Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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演劇終了後雑感。
演劇の全日程が終了した。

 評価、感想ともども含めて書こうと思う。


 自分自身のパフォーマンスの評価について。
 ・かつ舌がまだ甘い
 ・経験が足りない
 ・序盤がやはりまだかたい
 などが批評に書かれていた。 客から見れば自分は劇団の一人。それ以上でもそれ以下でもない。 お金を取って演劇を挙げているのだから、「素人だから」という言い訳は一切通用しない。 それくらいのシビアさが自分のこれからの精進のためには心地よい。 ものをはっきりと話すことや身体を自然に動かすことなどは、実生活でも必要なことであるので、これからの生活を通じて向上させていこうと思う。

 反面、打ち上げのときに、韓国から国費で留学にきている大俳優(と座長は言っていたが、芸能関係に興味が無い自分は知らない)からは、「自分には無い真実味がある」と、名指しでとても褒められたし、他の演劇暦の長い人達にも、「始めて1ヶ月あまりでこれだけ出来る人間はあまりいない」、とは言われた。 あと、最初と最後を見ていた劇場の管理人からは、この4日間でダントツによくなったと言われた。 やはり素人な分、上達も早いのだろう。 演劇の稚拙さを自分で思い知りながらも、これは嬉しかった。
 
 
 演技以上に評価が高かったのは、自分が作成した背景の美術。
 写真家の人に撮ってもらったので、それが出来たらアップしようと思う。 そのときに解説ともどもしようと思うが、これは、舞台美術の専門家や美大生から絶賛された。 (これを作るのに自分が凝りすぎたために、他の手伝いに手を回すことができなかったのは反省。)
 

 
 次に、感想。
 やってよかった。 呼んでくれた座長と演出家に感謝深謝。
 それが、第一の正直な感想。
 
 よかったと断言できる理由は:
 ①この期間に自分の自意識の殻をある程度取り外すことが出来た。
 ②新しい芸術の形式に触れ、その分野似たいする知識・理解が深まった。
 ③この期間に色々な人と出会い、その人たちとの話を通じて学ぶことが多かった。
 ④何より、この期間本当に楽しかった。

 が、今ぱっと考え付く理由。

 ①は、今回演劇に出ることを決めた最大の理由でもあった。 自分が本当に他者に貢献しようと思うのならば、自意識を廃してまごころをもってそれら貢献を行わないといけないと、自分は常日頃思っていた。 その自意識を取り払うきっかけをこの演劇は与えてくれた。
 ギャグとか、変な踊りとか、自分は普段する人ではない。 それは、自意識があったからだと思う。 今回は強制的にそれらをせざるを得ない状況に身を置くことにより、自分を解放させることが出来た。 演劇を見に来てくれた、自分をよく知っている人は面食らったと思う。

 ②演劇は総合芸術だということを改めて知った。 文学、照明、音楽、美術、演技その他もろもろの芸術的な要素が絡み合っている芸術なのである。 現状において照明以外の全分野に興味がある自分は、演劇に新たな興味を見出すようになった。 今なら、シェイクスピアの作品も違った見方で読めるようになると思う。 死ぬまでにやりたいことリストの中の一つに、「戯曲を作り、それを舞台に上げること」が加わった。

 ③この劇団、座長の人の顔がかなり広く、色々な専門家たちが見に来てくれた。 前のエントリーでも書いた照明の話などもそうだが、今日の打ち上げも含め本当に多くの話を聞くことが出来た。 これは、すばらしい経験だった。 

 ④本当に楽しかった。 ほぼ毎日、新しいものに遭遇して、自分の上達を感じることが出来た。 座長のトークも爆笑なので、毎日笑いの絶えない日々だった。



 次に、ネガティヴに感じた部分。 これは同時に、自分がこれからも演劇を続けることを躊躇させる理由でもある:
 ①演劇の意志決定過程の一方性
 ②時間の拘束
 
 の二つ。

 ①演劇においては、脚本家と演出家は絶対的な存在である。 これは、総合芸術を作るのにおいて必要なことではある。 脚本家が書いたものを演技しないといけないわけだし、その書かれた脚本に対する理解は、演出家のそれが最優先される。
 今回の脚本に関して、技術的な面はよくわからないが、脚本の思想的な面では、個人的に不満な点が無かったわけではない。 けれど、切迫している状況の中でそれになんと言っても事は進まないのである。 やるしかない。 それはわかる。 しかし、自分の性質上、これはとても嫌なこと。 
 次に、文学というものは脚本家が書いた意図以上に、様々な解釈が可能なものである。 そこに問題が生じる。 ある台詞について、自分はAと解釈し、演出家はBと解釈したとする。 この場合、多くの場合はBが通るのである。これは、演劇の世界では正当なこと。更に言うのなら、演出家の方が知識や経験が豊富なのだから、当たり前とも言える。 演出家の独裁度は、劇団ごとにまちまちのようである。 この劇団の座長は、多様な意見を取り入れようとする姿勢がとても高い人なのであるが、それでも時間が切迫してくると、「双方の理解のすり合わせ」とでもいうような、そんな余裕が皆の間になくなってくる。 何回か、解釈をめぐって話し合いになりそうになるたびに、残り時間を考えながら、本意ではない「ああ、確かにそうですね」を言っていた自分がとても嫌だった。 これも、必要性はわかるが、それでも嫌なこと。
 これら葛藤は無いのが理想だが、現実はそのようなものではない。 現実と理想の狭間で思い悩む自分がいた。


 ②時間拘束
 これまでのブログTaejunomicsを見てきてくれた人々は理解してくれると思うが、自分にとって時間とは何よりも貴重なものである。 そんな自分にとって、1ヶ月間、移動時間を含めた5時間ほどの時間が費やされることに対して、耐え難い葛藤を覚えた。 8月6日だったか、それくらいから練習を始めて盆休みをはさんで今日までの約1ヶ月、自主練を含めると合計300時間ほどが練習に費やされたことになる。 それを専門的にやる人にはなんとも無いのだろうが、自分にはそれはかなりきつく感じられた。
 音楽だとそうではない。 リハーサルの時間、すなわち、完全に拘束される時間は、ライブまでに50時間あればとても多い方。  
 ただし、自分が素人なのだから、その300時間が無ければ何も出来なかったことは間違いないものとは認めるところである。

 

 以上、パフォーマンス評価と感想。


 本当にやってよかった。
 得るものが本当に多かった。
 見に来てくれた皆さん、そして、今もこのブログを見てくれているのなら、誘ってくれた座長と脚本家の先生、本当にありがとうございました。
Comment
≪この記事へのコメント≫
公演終了スゴヘッスムニダ
2005/09/20(火) 01:06:42 | URL | hyanghyang #-[ 編集]
おつかれさま!
今度じっくり聞かせてくださいね。
2005/09/20(火) 09:47:39 | URL | ryu #-[ 編集]
お疲れさま。
ナーの感想は、「演技してても相変わらずてじゅん」だったけどね…
別に面食らうこともなかったよ。
2005/09/20(火) 09:48:13 | URL | アネスエ #-[ 編集]
演劇おつかれー。
めっちゃいきたかったのに会社の都合上
いけませんでした。テジュンの演技みたかったよ。ほんま残念。エルファネットで
放送されへんかな..?
2005/09/20(火) 14:40:08 | URL | csj #-[ 編集]
ほんとにお疲れ様でした!どんどん色んな分野に手を広げて成長していくオッパが羨ましいです☆見に行きたかったです!!
2005/09/20(火) 21:32:39 | URL | みょんで #-[ 編集]
>hyangさん
 ありがとうございます。

>りゅー先輩
 はい。 
 あ、そうだ! わんこそば!!

>アネスエ
 そのハンドルネームで書いてるけど、本人だよね? 
 そうかあ、日ごろからあんな感じだったのか…

>csj
 ありがとう。 君の相方から激務について聞いたよ。 仕事お疲れ様。 また、あってお話しよう。

>みょんで
 ありがとう。
 実習がんばって。
 君が挙げる公演がどんなものになるのか、とても楽しみにしています。 絶対にやりとげてね。
2005/09/20(火) 23:07:01 | URL | Taejunomics管理人 #-[ 編集]
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