Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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美貌と才能の功罪
 少し前まで、僕は美しい人間や才能ある人間は得だと思っていた。でも、決してそんなことはないのかもしれない。人間が美貌・才能と精神性の高さを両立させるのは難しいからだ。この両立には、常人以上の自制心と良い出会いが必要なのだと思う。

 人間がどんどん間違えた方向に行ってしまう時、必ずと言っていいほど、その人の周りには阿諛追従の人々が溢れている。人間の自制心はときに弱いので、暖かくも厳しい指摘をしてくれる人が周りにいないと、人間の精神は簡単に堕落へと向かってしまう場合が多い。
 
 このおべんちゃらの取り巻きを作るのは、お金、地位、名声、才能や美貌なのだと思う。男も女も同様だ。
 お金、地位、名声は、だいたいある程度の年になって手に入るものだ(遺産とかがある場合は別だけど)。しかし、才能や美貌は、精神がどちらかというと未熟な若い時期から備わっているので、なかなかやっかいだ。
 
 横から観察していると(そして、ツイッターはそれを観察するとても良いツールなのだけれど)、美しかったり才能にあふれた人に甘い人々は有意に多い気がする。この光景をみていると、ゴーゴリのあの言葉を思い出さずにはいられない。

 

「美というものは全くの奇跡を生みだすものである。美しい女の持つ全ての精神的欠陥は、嫌悪の情をもよおさせるかわりに、何か非常に魅力的なものとなる。」



 美しい人や才能ある人が何らかの間違いを犯したとき、それを指摘してくれる人以上に、それをフォローしてくれる人の方が多いのかもしれない。「君は素晴らしい、あんな奴のことは気にするな」と。人間の心が弱いと、自分にとって快い声だけが耳に届くようになって、時として不快になるような他者の声は「理解のない人」として処理するようになってしまう。そうなるとき、精神の堕落が始まる。

 美貌はなかでも特にやっかいなのかもしれない。美しい男女を助けようとしてくれる人はとても多いが、そのなかには下心を持っている人も少なくない気がする。そういう人々と一緒にいると、かなりの時間が口説いてくる相手の処理に費されて、本来やるべきことができなくなってしまう場合も少なくない。(もっとも、だからこそ、こういう人はめんどくさい相手のあしらいが上手なのかもしれない)

 もって生まれたものの多くは価値中立なのだと思う。それを活かすも殺すも本人次第で、何らかの才能(茂木健一郎によれば、美貌も才能)と呼べるようなものをもって生まれた場合、それと同じくらい自己修養をきちんとしないと、才能故に不幸になる場合が少なくない気がする。自分が大切にしたい精神の原則を明確にして、常にそれに照らし合わせて自分を振り返り、良薬口に苦しを地で行く指摘をくれる友人を大切にする。今考えうる限り、これしかない。
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≪この記事へのコメント≫
ご用心
私はこうした心配はする必要がありません。 Taejun氏はハンサムだから気をつけてください。
2011/01/13(木) 09:52:42 | URL | とんちゃん #-[ 編集]
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