Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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To say or not to say?
 仏教に造詣の深いF.Nakajimaさんからコメントを頂きました。
 
 触発されたので、記事を書いてみます。

 
1.碁打ちと読みの力
2.誰が本当に読めているんだろう?(情報の非対称性)
3.情報の非対称性下における情報発信者の心構えについて考える
4.結びに


 まず、コメントを引用します。

taejunさんは、
>そして、それは、批判的思考の持ち主ならば、多くの場合そうなのだと思います。
しかし、そう思うことと、それを表明することは、また別の話にするべきだと思います。 表明するのであれば、確たる証拠がないといけないと思うのです。 そうしないと、世の中が大変なことになってしまうと思うんです。

さてここなんです。ふと私は思ったのですが、例えばかなり極端な例ですが、ヒトラーの例を挙げましょう。彼が人類史上まれに見る災悪をもたらしたことはいうまでもありませんが、このまま行けば恐ろしいことになると警告した知識人は多数に上ります。一体そのうち確実な証拠を握っていた人間は何人だったのでしょうか?

話、変わりますが、確かtaejunさんは碁が得意でしたよね?今「上達の法則」(岡本浩一著)と言う本を読んでいますが次のような一節があります。
「上級者というのはまだ序盤の段階で今自分が3目勝っているというのがわかるものである。そして上級者レベルでも腕が上がるほどその予測は共通化する。」

結局コレだと思うのです。その思考を言語化することはできないのですが彼らは何が起こる可能性があるのかその卓越した「読み」によってわかっていた、というのは言い過ぎなのでしょうか?







1.碁打ちと読みの力

 囲碁については、おっしゃるとおりです。 僕でも序盤では10目単位で、中盤に入れば5目単位で優勢・劣勢がわかりました(過去形であることに注意、最近碁を打っていないのです・・・)。
 その判断を可能にしているのは、ひとえに読みの力によるものです。 通常のシナリオにおいて、どのように終盤まで進んでいくかを読むことが出来るんですね。 「相手はこう打つ、だから次自分はこう打つ、その次相手は・・・」と。 
 だから、負けているときには、確率が低くても勝つためのシナリオ(手)を考えていく事になります。

 、、、なんて小難しいこと、小中学生のころには考えていませんでしたが、今になって思えば、そういう知的作業をしていたように感じています。


 と、話が脇にそれた感じがしなくはないのですが、結論として言いたいことは、事実、ある程度の実力がある碁打ちは「はっきりしていない事象から、結果をある程度までは予測でき、その予測が当たる確率はかなり高い」ということです。 対局が50手くらいに進んだときに、プロに優勢・劣勢・互角かを尋ねれば、100人中少なくとも95人以上の意見は一致すると思います。




2.誰が本当に読めているんだろう?(情報の非対称性)
 
 という考えを、他の分野においても敷衍することが出来るか、というと、そうでもない、と思います。


 問題は、情報の非対称性にありそうです。 
 
 囲碁においては、予測者と実行者は同じ人となります。 よって、情報の非対称性の恐れは無いんですね。 しかし、大衆的言論の場では、大いなる情報の非対称性が存在すると思います。


 情報の発信者は、自分の予測や判断に誤りがある可能性が高くても、それを発表したがりません。 金銭的な理由もあるでしょうし、自意識からの制約も受けると思います。 情報の受け手は、そのような発信者側の本当の考えを知ることが出来ません。 

 結果、正しい予測をする人も、そうでない人も玉石混淆となってしまい、それに付随していろいろと困ったことが起きてしまいます。

 こういう状況下で、情報の受け手は、目に見えるものからその情報の確かさを判断する事になります。 その人の肩書きや、大勢の意見など。 (こういった目に見える判断材料の作用を経済学ではシグナリングと言います。)   ゲーム理論でそういう議論はあまり見たことはありませんが、現状の世界においては、「声の大きさ」によって、「人々にとっての事実」が決まってしまう場合が少なくないように感じます。

 


3.情報の非対称性下における情報発信者の心構えについて考える

 上のような情報の非対称性を考慮すると、やはり僕としては、いくら読みが正しいことを確信していても、人々に対して情報を発する場合には、特にその情報が特定の人々にとって好ましくないものである場合には、用心すべきだと思うんですね。

 もちろん、用心するからといって発言してはいけない、とは思いません。 用心=発言差し控え、となってしまったら、知識人は何のためにいるのか、ということになってしまいます。 

 重要なのは、客観的な事実から「最低限言えること」と、「推測されること」をはっきりと分けて情報を発信することにあるのだと思います。 たとえば、亀田選手の例で言えば、「確かに判定に疑問を呈する人が多かった」、「自分もそう感じている」、ということと、「ホームタウンデシジョンというものがボクシングには存在する」という点までは事実として述べ、そして、「もしかしたら何かしらの圧力が判定に働いたのかもしれない」と推測する。 


 ここで、知の力の最たるものの一つである論理が、威力を発揮するのだと思います。 




4.結びに
 といっても、人間、生きている限り、論理だけではどうしようもない状況に直面するんですよね。。 確信できないけれど、しかし、確言せずにはいられないような状況に。 たとえば、本当にヒトラーによる危機を感じていた知識人たちは、その危惧が事実である確証を持てなくても、声高に発言せずにはいられなかったのでしょう。 そのような極端な例でなくても、恋愛する人々は同様の状況によく直面するのではないでしょうか。

 だからといって、論理が全くの無力なわけではないと思います。 論理が全く存在しない状況を考えればそのことは明白です。


 重要なことは、バランスなんですね。
 
 
 ・・・何かおざなりな結論の感もしますが^^;




 囲碁のことを書いていて、昔のことが懐かしくなりました。 久しぶりに、「おもひでほろほろ」のカテゴリーの記事を追加してみようかと思います。
Comment
≪この記事へのコメント≫
おじゃましまーす。。
こんちわ!お邪魔します!
話題がちょっとずれてますが、、すいません。。
最近、投資に凝ってて、いろんな人と情報交換して、
世間に出回ってなさそうな、投資のウワサとかいろいろきけたらな~
なんて思ってます。
このまえ教えてもらった外国の口座も簡単に開けました!
www.forcejapan-world.com/
パナマ銀行ののVISAデビットカードが届きました。
なんか、オフショア口座なんて持っちゃって投資家みたいな気分です!
だれか同じようなことしてる人いませんかー?
2006/08/08(火) 17:12:04 | URL | あべ #z1uogJ6Q[ 編集]
そうですね・・・
 コメントありがとうございます。
 もう一度コメントくだされば、考えてみます^^
2006/08/08(火) 21:47:59 | URL | Taejun #-[ 編集]
もう一つの課題。
なるほど、「情報の非対称性」か。この部分は私の考慮の外にありました。ご指摘ありがとうございます。

で、おこがましいことながらもう一つ実は書こうか書くまいかと思ったことがあるのですが。。。。えーい。書いてしまおう。

>「確たる証拠」がないといけないと思うのです。 そうしないと、世の中が大変なことになってしまうと思うんです。

「この「確たる証拠」というのはどのくらい「確実」ならば「確たる証拠」と言いえるのか?」

これは哲学上「懐疑論」と呼ばれるのですが、「絶対確実なものとは何か」と言う話です。

例えば、有る投資案件があるとしましょう。この投資案件を様々な角度から調査した結果、有望であると考えられ。。。。。。何処まで調べればそれは「確実」に有望であると言えるのか?
哲学上では、実は「懐疑論」は完全に決着はついていません。taejunさんのファイナンス理論の教科書にこのことについて記述があれば是非、ご意見ください。
2006/08/08(火) 22:22:08 | URL | F.Nakajima #-[ 編集]
 F.Nakajimaさん、コメント有難うございます。
 
 懐疑論は、デカルトくらいしか知らないのですが、とても興味深いコメントなので考えさせていただきます。 明日には、記事を書くはずです。。
2006/08/09(水) 21:45:42 | URL | Taejun #-[ 編集]
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