Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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隣る人
9157ffdb9133d8add7f0285edcbda7f1.jpg光の子どもの家という児童養護施設の日常を綴ったドキュメンタリー。ナレーション等は全くなく、淡々と施設内の子どもと児童指導員たちの生活風景が流れる。編集が一切ないからこそ、その映像は心にしみる。

この映画は、本当に貴重な作品だ。それには二つの理由がある。

第一に、そもそも児童養護施設の様子が映画化されたことだ。映画のような媒体を通じて、不特定多数に子どもの顔が出ることを施設側から許容されることは、非常に稀なことだ。多くの児童養護施設では、子どものプライバシー保護のために、子どもの映像はもちろんのこと、子どもの写真を撮ることも禁じられていることが多い。どのような経緯でこの映画が誕生したのかは知らないが、相当の信頼関係がないと成立することがなかったのではないかと思う。それと、この「光の子どもの家」が、映画になるに堪えるほどにとても良い施設であることも、映画化される一因となったのだろうと思う。小規模のグループで、多くの児童指導員・保育士に囲まれて子どもが育つことができる「恵まれた」施設は、全国で10%にもならない。(「恵まれた」としたのは、どんなに良い社会的養護環境が提供されていたとしても、親とともに育つことが出来ない子どもが恵まれた環境にあると言うのは憚られるからだ)


この映画が貴重であることの第二点は、子どもや児童指導員・保育士たちの表情だ。映像の中の子どもたちの表情や言葉遣いからは、カメラを向けられている人から出てくる「撮られている」という自意識がほとんど感じられない。徹底したリアリティを子どもたちや児童指導員・保育士たちの姿に見いだせるからこそ、私たちはこの映画の世界に入り、そこにいる子どもと大人に心を重ね合わせることができる。このような絵が撮れるようになるまで、監督は児童養護施設に8年間通い続けたという。8年間、カメラを回し続け、施設にいる人々にとって空気のような存在となれたからこそ、このような作品になれたのだろう。この映像からは、監督の執念や強い想いが感じられる。決して表面に現れずに、川の底の流れのような淡々とした強い想い。


リアリティの暖かさと力強さを感じることができる映画。ぜひ見てほしい。

http://www.tonaru-hito.com/
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