Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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小説分析(感想)文:博士の愛した数式。
 映画ではなく、小説の感想文です。
 メモ代わりに書いておきます。

 1.映画化の弊害
 2.書き方
 3.博士の愛した数式は?
 

-------------------------
 1.小説の映画化を知ってしまっていることの弊害について。 
 博士や「私」がすぐ、映画中の人物として頭に浮かんでしまいます^^;  映画を知らなかったら、頭の中で色々と妄想が膨らみ、もっと楽しかったのだろうな、と思ってしまいますね。
 寺尾さんは、「半落ち」とかを見ながらその演技の素晴らしさを知ってはいるのですが、やはり、小説の博士とは少し違う気もしたりして・・・ 
 あ、もちろん、映画が素晴らしいと言うことは、大前提として。


 2.書き方について。
 小説を、「私」の視点で書くことによって、数学アレルギーの人も容易に読めるようになっています。 うまい工夫ですね。 いつか解説系の本を書くときに、このやりかたは拝借しようとおもいます。



 3.博士の愛した数式は?
 博士は小説中にどの数式を一番なしていたか話していません。
 オイラーの公式のことなのでしょうか?
 いざこざを一瞬で鎮めたことから、そうなのだと考えられます。

 さて、じゃあ、なぜオイラーの公式?

 僕は大学からは数学を一切やっていなかったので、オイラーの公式の証明を見たこともないのですが、そのインプリケーション(内示するもの)は高校の頃に習ったので知っています。

 それは、指数関数と三角関数は複素数の世界ではつながっているということ。


 冒頭で、博士は、複素数は「ここにある」といって自分の胸を指しています。 目に見えなくても大切なものが、人の心の中にある、と中盤あたりで再度話しています。

 ここで、文学的に複素数=博士の心とすると、ある程度は、意味が分かってくる気がしますね。

 
 指数関数と三角関数は、全く起源を異にした関数です。 途中で記憶の性質が変ってしまった博士にとって、未亡人(差別用語ですが原文ママ)に対する記憶と、「私」と少年ルート君に対する記憶は、全く異なるものだったと思います。

 しかし、それらは、博士の心の中で、一つにつながっているのです。
 
 博士は、だから、あの場面で未亡人に向かってオイラーの公式を書いて示したのではないでしょうか。 

 大切なものは心の中にあって、その心さえつながれば、人はつながりあうことが出来る、たとえ、記憶の起源が異なったとしても。 とか考えたりしました。



 
 予定通り、これを読んで数学がまた少し好きになりました^-^
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2006/02/14(火) 23:25:18 | 欧風
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