Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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日本人ぽくなくても
ある程度の時間を共にした人とは、よく国籍がらみの話になる。今はないけれど、少し昔だったら、在日コリアンであるだけで財閥系の会社には入ることすら出来なかったと聞く。そういうこともあってか、僕の親の世代(50~60代)で事業を興してすごい実績をあげている人は、海外に留学し、その後起業したり、現地の外資系企業に就職したりする場合がとても多い。

こういう親の世代の受けた苦労の話をしていると、よく出てくる意見に「そんな、殆ど日本人みたいなものなのに、そういう差別があるのは間違っている」というのがある。

これを言われるとなんとなく釈然としない自分がいた。ちょっと考えてみたら、その理由が少しわかるようになった。

上の言葉は、少し単純化すると、多分こうなる:

Aさんは、日本人のように見える。ならば、Aさんが差別されるのはおかしい。


これについて対偶をとっても、その文意は全く論理的に同値だ。対偶をとるとこうなる:

Aさんが差別をされるのはおかしくない。ならば、Aさんは日本人のように見えない。


国籍の違いによる合理的な区別等は別にあってしかるべきだし、それは否定しない。ただ、上で述べられている差別が、何らかの基本的人権に関わるものとして話されるのだったら、上の言説には誤りがあると僕は思う。人権の享受主体について、基本的には何らかの限定的な断りはあってはならないはずだ。外見が日本人ぽくても、マサイ人ぽくても、サイヤ人ぽくても、合理的な区別以上の差別はあるべきでない。

別に、これを書いて誰かを断罪するつもりがあるわけではない。社会の中に異質な他者が存在することをあまり意識しない状況で生活をしていたら、なかなか見えてこない問題はある。それに、フェアであるために言っておくと、コリアンは南北ともにかなり多民族に対して排他的だ。在日の人間は、北に行っても南に行っても、半日本人と言われ嫌な思いをする場合が多いと聞く。

もちろん、決してその状態がよいと思っているわけではなくて、改善されてくれたらと強く願う。自分が何を出来るかと考えたときに得られる結論は、とても月並みなのだけれど、自分が人間として立派な人間になること。差別はシステムの問題だけど、それをバックアップするのは個々人の感情や認識だ。他者に対する反感や否定的な認識は、時に既存のシステムによって捏造される場合もある。そんな状況で、個人の生涯がその人の属する集団に対する認識をどこまで変えられるのか、分からないこともある。だとしても、まずは目の前のできることから着手するというのが、人生に対する真摯な姿勢のはずだ。


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≪この記事へのコメント≫
排他文化
はじめまして

時折taejunさんのブログを拝見しています

私は留学した際に日本人の排他的な感情と言うのに初めて気付き、その理由にも考える機会を持ち、今では多様性を素直に受け入れられるようになっています
排他的感情は無意味なストレスを生み続けます

ストレスで海馬が萎縮して行けば正しい判断も出来なくなるかもしれません

何より楽しくないですし

グローバル化によって世界中で真の国際感覚が一般化すれば良いのにと心から思う今日この頃です。
2010/06/05(土) 15:52:00 | URL | sojiro #-[ 編集]
Re: 排他文化
有難うございます。
仰る通り、いつかちゃんとした国際感覚が共有されたらいいなあ、と私もいつも思っていますが、そう簡単なことではないのかもしれないです。ゆっくりですが、すこしずつ変わっていくのだと思っています。
2010/06/12(土) 06:14:49 | URL | Taejun #-[ 編集]
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