Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:-- | スポンサー広告 | Trackback(-) | Comment(-)
耳を澄ませば。
mil26057-s.jpg

 「なぜ?」という問いを、一日に何回発するだろうか? 

 アインシュタインやエジソンは、子供の頃学校で「なぜ?」を発しすぎて、退学になった。 ニュートンは、落ちる林檎をみながら、「なぜ?」を考えた数少ない大人だった。
 多くの発見はこの、「なぜ?」という問いから立ち現れるのだと思う。
 「慣れる」という行為は、人の持つ優れた点の一つではあると思う。 けれど、何かを捜し求める人は、精神の慣性からは解き放たれていなければいけないと思う。

 
 ただし、「なぜ?」だけでは不足していて、それより重要なものがあることに、気付く。

 本論を続ける前に、ちょっと必要な脱線。




 金融の世界では、新しい金融商品の開発が盛んだ。

 近年発明された、面白い商品たちを、少し見てみよう:

 ・災害債~Catastrophe bonds. ある種の災害が起こると、利回りがアップする。

 ・天気デリバティヴ~異常気象が起こると、利益が得られる。 エルニーニョ発生期に大流行。

 ・長寿債~Longevity bonds.  高齢化が進むと、利回りが高くなる。


 そして、極めつけは、ちょっと前に販売された、これ。じゃん。


 ・六甲おろしバスケット eワラント ~阪神タイガースの成績が好調で株価が上昇した場合に利益を得られるコール型2銘柄と、ファンの期待に反して勢いが失速した場合、株価下落によって利益を得られるプット型の2種類。 やるなあ、ゴールドマンサックス。
  


 はい、脱線終了。


 
 今までも色々な金融商品が開発されてきたが、開発された後10年以上長く使われるものは稀有。 その稀な商品たちには、共通点があると思う:
 ・投資家の選択肢を増やしてくれるもの。
 ・そして、その結果、投資家が今までに無い新しい満足を得られるもの。(リスクの低減、期待利回りの上昇など)。
 ・または、現存の制度の問題点(規制、税制など)をうまく解消しているもの。


 
 共通点を一言で言えば、

 「世が求めているもの」 

 だと思う。その需要が今まで目に見えるものであったのか否かに関わらず。

 
 この考えは、世界の全ての創造的行為につながるものだと思う。 
 思えば、すべての発明・発見・創作は、人、または自然がすでに、問題意識を内示しているものであったのだ。 人や自然が、明確に声には出さずとも、「求めてきたもの」だったからこそ、その創造物たちは、時を超え現代までに残ってきたのだ。

 
 天才の所産と呼ばれる自然科学の数多くの発見でさえもそうである。
 「20世紀の物理学」という書籍の冒頭にも、アインシュタインや、ファインマン、ハイゼンベルクらに関して、以下のように書かれている。
 「こうしたヒーローたちは自分たちが発見した事柄は、発見されるのをむしろ待っていたということを承知しているのだ。・・・彼らは織物のほつれ(=世界が科学者の前に提起する問題意識)を見出し、どう直せばいいかを考えて、新たに現れた美しさを楽しんでいるのである。」

 
 エドワード・サイードも、「知識人とは何か」と言う著書において、知識人の定義について、「表象するもの」と語っている。 人々が切実に思っているが声にできないことがある。 それを、言語の力によって、代弁すること。 それが知識人だと彼は語ったのだ。  知識人が語るべきものは、決して、ただ単に新しい奇をてらっただけのものではあってはならない。


 文学でもそう。
 最近取り上げた「斜陽」でいうのならば、あの書籍によって「斜陽族」と言う言葉が世に流行するようになったのは、その斜陽的な感情が既に人々の心の中に根付いていたものだったからなのだと、僕は思う。 どんな天才文学者であっても、自分だけの全くの独善的な感情を他人に根付かせることは出来ないであろう。


 音楽も同じ。 
 美術も同じ。
 
 宗教、社会的運動、言うまでも無い。 みな、人の求める何かに触れてきたからこそ、世紀を経てこの世界に息づいている。


 今になって、マルクスの「人は解決できる問題だけを自らの前に提起する」という言葉が、深みを増してきた。

 
 
 まず、世界の声に耳を澄ますこと。
 目に見えたり、耳に聞こえたり、感じたりできる全てものから、メッセージを感じようとすること。

 そして、そのあとに、「なぜ?」を問う。
 

 その問いに対する僕の答えのうちに、一つだけでも、1000年、2000年と世界に残るようなものがあればいいなあ、と思う、思索の秋の今日この頃。
Comment
≪この記事へのコメント≫
いかに自分の触覚がさわさわと世の中に触れているか。

虫は触覚を動かし自分が死なないための情報を常に受信している。
人間も自分の内なる世界や外の世界を感じてそれを生きるための情報として感じているか。表現をしているか。

もし、その触覚を動かす事を怠った人は実は「自分は生きている」と誤解している人じゃないだろうか。
2005/10/21(金) 02:14:34 | URL | GYU #-[ 編集]
そうですよね。 水面に浮かんだ波紋のように響きあいながら、人間は生きていくのだと思います。
 それを忘れてしまった音楽、文学、哲学とかが、最近多い気がして…

 人との触れ合いを土台にした作品の完成、楽しみにしてます!
2005/10/21(金) 07:04:56 | URL | Taejunomics管理人 #-[ 編集]
がんばるよー

人はそれぞれのリズムで響き合ってるんだな。
2005/10/21(金) 23:46:57 | URL | GYU #-[ 編集]
 頑張ってくださいね!!
 
2005/10/24(月) 12:37:51 | URL | Taejunomics管理人 #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
Trackback
この記事のトラックバックURL
≪この記事へのトラックバック≫
Designed by aykm.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。