Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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Because I am a Girl
BecauseIamaGirl.jpgBecause I am a Girl――わたしは女の子だから

多くの途上国で、女の子たちは、様々な暴力の対象となっている。幼いうちに恋愛も知らずに結婚させられたり、知らぬ間に親に売られて売春婦にさせられたり、内戦のある国で性奴隷にさせられたり。更に、男尊女卑が強かったり、女性の社会進出が弱い国ではいいくつかの国では、女の子は生まれた時点で殺されることも少なくない。例えば中国社会科学院によると、中国で2000年から2004年の間に生まれた子どものうち、男女比率は1.24対1.00だといわれている。

こういった、女の子たちを取り巻く状況はあまり知られないことが多い。児童養護施設の状況もそうだが、その状況を知らせると大人が恥ずかしくなるような事実は、なかなか世間に知られにくい。正直、ぼく自身も、男性である自分が女性に対する暴力について書くことについて、どことなく居心地の悪さを感じているのは事実。そういった積み重ねが、声が届かない現実につながっているのではないかと思う。


この本は、そういった「知られないこと」を打破するための一つの方法を提示してくれる。それは、有名な作家らが途上国の女の子の現状を見知り、そこで感じたことをエッセイにしてアンソロジーにまとめること。現実にあることを多少フィクションにもしながら、実際の被害者らへの配慮もしつつ、筆力を通じて、届かなかった声を多くの人々に届け、現実と同じようにリアルな物語を届けることができる。僕たちは、このエッセイに登場する女の子たちの運命を感じながら、自分たちが何をするべきか深く考えさせられる。

日本での翻訳者は、同じく通奏低音に女性に対する暴力がある「八日目の蝉」の著者である角田光代さん。出版社は、人や物語や知識を「出版(=版を出す)」するのではなく、「パブリック(公)」にすることがパブリッシャーの役割であると考える英治出版。印税と売上の一部は、国際NGOプランに寄付されます。

中学生でも読める内容なので、学校に一冊ずつ置かれたらいいのになあ、と思う一冊。
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