Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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イラクでの虐殺に思うこと。
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 悪夢を見ました。
 殺人者の夢です。 僕だったか、僕の隣にいた人だったのか、記憶が定かではないのですが、起こったことは、かなり鮮明に覚えています。
 パスッ、パスッという無機質な音と共に、雑踏の中邪魔になる人々に銃弾を撃ち込んでいきました。 引き金一つにも何の感情も無く、恐ろしいほど無機質に、機械的に。 

 夢分析の一般的な議論によると、夢には2種類があるそうです:
 ・その人の気持ちを落ち着けるために、「見ないではいられない夢」
 ・その人の無意識が、意識に対して働きかけるための「無意識からのサインとしての夢」

 多分、前者でしょう。 この報道にかなりの衝撃を受けたのですから。
 
 
 父親の命ごい無視し射殺 近所の住民が米紙に証言 (共同通信) - 5月29日12時49分更新


 そして、これと関連して、さらに記事が出ていました。



 虐殺疑惑で「証拠」発見 米軍予備調査と報道

 【ワシントン31日共同】ロイター通信は5月31日、米海兵隊が昨年11月にイラク・ハディーサで幼児ら民間人24人を虐殺した疑惑をめぐり、米軍の予備調査で「正当化できない攻撃」により民間人が殺害されたことを示す「証拠」が見つかり、海兵隊員の銃撃によって引き起こされた可能性が高いとの見方を伝えた。
 一方、ブッシュ大統領は31日、記者団に対し、虐殺疑惑に関する報道を知った時「困惑した」と述べ「もし違法行為があれば処罰する」と言明。疑惑が、低迷する支持率の足をさらに引っ張りかねないことを踏まえ、米軍の調査で違法性が確認されれば厳正に対処する方針を明確にした。
(共同通信) - 6月1日10時59分更新



 今までもイラクで軍が蛮行を起こしたことは数多くありましたし、それらは報道されてはきました。

 けれど、どの報道も、その犯行者当人にのみ焦点が当てられる以上のものではなかった気がします。
 確かに、やった本人が悪くないなどと言うことは絶対に出来ません。 もしも、自分の友人がイラクの武装勢力によって殺されていたのだとしても。 
 ですが、これだけ問題が多発するということは、もっと構造的に原因があるのだと考えるべきだと思います。 戦争に大義があるかどうかを考える以前に、戦争というものがどういう性質を持っているのかと言う事を、僕たちは今一度しっかりと考えるべきではないか、と思っています。


 

 以下、刺激の強い写真を載せてあります。
 イラク戦争開始直後、ハッキングを受けたアルジャジーラから3年前にダウンロードした画像です。
 
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DeadIraqis104.jpg

illegalarrests.jpg

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 戦争は、その社会の問題を全て露見させるものだと、僕は感じています。 貧困、女性差別、人種差別、無関心などなど。 アメリカの下級兵卒には、生活苦のために兵士を志願した黒人男性が多く、彼らが日ごろの鬱憤を晴らすかのように、占領地で粗暴に振る舞い、時に女性を強姦します。 テロ攻撃を受けても、死ぬのは大体がこの下級兵卒達で、その理由の一つは、彼らに上官たちのような十分な防具が与えられていないからです。 そして、そういった事を、PCやテレビの画面越しに見ている僕たちは、一瞬だけ、「ああ、ひどいなあ」と感じ、すぐに忘れてしまう。 
 今大騒ぎになっている地震についても、半年も経てば、ほとんどの人々の記憶の中から消えていくことでしょう。 被災地の人々の苦しみは変わることがないのに。 
※ちなみに、僕がインターンをしていたIMADRというNGOの人たちは、こういう事を、最後まで追及していく素晴らしい人々で、ボランティアを真剣にしたいのなら、ここで行う事を是非お勧めします。
 

 
 
 「歴史哲学講義」において、「人間が歴史から学んだことは一度もない」、と哲学界のゼウス、ヘーゲルは喝破しました。 歴史を学びながら、この事を痛感せずにはいられません。
 けれど他面で、僕は、ロシアの文豪トルストイが語った、「社会や秩序がとにかく存在しているのは、他人を裁いたり罰したりする、こうした法律公許の罪人どもがあるからではなくて、こうした堕落があるにもかかわらず、人々がとにかく互いに哀れみあい愛し合っているからに他ならない。」、という言葉に強く共感してもいます。


 大学院にいる間に、「思いやり」などの、従来は経済学にはなかった概念を土台にした均衡理論や投資理論を将来語れる力をつけようと考えています。 個人の利益の追求―多くの場合長期的なそれよりも短期的な、を土台とした理論から、根源的なところから訣別できないものか、と感じているんです。 そうしないと、そろそろ、人の世の中は発展できないんじゃないかなと思うんですよね。 アマルティア・センが嚆矢となってはいますが、まだ体系的とはいい難く。
 ちなみに、こういう事をいわゆる専門家に話すと、基本的に馬鹿にされます。 まあ、今のところ、それはしょうがないですね。 将来には、理論と実務の両方においてそれを立証できるようなろうと思います。



 何か、まとまりのない文になってしまいましたが。

 とにかく、明日も授業があるので頑張ります。 ちなみに明日のマーケットメカニズムの授業のトレーディングは、TOBです。
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