Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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危険を伴わない勝利なんてありえない。
 手塚治虫「ブッダ」の中に、こんな話がある。
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 ある病人。 人々は彼に薬を与えようとする。 しかし、彼は次から次へと人々に質問をする。 「その質問に答えない限り、私はその薬をのむことが出来ない」と言って。

 そう言っているうちに、その病人はついに死んでしまった。
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 それを思い出した。


 人生は短い。 結論が論理的に完全に出るまでは考えよう、と、あれこれ考えていて、いつの間にか人生の落日を迎えているというのは、悔やんでも悔やみきれないことだと思う。

 考えることも大切。 でも、それ以上に大切なのは、決断すること。 そして、その達成のために全力を尽くすこと。
 
 行動して満足する結果が出るとは限らないけれど、行動の無いところには、何も起こらない。

 
 ハイ・リスク、ハイ・リターンは、投資の世界だけじゃなく、世界全般の鉄則だと思う。 僕がやりたいことは、リスクを負わないでやり遂げられるものでは無いと、改めて考えるようになった。 どのくらいの大きさのリスクをいつとるのかという、そのタイミングだけは決められるけれど、リスクを避けることは絶対に不可能。


 自分がリスクをとるのだとリアルに考えた時に、妙に腹が据わった。
 不思議と心地いい。



 JUNさん、本当にありがとうございました。
Comment
≪この記事へのコメント≫
そうですね。やらんきゃ何も始まりませんよね。ありがとうございます。
2005/12/13(火) 03:06:22 | URL | もとい #-[ 編集]
釈尊の「毒矢の喩え」を、

>決断すること。 そして、その達成のために全力を尽くすこと。 行動して満足する結果が出るとは限らないけれど、行動の無いところには、何も起こらない。

という意味にとるのは少々趣旨が違っていると思います。

「毒矢の喩え」は仏陀が「死後の世界はあるのかないのか」「我とは何か」などの形而上学の質問に対する答えとして述べた言葉です。 つまりこのような問題は「悟りを開くのに必要の無い問題」のため答える必要のないものとされたのです。


 





2005/12/13(火) 21:26:52 | URL | F.Nakajima #MHZmgNdw[ 編集]
 もといさん、
 初コメントありがとうございます。
 同感してくださって嬉しいです。 これからもよろしくおねがいします。

 F.Nakajimaさん、
 お久しぶりです。 見ていてくれたんですね。
 
 >「毒矢の喩え」は仏陀が「死後の世界はあるのかないのか」「我とは何か」などの形而上学の質問に対する答えとして述べた言葉です。 つまりこのような問題は「悟りを開くのに必要の無い問題」のため答える必要のないものとされたのです。

 おお、そうだったのですか。 毎回貴重なコメントありがとうございます。

 言い訳がましくなってしまうのですが、それでも、こういった出来事から、自分なりのインプリケーションを得ることには、問題は無いとは思っています。

 ただ、お話の解釈については全く知らなかったので、新しく知識を得ることが出来ました。 ありがとうございます。 これからもよろしくお願いしますね。 
 
2005/12/13(火) 22:11:18 | URL | Taejunomics管理人 #-[ 編集]
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