Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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周囲の評価という躓きの石
西郷隆盛の西郷南洲遺訓はそれこそ500回くらい目を通している。というのも、僕の仕事PCのデスクトップの背景は西郷南洲遺訓だから。

そこに、こういう記述がある。

「総じて人は己れに克つを以って成り、自ら愛するを以って敗るるぞ。能く古今の人物を見よ。事業を創起する人その事大抵十に七八までは能く成し得れども、残り二つを終わりまで成し得る人の稀なるは、始めは能く己れを慎み事をも敬するゆえ、功も立ち名も顕(あらわ)るるなり。
 功立ち名顕るるに随(したが)い、いつしか自ら愛する心起こり、恐懼(きょうく)戒慎(かいしん)の意緩(ゆる)み、驕矜(きょうきん)の気漸く長じ、その成し得たる事業を負(たの)み、いやしくも我が事を仕遂げんとてまづき仕事に陥り、終に敗るるものにて、皆自ら招くなり。故に己れに克ちて、賭(み)ず聞かざるところに戒慎するものなり。」(西郷南洲遺訓の20番)

これは本当にそうだと思う。人間の成長は努力しても階段登りみたいに一日一日少しずつしか実現されない一方で、他人の評価とか稼ぐお金とかは、もっと突発的に変化する。そこに、勘違いや躓きのもとがある。特に、最初の時期には用心深く自分を律していられても、周囲からの評価が変わったりしていくと勘違いしやすくなる。そして、そのうち転げ落ちる。残念なことだけど、そうやって大切な物を失ってしまった人は少なくないと思う。

そのような勘違いが生じる一番の理由は自意識の存在なのだと思う。西郷隆盛や二宮尊徳はこれを「自分かわいさ」と称して徹底的に排した。前にも書いたけど、自意識の存在は、適切な判断力を失わせ、発見から目を閉ざさせ、心の平静を崩し、友人を失わせるものだ。

では、どうしたら自意識から離れられるのか。多分、自分の内なる声に忠実に従って、高い目標を立てて日々ひたむきに生活すること。というのも、そうしていたら、回りの評価とかに気を配っている暇はなくなるから。一生懸命に働いた人や修行をした人が、自意識から開放された透明な境地に至れるのは、そういうことなんだと思う。

まだ道は長いのだけど、コツコツとやるべきことを続けようと思う。
Comment
≪この記事へのコメント≫
うーん。わかりますね。
自分の成長とか評価判断を他人に手渡してしまうと、結局自分を見失ってしまい、地に足の着いた人生の歩みができなくなってしまいますよね。
2012/07/21(土) 10:46:23 | URL | ikenaga #-[ 編集]
Re: タイトルなし
有難うございます。そうなんです。だから、いつも気をつけないとですね。
2012/07/21(土) 23:42:47 | URL | 慎 泰俊 (Taejun Shin) #-[ 編集]
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2012/07/26(木) 19:52:59 | | #[ 編集]
自省
はじめまして。

「フラット化する世界の生き方」で慎さんの存在を知り、このブログを拝見致しました。慎さんの志が高く、筋を通す生き方やその礎となったお父上や朝鮮学校の先生方の存在は素晴らしいと思いました。

私は40代ですが、社会がどうの、若者がどうの他者のことを言う前にまずは自分の襟を正すことが必要だと痛感しております。遅まきに失した感はありますが、頑張りたいと思います。

ありがとうございました。
2012/07/29(日) 10:57:47 | URL | 40代男性 #-[ 編集]
Re: 自省
コメント遅れてしまい申し訳ありません。
有難うございました。自省されるほどに大したことはしていないのですが、今後とも頑張ります。
2012/08/24(金) 00:09:26 | URL | 慎 泰俊 (Taejun Shin) #-[ 編集]
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