Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:-- | スポンサー広告 | Trackback(-) | Comment(-)
推薦の構造について
紹介や推薦が一定の合理性を有していることは否定できない。というよりむしろ、推薦は人を選抜する優れた方法だと思う。ちょっと考えてみよう。


非常に単純化して、人の推薦にまつわるモデルをつくってみよう。

推薦者Xさんは、会社Zに対してYさんを推薦するが、その時に受ける利得は次のようになると思う。

利得=①Yとの関係による利得ー②推薦のコスト±③Zとの関係による利得



ここで、①はその人を推薦したことによって得られる満足感、例えば「応援したい人を応援できた満足感」なども含まれる。②は推薦状を書いたり、人と話したり、場合によっては当人を知るために必要なコストだ。③はよい推薦をすることによって受ける「あの人は信頼できる」という評価だ。


①と②についてはほぼ固定的なものと考えて、③について考えてみよう。

推薦者も推薦においてはリスクを負っていて、「あいつの推薦はあてにならない」と思われると困る。困った人を推薦してしまった場合のレピュテーションダメージはとても大きくなる。だから、XがYさんのことをとても好きだったとしても、それでもYさんが合格ラインに達していないと思うのであれば、推薦を躊躇するだろう。

この「問題のある人を推薦した場合のレピュテーションダメージの大きさ」が、推薦という仕組みがワークする理由だと思う。だから、情報の非対称性を緩和する一つの方策として、推薦という仕組みは沢山の場で用いられてきた。


一方で、一定の基準に達している人のうち「とてもいい人」と「いい人」を紹介した場合に推薦者が受ける利得の差異は相対的に小さくなるように思う。すなわち、「いい人」を選んだ場合と「問題のある人」を選んだ場合の③の差異は非常に大きいが、「いい人」を選んだ場合と「とてもいい人」を選んだ場合の③の差異はあまり大きくないということだ。もしそうであれば、「基準に達しない人と基準に達する人」の選び分けには恣意は介入しにくいが、「基準に達した複数人の間」で誰を選ぶかには恣意が介入する可能性が高まるかもしれない。


しかしながら、ここで直面する問題は「では、よりよい人選を実施するための代案は何か」ということだ。代案がなかなか思いつかない。特に、「一定の基準に達している人を選抜する方法」、例えば信用保証などにおいては推薦は非常に強力な仕組みだと思う。一方で、「外れ値的なを選抜する方法」としてはもっと他の方法を確立する必要があるのかもしれない。


Comment
≪この記事へのコメント≫
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
Trackback
この記事のトラックバックURL
≪この記事へのトラックバック≫
Designed by aykm.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。