Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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デスノートの『魅力』?①
 仕事と大学院の勉強だけでもうキているのに、さらに証券アナリスト試験の日が迫っているにも関わらず、ブログなんぞ書いていいのでしょうか^^; まあ、いいか。


 デスノート、という漫画、ご存知ですか?
 
 最近、かなりの人気を博している漫画です。

 内容は、大まかに言うとこんな感じです:
 主人公である天才少年月(これでライトと読む)は、ある日、恐ろしいノートを手にする。 それは、そのノートに人の名前を書くと、その人は死ぬことになるという、デスノートだった。
 ライトは、このノートを使い、犯罪のない世の中をつくろうと決心する。 彼は「キラ」と名乗り(もちろん顔は見せない)、凶悪犯を処刑し始める。。

 20060419002704.jpg



 最近、ライト君が、このノートの所有者であることが明らかにされ、物語はいよいよ佳境に入っています。


 さて、ライト君の思想に、ある程度の魅力を感じる人が多いように見えるのは気のせいでしょうか?

 おそらく気のせいではないと思われます。 少しダークな内容にもかかわららず、爆発的な売れ行きを誇っており、ネット上では(絶対に良いとは思いませんが)デスノートを使って何をするかについて話し合いをしている掲示板すら多数出てくる始末です。

 政治の観点から見ても非常に興味深いものでしたので、その理由について、帰り道で自転車に乗りながら、つらつらと考えていました。

 政治思想的に、二つの理由が考えられそうです。


 第一に、ライトの思想は、功利主義の原理に通じるものがあること。
 第二に、ライトの考える統治は、ルーツをプラトンにまでさかのぼる哲人政治に通じるものがあること。

 功利主義、というのは、ベンサムなどが主張したもので「最大多数の最大幸福」を至上の原理とします。 いうなれば、政治の決定と言うのは、「一番多くの人々に一番多くの満足を与えるべきもの」だ、というないようです。 ライトが主張する、「凶悪犯はデスノートによって殺される」という世の中になれば、犯罪者の命と引き換えに、他の多くの人は、安全な生活を送ることが出来るようにな(多分)なります。 こういったものの考え方は、僕たちの間には結構浸透しています。 例えば、政策決定において、少数派を犠牲にしても多数派の利益のための政策が採られることはよくあります。
 僕たちの間に身の覚えのない感情でないからこそ、ライトの主張に魅力が感じられるのでしょう。


 哲人政治の主なアイディアは、優れた魂を持った哲人によって社会は治められるべきだ、というものです。 社会主義に良く見られる書記長や首席、大統領に多くの権限が集中するにも、この流れが少しは含まれていると僕は感じています。
 作中では、ライトはスポーツ万能、容姿端麗、頭脳明晰と非の打ち所のない人間として描写されています(性格にはムラがありますが)。 こういう、「正しい判断をできる(と思われている)人間」に世を委ねたいと考える人は、今も昔もいるわけで、そういう意味で、ライトの主張に魅力を加えているのかもしれません。 
 

 
 さて、ここで、皆さんにお願い。

 反論を教えてください。

 間違った答えなんてないので、どうぞお気軽にお願いします。

 あ、ライトの主張の魅力について付け足し・訂正してくださるのも大歓迎です^^

 いい頭の体操になると思うので、皆さん是非。
Comment
≪この記事へのコメント≫
デスノートは初期にH&Hのついでに立ち読みしていましたが、あまりに漫画っぽくリアリティがないので止めました。

「例えば、政策決定において、少数派を犠牲にしても多数派の利益のための政策が採られることはよくあります。 」
村上龍の『半島を出よ』を最近読み返しましたが、この作品でも、政治はマジョリティ(強者)を満足させるためにマイノリティ(弱者)を犠牲にする、といった文が何度か出てきます。
彼の作品の主なテーマの一つとして、マイノリティであることが挙げられると思います。この作品では、ホームレス一派という社会的にどうしようもない(といったら彼らに失礼かもしれませんが)マイノリティが、どでかいことをやり遂げるので、その高揚感というか勢いはすさまじいものがあります。
ただし、マジョリティに属する人がこの本を読めば、テロだとか野蛮だとか暴力的というだけかもしれません。私はこのリアリティが好きですが。

哲人政治の定義はよく知りませんが、どちらかといえば非民主主義的なにおいがします。
中東においてある種の王族による支配が今でも続いています。石油が湧き出る、砂漠(土地の価値は極めて低い)であるという特殊な条件においては、哲人による政治も正しいのかもしれません。
なお、猿顔の大統領が進める民主化には、とても同意できません。

と、関連するのかどうかよくわからないコメントですみません。
2006/04/19(水) 22:22:17 | URL | チキンワイヤー #-[ 編集]
真の天才、、エリートが、能力の劣る者の為に
その才能を使う・・・悪くないし、むしろよいことでしょう。
私は、真のエリートたちがこの世界の方向付けをし、
私のような凡人はその手足として働くべきと思っています。
(エリートの定義 は、頭脳 才能に秀でた人ですかね)

実際、デスノートおよび その使用者ライト・・キラのおかげで、
戦争もなくなり、犯罪は激減したわけです。ただ、デスノートが
もしあったとして、それで人間のおろかさに歯止めがかかっても、
キラが後継者をうまく育てずに死ねば 前以上に人類は悪い
方向にいって自滅する可能性もありますね。そのへんも考えて
ライトが人類を育てていけるならいいでしょうが・・・

それはともかく、ライトがここから逆転する事に期待したいです。
そして、悪?が勝ち、キラが世界を支配すしてゆく様をみたいですが、多分キラが殺されて終わってしまうのか・・・Lに負けるなら
ともかく、NMに敗れるのは展開として残念です。いろいろ、
編集の都合や無理がたたっている気配はあったので、、、
そういうの抜きに この漫画は完成させてほしかったけど、
市場主義である以上仕方ないのでしょうね。

的外れなコメントなら失礼
2006/04/20(木) 00:12:02 | URL | IRIAS #-[ 編集]
まず、殺さなくてもいいんじゃないか?と思います。
この漫画自体を否定してしまいますが。
人はそれぞれの正義があるとおもうので、マジョリティの正義だけが正義ではないとおもうのです。
マイノリティーを排除することでマジョリティーの幸福を実現するやり方では、どんどんその権力者の意に反する人は排除されて行くのじゃないかと思います。
今いる排除すべきマイノリティーを排除しても、また新たにそういうのはうまれてくるし。うみだすだろうから。
互いが互いを尊重して生きていけるように、模索すればいいとおもうのですが。
甘いですかね。笑
2006/04/20(木) 17:36:57 | URL | yunoa #-[ 編集]
デスノートには、あまりの絵の美しさにはまりかけたことがあります。しかし、少年ばかりで、老獪な大人があまり見受けられないことが私としては心残りでした(ビッグコミックだったら、もうちょっと老人とかが多かったでしょうけど(笑))。
悪はやっぱりなくならない。善悪で世の中を断罪するには、複雑すぎるし、悪には悪の存在意義があるそうです。むやみに否定するよりも、上手な付き合い方を模索するほうがよほど重要なことのように思われます。
この世界だって、じつは目に見えないウィルスだとか外界の脅威に満ち溢れているけれども、人はきちんと恒常性を保っている。そのために、いろいろワクチンを打たれて免疫力がつく。それがないと、もっと強いなにかがきたときに、ドカン、ということになりかねない。
と前述の書きこみをされた方に同意見です。
2006/04/22(土) 01:13:18 | URL | 権兵衛 #ryUBRNZY[ 編集]
 みなさんコメントありがとうございます。

 返信が遅れ、本当に申し訳ありません。 
 返信は、新しいエントリーをもって代えさせていただきます。 少々お待ちくださいね。
 
2006/04/22(土) 01:55:41 | URL | Taejun #-[ 編集]
ひさしぶりの書き込みをします。

まず、デスノートという漫画は色々な意味で好きです。
なので、反論にはならないかもしれないことを、冒頭でお詫びします。

まずこの漫画の根底にあるのは「選民思想」でしょう。
多少テストの成績の良い、俗に頭が良いと評価される思春期の若者は、少なからず「選民思想」を抱く時期があります。
これは、心理学的に分析するのであれば、思春期特有の「不安」への反発が生む外部評価に対するコンプレックス、言わば「ハリボテのプライド」です。
かくいう、僕自身もそんなことを考えた時期がありました。(笑

しかし、これがSFである故に、この「選民思想」を実現化できるツールとして「デスノート」がこの漫画のキーとなるのです。
そして、もう一点。「死神」の存在。
この漫画で言う「死神」には二つの役目があります。
①デスノートの出現理由、使用方法説明としてのストーリー上の役目
②人間の欲求と行動、つまり漫画の登場人物達の結末を観察する役目

②はつまり、「読者」と同じ視点ということです。
この漫画は、「読者」が死神と共に学ぶことに2次的な焦点を当てた物語なのです。
実に面白い。


そして、この漫画の「選民思想」に対する僕の考えですが。
「パレートの法則」を知っている方は多いと思います。
俗に言う2:8の法則です。
ご存じない方は、グーグルをたたいてみてください。

あるストーリーがあります。
昆虫研究者が蟻の群れを観察していました。
ある巣に暮らす働き蟻は、その2割は懸命に餌を運び働くものの、一方で残りの8割は怠けています。
ここで、研究者は怠けずに働く2割の蟻だけの群れ、怠けて働かない8割の蟻だけの群れの二つに巣を分断しました。
結果、2割の働き者だけで作られた群れの8割は怠け者になり、8割の怠け者だけで作られた群れの2割は働き者になりました。

人間の社会もマクロ的にロングタームの視野で考えると同じような結果が出てくるのでしょう。
優等生だけ集め、賢いDNAのみを次世代に残しても、時を経て、再び劣等性の割合は均衡に近づく。
この漫画で言うところの、犯罪者や悪人をデスノートで殺害しても、時間が経てば同じこと。
社会は均衡へと動き出す。つまり正義という定義の存在がある限り、悪が絶えることはないのでしょう。

でも、世の中は「因果応報」。
あなたは、ご自身を正義と思いますか?悪と思いますか?
悪だと思われた方、デスノートではありませんが、何か別の力があなたに報いを与えるかもしれないので、ご注意を。
2006/04/24(月) 18:11:54 | URL | MI #-[ 編集]
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