Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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罪と罰。
 いつも勉強させていただいている47thさん(実は、帰国された後にブログのタイトルが変わる夢を見ました)からコメントいただきました。 
 このブログへコメントくださる皆さんからは、いつも多くのインプリケーションを得られていて、すごく感謝しています。

 

>特定の国だけ実験してよくて、
>他の国はやっちゃだめ、というのは、
>おかしいでしょう。

では、特定の人(警官や自衛官)だけ銃を持つのはよくて、他の人は持ってはだめ、というのは、おかしいでしょう--と、日本で銃刀法違反で捕まった人が、そう言ったとしたら、Teajunさんはどうお考えになるのでしょう?

いくつかの段階を経て考えなくてはいけませんが、
①核不拡散ルールは、核の兵器利用による地域的・世代的な影響の深刻さに鑑みて、その拡大を防ごうとすることが目的だと思うのですが、まず、その目的を正当と考えるかどうか?
②(①を是としたとして、)その実現過程における現実の国際政治状況に鑑みた妥協(既保有国の既得権益化)をどう評価するのか(こうした妥協故に、そもそも①の目的を達成するルールとしても不適格と評価すべきなのか?)
③(仮に①又は②の何れかのレベルにおいて、現在の核保有ルールの正当性を否定する見解に立つとしても、)国連をはじめとした多数の国家が正当と位置づける現状の核不拡散ルールを逸脱した場合に、国際社会からの制裁を受けないで済むという期待を持つことは許されるか(言い方を変えれば、たとえ自分は悪法だと思っていても、実際に社会で通用しているルールを破って処罰されないで済むと考えることは許されるか)?
といったレベルに分けて考えることができるように思われます。
私は、①については是、②については微妙ながら、その不当性を争うのであれば、国連のような場を通じて行うべきであり、③については独断でルールを逸脱したことについて国際社会が現状ルールに基づいて制裁を下すことは当然だろうと考えています。

逆に北朝鮮自身が武力制裁に対して謙抑的な国際社会の現状レジームによって守られている面もあるわけで、それを度外視して、アメリカも核実験をできるのだから北朝鮮もやってもよいという論法はルールによる解決そのものを否定しているように感じました。




 ①は法の趣旨、②は法の成立過程の妥当性、③は「悪法は法か」、という趣旨で説明してくださったのだと思います。 以下、僕の考えを述べます。



 ①について。 僕は今までのこのブログでたまに書いてきたと思いますが核兵器なんぞそもそもないほうが良いに決まっていると思います。 核不拡散について掲げられている趣旨には賛成です。

(③ともすこしかぶりますが)②について。 ルールによる問題解決の重要性は理解できていると思いますし、それが履行されない場合に生じる問題も、ある程度は想定できていると思います。 しかし、特定の者に特権を認めるルールは、そのルールによって何らかの特権を得る者が、そうでない者に対して何らかの利益をもたらす場合にのみ、ルールとして成立するべきものだと思います。
 現状での核不拡散についての取り決めは、すごく乱暴に言うと、核という最強の武器をちらつかせながら外交を有利に進めようとする旧戦勝国が、表向きの趣旨のもとに正当化したルールに過ぎないと思っているんですよね。

 よって、①はイエス、②はノーです。 ②について不当性を争うとしても、これまた個人的な見聞にしか依拠していない乱暴な議論で恐縮なのですが、国連の場で争って話になるとは思えません。


 そして、③について。
 制裁が及ぶべき集団の構成員か、という観点から、ちょっと微妙です。
 ある集団内で、特定のルールが共有されるのなら、それはルールの内容如何に関わらず、従うべきものなのだと思います。 そして、それに従わなかった場合、何らかのサンクションは課せられるべきでしょう。 それがないことによる無秩序よりは、サンクションをもってした秩序の方により価値があると思います。
 ただし、北政府が、現状で、そのルールを共有している集団の構成員かどうか、となると、ちょっと微妙です。 今はNPTから抜けているのですよね。 たしか、2005年9月の6者協議で、軽水炉提供後のNPT復帰を約束していたと覚えています(その後軽水炉は出来ていないので、多分まだ復帰していないと思います)。
 ただ、NPTを抜けたとしても、基本的に非核化を目指している国連には加盟しているので、すこし判断がつきかねます。


 最後に。 現状で国際社会(というか、アメリカ)が武力制裁に対して謙抑的とは、とてもではありませんが思えません。 学生時代に調べものをしていたのを覚えているのですが、アメリカによる武力侵攻や戦争は、45年以降、常に一定のペースで起きているので。 武力行使にともなう反撃が軽微だと予想されるのなら、容赦がないものだと考えています。

 
 とりもなおさず、事の発端は僕のすごく乱暴な記事にあったので、それを正してくださってありがとうございました。 ご意見、もしあればお待ちしています。
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2006/10/12(木) 01:19:12 | | #[ 編集]
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2006/10/12(木) 21:10:00 | | #[ 編集]
感想

>では、特定の人(警官や自衛官)だけ銃を持つのは
>よくて、他の人は持ってはだめ、というのは、お
>かしいでしょう--と、日本で銃刀法違反で捕まっ
>た人が、そう言ったとしたら、Teajunさんはどう
>お考えになるのでしょう?

そもそも今回の事例に当てはまりませんね。

警察も自衛隊も、自国民を守る為に武装しているんですよ。47th氏の言葉をそのまま当てはめると、「軍事大国が、全世界の人類を守る為に核を保有している」となりますが、果たしてそうでしょうか。むしろそういった大国の武装は、自国の利益をより盤石なものにするための「脅しの為の凶器」といえるのではないでしょうか。最凶最悪の破壊力を持つ核を人類史上、初めて使用したのはどこの大国でしょう?その国が世界の平和のために、世界の警察として務めると宣言しても、何の説得力もありません。とんだ茶番ですね。
ましてや朝鮮は、まだその大国と停戦状態にあります。未だに互いを敵国として牽制し合っていて、大国は核を保有しているし、それを使用した経験もあるのに、どうして朝鮮だけが核を保有してはいけないのでしょう?不思議な話です。

>①核不拡散ルールは、核の兵器利用による
>地域的・世代的な影響の深刻さに鑑みて、その拡
>大を防ごうとすることが目的だと思うのですが、
>まず、その目的を正当と考えるかどうか?

核不拡散ルールの目的は、「大国の安定的な利権の確保」です。勿論、大国が声を大にしてそんなことを言うはずがないですよね。だから建前が必要となるのです。でも、本音を見破るのはそんなに難しい事ではないと思います。正当性は、もちろん有りません。
「核の兵器利用による地域的・世代的な影響の深刻さに鑑みて、その拡大を防ごうとすることが目的」であるとするならば、その目的を達成しようとする大国は何故、核を解体しないのでしょうか?不思議な話です。


>②(①を是としたとして、)その実現過程における
>現実の国際政治状況に鑑みた妥協(既保有国の既得
>権益化)をどう評価するのか(こうした妥協故に、
>そもそも①の目的を達成するルールとしても不適
>格と評価すべきなのか?)

「こうした妥協故に、そもそも①の目的を達成するルールとしても不適格と評価すべき」です。当然ですね。


>③(仮に①又は②の何れかのレベルにおいて、現在
>の核保有ルールの正当性を否定する見解に立つと
>しても、)国連をはじめとした多数の国家が正当と
>位置づける現状の核不拡散ルールを逸脱した場合
>に、国際社会からの制裁を受けないで済むという
>期待を持つことは許されるか(言い方を変えれば、
>たとえ自分は悪法だと思っていても、実際に社会
>で通用しているルールを破って処罰されないで済
>むと考えることは許されるか)?

そもそも核不拡散条約に、経済制裁などの罰則は規定されていません。また、朝鮮は核不拡散条約第10条に基づいてNPTを脱退しております。ルールを破るというより、ルールを守ってますね。

>私は、①については是、②については微妙なが
>ら、その不当性を争うのであれば、国連のような
>場を通じて行うべきであり、③については独断で
>ルールを逸脱したことについて国際社会が現状ル
>ールに基づいて制裁を下すことは当然だろうと考
>えています。

①については非、②については論外、③については現状ルールに基づいて脱退しているので逸脱ではないですね。所謂「国際社会」が行っている経済制裁が「核の兵器利用による地域的・世代的な影響の深刻さに鑑みて、その拡大を防ごうとすることが目的」であるとされる現状ルールに基づいているのであれば、①で前述の通り、既にそのルールが孕んでいる矛盾から、当然である、とは決して言えないと思います。







といったレベルに分けて考えることができるように思われます。
2006/10/20(金) 00:49:11 | URL | ケンシロウ #Lz4DhY6o[ 編集]
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