Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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根本的な認識の相違。
 試験勉強が全く出来ませんね^^; 昨日は書類を前に徹夜でした。
 
 やばいかも、とか書きつつブログはちゃっかり更新します。

 
 先日までの一連のエントリーとそれに対するコメントや、友人との話しを通じて感じたことです。

 それは、双方の意見の不一致というのは、多くの場合、看過しがちな根本的な認識の違いによるものだということです。

 こういった類の違いを人間は意識することが少ないんですね。 というのも、人間は自分にとって根本的なものについては、他の自分の信条以上に、人々にとっても共通に根本的なもの、と考えがちだと思われるからです。

 例えば、僕にとって、「人間は自分で自分の道を切り拓いていける」、というのは、かなり根本的な価値観で、これは多くの人に共通の認識だ、と思っていました。 しかし、先日友人MM(モディリアーニ・ミラーじゃありませんよ)と話していたときに「世の中にはそうでないと思っている人が多いんだよ。」と言われ、はっと気づいた次第でした。


 だからこそ、対話の重要性を感じます。 何故かと言うと、こういった根本的な問題意識の違い、というのは、皮相的な話だけではなかなかわかりにくく、腰をすえて話し合ってこそ、だんだんと「ああ、ここら辺に違いがあるんだな」ということに気づけるものだからです。 また、違いに気づくと同時に、共通点を見出すことも出来るはずなんですね。

 これからもこのブログや僕の生活がそんな話し合いを出来る場所になれれば、と思っています。 どうぞよろしくお願いします。


 読み返してみてMM仮説について説明していないことに気づきました。 さっそく根本的な認識の問題が?(笑)

 MM仮説は、それを提唱したモディリアーニとミラーさんの名前をとった理論で、その根本的な内容は以下の2点です:
 
 第一命題:企業価値は資本調達手段によっては変化しない
 第二命題:負債比率を上げると株式に対する利益率は上昇するが、その分リスクも上昇する


 彼らは、ノーベル賞を受賞したときのインタビューで、「パイを5つに切っても8つに切ってもパイの大きさは変わらない」と話したそうです(野口先生談、彼の講義のおかげでこういう教養番組的な知識が身につきました)。
 
 といっても、現実には、負債の利払いは損金に参入されるので、負債比率をある程度までは上げた方が良いことになります。 しかし、負債比率を上げすぎると、企業の債務不履行に伴う倒産リスクが高まり、それにまつわるエージェンシーコストも増大します。(エージェンシーコストについては以前の記事参照)
 
 なので、MM理論は最適資本構成の存在を否定しているのですが、現実的には、最適資本構成は企業個別に存在しうる、というのが現在のコーポレートファイナンス理論における議論の状況です。 されど、デフォルトの状態において、企業の価値は資金調達手段によって変わらない、というのは重要な発見であることには間違いありません。
Comment
≪この記事へのコメント≫
ごめんなさい。 このブログ、個人名は出さないことにしてある(シークレットコメントはありです)ので、削除しました。 もし、Andreさんが読んでいないのなら、連絡くださいね。 
2006/07/22(土) 22:10:19 | URL | Taejun #-[ 編集]
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