Taejunomics

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巨大与党の憲法草案について②9条
 戦後少したってのこと、宮沢さんと芦部さんは、ある立て看板を見ていました。 どうやら、新しい憲法の条文が書かれているようです。 二人は、もと日本軍だったので、次の条文がとても気になりました。

第9条 
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


 宮沢「ああ、これで日本は軍隊をもたない国になるんだなあ。」

 芦部「ああ。 これまでの事を考えると、それが妥当なんだろうな。」

宮沢「でも、ちょっと気になる点があるなあ。 なんで、9条の第1項だけで、軍隊を持つことが禁止されるのに、わざわざ第2項まで書いてるんだろう? あ、そうか、第2項で念入りに確認してるんだな。」

芦部「え? 何を言ってるんだ。 第一項じゃ軍隊を持つことを禁じていないじゃないか。」

宮沢「君こそ何を言ってるんだい。 戦争と、武力による威嚇、武力の行使を放棄するんだったら、当然軍隊なんかもてるわけないじゃないか。」

芦部「そりゃ、君の勝手な解釈ってもんだよ。 だって、第一項には、しっかりと、「国際紛争を解決する手段としては」と、書いているじゃないか。」

宮沢「どういう意味?」

芦部「だから、国際紛争を解決するために戦争をしたり武力を持ったりすることは放棄する、とは書いているけど、国際紛争の解決を目的としない時は、必ずしもそうではないって言う事だよ。」

宮沢「じゃあ、一項では、自分の国を守るときとかは、武力の行使とかもべつに禁止されているわけではないと言うこと?」

芦部「それが、一項のまっとうな解釈ってもんだろう。」

宮沢「うーん、僕には屁理屈におもえるけどなあ。 だいたい、前文を見てみろよ。 前文とのつじつまとかを考えたら、9条の第1項で、軍隊をもっちゃだめだって考える方が妥当だと思うけどなあ。」

芦部「俺はそうは思わないけどなあ。 まあ、いいじゃないか。 どうせ、第2項で軍隊をもてないように決めてるんだから。」

宮沢「けど、君みたいに考える人の中には、第二項についても「前項の目的」ってのをこう考える人も出てくるんじゃないかな。 「国際紛争を解決するための手段として戦力を行使しないことによって、国際平和に貢献すること」が、「目的」の内容だって。」

芦部「まあ、そんな人はいないだろう。 論理としてはありかもしれないけど。 いとこの政夫はそんなことを言っていたけれど、なに、あれは酔っ払いの世迷い言さ。
  おっと、もうこんな時間だ。 早いとこ、今日の仕事を片付けちまおうぜ。」

 
 以上、9条と軍隊の保持についての学説の対立でした。
①一項にて禁止されているとする説 
②二項にて禁止されているとする説
③一項、二項でも完全には禁止されていないとする説(政夫が、いないだろうといった「そんな人」)

 があるわけで、アカデミックにいうと、
 ①:九条一項全面放棄説、
 ②:九条二項全面放棄説、
 ③:九条一項・二項限定的放棄説
 となります。

 さらに、「武力」の解釈とか、いろいろとあるのですが、ここでは省略します。 


 ①が昔の通説。
 ②が、現在の学者の間では通説となっている。
 ③は、従来の政府解釈。 この解釈だったら、自衛隊を持っていても憲法違反ではないわけです。

 と対立しているわけです。
 
 で、第二項からばっさりと変えた今回の自民党の草案はというと、現在の通説である2項全面放棄説を説く学者たちをも、軍隊保持について黙らせる事が出来る案なわけです。 ※文末に、自民党の草案について貼り付けておきます。 

 

 現在、軍隊を持つことを放棄している国は二つ。 一つは日本、そして、一つは、南アメリカにあるコスタリカという小さな国。 ちなみに、コスタリカは、日本とは異なり、国民投票により軍隊を廃止した国である。 

 戦争を放棄するというのは、人類の理想であると僕は考えている。 けれど、「やらなければやられる」という論理が支配しているのが、今の世の中であることも、僕は認める。 日本が軍隊を持つことについて、僕は断固として拒絶することを出来ない。 悲しいことだが、今の世の中では、それが「普通の事」なのだから。 

 それでも、
 ガンジーの理念に傾倒している僕は、非武装平和の夢をいまだ見ている。 ガンジーの考えた非暴力は、決して覚悟のいらないものではない。 むしろ、暴力を用いることよりも数倍の勇気を要するものだと思う。 自らが死ぬことがあろうとも、己の信じた道を通す、なみなみならぬ覚悟を必要とするのが、ガンジーの非暴力運動である。 自らの命をかけて、人類の良心に訴えかける、身の震えるような理念だ。  日本国憲法の前文には、その理念に通じるものがある。  僕が尊敬するもう一人の人物のチェ・ゲバラには、一笑に付されそうだけれど。 彼はこう言っていた:「ピストルも持たないで革命をしようなんて、君は頭がおかしいんじゃないのか?」(ゲバラ伝のどこかに書いています。 原文ママではないです。)
 
 また、
 法には、教育的な側面があって、その法があることにより、人々に訴えるという性質を持っている。  例えば、差別を是正する過程における立法などを考えればよい。 ノルウェーでは、企業の重役40%以上に女性を置くことを法で定めている。 たとえ法の理念と現状が異なるとしても(現状を僕は知らない)、法の存在により、人々に、男女平等の考えを広めることができている。  憲法を変えるのであれば、「国内の現実と憲法の内容とがかけ離れているから」だけではなく、「憲法の理念そのものが変るべきだと思うから」行うべきだと思う。 もちろん、現実と理念はお互いに関係しているので、それを分けるのは簡単ではないのだけれども。  日本国憲法は、その存在によって、世界に非武装平和の精神を発信してきたのは、紛れもない事実である。  

 いつか、
 もしかしたら数世紀後かもしれないが、日本国憲法の非武装平和の精神が、世界中の人々から評価される日がくると思っている。 科学技術の発展は、真の意味の平和なくしては人類を新たな段階に踏み出す事が出来ないようにするだろうから。  全世界の人々が容易に核爆弾に匹敵するものを作れるようになる社会を想像してみるといい。

 
 そんな日のために。
 僕は日本国民ではないけれど、この国の憲法の非武装平和の精神が、他の人権と同じように、時代の試練に耐えていくことを、願ってやまない。





-------------------------------------
自民党草案

 (平和主義)
 第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 (自衛軍)
 第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。
 2 自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
 3 自衛軍は、第一項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
 4 前二項に定めるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。
Comment
≪この記事へのコメント≫
>一つは日本、そして、一つは、南アメリカにあるコスタリカという小さな国。 ちなみに、コスタリカは、日本とは異なり、国民投票により軍隊を廃止した国である。 

これなんですが、どちらの国も「軍隊」という名称の軍事組織がないだけで、コスタリカは「国境警備隊」日本は「自衛隊」が存在します。そして、軍事力の低下を米軍駐留で補うところまで同じです。

「自衛隊」にしろ「国境警備隊」にしろ国内における最大の武力集団である以上、「軍隊」と呼ぶべきなのですが・・・・。

そういった、現実を踏まえて、日本には軍隊があり憲法によって、その行動は規定されるべきという憲法改正の基本的な精神は妥当のように思えます。

ところで、一項、二項全面禁止説がいまや通説なんですかねぇ・・・・・。交戦権の放棄で、全面禁止。

質問なんだけれど、交戦権がないということは「無条件降伏」する権利もないのですが、その2項で全面禁止でいいんでしょうか・・・。
2006/01/26(木) 13:30:59 | URL | 河田少年 #PgXQQ0.I[ 編集]
>現実を踏まえて、日本には軍隊があり憲法によって、その行動は規定されるべきという憲法改正の基本的な精神は妥当のように思えます。

 現実に即してという意味では、憲法改正は文字通り改「正」だと思います。 ただし、憲法は常に現実に即して形を変えるだけでなく、時に現実に対して逆に働きかけるという役割も持っているのだと思っています。 そういう意味では、まだ話し合う余地があると感じています。

 学説に関しては、私の知識は2003年くらいで止まっているので、また何か新しい説が多数を占めているのなら、教えてくださると幸いです。。


>交戦権がないということは「無条件降伏」する権利もないのですが
 質問を質問で返してしまって申し訳ありません。 私の勉強不足なのですが、交戦権には無条件降伏権が含まれているのですか?
2006/01/26(木) 14:14:19 | URL | Taejun #-[ 編集]
交戦権
交戦国が保有する権利という定義だったはずです。

そして、交戦国が「無条件降伏する権利」を保持するわけですから「交戦権」に含まれますよね。

ついでに言うと、日本が攻撃を受けた場合に「停戦交渉を呼びかける」ことも憲法違反になります。

これだって、交戦国が保有する権利ですから。
憲法9条に関しては「現実を無視しすぎた欠陥条文」という指摘はあるんですよ。

改正するべきでしょうね。
2006/01/26(木) 15:57:57 | URL | 河田少年 #PgXQQ0.I[ 編集]
 これまた、自信がなくなったので、教科書をめくりました^^;

 定義その1:
 交戦国が国際法上保有する権利、すなわち、敵国領土の占領や敵国兵力の破壊など戦時国際法上の権利の事を意味する
 
 その2:
 国家が戦争する権利

 その3:
 定義その1とその2の両方を含むもの。

 その、国際法上の権利を探そうとして六法を見ようとしたら、、捨ててしまったようです。 うーむ。
  
 個人的にはには、交戦権が否認されているからといって、降伏の権利すら認められないというのは何か妙な感じがします。 これは僕個人の感覚に過ぎないので、なんともいえません。


 改正については、僕には選挙権が無いのでなんとも言えないところですが、エントリーにも書いているように、日本国民が決めるべきものだと思います。 僕はただ9条が好きなので、残っていて欲しいと願うのみです。
2006/01/26(木) 16:56:31 | URL | Taejun #-[ 編集]
疑問です・・・。
>交戦国が国際法上保有する権利

無条件降伏や停戦交渉は「交戦国」がするものですから、「交戦国が国際法上保有する権利」ですよね。

日本は確認されるだけで27年前に北朝鮮から工作員を国内に送り込まれて、国民を拉致されている。以来、ここ30年くらいは「不正規な戦争を仕掛けられている」訳だけれど・・・。この件に関する停戦交渉や、賠償請求を北朝鮮にすることは憲法上許されるのでしょうか?

1項2項全面禁止説だと「交戦する権利」と解するのでしょうが・・・。なんだか文言的にはおかしいといわれていますよね。
2006/01/28(土) 22:38:00 | URL | 河田少年 #PgXQQ0.I[ 編集]
 河田少年さん、コメントありがとうございます。
 別に僕はピョンヤンの代弁者ではないのでなんともいえないところもあるのですけれど、戦争の定義ってなんなんでしょう? 
 スパイ活動、拉致、明らかに犯罪でしょう。  けれど、それは戦争なのでしょうか? 特に、スパイ活動というものは、(聞くところによると)ほとんどの国が行っている事ですし。(もちろん裏はとれていません。)

 
 議論はどうであれ、憲法は基本的にGHQによるものだったので、憲法の解釈に迷うときは、英文版をあたってみるのが良いと、そういえばゼミの先生に聞いていました。 そこで、あたってみました。
 right of belligerency of the state
 warじゃなくて、belligerncyなんですね。
 belligerncyは交戦状態という風に訳されますが、
 この、belliというのは、「戦いをしかける(wage the war)」という意味の語源だったはずです。 英語力をつけるために読んだ本、Word Power Made Easyに載っていました。
 そういった事を考えると、降伏する権利を別に含まなくても良いのではないか、という感じはします。

 どうなんでしょう?
2006/01/29(日) 01:34:44 | URL | Taejun #-[ 編集]
英文解釈
9条の英文解釈は、1項2項全面禁止説の根拠とされていましたね。つまり、「紛争を解決する手段として」という文言を英文解釈をすると、「侵略戦争」を禁止する条文表現になる。だから、1項では自衛戦争が禁止になっていないというのだそうです。

そして1項2項全面禁止説は、「交戦権」とは「交戦国が保有する権利」と解して、「戦力」という実力だけでなく「権利面」まで戦争を禁止し、全面的に禁止したんだと解します。

さて、戦力放棄でもともと、日本は戦争を仕掛けられないはず、ですよね?にも拘らず、Taejunさんのように日本が戦争を仕掛けたケースのみ「交戦権」を放棄したと解したらどうなるでしょうか?それは、「権利まで放棄して」戦争全面禁止を徹底させたという1項2項全面禁止説の立場からは外れるような気がします。

そもそも、交戦権には商戦拿捕や臨検の権利を含みますが、これは交戦を仕掛けた側に限って保障されるものではないと思います。
2006/01/30(月) 18:10:24 | URL | 河田少年 #PgXQQ0.I[ 編集]
 コメントありがとうございます。
 とても勉強になるので、もう少しお付き合いしてくださればと思っています。


>9条の英文解釈は、1項2項全面禁止説の根拠とされていましたね。

 そうなんですか!?
 はじめて知りました。 不勉強なもので・・・ 
 よかったら、それが書かれている書籍など、教えていただけますでしょうか?
 
 
 それと、私の理解力が至らないせいで、以下の箇所が、よく掴めていません:
 さて、戦力放棄でもともと、日本は戦争を仕掛けられないはず、ですよね?にも拘らず、Taejunさんのように日本が戦争を仕掛けたケースのみ「交戦権」を放棄したと解したらどうなるでしょうか?それは、「権利まで放棄して」戦争全面禁止を徹底させたという1項2項全面禁止説の立場からは外れるような気がします。


 ちょっと違う言い方で再度表現してくださると、理解できそうなので、時間があるときにでもよろしくお願いします。
2006/01/31(火) 01:08:26 | URL | Taejun #-[ 編集]
うーん
ソース元ですが、覚えていないんです。判例百選の解説だったか、何かのノート(講義集)でした。今度、ソースを発見したら書き込みます。

>ちょっと違う言い方で再度表現してくださると

丁寧に論じてみます。

交戦権を「戦いを仕掛ける」権利と解します。すると、二項は戦いを仕掛ける(能動的に戦争行為を行う)権利は放棄しているが、「仕掛けられた戦いに応じる」(受動的に戦闘行為を行うこと)権利は放棄していないことになってしまうと思います。

これは、全面禁止説に反します。

次に「戦争を仕掛けた側の」交戦国が保持する権利と解した場合です。

日本が戦争を仕掛けられた場合には「交戦国として保持する権利」は放棄していないことになります。すると、戦争をする「戦力がない」のに、商戦を拿捕したり臨検する権利を保持することになります。

ま、実力がないのだから「実害がない」とも言えますが、1項2項全面禁止説が「権利の点でも戦争を全面放棄して平和主義を徹底した」とする趣旨には反するように思えます。

これでいかがでしょうか?
2006/01/31(火) 21:23:03 | URL | 河田少年 #PgXQQ0.I[ 編集]
 コメントありがとうございました。
 何回か読み直して、ようやく分かりました。 足りない頭で申し訳ありません。

 要約すると、
 2項全面禁止説のロジック(交戦権:戦いを仕掛けた側の権利)に従って解釈すると、日本政府が商船の拿捕や臨検を行う権利すら保有していないことになる、ということなんですよね?

 そして、私の表現がうまくなかったせいで誤解を受けたのかもしれませんが、
 私が投げかけた質問は、交戦権の定義についてです。
 交戦権が、あなたの提示された二つの定義のどちらの場合であっても、
 商戦の拿捕や臨検などの権利を含むとは必ずしも言えないのではないかと思っているのです。

 
 自衛戦争のための権利すら放棄したといっても、国内の治安を維持する権利はあるわけで、商戦の拿捕や臨検などをする権利をそちらのカテゴリーに含むことは可能ではないでしょうか? これも、確証は持てませんが。。
2006/02/01(水) 12:06:36 | URL | Taejun #-[ 編集]
自衛権でしょうか?
商船の拿捕・臨検についてですが、領海内であれば自衛権あるいは統治権(治安を維持する権利)で拿捕できると思います。
(例えば、対馬沖の北朝鮮工作船の拿捕の場合でしょうか、一応は領海内に侵入したようですので・・)
しかし、公海上でのそれは「交戦権」で保障委されると考えます。特に第三国の商船の臨検は「交戦権」以外ではできないと思います。

自民党草案に「交戦権」の文言がないのは、不明確で争いがありすぎる文言であることと、「交戦国が保持する権利」をすべて放棄すると問題が起きるからだと思います。
2006/02/02(木) 16:57:41 | URL | 河田少年 #PgXQQ0.I[ 編集]
>自民党草案に「交戦権」の文言がないのは、不明確で争いがありすぎる文言であることと、「交戦国が保持する権利」をすべて放棄すると問題が起きるからだと思います。

 おお、そうなんですか。
 ちなみに、臨時で彼・彼女らの選挙事務所にいたことがありました。

 
 あと、とても初歩的な質問なのですが、公海において臨検や商戦の拿捕ってする必要がある場合ってあるんでしょうか? 例を挙げてくださったら分かりやすいので、よろしくおねがいします。
2006/02/04(土) 07:17:49 | URL | Taejun #-[ 編集]
初めまして
僕も学生時代に法律をちょっとやったので横レスしたいと思います。

>公海において臨検や商戦の拿捕ってする必要がある場合ってあるんでしょうか?

仮装巡洋艦とか、通商破壊船とかご存知でしょうか?戦時に軍が挑発する前提で建造された商戦に大砲を積み込んで、第三国の商船を装って敵国の商船を攻撃する戦法で、ドイツがよく用いたようです。日本にも八幡丸だったか・・・がありました。

そういうわけで、仮装巡洋艦か否か?あるいは第三国の商船でも行き先が敵国で軍需物資を積んでいる場合は拿捕の必要があり。そのための臨検・拿捕権です。

なお、日清戦争は日本の巡洋艦によってイギリスの商船ユニオン丸の撃沈によって開始された(海戦は)とされるようですよ。
ユニオン号が清国兵と大砲を積載していたのに臨検拿捕を拒んだため警告後、撃沈されました。巡洋艦の館長は東郷平八郎大佐だそうです。
2006/02/09(木) 01:46:30 | URL | 田中です #PgXQQ0.I[ 編集]
 田中さん、横レス大歓迎です。

>仮装巡洋艦とか、通商破壊船とかご存知でしょうか?戦時に軍が挑発する前提で建造された商戦に大砲を積み込んで、第三国の商船を装って敵国の商船を攻撃する戦法で、ドイツがよく用いたようです。日本にも八幡丸だったか・・・がありました。
 そういうわけで、仮装巡洋艦か否か?あるいは第三国の商船でも行き先が敵国で軍需物資を積んでいる場合は拿捕の必要があり。そのための臨検・拿捕権です。


 知りませんでした・・・
 僕の理解不足だったら申し訳ないのですが、イメージ的には、国営の海賊みたいな感じだったのでしょうか?
 
 このお話を聞いたら、確かに、公海においても臨検・拿捕することの妥当性は生じそうです。 ただ、下の例でも示されているように、了解ならまだしも、公海でその臨検・拿捕権を認めると、また色々と揉め事が多そうですね。。
2006/02/09(木) 13:43:24 | URL | Taejun #-[ 編集]
机上の空論
TJさん。
ソウル在住の日本人です。あなたの理想論には賛成です。でもあなたは自国のことを棚に上げて他国についてのみ文句しているように思えます。
あなたが韓国、或いは北朝鮮どちらの方だかは存じません。ただどちらにせよ日本に対してその主要部分を抑えるようなミサイルを配備しています。それに対して日本は丸腰です。あなたは自国に対してそのような武装をやめるよう意見していますか?
そもそもあなたは戦後補償を未だに求めている。極めて不快です。北の方ならまだわかりますが韓国の方でしたら日韓基本条約をきちんと見て下さい。補償はすでに行われています。ODAも相当な額行われています。
あなたには日本とそれから他の国々の歴史教科書を精査されることをお薦めします。あなたは全てを読んでいますか?私が精査した限り日本の教科書が一番まともです。北朝鮮のものはわかりませんが、韓国のものは最新のものであっても歴史物語を「作る」立場から抜け出せていません。あなたにはそのような香りがプンプンします。
憲法第九条、私は大好きです。日本の誇りに出来る条文です。でもそれは周りの国が賛同して初めて成り立つものです。あなたが真に自国を変えるよう行動を起こすことを願ってやみません。
2009/10/19(月) 00:06:17 | URL | Teruhiko Tera #-[ 編集]
Teruhiko Teraさん

有難うございます。

さすがに、3年前の記事にコメントされるとびっくりしますが。。

さて、ご質問の件ですが、どの国に対しても、同じ原則に立って意見を言えるようにありたいと常に思っていますし、そうあるように努力しています。他国を批判しつつ自国を批判しないのは、自分の信条に合致しないものです。もしそうでないように感じられたのなら、それは僕の不足です。

これからもどうぞ宜しくお願い致します。

2009/10/21(水) 01:51:09 | URL | Taejun #-[ 編集]
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2005/10/31(月) 22:21:08 | 世に倦む日日
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2005/10/31(月) 22:21:57 | 世に倦む日日
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