Taejunomics

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右と左の憲法学的考察。
 知は公共の財産である。 と、自分は思っている。 受験時には、基本的にみんなと一緒に知識を享有しようとするし、MBA受験の間は、そのおかげで多くの素晴らしい友人たちに会うことができた。


 そういえば、自分の卒業論文について、あまり人に話せていない。 
 この卒論、平和的生存権の最初の提唱者であった指導教授、星野安三郎は大絶賛してくれたもの。 学会に出したらどうかとまで言ってくれていた。 ただ、学内の論文審査では、「こんなもの、法律の論文ではない」といわれたが。。
 
 さらに、この卒論の内容は、飲み会の場などでちょっとしたトリビアになること間違いなし。 


 タイトル「試論・右と左の憲法学的考察」


 歴史的に、右には「強さ、正しさ、男らしさ、幸運、器用」などの価値が付与され、左には「弱さ、邪悪さ、女らしさ、強運、不器用」などの価値が付与されてきた。 奇妙なことに、この事柄は、世界的に共通であった。 言葉、宗教、慣習など、すべての分野においてそうである。 

 権利のことを英語でrightと言う。 ちなみに、ドイツ語では、rechtと言い、フランス語ではdroitと言うのであるが、これは、すべて「権利」という意味とともに、「右」という意味を含んでいる。

 右→権利 となった、その論理について知ることによって、社会を見る新たな視点を得られるのではないか。

 
 まあ、ここらへんが、論文の主な内容である。 専門性の高い分野は省いて、生活に役立つ(?)部分について、叙述していこうと思う。 
 こんな論文を書くきっかけになったのは、英語の勉強であった。

 ある日、dexterousと言う単語に出くわした。 これは、「器用な」と言う意味の単語であるとともに、「右の」と言う意味も持っていた。 逆の言葉であるsinisterousは、「左の」と言う意味とともに、「邪悪な」と言う意味も持っていた。

 さて、これは何かあるのでは。 と、思い、開始。 とりあえず、ハングルと日本語を調べた。

 おお、右には「吉、強さ、器用、尊敬」がついてきていて、左には「凶、弱さ、不器用、蔑視」などがついている。 とりあえず、代表的なものを。


1)ハングル
 ハングルにおいて、右側は「正しい側、行儀のよい側」ともされている。右足、右腕、右手、などはすべて「正しい・行儀のよい足、腕、手」なのである。 
 さらに、ハングルにおいて行進の際の敬礼をさすことばは「右を向け」である。 また、右という漢字はハングルの発音では「ウ」となるのだが、この「ウ」という音は上という意味をも持ち、強調を表す接頭語としても用いられている。 
 また、右はハングル固有の発音では「オルン」となるのだが、これは「正しい」を意味する発音と同じなのである。 

 一方、左と関する言葉では、
 「左にうなずく」→「他人の意見に対しての反対や否定」
 「左の道」   →「一定の方向にそむく道」
 「左の声」   →「誤っている声、険しい声、訃報」
 などがある。 うーん、不思議である。

 さらに、「左足使い(左足利きのこと)」という言葉はあるが、右足使いという言葉はないのである。また、左のことをハングルの固有の発音で「ウェ」というのだが、この「ウェ」という発音は、「母方、外、他」などを意味するのである。


2)日本語
 日本語でも、「握る(にぎる)」を語源としている右は、「優れた方」とされている。
  
 「右職」→「高官、役人」
 「右に出る者がない」→「その人より優れたものがいない」

 逆に、端を意味する「ハタ」、「ヘタ」を語源とする左に関しては、
 
 「左巻き」→つむじが左巻きの人は正常でないという俗説から、「頭の働きが少しおかしい人」
 「左(さ)道(どう)」・「左様(ひだりざま)」→「正しい道にたがうこと」
 「左前(ひだりまえ)」→「①死人の服の着方、②物事が順調に行かないこと、運が悪くなること、経済的に苦しくなること」
 「左(さ)言(げん)」→「言葉を知らない未開人」
 
 また、「左勝ち(左側のほうをよく使うこと)」という言葉はあっても、「右勝ち」なる言葉はない。


 とまあ、なかなか不思議なのである。 ウリマルと日本語もそうなのだから、多分、他の外国語でもそうなのではないかと言うことで、他の国の言葉も、知る限りで探すことにした。 

 とりあえず、ここで、ひと段落させるつもりである。 続編は、また、時間があったら。

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 3)その他言語―中国語、スペイン語、ロシア語、イタリア語など
 中国語においても、やはり右が尊ばれ、左が卑しまれるようだ。たとえば、
 「右武」という漢文のよみかたは「ぶんをたっとぶ」となり、「相左」という漢文をよむときは「あいたがう」となるのである。
 日本語にもなっている言葉だが、「左遷」とは「高い官職から低い官職におとされること」であるが、これは、王の面前に集う際、臣下たちは位の高い順に右から並んでいたので、地位が落ちることは左へと移動することだったからである。 文事を尊ぶこと、文学を重んじることをさして右文と呼ぶ。


 スペイン語では
 「左利きの人」→悪意から罪を犯した者、または泥棒。
 非常に賢いということ→「no ser zurdo」。「zurdo」とは左利きのことで、「no ser zurdo」とは、直訳すると、「左利きでない」となる。 


 ロシア語では 左利きを意味する「levja」は侮辱の言葉として用いられる。 そこから派生する「na levo」も「卑劣な」を意味している。
「左足から起き上がった」→いやな気分で目覚めること
 布地や織物の「左側」→「間違った側」。
 「左方向に」何かする→「こそこそ卑劣な行為をすること」。
 同性愛者を蔑視した俗語「levak」→英語の「lefter(左利き)」にあたる言葉である。
 
 左利きを意味するイタリア語である「mancino」は、「歪んだ」、「不具の」を意味する「mancus」から由来している。

 ほかにも、スワヒリ語、セルビア・クロアチア語、アラビア語、トルコ語、ポルトガル語にも、左や左利きという言葉の持つ概念に軽蔑的な意味合いがこめられていた。

 
4)フランス語、ドイツ語、英語
 フランス語は、「人権発祥の地」の言語であり、ドイツ語はヨーロッパにおける法理論の発展においてもっとも重要な役割を果たした言語のうちの一つであり、そして、right概念のrightは英語である。 さて、これらの言葉ではどうか。


 フランス語では、「gauche」とは、「左利きの、左側の」という意味と、「不器用な、無作法な」という意味を同じく持っている。これと関連して、
 「武器の左側を通り過ぎる」→死ぬ
 「右と左を区別できない」→「善と悪を区別することができない、常識を知らない」。
 「左利きの結婚」→「内縁関係、同棲;自分より身分の低い人と結婚すること」。


ドイツ語において、左は「link」であるが、これは「不器用な、不正な、いかがわしい」を意味している。「zwei linke Hande haben(二つの左手を持つ)」とは、「不器用である」ということである。ヘブライ語にも同様の言い回しがある。

左の英語「left」の語源は、「弱い」、「壊れた」を意味するアングロサクソン語「lyft」からとされている。 「左利きの」にまつわる言葉については、否定的な意味合いを持つものが少なくない。 
「左利きのお世辞」→褒めているのか褒めていないのかわからないお世辞。
「ベッドの左側から生まれた息子」→私生児として生まれた子。
 「左利きの分析」→「誤った判断」
 「左利きのビジネス」→「非合法な商売」である。


 ここまでくると、どうやらただの偶然ではなさそうである。 世界の行き来が自由になる以前に、この事柄が起こっていたことは、おどろくべきことである。 
 話は言葉の問題だけにはとどまらない。

 そのうち、また書いていくことにする。
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