないかとは思います。




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