Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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ノルウェイの森。
 バリュエーションの宿題の提出期限は明日で、そんな場合じゃないのはわかるのですが、また村上春樹の小説を読んでしまいました。 凝り性なので、はじまると一定のところに行くまで止まらないんですよね。

 ノルウェイの森。

 
 、、、読むタイミングを間違えたかもしれません。 今は、どちらかというと、いえ、間違いなく、オッシャと気合を入れてガンガン進まないといけないシーズンなので、なかなかショックは大きいです。 けれど、読めてよかったです。

 

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 キズキが死んだとき、僕いはその死からひとつの事を学んだ。そしてそれを諦観として身につけた。あるいは身につけたように思った。それはこういうことだった。

 「死は生の対極にあるのではなく、我々の生のうちに潜んでいるのだ。」

 たしかにそれは真実であった。我々は生きることによって同時に死を育んでいるのだ。しかしそれは我々が学ばねばならない真理の一部でしかなかった。直子の死が僕に教えたのはこういうことだった。どのような真理をもってしても愛するものを亡くした哀しみを癒すことは出来ないのだ。どのような真理も、どのような誠実さも、どのような強さも、どのようなやさしさも、その哀しみを癒すことは出来ないのだ。我々はその哀しみを哀しみ抜いて、そこから何かを学び取ることしか出来ないし、そしてその学び取った何かも、次にやってくる予期せぬ哀しみに対しては何の役にも立たないのだ

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