Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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5年間
R0010087.jpg先日の10月27日、渋谷でLIPのOBOG会をやった。

LIPを始めたのは2007年10月28日で、この日はちょうど5年目になる日だった。

「経済開発勉強会」というタイトルで、大手町のビルの会議室で、男ばかりが集まって黙々と難しい本や論文を読んでいたあの頃には、今がこうなっているなんて想像もつかなかった。

最初の勉強会をしたときに、経済開発に関わっていた人が数人いた。その人たちを前にして、僕たちは何も分かっていないなーと愕然となったことをまだ覚えている。経験者がいたら心強いと思って、そういう人たちの予定を最優先して勉強会のスケジュールを組んだけど、結局その人たちは二回目からは来なかった。彼らにとって何も得るものはないのだから、当然といえば当然だけど。

この時から僕たちは、貧困問題や経済開発に関する知識よりも、一緒にやっていこうとしてくれる人を大切にするようになった。ちなみに、業界に詳しくて、かつ最初の時期からずっといてくれたのは、マイクロファイナンスプロジェクトのリーダーをしている杉山さん。CIPAで学びJBICで当時働いていた彼女から、僕たちは本当に多くのことを学んだ。

転機は8月の初合宿。村上さん(当時は加藤さん)がすごい腕前で企画してくれた合宿の場で、マイクロファイナンスをビジネスの視点から捉えるためのフォーラムをやろう、と決めた。「本当にできるの?」と思う人も多くて、それでも一緒にやろうといってくれた10人くらいの仲間で、世銀と共催で、第一回のマイクロファイナンス・フォーラムを開催した。2008年11月28日のこと。

このフォーラムで僕たちはマイクロファイナンス・ファンドを日本でもぜひ作ろうと呼びかけた。でも大手の金融機関は動いてくれなくて、唯一この話に前向きに乗ってくれたのは、小松さんのいるミュージック・セキュリティーズ。共同プロジェクトが12月に始まって、紆余曲折を経て、たくさんのメンバーの力を合わせて、2009年の9月に日本初のマイクロファイナンス・ファンドがつくられた。

ちょうど、このOB/OG会をする数日前に、僕たちが企画したマイクロファイナンス・ファンドへの投資額が1億円を超えた。そして、児童養護施設向けのチャンスメーカーもある程度成果が上がってきていて、これはもう少ししたらうれしい報告ができると思う。これまで僕が作ったPPTのプレゼンテーションファイルは100を超えた。今まで刷った名刺は2000枚以上、本当に色々な出会いがあった。手書きで出したお礼状やお手紙は300通以上。各種メディアにも、数え切れないほど出してもらった。


組織の運営方法も、この5年でだいぶ変わった。概ね良い方向に変わっていて、短い時間を使ってより大きなインパクトを出せるような仕組みになっていったと思う。最近は、何人かのメンバーが先頭を切って、細かい課題解決を積み上げるスピードが前よりも早くなってきた。(とはいえ、効率的過ぎるのもよくないので、微妙にゆるさが残っている)

いろんなピンチもあった。初のファンドが出来た後に目的を微妙に見失い宙ぶらりんになったり、メンバーの一人がとんでもないことをしてしまって組織の雰囲気が最悪になってしまったり。こういう状況のときでも、僕以外のメンバーがこの状況をなんとかしようと努力して、そして長い時間をかけて立て直すことができた。この大変な時期の学びが、今の組織運営にかなり活かされている。


僕は何かコンセプトを説明したり思い描くことと、習慣化したことを続けるのは得意なんだけれど、具体的な事務作業の能力がほとんどないので、ここまでできたのは、本当に関わってくれた仲間のおかげ。入れ替わり立ち代わりで、200人くらいの人が関わってくれたおかげで、僕たちはここまで来ることができた。ちなみに、今フル参加しているメンバーの数は60人弱。

10月を境に、副理事長の糀屋さんが一身上の都合でフルメンバーからサポートメンバーに移ることになった。これで、活動を始めた2007年の10月28日から今まで、ずっと休まず続けていたメンバーが僕一人になった。

言い出した人は、自分が辞めない限り、常にみんなを迎えて、常にみんなを見送る立場にある。みんなそれぞれ理由があるのは分かってはいるものの、去る人を見送るのは正直寂しいものだ。でも、彼ら・彼女らが去っていくのは、その去るまでの間に、何物にも代えがたい人生の一部を費やして関わってくれたことの裏返しなので、感謝以外にはなかなか思い浮かばない。(それでも、やっぱり人が去る度に、自分が何か悪いことをしたんだろうと自問自答する癖は直りそうにない)


正直、まだ理想には程遠いんだけれど、僕たちがこれまでやってきたことは、パートタイムのNPOでもこうやって事業を作っていけるんだということの一つのモデルにはなれるのだろうと思う。だけど、僕たちが関わっている課題は全く解決までは程遠い状態にある。これからも、コツコツと頑張っていこうと思う。


改めて、いつも有難うございます。

慎泰俊
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