Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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システムとしての組織と戦略
Forests.jpg最近お世話になっている経営者から話を伺っても、本を読んでもそうなのだが、世間で注目を集めているビジネスアイディアの多くは、組織の本質を、その構成要素の複雑な相互連関にもとめているものが多い気がする。

組織を構成するものの中心にはその存在理由がある。コンセプトといってもいい。なぜその組織は存在する必要があるのか、についての答えがその組織の内在原理となって作用する。それは細胞のコアのようなもので、それが失われると組織は死に至る。

コンセプトの周囲にあるのが構成要素だ。ヒト・モノ・カネが、思った以上に複雑にからまりあってシステムとしての組織を作っている。たとえば、構成要素の一つである事業部をキレイに切り分けて組織図を作ることは可能だが、それはいくつかの重要なポイントに目をつぶり、過度の単純化をした結果に他ならない場合がある。実際、ある事業部が組織全体において果たしている役割は、複合的なもので簡単に切り分けられない場合が多い。例えば、製造部門は、単に製造するだけでなく、会社の顔であったり、会社のムードメーカーであったりする場合がある。さらに、それら構成要素の役割は時間の経過と共に変化しうる。その変化も、単調なものである場合と、循環型の変化である場合、様々だ。

ここまでの話が分かりにくい場合には、人体のイメージをすると分かりやすいかもしれない。骨、筋肉、神経、脂肪が複雑にからまりあってシステムを構成している。どこか一箇所に変調をきたすと、他の箇所の具合も悪くなる。歯の機能は経年劣化していくが、皮膚の再構成機能は毎日午後10時から翌日午前2時の間に活発化する。

こういったシステム的な考え方に基づくと、人間と組織はフラクタルの関係にあるともいえる。人間は個体としても人体という複雑なシステムを構成している。その人間の集まりである組織もやはり、人体並に、もしくはそれ以上に複雑なシステムであるかもしれない。


組織をシステムとして考えることによって生じる重要な気付きは多いと思う。

第一の気付きは、システム全体と、その一つ一つの構成要素には根本的な違いがあるという点だ。

人間の骨は単なるカルシウムの塊でしかなくて、身体の中でどのような役割を占めるのかを考えないとその意味を理解しそこねる。会社組織においても同様で、ある企業の習慣や事業部について分析する際にも、それを単体としてみるのではなく、システム全体の内部連関の中でその意味をとらえることが重要となる。

いまの職場でご一緒させて頂いているプロ経営者は、「組織をシステムとしてとらえなさい」、と話している。企業を分析する際に用いる様々なフレームワークは、全体に対する理解があってこそはじめて意味をなす。一流のコンサルタントは、組織や競争環境の全体を知悉したうえで、はじめてフレームワークを選択する。フレームワークがそこにあるから使ってみるというのは、「なんとかに刃物」であって、未熟な証拠でもありうる。

組織の変更は非常に難易度の高い仕事だ。というのも、組織変更を成功させるためには、その組織システム内部で働いている相互関係を理解しておくことが重要だからだ。世の中には、「グダグダなのに、なぜかうまくいっている会社」がかなりある。こういった会社組織を変更するときには、相当の注意を要する。おそらく、どこかに、その組織をうまく機能させている因果律が存在していて、組織論を生噛りの人間が下手な改革に着手すると、その因果律が壊れる可能性があるからだ。一度それが壊れると、大抵の場合には取り返しが付かない。また内部の人間にとっても、その組織を機能させている要素を完全に理解するのは難しい。今、Living in Peaceでは組織変更をしているのだけれど、これだけはとても用心深く進めている。


第二の気付きは、戦略においてもシステムの視点を有することが重要だということだ。

楠木建教授は、よい戦略はよいストーリーであるという。物語に出てくる一つ一つの人物や物事・行動は、相互に不可分に関連している、ストーリー全体を理解することによって全てのものに無駄がないことが明らかになる。

システムを無視した個別アプローチの最も危険な点は、個別に見ると全く無駄なものを排除してしまう可能性にあると思う。サッカーを例にとろう。サッカーの目的は点をとることだ。ここで、あるプレーヤーがバックパスをしたとしよう。こうするとゴールからは一時的に後退するわけだが、それは更なるボール展開に必要なものだ。それを無視して、バックパス一つだけを取り上げて「これは無駄だからやめるべきだ」ということの愚は明らかだ。

改革において用いられるフレームワークにShrink to Growというものがある。これは、主に企業再生において、組織が成長を果たすためには、一度規模縮小を行い、組織機能を強化し戦略を明確化した後に(Shrink)、再度規模の拡大を行う(Grow)のが望ましいという考え方にたったフレームワークだ。成長戦略において一度規模縮小を行うということは逆説的だが、戦略を全体としてとらえることによって、その意義は理解される。

ベストプラクティスについて考える際にも、それが全体としてどのような意味を持っているのか、その本質はなんなのかをよくよく考える必要がある。それを考えずに、滅多矢鱈に他社のベストプラクティスを真似すると、かえって状況は悪くなる場合がある。換骨奪胎の精神が重要になる。


第三の気付きは、競争優位の源泉としてのシステムの可能性だ。

企業の利益の源泉は、第一には市場の競争環境だ。何らかの理由で競争が激しくない業界の利益率は高い水準で維持される。第二と第三の利益の源泉は、戦略的ポジショニングと、組織能力であるといわれる。厳しい業界であっても、絶妙なポジションに入り込んだり、何かを他者よりはるかに上手にできたりする能力が組織に備わっていたら利益を得ることができる。

しかし、競争がどんどん激しくなるにつれて、企業が利益を長期的に獲得するには第四の競争優位の源泉として総合力が必要であると提唱する人が増えている。成熟した産業においては、技術、生産能力、販売力など何か一つに秀でているだけでは利益獲得は難しく、全てが高い次元で統合され全体として調和していることが必要であるとされる。コトラー教授はこれを全社的マーケティングとよぶし、先述の楠木建教授はストーリーとしての競争戦略とよぶ。他にも様々な人が様々な呼び名をつけているが、個人的には本質は同じだと感じる。

全ての部門や戦略上のコンセプトがシステムとして統合されている企業を模倣することは困難だ。一部のパーツだけを真似しても、その企業を上回ったりすることはできない。かといって、全てを模倣することは、競争戦略としては下策でもある。

余談なのだが、友人の彼女に「彼のどこが好きなの?」と聞いたことがある。彼女の答えは「全部好きです」だった。最近、この話にはのろけ話以上の意味があると思うようになってきた。人を魅力的にする構成要素は一つ一つ存在するが、それが全体として調和しているかどうかが最も重要な点であって、だからこそ、「全てが好き」というのは、ここまでした話と全く整合的なわけだ。



システムとして組織や戦略を考えることは、僕自身の今後の能力向上方針について考えるうえでも重要なインプリケーションをもたらしてくれる。

それは、総合力を磨くことが重要だということだ。プロ経営者と話していると、その引き出しの多さ、多角的思考能力に舌を巻く。これは、組織が生き物であって、それをしっかりと運営していくためには、その組織の内外に作用する複雑な相互関係を理解する必要があるからだろう。

幅広い知識と経験、それらを統合しようとする努力が、総合力を磨くのだと思う。(全くの直感に基づいて)僕は今までも様々な分野で行動をして、一定の成果を収めるまで続けてきた。しかし、各分野から得られた知識や経験を統合する努力は怠っていた気がする。今後は、引き続き色々な分野に接しつつ、そこで得られた知見を統合する努力をしていきたい。



参考文献
・ナシーム・ニコラス・タレブ、ブラック・スワン
・野中郁次郎ほか、流れを経営する
・楠木建、ストーリーとしての競争戦略
・フィリップ・コトラーほか、マーケティングマネジメント
Comment
≪この記事へのコメント≫
いつも拝見しています!
はじめまして、京都朝高に通う者です
一度、テジュンさんの著書「15歳からのファイナンス理論」を出版前に読ませていただいた時からこのブログをチェックしていました(!)
テジュンさんの、常に問題意識を高くもち着実と能力を磨いているさまに刺激を受けるとともに、本当に多くの事を学ばせてもらっています。
一つ、お礼と言えば大げさですが、感謝の気持ちを伝えたく、コメントをさせていただきました。
2011年は飛躍の年だそうなので、私も早くテジュンさんと議論ができるように一所懸命に経験値を稼ぎたいと思います笑
2011/01/08(土) 01:22:15 | URL | yongsong #-[ 編集]
のろけ話サイコー!!
Economistの会でお世話になっているおやまです。

いや、面白い例ですね!
①「入口:全部好き
  →ばらして構成要素を洗い出す」

②「入口:好きな要素
  →組上げて「好き」を洗い出す」

みんなわかりやすいのは、②のアプローチですが、
組合せによっては、マイナスになるものもあるので、実際は難しいんですよねー
調和(全部好き)だって、時間によって答えが変化するし。
(小学生の時に好きな子と、社会人になってから好きになる子は違ったりする(笑))

個人的には、それでも個々(個人も組織も)に「外せない土台となる要素」はあると思うな。

=引用=
「彼のどこが好きなの?」「全部好きです」

この話にはのろけ話以上の意味があると思うようになってきた。
人を魅力的にする構成要素は一つ一つ存在するが、それが全体として調和しているかどうかが最も重要な点であって、だからこそ、「全てが好き」
=引用=
2011/02/26(土) 11:37:38 | URL | おやま #LkZag.iM[ 編集]
Yongsongさん
有難うございます!まだまだ僕も未熟者なので、これからどうぞ宜しくお願いします。


おやまさん
レス遅れてごめんなさい。
そうなんです。最近こういったシステム的な考え方がマイブームです。

2011/03/08(火) 23:57:55 | URL | Taejun #-[ 編集]
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