Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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数え方
今日は泳いだのだけど、その途中でふと気付いたことがあった。往復回数の数え方だ。

例えば、片道50mのプールで3キロ泳ごうとしたら、プールを30往復することになる。ただ泳いでいると自分がどれだけ泳いだのかを忘れてしまうので、今何キロ泳いだのかを、往復回数で数えることになる。

このとき、どうやって往復回数を数えるだろうか。二つの数え方がある。一つは、1、2、3と泳いだ分を数える方法、もう一つは30、29、28と、残り泳ぐべき分を数える方法だ。

この数え方一つに、根本的なものの見方考え方の違いがあるかもしれない。泳いだ分を数える方法では、視点は過去にこれまでやってきたことにある。終わった時には、この例なら、30回という数が残って終わる。多少の達成感もあるのかもしれない。

一方で、残っている往復回数を数える方法においては、視点は未来にある。達成するべきものだけが目の前に見えていて、達成されたときに、回数はゼロになる。少し大袈裟かもしれないが、修行を終えたお坊さんが、全てを終えた後の心が空であると表現するのに似ている。

残念ながら、僕のこれまでの数え方は前者だった。そこには、もちろん未来を向いてはいるものの、若干ながら過去に達成したものに目を向けてしまう自分の傾向が見て取れた。

これは、単に泳ぎにおける回数の数え方という問題に限定することは出来ない。日頃の何気ない所作の中にこそ、その人の本質があるという考え方に立てば、これは無視できない傾向だ。似たような問題としては、無くなってしまったものを数えるのか、残っているものを数えるのか、というものもあると思う。

心のあり方と行動は相互に影響しあうので、まずは、ものの数え方から変えてみようと思う。
Comment
≪この記事へのコメント≫
ものの見方という例でよく使われるのがコップ半分の水。「あと半分もある」と見るか、「もう半分しかない」と見るか。

もう少し見方を変えると「もう半分しか注げない」という見方と「あと半分も注げる」という見方もできます。

視点を未来に置いて、できるだけ「あと半分も注げる」という見方をしていきたいと思っています。
2012/03/07(水) 20:59:16 | URL | 苗村屋 #-[ 編集]
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