Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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やさしさの精神病理と恋愛バトン。
 毎日新聞だったはず、結構前の記事なのですが、
 フられる経験をしたことがある若者の比率が下がっているそうですね。 

 経団連の奥田さんが、時代が変ったものだ、とこの記事にコメントしていました。


 さて、この低下の理由と、恋愛バトンについて考えてみます。
 ※バトンと言うのは、ブログやSNSの日記上などではやっているもので、設問に答えた後に、おなじ設問に答える人を指定して、その人にも答えてもらうようにするものです。 不幸の手紙のアンケートばんといったイメージでしょうか。 例えば:http://stjofonekorea.blog6.fc2.com/blog-entry-368.htmlこんな感じです。



 比率低下の理由としてぱっと思いつくのは:
 1)彼氏・彼女がいないということが、社会的にあんまり肩身が狭いものでなくなった。 「とにかくほしい」という人が減ったため、結果的にふられる経験をする人が減っている。
 
 実際、結婚年齢の上昇などに反映されるように、現代の人々はあまり付き合ったり結婚したりすることに焦っていないように感じられます。  僕の親も、大体僕ぐらいの年でそろそろ結婚しているのに、僕は結婚なんて考えたことすらありません。 だいたい30歳くらいかなー、とか考えていたりします。

 まあ、もうちょっとしたら、独り身にはつらいシーズンが訪れるんですけれどね。 バレンタイン氏の命日です。


 2)現代の若者の傾向として、人の心に直接踏み込むことが苦手になっている。 (ここらへんは、岩波新書赤の「やさしさの精神病理という本とかを読んでみてください)

 いい悪いの判断は出来ませんが、
 一昔(いつだろう?)前の人間関係において「ホット(熱い)」なものが多かった、と表現するのならば、
 現在の人間関係においては、「ウォーム(あたたかい)」なものが多くを占めるようになってきた気がしています。
 
 
 これは、現代の僕を含んだ若者の言葉遣いに現れています。

 「自分的には」
 「~て感じ」
 「よくわからないけど、~」
 「(相手の主張に対して)なるほどね。」
 「とりあえず、~」
 「~な気がする。」


 などなど、どれも、相手の心に直接踏み込む事を避けるような表現が目白押しな現代の若者の会話であります。 
 エヴァンゲリオンに出てきたATフィールド(≒心の壁)って、本当に存在してそうですよね。 
 
 もともと僕は言葉の力に敏感なので、ここらへんがいつも気になっています。

( もちろん、現代においても
 「お前、根本的に間違ってるよ。」
 「お前の人生観、そこがおかしい。」
 「君、本当にやる気があるのか?」
 と、他人の世界観にがんがん踏み込むツワモノも何人かいるわけですが。

 


 さて、そして、数多く出回っている恋愛バトンたち。

 これって、現代若者の多数派の感情にぴったりマッチしていると思うんです。

 恋愛バトンの特徴として:
 ・相手が不特定(→何を書いても、「○○に向けて書かれた」とは受け取られない)
 ・それとなく好意を持っている相手に自分の想いを伝えることは出来る。 だけど、それによって自分は大して傷つかない


 イメージとしては、こんな感じです:
--------------------
 人ごみの中、好きな人が目の前にいます。
 あなたは、(本心ではその人に向かって、けどそれはあなたしか分からない)、
 あなた :「私はこういう人が好きなんです! 付き合ってください!!!」

 シナリオA:ハッピーモード
 好きな人:「はい。 自分も好きでした。」
 あなた :「ほんと!?」

 
 シナリオB:安ハッピーモード
 好きな人:「ごめんなさい・・・」

 あなた :(心の平静を保ちながら)「え、ちがうよ。 君じゃないって。 僕は、ああ、いっちゃった、いま人ごみの中にいたあの人に向けて話してたんだよ。 ほら、大きな声出してたでしょ? それはあの人が遠くにいたから。」

 好きな人:「あ、なーんだ。 早とちりして、ごめんなさい。」

 あなた :「いいんだよ。(心の中ではブルー。)」
-----------------------

  
 と、シナリオ2つを想定しながら、自分が傷つかない選択肢をとることができるわけです。 平たい話、アンパイを切れるわけですね。

 上のは極端な例ですが、僕は、恋愛バトンには少なからずそういったものが込められている気がします。 もちろん、元から好きな人がいない人にとっては、その要素は低いと思うのですが、恋に落ちているけれどうまく自分を表現できない人とかにとっては、なかなか素晴らしい道具だったりするわけですね。


 じゃあ、僕は何を考えながらバトンを書いているのかって?

 そりゃあ、、、、黙秘します。(笑)←あ、この(笑)も現代若者のATフィールドの一つですね。
Comment
≪この記事へのコメント≫
恋愛って時に不思議なものです。
喜びも悲しみも希望も不安も何倍にもします。

ある事業の立上げを進めている今日この頃、僕は大きな悩みを抱えてました。
既に会社自体の設立やアウトソースで運営可能なビジネス運営はスタートしています。(友人と4人での共同経営)
ここで、更に新たな新規事業を僕がリードする形で始めるとなると、今現在の仕事との兼業はできません。

恋人との結婚も考えているので、この将来の事業リスクをどう見るか?また恋人やその家族からはどう見られるか?
愛する人と人生を共にすることを決める時に、その生活に責任を持ちたいと男性が思うことは思い上がりかもしれませんが、愛する人にリスクを背負わせることのないように思うことは当然だと、僕は思います。

結果的に僕へのプレッシャーが増すことになるのですが、恋人もその家族も僕のことを快く(?)応援してくれました。

将来の希望は愛する人といっしょに居ることができれば何倍にも膨らみます。
子供ができたら、マイホームを買ったら、家族旅行にいったら・・・。
でも逆に不安もプレッシャーも何倍にも膨らみます。

時に思います。
誰かを愛することは、自分に十分な自信や強さが持てるようでないとできないのではないか。

Taejunさんの恋愛の話から若干外れましたが、恋は人に色々な試練を与えて、その人を育てるものだと思います。
まずは2月14日に皆様を幸せに導く試練があらんことを。
2006/02/07(火) 12:24:39 | URL | MI #-[ 編集]
 MIさん、コメント有難うございます。
 恋人が出来ることによってそれを足かせに感じるのは、やはりおかしいのでしょうね。 本来は、その人をより強くするために作用するものなのではないかと感じています。

 2月14日。。 まあ、なんとかなりそうです^^;
2006/02/08(水) 10:20:51 | URL | Taejun #-[ 編集]
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