Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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憤懣。
 CIA工作員の機密を漏らしたリビー氏について、ブッシュ大統領は、推定無罪の原則を説いた。
 冤罪(えんざい、無実の罪のこと)は生じうる。 だからこそ、刑が確定までは被疑者の無罪を推定するという考え方には賛同できる。 そして、この意味では、ブッシュ大統領の声明は評価すべきだと思う。

 けれど、推定無罪の精神は、なぜ、イラクにおける大量破壊兵器保有の「疑い」に対しては作用しなかったのだろうか?、と考えずにはいられない。

 2000人の米兵が、イラク戦争開始以後に亡くなり、アメリカ国内における反戦運動は高まりを見せている。 だが、この反戦運動、ベトナム戦争の時もそうであったが、僕には賛同しかねる側面がある。

 「私たちの家族を死なせないで!」という主張にはもちろん僕は賛同する。 けれど、いま高潮している反戦運動において、「イラクの人々を殺さないで!」という主張は、相対的にとても弱い。
 人々にとっては、多くの場合、被害者としての記憶が強く残り、加害者としての意識は希薄になってしまっている。 これは別に、アメリカの反戦運動のみの話ではない。 第二次大戦後、加害者であった国家たちにとって、加害者としての記憶と、被害者としての記憶、どちらが色濃かったか。
 

 イラクの民間人が、戦争開始以後、何人亡くなっているか、知っていますか? 
 
 3万人以上。 軍人である米兵の15倍。  

 もちろん、死因にも色々なものがあると思う。 自爆テロの巻き添えになって死んだ民間人も少なく無いだろう。 
 
 けれど、何かおかしく無いだろうか?


 
 有史以来見せられてきた、屍の山の上に築き上げられる正義には、もうまっぴらだ。 僕たちは、新しい世界をつくらねば。
Comment
≪この記事へのコメント≫
秤にかけてはいけない人の命を
秤にかけてしまうこと、
それが戦争なのではないでしょうか。
そんな気がする・・・
2005/11/03(木) 16:40:30 | URL | にょん #-[ 編集]
 そうだね。

 さらに、銃声のない戦争状態についても、色々と考えなきゃいけないと思う。 一番のものは貧困かな。 いい世の中、つくりたいね。 頑張ろう。
2005/11/04(金) 00:34:57 | URL | Taejunomics管理人 #-[ 編集]
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