Taejunomics

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「ピカソとモディリアーニの時代」。
 おととい見てきたのですが、忘れないうちに。

 印象派の美術展、ピカソとモディリアーニの時代、を見てきました。 於、Bunkamura。
 
 Picaso.jpg


 
 ピカソらが、目に見えるものをありのままに写すのは写真の仕事で、その目に映ったものから感じられる概念的なものを絵にしようとし、それらを色彩や幾何学的な形で表現しようとしたのは、多くの人が知るところです。

 
 僕ごときが言うのもなんですが、、、チャレンジそのものは素晴らしいのですが、目に見えない概念的なものを目に見える美術作品で表現するのには、「お門違い」的な違和感を感じます。
 目に見えないものは、目に見えないもので表現するべき類のものなのだと思います。 やっぱり、気分や印象などは、歌や詩で表現した方がうまくいくんですよね。

 
 まあ、こんな事を書いているのも、僕があの絵をほとんど理解できなかったことに起因するのかもしれませんが^^;
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≪この記事へのコメント≫
04年だったか、ピカソ最後の妻ジャクリーヌが所有していたコレクションの展覧会を見に行ったことがありました。
ちなみに私がピカソのオリジナルを見たのはそれがはじめての経験でした。

最初は何が画かれているのかよくわかりません。一体何をピカソを描こうとしたのかその意図がわかりませんでしたし、私の周りにいた多数のギャラリーも「全然わからないね」といいながら通りすぎていきました。

しかし、ある一枚の絵を見たとき、私の中で何かが爆発しその絵が何を描いているか瞬間的に「理解できました」。

ピカソの絵は「解釈」してはいけません。ピカソが傑出しているのは、自分の心象風景をとんでもない正確性でキャンバスに描写できる能力です。故に、一切の自分の解釈を切り捨てて、ただ心を空っぽにしさえすれば、ピカソの心象風景が見えてきます。それが私個人のピカソに対する感想です。
2006/09/18(月) 22:01:12 | URL | F.Nakajima #-[ 編集]
コメント有難うございます。 ピカソ自身も、自分の絵を解釈しないでくれ、と言っていますよね。 ゆっくりと絵を見れなかったからでしょうか。

今度、仰るとおり、心を空にして、見てみようと思います。

、、、また渋谷に見に行くかもしれません^^;
2006/09/19(火) 00:32:10 | URL | Taejun #-[ 編集]
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